西九州語(長崎方言)の特徴について(3) | 気まぐれな梟

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 今日は、「フォーク歌年鑑 '74 フォーク & ニューミュージック大全集 12」からよしだたくろうの「襟裳岬」を聞いている。

 

(11)西九州語の音声と音韻

 

 崎谷満の「新日本列島史(勉誠出版)」(以下「崎谷論文1」という)は、西九州語の音声と音韻について、以下のようにいう。

 

(c)西九州語長崎市方言(長崎語)における母音の例

 

表3-1 西九州語長崎市方言(長崎語)における母音。音声記号はIPA2005による。

 

I、短母音
a[a] baraka[baraka]「荒々しい」

e[e] yesuka[jesuka]「ぞっとする程気持ちが悪い」
i[i] ige[ige]「(植物の)棘」
o[o] oroyika [orojika]「祖末だ」
u[u] kosuka[kosuka]「ずるい」

 

II.二重母音
ay[al]  harakaytor [harakai'to?]「怒ってしまっている」

ey[ei] seytor [sei'to?]「(腹が)痛くなってしまっている」   
oÿ[oi] soy-nuÿ to[soilto]「その人の(もの)」
uÿ[ul] suytor[suito?]「好きになってしまっている」
 

Ⅲ.長母音(long vowels)

(1)二母音の融合・借用語・その他
aa[a:] aa-site [a:zjite]「あのようにして」
ee[e:] yokee[ Ijoke:] 「たくさん,もっと」

ii[i:]   biidoro [lbi:doro]「ガラス」

oo[o:] ookika[o:kika] 「大きい」
ow[o:] dwdoka ['o:doka]「横柄だ」
uu[u:] suupu [su:pu]「スープ」
uw [u:] yonnyuw「'jop.jiu:| 「たくさん」
      -
(2)語幹子音の軟化(母音化)
aw[:](く[ap]) awte [a:lte]「会って」      -
ow[o:](く[op]) owte [o:te)「追って」     -
uw [u:](く[up]) nuwte [nu:te] 「縫って」       -
iw[ju:](く[iw]く[iu])  iwte[ju:te]「言って」         一
iy[i:](く[ij]く[ik]) kiytor [ki:t0?]「聞いてしまっている」

 

(3)接尾辞の母音化
iw[ju:](く[iu]く[imu])  miw ['mju:]「見よう」           
ew[ju](く[eu]く[emu]) tabew[tabju:]「食べよう」
            -

IV.わたり音
V-w-V[-w] uwo [uwo]「魚」

       karawu [karawu]「担う(直説法アオリスト現在)」
V-y-V[-j-] siyawase [fijawase]「幸せ」

       karaye[kara'je]「担え(アオリスト命令法)」
        -

(d)音節構造

 

 音韻論に含まれる音節構造に関する理論的成熟とともに,言語学的普遍性の観点から全世界の言語の比較が同一の尺度で行われるようになった。ただし日本語における音韻論や音節構造の研究だけは大幅に遅れている。

 

1)音節構造の普遍的構成

 

 音節構造は以下のような普遍的構成を取る。


・音節は,起部一核部一尾部という三部構成となる.


・音節の起部(O)は音節開始部の子音を,核部(N)または頂は音節の母音を,尾部(C)は音節末の子音をそれぞれ定義する。そして核部と尾部とを併せて韻と定義する。


・音の長さの最小単位であるモーラは音節の下部単位の構成要素の一つである。
 

・音節の起部はモーラカウントされない。音節の長さを決定するのは韻つまり核部十尾部である。

 

2)長綺語における音節構造の特徴

 

 長綺語における音節構造の特徴は以下のようになる。

 

イ)起部条件


 長綺語の起部条件によると,語頭に位置することができる子音は一個だけ(C)である。しかし起部の子音はモーラカウントされない。語頭子音複合,例えばイタリア語のstrada CCCV.CV「道」のような例は,長崎語の起部条件には当てはまらない。硬口蓋化音も一つの子音である。

 

ロ)格部条件


 長崎語の核部条件によると,長崎語の母音として位置することができるのは短母音(V),二重母音(VV),長母音(VV)の三種類である。短母音では1モーラ,二重母音一長母音では2モーラとしてカウントされる。


 ウラル系のフィンランド語やハンガリー語では短母音と長母音との区別がスペルにも明示される。さららにウラル系のエストニア語では超長母音(3モーラ)の区別さえある。

 

