今回の帰国過程を振り返ります。

2011年の春学期が終了。
プレゼンが多く、また自分の小さなリサーチプロジェクトも並行していたので時間的には中々厳しかった数カ月間でした。最後の数週間は、予定の入った手帳を見ては”これ、本当に2週間でこなせるのか?”と思ったりもしましたが、”どうせ2週間後は必ずやってくる”と腹をくくり、ガス欠を感じつつもなんとかゴール。
最後の一週間にワンパンマンにはまってしまい自分の首を絞めた事は秘密である。ハゲマント。

帰国準備。
期末試験が終わって帰国日までわずか数日。
でもミシガンで一番仲のいいRyanが自分たちと同じアパートに引っ越して来るのでお手伝い。
その後はお土産を買いに行ったり、謙ちゃんの旅行保険を買いに行ったり(いろいろと事情があって大変でした)、事務関係が諸々あってと結構バタバタ。

シカゴに向けて出発。
出発予定時刻を過ぎるのは毎度の事。
さらに出そうとまとめた生ごみを部屋に忘れて家を出て、出発ギリギリで思い出す。
戻ってきたときに悪夢が待っているところでした。。。
シカゴへ向けて車を走らせます。
が、いつもは車内が好きな謙信は何故か機嫌が悪く泣きに泣く。5時間のドライブが10時間くらいに感じました。
最近は自分で動き回れるようになっただけに、カーシートでじっとしているのが嫌だったよう。
ホテルで一泊。ウィノナで出会った友達がホテルに来てくれて久しぶりの再会。
ウィノナの友達って、一緒に過ごした時間は短いのに信頼できる感じがあって好きです。

成田まで、13時間をフライト。
謙ちゃんはほとんど泣くことなく、いい子でした。
フライトアテンダントも関心するくらい。
それでも13時間ずっと交代交代で抱っこし続けるのは中々大変。
前後の人を覗いてみたり、本人は結構満喫していた様子。
イヤホンを引っ張ってしまうから映画を観るわけにもいかず、寝るわけにもいかず、長ーい13時間でした。

成田にて一泊。
最初はフィオナも謙信も一緒に日本に滞在する予定でしたが、地震の影響で今回は見送ることに。
台湾行のフライトがキャンセルされてしまったので、成田の旅館で一泊し、翌日2人は台湾へ。
不幸中の幸いというか、フライトがキャンセルされたおかげで、自分の父親が謙信に会いにくる時間が生れたので、父さんも旅館に一泊。
初孫との初対面に満足そうでした。
自分とフィオナは飛行機で眠れなかった分、日本時間の夜に眠くなって時差ぼけゼロでしたが、こまめに睡眠をとっていた謙信は夜中にパワー全開。怪獣でした。

見送り。
台湾へ向かう二人をゲートで見送り、展望デッキに移動して二人の乗っている飛行機も見送り、自分たちも帰途に。泣きそうになる。


自分は30日まで日本に滞在して、その後台湾で二人に合流します。
台湾で2週間過ごした後、自分は一足先にアメリカへ。
合計すれば3カ月近くフィオナと謙信と離れることになります。

謙信の成長が著しい時期に傍に居られないのは残念だし、フィオナに任せっきりになってしまうのも申し訳なく思います。もちろん二人の事も心配。そして何より2人を恋しく思います。
ただ、自分と同じくおっちょこちょいな部分のあるフィオナだけれど、肝心な時には絶対の信頼を置いているし、そういう奥さんがいるからこそできた決断を活かすのは自分の使命だと思ってます。
離れていてもできるサポートを出来るだけして、それ以外では自分に今できることを精一杯やることです。

休み中は2週間に一度くらいのペースで更新していこうと思います。


四分之三熟卵

中山謙信(0)
清き一票をよろしくお願いします

”Is your family okay?”
という友達の携帯メールで目が覚めて知った、東日本大震災。
ABCニュースで放送されていた母国の映像を見て、背筋が凍るという感覚を初めて覚えました。

その後、静岡東部でも大きな地震があったと友達から連絡を受けた瞬間は、”心臓が止まるかと思った”と形容するに全くの疑問を持ちません。

あれから2週間強。
”自分達の日常を変えて(節約して)、それを被災地の人に還元するべきだ”という的の外れたtweetをしてはしまいましたが(アメリカ在住の人を対象とすれば的は外れていないし、そう思っています)、自分なりにできる事を考え、先輩に倣って個人的な募金活動をしてきました。
バスケットボール仲間を中心に、集まった金額はおよそ400ドル。
American Red Crossに寄付されました。

