今日のお題は「意識の力で無意識をどれだけ変えられるのか?」です。
なんかついこの間も同じような話をした気もしますが、私の意識は全く覚えてないし、心が出してきたお題なので気にしないことにします。
てことで、どれだけ変えられるの? といきなり心に聞いてみると、「どれだけ変えられると思う?」とそっくりそのまま聞き返されました。
ここで、少しは自分で考えろ! みたいな野暮なことを言わないから、「心に聞く」というのはいいよなあ、なんて全然関係ないことを思ったりします。
と、全然関係ないことと書きましたが、こういうふうに話の流れで出てきた思考や発想は、実はガッツリ関係しているものだと私は考えています。
しかし今回のこれがどう関係しているのかもやはりわからないので、それはいったん置いといて、普通に考えてみます。
とりあえず思ったのは、習慣化なら、まあできるときはできるけれど、でもできないことも多いよな、というもの。
これを習慣としてやりたい! みたいなことを考えて挑戦するも、うまく行くケースもあれば、結局うまく行かなかった、という経験はおそらく誰もが持っているかと思います。
と書いておきながら、あれ? 私って、これを習慣としてやりたい! みたいな考えから始めて実際に習慣化したことってなにかあったっけ? という疑問がわく。
「心に聞く」はもう長いこと続けてますが、これは別に習慣化しようという意志があったわけではなく、単に楽しいから続けているだけ。
大学の受験勉強なんかは、別に習慣としてやってたとかではなく、ある種の仕事的な感覚でやってただけだよなー、という気もします。
少なくとも受験後は同じような定期的な勉強などはしていないので、習慣化しているという感じではない。
他に今習慣っぽくやっていることとしては、このブログや動画配信がありますが、それも結局はやりたいからやっているという側面が強い。
逆に、習慣化しよう! という意志を持って取り組んだことって、むしろ100%習慣化できずに終わってないか? という気すらします。
一時期は毎日4000歩は歩こう! なんて思ってましたが、今は気の向くままに、家から出ない日も珍しくない。
小説家になりたいと思っていたときも、毎日小説を書き続けようと考えてはいたものの、結局それを長期間続けることはできなかった。
というかこうして書いていて、習慣化しようなんて意識的に考えて努力しても、ろくなことにはならない、とすら思っている自分がいます。
そして、ああ、さっきの「心に聞くは『少しは自分で考えろ!』みたいなことを言わないのがいいなあ」と思ったことの意味がわかった気がしたんです。
つまり、習慣化できないことを罰してくるような思考がわく場合は、結局習慣化できないのでは? ということ。
「心に聞く」は、やってもやらなくても、なにを聞いても聞かなくても、それで「心」からダメ出しがされることは一切ない。
一方で、4000歩あるこうとやってたときや、小説を毎日書こうと思ってたときは、「やらなきゃいけない」という義務感が強く、そこに楽しさを感じるよりもしんどさのほうが勝って、結局やらなくなった。
義務感って要はダメ出しだよな、と思うんです。
嫌でもなんでもやらなきゃいけないという思いが義務感なわけですが、それはつまり、やらないととんでもないことになるぞ! という脅しの念が入っているということ。
なお、嫌だけどという要素があんまりないタイプの義務感もあるかと思いますが、私はそれは義務感というより使命感だとか、もっと別の呼び方がされるものだと考えています。
義務感という言い方がピッタリ来る時点で、それはダメ出しという鞭で叩かれながら動こうと頑張ってる状態であり、でも鞭で叩かれるのは当然痛いし、そのダメージが蓄積していけばやがて動けなくなるのは当然と言える。
そう、義務感でなにかを習慣化しなきゃ! と頑張る状態って、これはもはや虐待と言えるのでは? とすら思うんです。
虐待はよくないよね! じゃあ義務感とかそれによる習慣化の努力とかいらないや! と考えて、なんか楽な気持ちになる私。
すると、甘ったれずに少しは努力しろ! というダメ出しが頭に浮かぶわけですが、これこそまさに鞭による虐待なので、その虐待者に一本背負いを決めて畳に叩きつけます。
いや、これは手加減しちゃってるんだな、と自分のイメージについて気づいたりもする。
昨日書いた、というか動画のほうで語ってたことだったと思いますが、おそらく本当の私はそんな一本背負いなどという半端な対応ではなく、きっちり「斬りたい」のだと思う。
そう、ちょい前に出したコミュニティ理論で言えば、努力して義務感でよい習慣を身につけろ! と鞭を振るって脅迫してくる同居人に対し、うるせえ! と真剣で斬り捨てたいのが、おそらくは私の本心だと思うんです。
それこそがまさに、真面目に真剣な私の思い、すなわち真なる怒りなのでしょう。