最近、新たな出会いがあった。


確か出会ったのは2月。

まさかこんな展開になるなんて思ってもいなかった。


仕事で会ってやりとりをするようになって、
個人的に連絡が来るようになった。

食事に誘われるようになった。

一度だけ、食事に行った。


そんな彼からも、地震の心配メールがきていた。



それから…

別れは出会いの始まりっていうけれど

不倫を終わりにしたタイミングで
過去に何度か告白された人から、また久々に連絡がきた。


その人は3年前から私のことを好きだと言ってくれていて
だけどどうしても好きになることができずに
もう連絡をとるのもやめていた。


どうしてなんだろう…


こんなに、出会いはあるのに

こんなに、独身の男なんてたくさんいるのに…



3年もずっと私のことを好きでいてくれてる人

この人を好きになれたらどんなに幸せか…

何度も思った。


だけどどうしても好きになれない。

好きになろうと努力しようにも
それができない。

人を好きになる気持ちは、理屈じゃない。

だから苦しい。



新しい独身の人は
話してみると、今時珍しいと思えるほどに
結婚願望が強くて、子供も大好きで
「すぐにでも結婚したいし、子供がほしい」と言っていた。


「奥さんと子供がいたらそれだけで幸せで
浮気なんて考えられないけどな~」
とも言っていた。

本当だろうか。

本当だったらいい人なのに。


男って、ある程度はみんなそのつもりで結婚するんだろうな。


奥さんを愛して結婚して

子供が産まれたら可愛くて愛おしくて


だけど、それでも浮気、不倫する男がいる。
世の中にうじゃうじゃと。


結婚してる男って誠実に見えていた。
昔は。

結婚という責任を果たした男。
しっかりしてる男。
家庭を守っている男。

良いイメージばかりだった。

だけど、今は違ってしまった。


結婚してるからって
結婚指輪をしているからって
誠実だとは思えない。

むしろ不信の目で見てしまうようになってしまった。


これも不倫の代償なのか…。





“女は愛される方が幸せ”

そんなふうに聞いたことがあるし
自分でもよくわかる。


愛される方が、苦しまなくていいし、楽だ。


それがわかっていても
愛されることだけに幸せを感じられない私がいる。


ちゃんと好きな人じゃないと嫌だ。

ちゃんと自分も愛していないと楽しくない。
嬉しくない。
幸せじゃない。

そう思ってしまう。



どんなに愛してくれる人であっても
自分も愛していないと
その人の為に何かをしてあげたいと思えないし
生活を共にしたくないし
その人の子供を産みたいと思えない。

つまり、結婚したいと思えない。


結婚って、妥協しないとできない…?


妥協で結婚はできない。したくない。

きっといつか後悔しそうで怖い。


だけど、父の幸せの為になら
諦めるしかないのか…。

父の幸せが私の幸せであるのなら…。



幸せって何なんだろう

自分の望む“女としての幸せ”なんていうのは
やっぱり無理があるのかな


色んなことを諦めて妥協しながら
小さな幸せを見出していくしかないのか…


そうでもしないと
このままずっと孤独な人生を生きていくことになるのか…





周りにいる独身の人
誰か1人でもいいから
たった1人、好きになれればいいのに

簡単なことだと思うのに

どうしてこんなに難しいんだろう


父の望んでいる幸せは
すぐ近くにありそうな気がするのに…




地震発生から数日後

また、連絡があった。

あの人から。


泣いてる場合じゃないのに、
その着信にたちまち心は乱された。


あの地震の恐怖が蘇った。

心細くて不安だった思いが。


でも…

やっぱりその電話に出ることはなかった。

あそこで出てしまっていたら、ダメだった気がする。


あの不安定な気持ちのまま
あの人の声を聞いてしまったら
今まで我慢してきた3ヶ月が
張りつめていた細い糸が、一気に切れてしまうと思った。



その電話があってから
仕事の手は止まり
ボロボロ涙が溢れてきた。

色んな思いがせきを切ったように溢れ出して
声を出して泣いていた。


それでも、必死に必死に
気持ちを抑えた。

会いたい気持ちを
すがりたい気持ちを。




私とあの人は家族じゃない。

家族にはなれない。


あの人には家族がいる。

自分の家族と
相手の家族と。

それを大事に守っているんでしょう?

もういいじゃない

もう、その家族だけを大事にしていけばいいじゃない

だから結婚したんでしょう?


私のこと、放っておいてよ

もう構わないでよ…






恋しい気持ち、会いたい気持ちを必死に堪えながら

それはまるで禁煙だったり、断酒だったり、薬物だったり
それらの中毒患者のように
“あの人”という依存症から抜け出すために
もがきながら
毒素が抜け切るのを待つしかない日々。

時間が経つのをひたすら待つしかない。




そういえばもう3月も終わり。

もう春だ。


あの人と出会ってからのこの6年と5ヶ月の間

ひとつの季節を、会わずに連絡も取らずに過ごしたことはない。



寒くて人恋しかった冬が終わる。

一番寂しく辛かった季節。

これを乗り越えれば、春が来る。

暖かくなれば、もっと大丈夫になるはず。


もうこれ以上恋しくなんかなりませんように。




とにかく、揺れがおさまるのを待ち続けた。

おさまったかと思っても
何度も何度も余震が続いた。

でもそんな恐怖の中でも
私は仕事を続けた。

そうすることしかできなかった。


携帯は繋がらなくなっていた。

固定電話も使えなくなっていた。


家族を思いながら
友達を思いながら
そして
あの人を想いながら
不安と恐怖の中、ただ仕事を続けた。



夜遅くになって、やっと携帯が使えるようになった。

心配してくれたメールが何通かきていた。

そのメールを見て、涙が流れた。


そして、ずっと実家の電話にも携帯にも繋がらなくて
心配だった家族から、電話がかかってきた。

家は多少の被害はあったようだけど
家族はみんな無事だとのことだった。

安心した。


それから…
先輩じゃない独身彼からも。

しかもその頃私は風邪もひいていて
彼からの誘いを断っていたこともあって

「地震と風邪と大丈夫かー?」って。


友達も、家族も、独身の人も

私のこと心配してくれる人がいるんだ…

1人じゃなかった

みんなありがとう。。


人の温かさに触れて、泣いた。



心細くて泣いてる場合じゃない

生きてるだけでも幸せなんだ

家族が無事でいるだけでも幸せなんだ

家があることだけでも幸せなんだ


泣いてる場合じゃない。


愛だの恋だの
ましてや不倫だの言ってる場合じゃない。


あの人を想って泣くことすら
不謹慎な気がした。