ハ)尾部条件

 

 長崎語の尾部条件によると,長崎語の音節末に位置することができる子音は一個だけ(C)である。そして1モーラの価値を持つ。語末子音複合,例えばドイツ語のsagst  CVCCC「(君が)言う」のような例は,長綺語の尾部条件には当てはまらない。

 

 なお尾部条件に当てはまる子音の多くは二重子音または音節末による場合である。単語としての語末子音に位置することができるものは長崎語においてはs[s],n[ŋ],r[?]に限られる。

 

 それでも九州語の場合は日本語よりも語末音節の種類が多いので閉鎖音節の頻度が高くなる。

 

二)モーラ音節

 

 長崎語の場合は3モーラ音節を構成することができる。東京語などの日本語では2モーラまでなので,長綺語のような九州語の言語構造を日本語のものと混同しては行けないことを示している。

 

ホ)二重母音

 

 九州語の影響を留める上代奈良語の語頭陰母音eは,当時の中国語発音を参照した研究である森によると,その二つの母音の重合という由来a+iの形を残して,二重母音として発音されていたようである。現代東京語の音韻構造を上代奈良語に持ち込んで,上代奈良語の音節が全て短母音であるとみる見方は,一種のアナクロニズムであるので注意が必要である。歴史的視点の確立の必要性,そして方法論的厳密さが要求される。

 

 崎谷論文1は、以上のように、西九州語の長崎方言(長崎語)は、日本語よりも語末音節の種類が多く、3モーラ音節を構成することができ、二重母音が存在していたという点で、日本語と異なった特徴を持っていたという。

 

(e)アクセント

 

1)アクセントの分類

 

 西九州語長崎市方言の音節構造の特徴,つまり音節の長い・短いの区別がモーラによって決定されるという特徴は,そのアクセントの位置決定に本質的な役割を果たしている。

 

 音節の長い短いの区別が高低アクセントの位置決定に重要な役割を果たしている言語としてラテン語が有名である。長綺語の特徴はこのように言語学的普遍性を持つ現象である。


 高低アクセントは声調と同一のカテゴリーで考えられる。そして平声調と曲声調とに二分される。ピッチアクセント・声調自体は,ストレスアクセントおよび抑揚と対立する。


 従って,アクセントの分類は以下のようになる。

 

 1.ストレスアクセント

 2.ピッチアクセント=声調
   2.1平声調
   2.2曲声調

 3.イントネーション

 

2)平声調

 

 平声調は,そのピッチによって5段階に分かれる。数字で記載する場合は一番低いものが1,高いものが5である。

 

 5段階平声調
  超高:5-1
  高 :4-1
  中 :3-1
  低 :2一1
  超低:1-1

 

 ピッチが2段階にしか分かれない言語では,以下のように記載する。

 

 2段階平声調

  高:H-
  低:L

 

 長崎語の声調システムはこの2段階平声調に相当する。

 

 長崎語は曲声調を持たないので,シンプルな記載で十分である。

 

3)西九州語長崎市方言(長崎語)のアクセント体系

 

 西九州語長崎市方言(長崎語)のアクセント体系は,以下のとおりである。

 

イ)平声調のピッチアクセント

 

 長綺語はピッチアクセント言語である。曲声調は見られず,平声調のみである。

 

ロ)高低アクセントのアクセント類型

 

 長崎語の高低アクセントのアクセント類型は,語頭高型、語末高型,低型の三つに分かれる。
 

 これらに加え,潜在的な高型アクセントを持つ付加語・辞があり,後賛辞として,アクセントの位置に影響を与える。

 

ハ)語頭高型


 長崎語の語頭高型は,第1音節か,あるいは第1音節十第2音節に位置する。後者の場合,高型アクセントが一つ右の音節へ右方拡張を起こすことになる。そして第2音節が第1アクセント,第1二苣節が第2アクセントを取る。

 

 語頭高型が第1音節に来るのは,2音節語で共に短音節の場合と第1音節が長い場合の二つである.
 

