猫と息子と美容とダンナ -10ページ目

息子の進路

小学生の頃、息子は
弁護士になると言っていました。
頭は完ぺきに文系で、
中学受験も得点源は国語でした。

なんでも即仕事に結びつく
学部に進んでくれればいいと
思っていましたが、たまたま
高校時代に経験した豚の脳の
解剖に興味を持ったことが
医学部受験への道を開きました。

まぁ、それ以上に
親の私が歯科関係の団体に
長く勤め、医療という世界に
近かったことでなんとなぁ〜く
そっちの方に誘導したんだとは
思いますw

ズバ抜けた頭脳のある
友人たちはそりゃあ世界に
向けて羽ばたいて行ってますよw
でもね、うちの子は凡才。
そういう子ほど「先生」と
呼ばれる姑息な手段を
取らなきゃならないと
私は思っています。

中高時代にしかできないこと

往々にして親にとっては
子どもの中高時代が
「大学への途中経過としての
6年」になりがちですが、
この6年は「親」と「子ども」として
ゆっくりと関わり、過ごすことの
できる最後の時間でもあると
思います。

息子は6歳頃からバイオリンを
習い始め、中高の頃にはそれなりに
弾けるようになっていたので、
楽器を通しての楽しみを広げて
やりたいと思っていました。

音大に進むようなレベルではないし、
息子がアイリッシュフィドルや
葉加瀬太郎にはまった時間を
親の私も一緒に楽しみ、借金してまで
2人でアイルランド旅行に
行ったりしましたウインク
飛行機もホテルも自分で手配し、
全くのフリー旅行。
息子はアイルランドの街中での
即席ストリートミュージシャン、
パブでのセッションも経験し、
バイオリンケースに投げ入れて
もらった小銭で貯まった1万円程で
気に入ったスニーカーを買って
帰ってきました。

親の方もまだ年齢的に
こんなことができる気力体力が
ある時です。
大学受験だけを見据えれば
色々と脱線していた親子でしたが、
今でもあの時間はかけがえのない
親子の時間だったと思います。


中学受験その後 4

以前も書きましたが、
進学した中高一貫校は
決して私の理想とする
学校ではありませんでした。

入学してしばらくし、
部活仲間の親同士の懇親会があり、
場所は東大駒場内のレストラン。
OBなどはよく利用します。
セッティングしたお母さんの
一人はみんなの会費を集めた上で
これみよがしに支払いのために
東大の銀杏の校章が付いた
クレジットカードをテーブルの端に
置きました。
OGな訳ですw

先輩ママからの話題も
進むべき道がまるで
東大しかないような感じでした。

仕事場からバタバタと父母会に
駆けつけると、お母さん同士が
子ども達が今学習している
国語の教材の内容で盛り上がって
いたりします。
知らねーし、そんなのw

晩秋の文化祭は息子達以上に
親がその内容を絶賛し、
盛り上がり、開催される3日間、
連日通う親すらいます。

すでに子離れに取り掛かっていた
私には理解できないものでした。

そして、多くの親が
全く問題視せず、しかし6年間を
通して絶えることのなかった
校内での盗難の数々の方が
私にとっては関心の高いことでした。