SOURIRE通信 再刊2号 2026ー04−2 
 
 準備号において、戦争のこと、Aiのこと、これからのこと。
 1号において、教室に導入された机のこと、場の継続性、通信を出すことの意味。
 といったことについて、触れてみた。

 第2号においては、次の三点について、書いてみたい。
 1、反戦平和教育をどう展開するか。
 2、化学の授業をする意味をどこに見出すか。
 3、医師になるとは、どういうことなのか。

 1、反戦平和教育をどう展開するか。
 平和憲法のその理念がグラグラになり、いよいよ改憲されて、自衛隊が国軍となる日が近づいているように見える。私はそれをよしとする立場には立たないが、教育の中立性を守れている状態でしか、教育を語らないけれど、時代の流れが起きらかに、極右化していることは、準備号において述べた。
 反戦・平和を望むものは、教育に携わるもののほとんどが今も同じ気持ちであると、私は考えている。ただ、大きな声では言いづらい。右翼勢力が圧倒的な勢いで増殖しているように見える部分がある。
 そんな中において、私は政治経済を担当する用意はないし、数学・化学・小論文といったものに手を出すのがある意味で限界だろうと思う。
 そのような中で、具体的に今何を語るべきか、については、逡巡することがある。
 数学において、戦争を美化するような教育は極めて簡単にできる。「どうやったら、飛距離が〇〇kmのこの爆弾で、都市部にある施設を攻撃できるか、計算しよう」などという計算問題は、好戦的な刺激的すぎる問題だと私は考えている。あるいは、「戦時下にある状態で、地上から撃たれる爆弾を被弾させないためには、国境付近に一体何メートルの壁を用意できれば良いのだろうか?」という問いを出すこともできる。これは、戦争を停止する思考を少しばかり強化する問いかもしれない。がしかし、前提は戦時下における計算問題である。
 「戦争が起きるということは、一面的な見方をするならば、国家と国家が価値観をめぐって、相違が発生しているということが原因である。価値観を数値化することは、非常に困難であるが、今、その数値化に成功したこととしよう。A国の価値観はy=f(x)で表現されるのに対して、B国の価値観はy=g(x)で表現されるものとする。f(x)とg(x)がどのようなものであれば、恒久平和を人類が作り出すことができるのか、いくつかの条件を設定しながら、議論してみよう」という問題を数学的問いとして出すことはできる。私自身に答えはないし、それはあらゆる人々の前に提示された、反戦平和のための問いであるとも言えると思っている。

 2、化学の授業をする意味をどこに見出すか。
  数十年の間、高校化学を中心に授業実践を繰り返してきた。大学受験化学と呼んで良い類のものを問題が解けるようにすることを経済的な基盤として、信頼関係が学生との間で創り出せれば、どれほどの困難性があろうとも、「化学」という枠組みでならば、点数を弾き出せるだけのものを私は獲得してきたものと考えている。そのためには、算数的思考、物理的思考、現代文的思考など、さまざまな複合的なものの困難性を乗り越えてはじめて可能であることを実感として理解できるようになった。単体で、化学が嫌いになってしまった学生は、嫌いになった原因が多くの場合、その学生を指導した教員に問題があるので、その問題点を洗い出して、きちんと処理すれば、ほぼ間違いなくできるようになることが、私的には保証されている。多くの場合は、化学も数学もできないというケースを担当する。その中で、化学を中心に展開するわけだが、数学的視点の欠落が化学の点数を劣化させているケースはとても多い。科学という科目の指導を通して、その周辺の科目の視点を取り込んで、どんどん広げていくということに、いつの頃からか、取り組むようになった。現代文が読めない学生は、確かに増えた。
 長文の化学の問題を、スーパー現代文(化学)と呼ぶようにしている。現代文が2000語くらい化学的なテーマで論じられている、という発想で、問題を眺めてみるのだ。すると、その長文の読み方がわかるようになる。ダラダラと論じられている部分には、読解上の意味はなく、作成者の自慢話であったりする、ということが次第に読み取れるようになっていく。
 化学を担当することを通して、目の前の学生の思考回路を開く、こじ開ける、ということが、私が実践する授業としての化学の実践内容であると、意識するようになっている。
 1、のテーマととかかわらせて、化学について書き記してみる。爆弾の化学というくくり方ができる。ダイナマイト、ピクリン酸、TNTなど、爆弾を高校化学は扱う。ただし、政治思想を問うことなく。本当は、何のために、TNTの構造式など覚えさせているのか、と思いながら、それが試験に出されるからなのだが、反戦平和教育の内容としては、反面教師的な内容であると思いながら、続けている。軍事研究が、化学研究に侵食していることは、避けられない現実だと認識しているが、そのことを正面から問いかけることは、必ずしも実践できていない。
 「人々が喧騒状態にある中で、殴り合いが起きている。これを治めるためには、化学的にはどのような方法が考えられるのだろうか?」という問いを出すことは、時に有効かもしれない。
 一つの解答例としては、その空間内に、人々がリラックスできることを促す香料を置き、気化させるという方法、といったことがあげられるであろう。
 あなたならば、どんな解答をするだろうか?考えていい案があれば、知らせてほしい。