 語頭高型(H1)が第1音節,第2音節の双方に来るのは,第1音節が短く第2音節が長い場合、3音節以上で最初の二つが短い音節の場合、共に長い第1,第2音節の境が二重子音の場合の三つである。これは高型アクセントの右方拡張である。


 共に短音節で構成される語頭高型2音節語に,潜在的な高型アクセントを持つ付加語・辞が付加された場合,右方拡張を引き起こして,第1音節,第2音節の双方に高型アクセントが来る。この場合,この付加語・辞は後倚辞として作用している。

 

二)語末高型


 長綺語の語末高型は,必ず語末に高型が位置する。

 

 潜在的な高型を持つ付加語・辞が付加された場合でも全体の最後に高型が右方移動する。ただし低型を持つ付加語・辞が付加された場合はそこまで右方移動することはない。

 

ホ)低型


 長崎語の低型は,常に低型を維持する。

 

 高型を持つ語に低型の付加語・辞が付加されても,高型が低型を持つ付加語・辞まで右方拡張することも右方移動することもない。

 

へ)南九州語とも他の日本語諸語とも異なるアクセント体系


 このように西九州語長崎市方言は,南九州語とも他の日本語諸語とも異なるアクセント体系を保持している。

 

 ただし北琉球語中南部沖縄語の首里語のアクセント体系は西九州語長綺語と類似のアクセント体系を持っている。

 

 西九州語は日本列島中間部の言語的ホームランドの言語であるだけに,一つのプロトタイプと考えていい。

 

 西九州語は,アイヌ語を除く日本列島諸語(琉球語および九州語・日本語)の共通の祖語に由来する言語であるという歴史的重要性を持っている。

 

 崎谷論文1によれば、北琉球語中南部沖縄語の首里語のアクセント体系は西九州語長綺語と類似のアクセント体系を持っているというが、この類似性は、おそらく、九州語が琉球列島の流入してきたという事情に由来するものであったと考えられる。

 

 そして、崎谷論文1がいうように、西九州語長崎市方言が,南九州語とも他の日本語諸語とも異なるアクセント体系を保持しているのは、おそらく、後期旧石器時代の言語の痕跡が、西九州語長崎市方言に残存しているということであると考えられる。

 

4)アクセント連結法則


 ピッチアクセント(=声調)を持つ語同士が接続する場合,相互に作用することによってアクセントの型が変わるのが一般的である。その法則,つまりアクセント結合法則(連声法)は言語ごとに複雑な体系を持つ。この複雑な体系の背後には,二つの同一声調は連続しないという一般法則が作用している。

 

 長崎語のアクセント連結法則は,やや複雑である。


イ)長崎語のアクセント連結法則

 

 長崎語では,そのアクセント連結法則は以下の二つに集約される。


 TSR I

 

  高型アクセントを持つ二つの語が接続する場合,どちらか一つの高型アクセントは抑制され,新たにできた一つの句は一つの高型アクセントのみを持つ。場合によって,右方拡張),右方移動が見られる。


 TSR 2

 

  高型アクセントを持つ語に低型アクセントを持つ付加語・辞が接続する場合,原則としてアクセントに変更はない。

 

ロ)二つの高型アクセントを持つ語が接続する場合に、後者の高型アクセントが抑制される場合


 二つの高型アクセントを持つ語が接続する場合に,後者の高型アクセントが抑制される場合は,以下の通りである(H1:語頭高型,H2:語末高型,HO:潜在的な高型)。


  ・H1十H1→H1十_→H1
  ・H1十H2→H1十_→H1
  ・H1十HO→H1十_→H1
  ・H2十H1→H2十_→H2
  ・H2十H2→H2十_→H2
  ・H2十HO→H2十_→H2

 

ハ)二つの高型アクセントを持つ語が接続する場合に,前者の高型アクセントが抑制される場合


 二つの高型アクセントを持つ語が接続する場合に,前者の高型アクセントが抑制される場合は,以下の通りである。


  ・H1十H2→_十H2 →H2


 (4)高型アクセントを持つ語に低型アクセントを持つ付加語・辞が接続しても,アクセントの型に変更はない。二つの語の境を超えて,一つ目の高型アクセントが右方拡張も右方移動もすることはない。

 

   ・H1十L
   ・H2十L
   ・H1十HO十L → H1十L
   ・H2十HO十L→ H2十L

 

二)右方拡張


 二つの短音節による語頭高型(HI)の場合,後続する低型を持つ付加語・辞によって,一つ目の語に留まる範囲内で右方拡張が引き起こされる。この場合低型を持つ付加語・辞は後倚辞として作用する。

 

 以上のように、崎谷論文1によれば、西九州語長崎市方言の言語の特徴は、日本列島中間部の他の日本語とは異なっていると考えられる。