以前は見えていなかった事が、見えるようになっているのか、
それとも見えるようになったと思いこんでいるのか。

自分は前に進んでいるのか、
それとも前に進んだと思いこんでいるだけなのか。

技術や知識の良し悪しを、その持ち主で判断しないようにすること。
そして何より、自分に対して、懐疑的であること。

インターンも折り返し地点を過ぎて、残り一ヶ月。
シカゴを去るときに、このエントリーを読み返して、何を思うかな。
アメブロ(雨風呂って変換された。お風呂に入りたい。)がメンテナンス中で更新できませんでしたが、7月4日は2回目の結婚記念日でした。

結婚前は3年間、台湾とアメリカの遠距離だったので、多くの記念日を離れ離れに過ごしました。
なので、結婚後の記念日は全部一緒に過ごそうと思っていたのですが。
やはりそう簡単にはいきませんでした。

離れている間は辛いですが、そういう時間だけが持つ、絆を強くする力があることは経験からお互い(多分)知っています。
一ヵ月半後の再会を楽しみに、一日一日を大切にしていこう。
遠く離れていたって、同じ時間を過ごしているんだから。
自分の力を上げようと上げようとする時、大きく分けて2つの考え方があると思う。
一つは、自分の得意とするもの、長所に磨きをかけること。
もう一つは、自分の苦手とするもの、短所を克服すること。

今のインターンを始めて、一日中アスリートと接する生活を2年ぶりに過ごしています。
改めて気づいたのは、やはり自分は現場の人間だということ。
自分の力が発揮できる場所だし、なにより楽しいのである。

MSUのPhDプログラムに進学したのは、文頭で書いた、後者の理由によるもの。
Master's degree(修士号)を持っているとはいえ、自分が卒業したのはEntry-level ATEP(Athletic Training Education Program)といって、ATCになるためのプログラム。
研究のバックグラウンドは無いに等しく、そして研究自体、リサーチペーパーを読むのすら好きではなかった。
けれど、長期的に自分の歩む道を考えたとき、研究の経験は将来現場で働く際に大きな力になると思い(研究の経験が無いままでは、自分の成長にストップがかかると思ったと表現してもいいかもしれない)、PhDプログラムに進学することを決意。

クラスメイトたちは、ほとんど、というか自分以外、将来は教授や研究者になろうとしている人達。
自分の苦手とする分野で、それを土俵とする人達に混ざるのは、自分で信じて決めた道とは言え、しんどい時が結構ある。
劣等感というのは大きなモチベーションにもなるけれど、やはり好んで感じたい類の感情ではない。
今、四年間のプログラムの半分を終えたところだけれど、2年後の事よりも、今後2年間の方が先は見えないといえば状況がわかりやすいかも。

そんな中で始まった、このインターン。
久しぶりの自分の土俵が、なんというか楽しくて仕方がない。
そうすると、敢えて苦境にいなくてもいいんじゃないのかって声がちらほら自分の内から聞こえてくる。

でも、冷静に考えると、2年間のMSUの現場から離れた場所で学んだ事が、今の自分と3年前の同じ場所でインターンをしていた自分と違いを生んでいる理由の一つだと気づく。

そうか、これか、と。

多分、MSUで現場から離れた場所で得られる経験のうち、現場に「直接活きる」類のものの8割は既に得たんだと思う。
仮に今プログラムを辞めても、当初の目的はほぼ達成されたと言ってもいい。
2年前の自分が現場で10年間過ごすのと、今の自分が現場でこれから10年間過ごすのでは、成長のスピードに明らかな違いがあると確信できる。

だから、学校を辞めます。

というのは冗談で、残りの2割(+学位)を得るために、楽しみは後にとっておいて、もう暫くしんどい思いをしようと思います。
きっと、残りは2割と思っている今の自分には計れないモノがある気もするし。

なんて言って、またセメスターが始まったら、同じ葛藤を抱くんだろうな。
それはそれでいいか。
迷ったときは、キツい方を選んでいく。
もう暫くはそういう生き方をしよう。
一人じゃないし。
シカゴでのインターンが始まってから1週間が経ちました。
2年前にインターンをさせてもらったATTACK Athleticsで働かせてもらっています。

二年前は、一生懸命働く事でなんとか貢献しようと奮闘していましたが、今回はATTACKが提供するサービスに貢献することが目的です。
1週間経って、(自分の技術、知識、経験はまだまだだという事は分かっているけれど)2年前とは違うことを自分でも感じているし、Timをはじめとするスタッフにも認めて貰えていると思います。