 3、医師になるとは、どういうことなのか。
 私自身は、親が医師であり、医師になることを促されながら育てられてきたが、結果としてその道を蹴り、薬学研究を志しながらも、教育学に身を置くという形で、生きながらえてきた。
 予備校の講師をしている頃から、私の前で、「医学部に行きたいです」という志望を語るものは多数いた。ある時は、担当しているすべての学生が医学部志望だったことさえある。その状態で忙しく授業していると、「ひょっとすると受験生の全員が医師になりたがっているのか?」という錯覚に襲われることもあった。たまたま私の周りにいる学生が医学部志望なだけである、という認識を常に確認しておかないと、奇妙な現実の中を生きていることになるからだ。
 医学部に行って医師になりたい、と平然と言ってのけられる学生の姿を「医師」ってそんなになりたがってなるものなのかな、とどこかで思いながら、その使命感の薄さを感じながらも、学生の希望を聞き止めながら、医師の志望動機を強化するべく、促してみたりする。
 そんな中で、「医師になる」って、本当はそれぞれの個人の中で、どうすることを指しているんだろうと、純粋に考えてみたくなることがある。私は少なくとも18歳のとき、医師になるなんて、怖くて怖くてとてもできない、というのが私の実感だった。そんな怖さの実感もなく、いい成績をとっているだけで医師になりたいと、まるでテレビドラマを見てただただ思っただけで、その志を維持しているのではないのか、と思うこともままある。私は、依然として、医師という仕事に疑問があるし、素晴らしい「医師」が存在していることは認識しているが、それは極めて少数でしかないことも認識している。  
 皆さんは、どう考えるだろうか? ここ数十年来の、医学部ブームについて。


2026−04ー15
SJ

追加:今回もAiによる評価を受け入れながら、対話的にこの通信を創り出している。Ai的な価値観を乗り越えた先に私たちが創り出そうとする、新しい通信の模索の結果があると信じて。

【投稿】

AI活用の社会的適応を推進する側から
〜AI時代の進路選択〜

かつて進路に悩み、社会に出てはや20数年。今度は自分の娘、息子が進路に悩むタイミングにきている。ここ数十年の社会の変化は凄まじかった。そして生成AIの浸透により、ここから先も劇的な変化がかつてないスピードで押し寄せてくる。そんな中で次世代の社会を担う若者は、進路選択をどう考えれば良いのか、AI活用の社会的適用を推進する立場から考えてみた。

私は、もともと絵を描くことが好きで理系科目が得意だったことから建築学科を志望して創造的な仕事につくことを夢みていた。
しかし第2志望の化学工学科で国立大学に入り、就職氷河期の中でコンサルティングファームに就職した。キャリアの軸が見つからず、専門性が定まらないまま時代に「適応」する形で経験を積み、最近はというとAIの仕事が増えてきている。

AI導入を推進する立場にいると、変化のスピードと重さを日々、実感せざるを得ない。かつては効率化やスピードでバリューを発揮していたAIが、いまや業務の中核に入り込み、人の役割を再定義し始めている。企業の意思決定を支えるコア業務がAIに置き換わるという現実は象徴的で、単なる技術導入ではなく、職能や専門性の意味そのものが揺らいでいる局面にきている。

