最近心はまたブログのテーマを出してくれるようになってきてるんですが、今日のテーマは「努力をせずに変わる方法」です。
ということで早速努力をせずに、どうすりゃ変われるの? と心に聞いてみると、「考えてみ」と努力を要求してくる。
が、考えることの全てが苦痛というわけでは別にないので、考える=努力、と定義する必要はないのかもしれない。
そう、私にとっての努力の定義は、「やりたくないことを頑張ること」となっている。
だったら逆に言えば、やりたくないことをしないようにしていれば、それが答えになるんじゃないの? と思ったんです。
だって、なにをやっていても、あるいはなにもやっていなくても、人は勝手に変わるものだから。
と心に言ってみると、「それはその通り。その上で、自分が望む変化を努力せずに起こすにはどうすればいいか、考えてみ」と言われました。
今の延長線上で考えるなら、自分が望むことを、つまりはやりたいことをやれば努力せずに変われるのでは? と聞いてみると、「80点。もうちょいや」だそうです。
まあ確かに、自分がやりたいことをやっていても、自分が望む変化はなかなか起きない! ということも結構ある気はする。
こういった問題の原因については、シンプルに考えれば、因果関係が間違ってるからとなります。
私がよく出す例えで言えば、目的地が北にあるのに、南に行く計画をいくら熱心に練って実行したところで、目的地にたどり着けるはずがない。
ということは、目的地、つまりこの場合は「自分が望む変化とはなにか」をハッキリさせること? と心に聞くと、「それはそれでいいけど、今回の答えとしては違う」だそうです。
じゃあ、自分が望む変化を自動的に起こしてくれるよう無意識に頼む? と答えてみると、「どうやって頼む?」と聞かれました。
単純に、無意識よ、◯◯をお願い! みたいな感じで脳内で言うとかは? と聞くと、「ちょい弱い」だそうです。
ここで意識レベルだとちょっとわからなくなってきたので、私自身が無意識モードに入ってみたところ、浮かんだのはイカダのようなものにのって海に出ているイメージでした。
あ、そうか、目的地に向かう流れに乗れば、後は勝手に運んでくれるのか! と閃いて心に伝えると、「その通り。さて、その流れに乗るにはどうすればいい?」とさらに追求を求められます。
それについてもまた無意識モードでイメージを見ると、「◯◯行き」と書かれたバス乗り場のようなものがあり、そこに行けば目的地への流れに乗れる、というのが浮かんできました。
そしてどうも、この乗り場は自然と見えるものらしい。
つまり無意識モードに入れば自然と見えてくるってこと? と心に聞くと、「んなことせんでも見える」と言われました。
「やりたいことをやる、と最近は言ってるが、そもそもその『やりたいこと』を決めるプロセス自体に目的地設定という無意識が自然と働いとる。そして今日のブログでここまで書いたことで、そこの部分をさらに強化した。なのでもう、やりたいことをやれば自然と自分が望む目的地にたどり着きやすくなった」
と心は言ってるので、私も、今日の記事を読んでくださったあなたも、そういうふうに変わったのかもしれません。わかりませんけどね!