NYで学んだこと、MSUで学んでいることが、その違いを生んでいることは間違いありません。
今在籍しているMSUへは、KnicksのヘッドATのRogerの力添えがなければ進学できていなかったと思うし、
そのKnicksでのインターンは、Timの電話が最後の一押しになったのは間違いないと思う。
ATTACKCから始まったこの3年間で得たものを還元できているのは、そしてそのチャンスを貰えた事はとても嬉しいことです。

今はメインのクライアントであるNBA選手達が現れていないので、全体的にはゆっくり。
自分は、自分が働き始めた前日からトレーニングを始めたフットボール選手のワークアウト前後のケアと、ワークアウトの補佐が主な仕事。
彼は一日に2セッションのトレーニングをするので、ほぼ一日中彼と過ごしている感じになっています。
それにしても、一人の選手にじっくり時間をかけれってステキなこと。
Spine&Sacrum evaluation, TrA activation, Muscle firing patternを軸に、毎日の評価に基づいて、muscle energy、 joint mobilization、Myofascia release、 strain-counterstrainなどを使ってワークしていますが、目に見える、または感じられる変化があって、選手自身もポジティブな変化を感じていて、それがパフォーマンスにも表れているので、今のところは順調です。そして楽しい。

明日からは、Nike Skills なんちゃらというクリニックがATTACKで2週間ほど行われます。
有望な若い選手を対象に、NBAのオールスター選手が指導するらしく、Nikeの人達が来て、彼らのすんごく大きなポスターを天井から吊るしていきました。
自分の仕事は変わらないし、(きっと贅沢な慣れなのでしょうが)オールスター選手がくるからといって特別思うこともないし、仕事の合間にクリニックを除いて、何か学べればいいかなって思っています。

6時に家を出て、8時帰宅という生活なのですが、インターンだけでなく、自分の学校の事も進めていかないとマズイので(けっこう切実)、タイムマネジメントをしっかりしないといけません。

明日の準備をして、早く寝なきゃ。
気が付けば、「帰国」というタイトルの前回の更新から一ヶ月、そして自分は一人でアメリカに戻る途中の成田空港。

今回の日本滞在は、過去を振り返るというか、確認すること、そしてそれらに感謝することが意義だったと思う。それは、もう戻れないという感傷や、戻って来れないかもしれないという覚悟を伴う作業でもありました。それをしっかりと自分の中に消化して、これから進んでいかなければいけません。

台湾滞在は、うってかわって賑やかなものでした。3週間ぶりに再会した息子は成長著しく、目が離せずに、なかなか息をつく暇を与えてくれませんでした。いい事です。
台湾のエネルギーに溢れた雰囲気は相変わらず好きだし、フィオナの生まれ育った街を3人で歩くというのは、いいものでした。フィオナの家族も、いつもながら本当によくもてなしてくれました。

台湾から成田行きへのA航空のフライトがキャンセルされ、前日に同系列(?)のE航空に割り当てられたものの、いざ空港につくとオーバーブッキングされている事が判明、さらにA航空がE航空に必要事項を連絡していなかったために、キャンセル待ちしかできず。出発ギリギリで席が空き、係員と一緒に搭乗口へ駆け込むというドタバタがあったので、フィオナと謙信と別れを惜しむ間もありませんでした。今になってジワジワと寂しさが沸いてきています。

これから2ヶ月間、自分はアメリカ、二人は台湾。 空港に向かう車のカーシートに謙信を乗せる時に、抱えながら「元気でいろよ」「あまりフィオナを困らせちゃだめだぞ」などと話かけていたのですが、状況が分からずに声を出して笑っている謙信をみて涙が出そうになりました。2ヵ月間に大きく成長することでしょう。

この2ヶ月間は、自分自身に集中できる、この先そうない時間でもあります。フィオナに対する信頼なしには考えられないことです。台湾の家族のサポートがあるとはいえ、子育ての責任を任せるのは辛いものがあります。その分、この2ヶ月間で自分が得るものを、家族の未来を支えるものにしなければ、2ヵ月後に2人に顔向けできません。 心許なさというのが正直拭えません。いつも傍で支えてくれていた存在の大きさを感じます。これが弱さというのならば、それでもいいでしょう。そういう存在が自分の人生を共有してくれる事の幸せと引き換えなのだから。


さて、少し気合いれますか。