推進する側の気持ちとしては複雑である。社会を前に進めているという手応えや使命感がある一方で、「この変化に取り残される人が確実に出る」という事実への葛藤が常にある。人の業務が半分以下になるというのは、効率化という言葉では片付けられない重みがある。それは誰かの努力の蓄積やアイデンティティの一部で人生だからだ。だからこそ、単に技術を導入するだけでなく、人の仕事の価値をどう再定義し幸せに働ける環境を作るかという視点が不可欠になる。

同時に、現場ではすでに「文系・理系」という区分が急速に意味を失いつつある。文系出身者がAIを設計し構築し評価し再設計しなければならなくなっている流れは象徴的で、これは理系化ではなく「複合化」と呼ぶべき変化である。専門の軸は持ちながらも、それを拡張する形で新しいスキルを取り込む。むしろ重要なのは、特定の分野に閉じない柔軟性と、学び直しを前提にした姿勢である。

「生き抜く力」の本質が変わってきている。キャリアを一直線に積み上げるモデルが、すでに現実と乖離しつつある。代わりに求められているのは、変化に対する耐性と、状況に応じて自分の役割を再構築できる力だ。これは決して消極的な適応ではなく、むしろ主体的な選択の連続だ。

進路選択は、「何になるか」よりも「どの変化の中に身を置くか」という視点が重要になると思う。AIに代替されにくい領域を選ぶという発想もあるが、それ以上に「AIとどう協働するか」を前提にした分野選びが現実的である。医療であれ法務であれ教育であれ、AIは前提条件になっていく。その中で、自分が価値を発揮できる接点を見つけることが鍵になる。

そしてもう一つ重要なのは、「一度選んだ進路に固執しないこと」だ。これからの10年、おそらく過去数十年分の変化が圧縮されて起こる。選択の正しさは後からしかわからない。だからこそ、修正可能性を前提にした選び方、つまり「後からでも軌道修正できる位置にいるか」を意識することが、結果的にリスクを下げる。

AI導入を推進する側として感じるのは、この変化は避けられないが、どう経験するかは設計できるということだ。個人にとっても社会にとっても、「適応」は受け身ではなく、ある種の創造である。その視点を持てるかどうかが、これからの分岐点になるように思う。

〈N.K.〉

注 小見出しは編集部による
  投稿の受付は2026ー04ー29  

◎皆様からの積極的な投稿をお待ちしています。今見えている世界をお伝えいただければ。
あまりに急速な時代の変化についていけない部分を乗り越えていくために。

SOURIRE通信 再刊1号 2026ー04 

 

 再刊号にふさわしい話題は何か、と考えてみた。


 以下の3つのことが思いついた。順に書き進めてみたいと思う。

 1、教室に導入された机のこと

 2、場の継続性

 3、通信を出すことの意味 


 1、教室に導入された机のこと

  十余年前、予備校を辞めるに際して、自分の場を持つために創り出したSOURIREだったわけだが、その際、必要とした机は、二子玉川の無印から用賀まで、何度も自力で手持ちで、持ち帰った。10卓ほどを何度にも分けて、必要に応じて持ち込んだ。当時、時間的な余裕があり、さらに、何をどうしたものかと途方に暮れていたこともあった。そんな中で取られた手法が、なるべくできることは自力で手作りで行っていく、ということだった。


  それから10余年の歳月を経て、この3月に、卒業生が引っ越しをするというので、要らなくなった机があるということになり、その机を引き継ぐこととした。ご家庭で長年使われた机であったが故に、一部傷がついていたりと、人間が使用してきた証のようなものがあった。寄贈者はそのことが「場をよくないものにしてしまうのではないか?」という危惧を持っての導入となった。

 が、場の協力者(アート担当)がこの机の様子を見て、いくつかの提案がなされた。傷が見えないように「アートを施せば良いだけの話」として、塗料を塗りつけて、その後ワックスをかけることとなった。すると、寄贈された机がまったく別のものとなり、「生まれ変わった」ように見えた。再・創造された、と感じる。寄贈者本人からは、安堵の言葉が出てきた上に、「場の持つ力の大きさ」について、話し合うことができた。

 今後、寄贈者が近未来において自らが主体となって展開する実践活動の参考になる出来事となることを願っている。

  