自分には何ができるのか、多くの人が自分と向き合った時間だったと思います。
自分はハードラーの為末大さんのブログを訪れるのですが、著名人であるが故、色々な賛同批判が渦巻きます。
彼の意見や行動にすべて賛同するワケではありませんが、それでいいのだと思います。

被災された方達を想い、喪に服して自粛をするのがあるべき姿と信じるのならば、そうすればいい。
経済を活性化させ国を生かし続けるために不謹慎と言われようが消費活動を
するのが正しいと信じるのならば、そうすればいい。
違う考えの人を批判する必要は全く無いと思います。
批判されるべきは、考えなしに今までの生活を惰性で送る人だけです。
今までの生活を送ることが悪いわけではありません。そこに意志があれば。
"自分には祈ることしかできません"という発言を何度か(も)見聞きしましたが、その祈りを行動に反映させなければ、それはただの都合の良い言葉です。

容易なボランティアは邪魔になるだけだと、阪神大震災の経験を糧に同じ轍を踏まぬようにと警報を鳴らす(してくれる)人たちがいます。
事実であり、重要な情報ですが、ボランティアをしに行こうという想いをも一緒に摘んでしまわないように注意を払う必要があると思います。
その熱い想いは、タイミングが来たときに必ず必要となるはずです。
その想いが継続する雰囲気を保つことが復興には欠かせないと思います。

この混沌とした状況で、万民が納得かつ実践できる一つの答えがあるとは思えないし、、仮にあったとしても、そうすぐに足並みが揃うことはありません。
復興には10年単位の時間がかかる事を考えると、大切なのは、被災地の人々を、被災地を想い続け、考え続け、それを基に行動する事を続ける事だと思います。


この震災を通して、被災地の方々が取った秩序だった行動はこちらでも大きく報道され、感銘を与えました。アメリカの常識では「ありえない」光景だったといいます。
彼、彼女たちはあの困難際まり無い状況にあって、日本人としての矜持を示してくれました。
それに応えられるか、言葉が思いつきませんが、「義」とでも言うのでしょうか、自分達もまた、日本人としての矜持を示すことができるかが問われていると思います。
それは、違う意見を唱える人を批判しあうことではありません。
想い続け、その想いを基に行動をし続けること。


5月の帰国に関して葛藤を続けています。
リスクがある中、フィオナと一歳未満の謙信を連れて帰国するべきなのか。
夫、父親としての責任を考えたら答えは決まっています。
ですが、復旧復興の為に身を危険に晒して活動している方々、日本人でなくても現地入りして活動してくれている人々、そして彼らにも家族がいる事を考えると、躊躇してしまいます。
自分達が帰国して、日本でお金を使う事だって、ほんのちっぽけですが日本経済を回す力になります。
夫として、父親として、そして日本人として。自分なりに精一杯悩んでいます。

28歳になりました。
父親になってから、最初の誕生日。
これから自分が一つ歳を重ねるたびに、謙信も一つ歳を重ねていくわけです。
成長していく息子に負けないように、こちらも成長を続けていきたいものです。

しばらく更新が滞っていましたが、今まで通りのスタンスで更新していこうと思います。

お祝いのメッセージをくれた皆さん、ありがとうございます。


四分之三熟卵


久しぶりにAthletic Training関係の事を書こうと思います。
(それでもやはりバスケ関係なのですが)
Concussion(脳震盪)についてです。

脳震盪は、頭部へのインパクトによる脳に対するダメージですが、単なる打撲や出血などに留まらず、Chemical Injuryと言われることがあるように、脳内の無数の化学物質も大きく関連している、対処が非常に難しい怪我です。

特に危険なのが、second impact syndromeと言われる、最初の脳震盪が治りきる前に受けるインパクトによって起こる症候群で、死亡率はほぼ50%に、障害が残る確率はほぼ100%にもなります。
脳震盪を発見すること、そして適切なマネジメントは選手の命を大きく左右します。


