”Is your family okay?”
という友達の携帯メールで目が覚めて知った、東日本大震災。
ABCニュースで放送されていた母国の映像を見て、背筋が凍るという感覚を初めて覚えました。
その後、静岡東部でも大きな地震があったと友達から連絡を受けた瞬間は、”心臓が止まるかと思った”と形容するに全くの疑問を持ちません。
あれから2週間強。
”自分達の日常を変えて(節約して)、それを被災地の人に還元するべきだ”という的の外れたtweetをしてはしまいましたが(アメリカ在住の人を対象とすれば的は外れていないし、そう思っています)、自分なりにできる事を考え、先輩に倣って個人的な募金活動をしてきました。
バスケットボール仲間を中心に、集まった金額はおよそ400ドル。
American Red Crossに寄付されました。
自分には何ができるのか、多くの人が自分と向き合った時間だったと思います。
自分はハードラーの為末大さんのブログを訪れるのですが、著名人であるが故、色々な賛同批判が渦巻きます。
彼の意見や行動にすべて賛同するワケではありませんが、それでいいのだと思います。
被災された方達を想い、喪に服して自粛をするのがあるべき姿と信じるのならば、そうすればいい。
経済を活性化させ国を生かし続けるために不謹慎と言われようが消費活動を
するのが正しいと信じるのならば、そうすればいい。
違う考えの人を批判する必要は全く無いと思います。
批判されるべきは、考えなしに今までの生活を惰性で送る人だけです。
今までの生活を送ることが悪いわけではありません。そこに意志があれば。
"自分には祈ることしかできません"という発言を何度か(も)見聞きしましたが、その祈りを行動に反映させなければ、それはただの都合の良い言葉です。
容易なボランティアは邪魔になるだけだと、阪神大震災の経験を糧に同じ轍を踏まぬようにと警報を鳴らす(してくれる)人たちがいます。
事実であり、重要な情報ですが、ボランティアをしに行こうという想いをも一緒に摘んでしまわないように注意を払う必要があると思います。
その熱い想いは、タイミングが来たときに必ず必要となるはずです。
その想いが継続する雰囲気を保つことが復興には欠かせないと思います。
この混沌とした状況で、万民が納得かつ実践できる一つの答えがあるとは思えないし、、仮にあったとしても、そうすぐに足並みが揃うことはありません。
復興には10年単位の時間がかかる事を考えると、大切なのは、被災地の人々を、被災地を想い続け、考え続け、それを基に行動する事を続ける事だと思います。
この震災を通して、被災地の方々が取った秩序だった行動はこちらでも大きく報道され、感銘を与えました。アメリカの常識では「ありえない」光景だったといいます。
彼、彼女たちはあの困難際まり無い状況にあって、日本人としての矜持を示してくれました。
それに応えられるか、言葉が思いつきませんが、「義」とでも言うのでしょうか、自分達もまた、日本人としての矜持を示すことができるかが問われていると思います。
それは、違う意見を唱える人を批判しあうことではありません。
想い続け、その想いを基に行動をし続けること。
5月の帰国に関して葛藤を続けています。
リスクがある中、フィオナと一歳未満の謙信を連れて帰国するべきなのか。
夫、父親としての責任を考えたら答えは決まっています。
ですが、復旧復興の為に身を危険に晒して活動している方々、日本人でなくても現地入りして活動してくれている人々、そして彼らにも家族がいる事を考えると、躊躇してしまいます。
自分達が帰国して、日本でお金を使う事だって、ほんのちっぽけですが日本経済を回す力になります。
夫として、父親として、そして日本人として。自分なりに精一杯悩んでいます。
という友達の携帯メールで目が覚めて知った、東日本大震災。
ABCニュースで放送されていた母国の映像を見て、背筋が凍るという感覚を初めて覚えました。
その後、静岡東部でも大きな地震があったと友達から連絡を受けた瞬間は、”心臓が止まるかと思った”と形容するに全くの疑問を持ちません。
あれから2週間強。
”自分達の日常を変えて(節約して)、それを被災地の人に還元するべきだ”という的の外れたtweetをしてはしまいましたが(アメリカ在住の人を対象とすれば的は外れていないし、そう思っています)、自分なりにできる事を考え、先輩に倣って個人的な募金活動をしてきました。
バスケットボール仲間を中心に、集まった金額はおよそ400ドル。
American Red Crossに寄付されました。
自分には何ができるのか、多くの人が自分と向き合った時間だったと思います。
自分はハードラーの為末大さんのブログを訪れるのですが、著名人であるが故、色々な賛同批判が渦巻きます。
彼の意見や行動にすべて賛同するワケではありませんが、それでいいのだと思います。
被災された方達を想い、喪に服して自粛をするのがあるべき姿と信じるのならば、そうすればいい。
経済を活性化させ国を生かし続けるために不謹慎と言われようが消費活動を
するのが正しいと信じるのならば、そうすればいい。
違う考えの人を批判する必要は全く無いと思います。
批判されるべきは、考えなしに今までの生活を惰性で送る人だけです。
今までの生活を送ることが悪いわけではありません。そこに意志があれば。
"自分には祈ることしかできません"という発言を何度か(も)見聞きしましたが、その祈りを行動に反映させなければ、それはただの都合の良い言葉です。
容易なボランティアは邪魔になるだけだと、阪神大震災の経験を糧に同じ轍を踏まぬようにと警報を鳴らす(してくれる)人たちがいます。
事実であり、重要な情報ですが、ボランティアをしに行こうという想いをも一緒に摘んでしまわないように注意を払う必要があると思います。
その熱い想いは、タイミングが来たときに必ず必要となるはずです。
その想いが継続する雰囲気を保つことが復興には欠かせないと思います。
この混沌とした状況で、万民が納得かつ実践できる一つの答えがあるとは思えないし、、仮にあったとしても、そうすぐに足並みが揃うことはありません。
復興には10年単位の時間がかかる事を考えると、大切なのは、被災地の人々を、被災地を想い続け、考え続け、それを基に行動する事を続ける事だと思います。
この震災を通して、被災地の方々が取った秩序だった行動はこちらでも大きく報道され、感銘を与えました。アメリカの常識では「ありえない」光景だったといいます。
彼、彼女たちはあの困難際まり無い状況にあって、日本人としての矜持を示してくれました。
それに応えられるか、言葉が思いつきませんが、「義」とでも言うのでしょうか、自分達もまた、日本人としての矜持を示すことができるかが問われていると思います。
それは、違う意見を唱える人を批判しあうことではありません。
想い続け、その想いを基に行動をし続けること。
5月の帰国に関して葛藤を続けています。
リスクがある中、フィオナと一歳未満の謙信を連れて帰国するべきなのか。
夫、父親としての責任を考えたら答えは決まっています。
ですが、復旧復興の為に身を危険に晒して活動している方々、日本人でなくても現地入りして活動してくれている人々、そして彼らにも家族がいる事を考えると、躊躇してしまいます。
自分達が帰国して、日本でお金を使う事だって、ほんのちっぽけですが日本経済を回す力になります。
夫として、父親として、そして日本人として。自分なりに精一杯悩んでいます。