  場の必要性に応じて、必要なものを必要な形で変革していく、という発想が、この机の変化において、充分に機能したと感じた。リサイクルし、リユースする中で、場の変革がなされたことを意味しているのだと考えている。


2、場の継続性

 10余年の間、SOURIREを維持するとは思ってもみなかった。

一時的に、退避的に、予備校以来の継続生を診るための場所として機能させることにしたに過ぎなかったわけだが、卒業生を中心として、紹介者があり、鷺沼・坂口英語塾で紹介されるなどという事態が相次いで起き、来室者が続出した。一時は、物理講師を外部から招いて、担当してもらっていた時期もあった。

 やがて、外でやっていた仕事があまりに忙しくなり、SOURIREで担当するコマが激減していく現象に見舞われた。が、継続して関わってくれる学生のおかげで、閉鎖することなく、地道に場を維持することができた。感謝しています。 

 少なくとも、2027年度終わりまでは、この場を維持するつもりで、今を生きている。

 その後のことは、想定することを避け、この場を もっと楽しめる場にするべく、アート担当を中心として、場の再・創造運動を展開している最中です。

 今後の展開にも期待していただければ、と思います。


 かつて予備校では20年余の歳月を過ごした。途中いくつもの難題にぶつかり、ほとんど出講しない時期もあったが、ある種の信頼関係は常に残されていた中で、関係が太くなったり細くなったりということを繰り返した。学生との関係は基本的に常に全体として良好で、「学生の側に立って思考を組み立てるという流儀」を守って今までやってくることができたのだと思っている。

 SOURIREの場の主宰として10年を経過してきたわけだが、学生の側に立って思考を組み立てるという流儀の確率とともに、新しいなにかをここからさらに創り出していくべきタイミングになったのだと感じている。


3、通信を出すことの意味

 10年前、SOURIRE通信を刊行している。新しい場を創り出そうとしている、創り出しているという臨場感を確認しそれを、伝達し、意思疎通を図るためのツールとして。しかし、それもおそらく10号くらいまで続いたところで、頓挫していると考えている。報告すべきことは何か、ということに行き詰まり、途中で、勢いが止まってしまうのだ。

 「ハッとすること」「それ面白い」と言えることが、常に発生する関係性の中で生きているはずなのに、それを、言語として伝えようとすると、あるとき、その飽和点がおとづれる、ということを繰り返してきた。

 今回、その飽和点を再びもたらしてしまうのか、何号まで継続していけるのか、についてはまったくの未知数であり、これは、読者の皆様との「共同行為」として成り立っている。どのような共同行為をなし得るのか、今後の動きを見守っていくよりない、と考えている。

 

 「こんなことあったよ!」という報告をお待ちしています。


 2026−04ー14

 SJ


 追記:Aiからの評価・指摘を受けながら作成を続けているが、Aiにもっと任せると、「とても素晴らしいもの」が作成されてしまうことを私は知っている。それだけ、Aiは優れているし、ある種のモデルのようなものを持っているし、それを最も簡単に表現してくれる。ある種の悔しさと諦め、そして、それをどのように利用して今を創り出すかという視点に移行させることに、注力して1年くらいが経過している。その間にもAiはどんどん進化を続けていることがリアルタイムでわかる。

 そんな中で、私がわたしの通信を再発行しようとしていることの意味がこれから、問われ続けていくこととなるだろう。

 

SOURIRE通信 再刊準備号 

 

何が飛び込んできたんだろう?と思われたことかもしれません。


当通信は、一定の読者を想定している。

◯学峰館予備校、溝の口AVENIRなどを経て、用賀SOURIREに行き着いた私SJと関わりを有形無形の形で持ってくれた人々。

◯学生運動、社会運動、教育実践運動に伴走する中で、私SJと関わりを持ってくれた人々。


今まで、何度か通信を発行してきた。

これらとは少しばかり異なる雰囲気を出しながら、「今を語り合えたら」と思っている。

 

唐突だが、今この瞬間の気持ちを準備号として書いてみる。


☆高校を卒業して、ものを考え始めてから、数十年の月日が経過している。

 もともとは、理系の学者になろうとして、大学に入った。が、そこでみたもの感じたものは、私がそれ以前にぼんやり考えていたものとは、まるで違うものだった。ノーベル賞に相当するような研究をしよう、などときっと思っていた私がいたはずだが、そんな考えは吹き飛んだ。

