今日のテーマは「好奇心ってなんだろう?」です。

 

好奇心と同時に気になるのは、行動力・実行力といったもの。

 

私の場合、「ちょっと興味ある」ぐらいのものはいくらでもあるんですが、その興味を持ったことを実行するかというと、あまりしていない気がする。

 

大抵のことは、やってみて無茶苦茶面白かったということはないにしても、まあこれはこれで悪くないかぐらいの感想には落ち着くので、だったら別にやってもいいじゃんと思うんですが、なぜかやってない。

 

と書いていて、幼かった頃の私について母から聞いた話を思い出した。

 

横断歩道を渡る際、信号が点滅していたら渡ろうとしなかった。これはまあ、普通ですね。

 

じゃあ青になったら渡るのかというと、もうちょっとで赤に変わるから渡らないとか言ってたみたいで、それじゃあ永遠に渡れないじゃないと母にツッコまれていたようです。

 

ということは、「興味があってもあまりやらない」という私の行動パターンは、リスク回避によるものなのか?

 

と心に聞いてみると、「違う」と言われました。

 

じゃあなんでだろうと無意識モードで探ってみると、「大きな感動を得られなかったときの失望が怖いから」というイメージが浮かんできた。

 

それは確かに、私にはある。

 

趣味のゲームや動画鑑賞、その他諸々においても、「まあまあ面白い」ぐらいだとなんか嫌になってストップする、ということが多い。

 

一方で、それぐらいのことをダラダラと楽しめるようになったらいいよなー、みたいなことをこの前ブログで書いた気もします。

 

ではなぜ大きな感動を求めるのか? というのを探ると、「人生とは素晴らしいものだとわかっているから」というのが浮かんできました。

 

それと同時に浮かんだのは、人間はそれぞれ、無意識力と名付けた無形のステータスやらなんやらによって、同じ世界を生きているようでも実際には全然違う世界を生きている、ということ。

 

私は、私の無意識力に合った素晴らしい世界と、現実に感じている世界の魅力が合致せず、ゆえに自分を満足させてくれる珍しいものを求め続けているのだろうか?

 

とは思ったものの、でもこの渇望って本物の気持ちじゃなくて、支配によるものじゃない? と心に聞くと、「その通り」と返ってきます。

 

ということは、実は普段からいろんなものに素晴らしさを感じているのに、それが支配によって「価値のないもの」であるという認識に歪められている、ってこと? と心に聞いたら、「そう」だそうです。

 

それはなんとも人生をつまらなくする話なので、対策は? と聞くと、「斬れ」とお決まりの返事。

 

とはいえなにを斬ればいいんだろうと、また無意識モードで探ってみると、本来は私自身が感じるべき価値の評価を、私以外の誰かが代わりにやって、それを私に押し付けている、というのが浮かんできました。

 

わかりやすそうな例えで言えば、自分がすごく読んで感動した本が、Amazonレビューとかで平均☆2や3だったりすると、あれ、もしかして自分の感動って間違ってたのかも? と揺らいでしまうような感じ。

 

自分が感じたことは、他人がなんと言おうと変わらないはずなのに、でもなんか変わってしまうということもある。

 

それは人と人とがつながっているからではあるものの、なんでもつながりゃいいってもんじゃないよなと、こういう事例を思うと感じるんです。

 

というわけで、そんな感情泥棒を斬るイメージを適当に浮かべたり浮かべなかったりしつつ、日々を過ごしてみようかと思います。

 

 

 

このブログの記事は全て、大嶋信頼先生が開発された「心に聞く」を用いて書いています。

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