昨日のHornets vs. Cavaliersの試合中、HornetsのベストプレイヤーであるChris Paulが相手選手との接触で頭を打って倒れ、spine board(日本語でもスパインボードなんですね)に固定されてコートを離れました。


(spine boardに固定されているのは、頭部へのインパクトによる頚椎骨折の可能性を考えての対処です)

さて、Chris Paulはいつ復帰するのでしょうか。
昨日の試合は復帰せず(本人は行けると言ったそうですが)、今晩の試合も出場しませんでした。
これは、Hornetsのメディカルチームの判断です。

他のメジャースポーツと違い、NBAは脳震盪に対するポリシーが確立されていません。
(恥ずかしながら)自分がそれを知ったのは、今年の初め、BucksのLuc Richard Mbah a Moute (変わった名前ですが、カメルーン出身UCLA卒の選手です)が自身の脳震盪受傷と、メディカルチームの対応に対してメディアに口を開いたことによってです。
http://sportsillustrated.cnn.com/2011/basketball/nba/02/08/concussions.ap/index.html

UCLAでプレーしていた時は、脳震盪から復帰するのにNeurocognitive test(症状、記憶、バランス、反応速度などをチェックするもの)をパスすることが義務付けられていて、それに8日間要したのに対し、今年の初めの脳震盪では、いくつかの質問をに答えただけで、”You are fine”とゴーサインが出たことに疑問と、そして不安を感じたのでしょう。
(ちなみに、今取り組んでいるプロジェクトで、このNeruocognitive testの分析をしています)


たとえばNFLでは、試合もしくは練習中に脳震盪を受傷して症状が確認された場合、その後の経過は関係なしに、その日の内に試合や練習に戻ることはできません。
リーグのポリシーがそう定めています。
以前は、意識を失った場合はその日の内にプレーできないというのが決まりでしたが、より厳しくなっています。
また来シーズンからは頭部へのインパクトが確認された場合、サイドラインでのneurocognitive testが義務付けられるとの事です。

MLB, NHLにもそれぞれのポリシーが確立されています。
4大スポーツの中でNBAだけが脳震盪に対するポリシーを持っていません。
理由に、その脳震盪の頻度が理由として挙げられています。
フットボールやホッケーと違いボディコンタクトが制限されているし、ベースボールのように160km/hの速球が飛んでくるわけでもありません。

ですが、実際に今シーズンだけでもSasha vuajcic, Carlos Delfino, Taj Gibson, Corey Maggette, Luc Richard Mbah a Moute, Mike Miller, そして今回のChris Paulと、7件もの脳震盪が起こっています。
(追記:上記の選手達はシーズン開始から2月15日まで、2月15日以降の一ヶ月弱で、Vince Carterをはじめとする4選手が脳震盪か、脳震盪の可能性があると判断されて欠場しているようです)
Delfinoは、復帰するまでに2ヶ月半を要しました。

勿論、NBAのAthletic Trainer達はこの道のプロ中のプロですし、チームドクターをはじめとするサポートも徹底されています。
が、やはりそれぞれに得意分野があり、さらにスポーツの性質上、NFLやNHLのATやドクター達に比べれば、脳震盪を扱う頻度は少ないのは当然です。

それに加え、リーグで統一されたポリシーがないというのは、非常に危険な事態を招きます。
今回のChris Paulの件は、レギュラーシーズンの一試合で起きましたが、仮にあの試合がNBA Finalのゲーム7だったらどうでしょうか?
ゲームに復帰していた可能性はゼロではありません。

脳震盪のマネジメントにおいて、主観性はできる限り排除されなければいけません。
選手の命に関わります。
そしてポリシーは、主観の入る余地を断ち切ります。

今回のリーグを代表するプレイヤーChris Paulの受傷によって、何かしらの動きがあると思います。



日本ではどう対応されているのでしょうか?
以前お話をする機会があったATの方は、プロ野球で働いていた方ですが、選手が頭にボールを当てられて倒れても、ATは出て行くことが許されていなかったそうです。じゃあ誰が評価するの?という話です。
数年前の話ですので今では分かりませんが。
大学、高校レベルではどうなのでしょう。
日本でのAthletic Training普及に関して、ATを配置することによる脳震盪マネジメントの徹底というのは大きな意味をもつと思っています。(医療法とか、いろいろ課題はあるでしょうが。。。)

だらだらと書いてしまったので、この辺りで。