 医師になることを拒否して、理系の学者になろうと思っていたはずだったのに、ここでさらに進路に困ることになる。そこで、教育学に専攻を変えて、なんとか生き延びて今がある。

 大学を変え、専攻を変える中で、少しずつ自分を取り戻し、高校生の頃には君は文系科目ができないからと言われ続けていたわけだが、、社会について、個人の思想について、言語について、考えられる、興味をもてるようになっていった。理系学生が見事に文転したのだ。


☆戦争のこと。

 私の親は戦時下を生き抜いてきた人たちだった。幼少期から戦争体験については、当時は聞きたくもなかったが、聞かされてきた。戦時下を生き抜いた人々の価値観のもとに育てられていた部分がある。「贅沢をしない」

親自身の価値観なのか、その時代を生き抜いたものの価値観なのかは、もちろん判別できないが、資金がないわけではないのに、贅沢な暮らしをすることを拒否していたようなところがあった。

 今まで、こんなに「戦争の近く」で生きていると思う瞬間は無かった。平和教育といったものの大事さはもちろん認識しているわけだが、学生に熱く語ってみせることがあったとしても、どこかまだ、戦争そのものには距離感があったものと思う。極右政権の誕生が世界の至るところで起き、現実に、大国が戦争をどんどん仕掛けている。その縮小版は今まで何度も見て来たことではあるが、今度ばかりは少し事情が違うのではないのか、と思う気持ちがある。

 10年前、安保法制をめぐって、反戦運動は少しばかり盛り上がった。その中で、私も職場にしていた渋谷からわずか30分の距離に国会があるのだから、そこで様子を見るのもありだなと感じて、集会のある時には、駆けつけるようにしていたことがある。

 2026−4−8。時間があったので、国会前に駆けつけてみた。そこには大きな動きがあった。これからどうなるのかは、未知数だが、大きな民衆の側の怒り、戸惑い、不安がその場で表現されていたのだと感じている。


「若者の保守化」「右傾化した時代」という認識を20年くらい前から意識してきたが、これが「極右化した時代」と認識を改めるときが来たのだとはっきりと感じている。その中で、どのように意識を転換していくのか、固定化されたものと考えずに、意識の変革をどのように創り出していくのかをこれからさらに検討していきたい。


そんな今を綴りたいと思う。


☆Aiのこと。

 学生時代、人工知能を研究しているゼミに何度か参加したことがある。その概念を使った思考を参照してきた部分もある。それから数十年。あの頃の議論が、今のAiの進化を結実させているのか、と思うと、隔世の感がある。初期Ai的なものに、あまりにできることが少ないと感じて、ほとんど接触を経ってしまっていたわけだが、ここ数年のAiのすさまじいまでのすさまじい進化は、それを摂取し、利用しないと、情報処理の問題として、質的にまったく異なるものとなることが、明らかだと認識するようになった。

 今まで、英文や現代文を扱うことを私は避けてきていた。が、これだけAiが進化したならば、視点をきちんと持っていれば、英文・現代文をAiが作成した文書を通して、理解を深めていくことが可能であると考えることができるようなところに、意識を集中することができるように、なってきたものと考えている。

 有名な偉人の文書をリード文とすることが当たり前である、という認識が私にあったわけだが、Aiが作り出す現代文を微調整することで、Ai現代文と呼べる類の文書がきちんと作成できる。テーマを決め、そのレベルを調整し、必要な問いを作成させれば、一人ひとりの興味に即したオーダーメイドな教材が現実的に作り出せる、ということなのだ。

 一例を挙げる。「料理専門学校」にいくことになった学生に、その興味に即して、英文を作成している。

 「炒めるとは?」「キャベツの歴史」「スプーンの歴史と人間の関わり」「玉ねぎを使った料理とその影響」など、テーマを指定し、文法事項として入れてほしいものを指定し、内容の抽象度や単語レベルを瞬時に調整すれば、読ませたい、読みたい英文を、容易に手に入れることができる。まだまだ手探りな感じはあるが、これを続けていけば、画期的な学習法として、定着する可能性を感じている。

 英語・現代文といった今を生きていくための道具として、必要なものを、これを嫌がる理系学生に対して、鋭く提起できるようになるのではないかと、興味を持って実践し始めている。


☆これからのこと。

 創刊準備号として、ここまで書き進めてみた。今を書き記すことで、過去の体験と未来の未知の体験がつながるのだと考えている。次々と、今起きていることを書き進めることで、過去にあったことと、これからのことが結合して、近未来への道が見えてくるのだろうと思っている。

 当通信は私SJだけが創るものではなく、これを読んでくれた読者がその今を語ることで成り立つものであるとも考えています。通信への寄稿など無理のないところでお願いできれば、幸いです。

 

2026ー04−13

SJ


追加:この文書を作成するにあたり、Aiとの対話に依存していることを書き記しておきます。


ネクタイ闘争の完全・勝利へ!

本日付の今の職場からの知らせで、ネクタイの自由化が勝ち取られたことが報告されている。

クールビズ終了
 10月末をもってクールビズ期間が終了いたします。今年度より、男性の社員・講師・スタッフにつきましてはネクタイの着用は任意となりました。別紙の「服装身だしなみについて」をご参照の上、引き続き学習指導の場にふさわしい服装でのご指導をお願いいたします。

この書き下しに、幾つもの問題点は残されている。
が、まずは、「ネクタイ自由化闘争の勝利」を素直に喜びたいと思う。この闘争は、前職場から引き続く私にとっては、長年の懸案事項であった。

いかにその歴史的な流れを整理しながら、この歴史的な勝利を確認したいと思う。

第一職場:予備校
  大学院生時代から関わっていた予備校の面接時に、ネクタイ着用を申し渡される。その際、「自分で自分の首を絞めるのは、教育の死である。自由な教育ができないのは、問題である。」という強い信念を持って教育学を専攻していた私に、恐ろしい壁を突きつけられた、と感じた。が、一旦就職して、それから、様子を見ながら考えるという、「構造変革」の論理で、授業をすることとした。ネクタイをし忘れている、という状態を創ったり、午前中に授業ではほとんど管理職はこないので指摘のしようがないという状態であったり。そんな中でも、何度か、いや何度も、ネクタイの着用の依頼を受けた。
 ネクタイ問題は、私にとっては、実践の質をいかに維持するかという問題に直結している。自由な発想と自由な実践を守るためには、必要不可欠なものだと感じている。その中で、自由の獲得戦を闘っていると思ってやってきた。「自由度の高い」状態を維持すれば、必ずや、それに見合う実践をしていれば、その成果が出る、という信念のもとで、教育実践を続けてきた。実際に、自由な空間においては、自由な発想が出て、自由な実践につながるものと感じている。
 職場で、給与がきちんと出なくなってからは、ネクタイの自由化を完全に勝ち取った。給与を出せない状態で、ネクタイ規制をかけるのはおかしいだろうという認識が私の中にあったからだ。ネクタイしろ‼️→それを言うならば給与をまず支払へ‼️の対抗軸で、基本的には、この状態になって以降、一切のネクタイ闘争は第一職場では勝利した。
 ネクタイをしなくなってからは、【それ以前からも】自由な発想で、自由に学生と遊ばせてもらった。
◎トランプをしようと誘いかけてくれた学生。
◎フラーレン作成時にを教室を締め出されて、マクドナルドで完成した実践。
 など、思い出すだけでもいろいろな自由度の高い実践を思いだすことができる。

☆教育学の原理主義を実行に移そうと考えている。
 そんな私にとって、「場」の自由度は条件設定として極めて高い位置にある。
 どの条件で、実践できるのか。それは、極めて重要である、ということになる。
   授業時間の柔軟性
   教室環境
   講師・学生の自由な動き
    その一つとして、服装の自由
  

第2、第3職場はそもそも規定がなく、自由に実践させてもらった。
ネクタイによる首の疲労、呼吸の確保など、一切がそもそも気にならないのはありがたいことだった。
第3職場では、実験教室的に何回か、企画を組んだことを思いだす。

今の職場:個別指導のみ
 今の職場を確保したのは、第一職場の経営難を目の当たりにし、生活資金をいかにつくり出すかが問題となったからに他ならない。それを最優先するために、ネクタイ闘争を後景化させざるを得なかった。ただし、家庭指導の場合は、ネクタイはせずに実践してきた。
数年経つとやがて、良い評価がつくようになる。その結果として、ネクタイ装着を拒否できる環境が一定パワーバランス的に成り立っていた。
やがて、国家によるクールビズ政策で、5月から10月末までが、装着不要となる。
そして、数年前のコロナ期に一年装着を解除された。そのまま固定すれば良いものを復活させて、今年に至っている。
この過程でいくつもの衝突があった。
 ◎ネクタイを貸与するので、これを装着しろ、と言ってきた渋谷教室。
 →人権規定ギリギリの暴挙、と感じた。
 ◎昨年度、防犯カメラという名の監視カメラ問題にかこつけて、組織上層部との面談という名の恫喝会議が設定された。
 その中で、本来の議題ではないネクタイ問題を切り出してきた。そして、その中で、【やめてもらう方が良い】というパワハラ発言が飛び出す。その中でのやりとりを振り返る。
 ネクタイ装着規定を設けている。あなたが装着しているものは、ネクタイではなくスカーフだ。渋谷の職員がネクタイではない、と言っている、から、これはネクタイではない、と言い始めた。ネクタイは実態であって、概念ではない、とまで力説してきた。なので、やむなく、装着していたスカーフをネクタイとして使用してみせた。スカーフがネクタイとしても使うことができることを、上層部の一人に、目の前で演じてみせたのだ。【ネクタイに見えます】という発言を引き出し、スカーフがネクタイとして利用できることを証明した。ネクタイという概念は、どこまで拡張できるか、どこまで許容できるか、という自由度の問題として成り立っていることを、パワハラに遭いながらも展開しぬくことができた。【今までの長い論考とそれを支えてくれた人々に心より感謝します】
 
 このことを踏まえての今年度の対応であっただろうと考える。

学習指導の場にふさわしい服装でのご指導、という書き下しがある。学習指導の場に相応しいものとして、男性=ネクタイという規定を設けていたが、それが外された。ふさわしい服装、は変化する。すでにクールビズという概念を入れた段階でネクタイ装着規定は崩壊していた。夏場にしなくて良いものが、なぜ、冬場に必要なのか?意味が不明である。その論拠として、ブランドイメージ戦略だと、先のパワハラ面談では、言っていたのだが、その概念さえもが、今回の改変で崩壊した。およそテキトーなことしか言ってない、ことが明らかになった。


ネクタイ闘争を継続するための方法論として、とりいれたもの。それぞれの場面で相談に乗ってもらった人々への感謝の意を込めて。私だけでは思いつかなかったことを、次々とアイデァを出してもらえたり、批評してもらえたりしてきたからここまで粘り強く闘えた。

 

一、ネクタイとは何か、という根本問題に目を向けられたこと
  ネクタイの歴史性について、ファッションの歴史という観点からの考察に支えられてきた。ファッションに興味を持って私は生きてきたが、それ以上の熱量を持ってファッションに取り組んでいるものが周りにいてくれたことは、極めてありがたかった。
  ファッションは変化する。変化するからこそファッションだ。ファッションは主体的に変えられる。この信念を確からしく維持できたことは、大きな過程だった。
  空調のうまくいかない時代に首を絞めることで、さむさをしのぐために、ネクタイを開発した、という機能上の歴史性を私たち人類は科学技術によって乗り越えてきた。が、その際作り出された文化的な基盤は、依然残されているものがある。それを打ち壊すために、声を挙げることが必要だ、と考えてきた。


二、ネクタイに変わるものは何か?なぜ、今だにネクタイを必要としているのか?という視点からネクタイの作り替え闘争をともに担ってくれた仲間がいる。ネクタイは首を絞める。首を絞めないネクタイの使い方は、ノンフォーマルな酒場におけるはちまきのように使う形はあるが、フォーマルな形では、定型が定まっていて、自由度が低い。では、どのようにして自由度を増すか?と考えたとき、ヒモ状、ハンカチ、マフラー状、などといった案を一つずつ実践に移し、やがて、長方形型のスカーフに行き着く。ネックにタイをする、という原義に基づいて、首にタイされている状態を実現することを考えた。何がファッションとして優れているか、をそれぞれの判断でしてもらった。新しいファッションを構築するという意味において、それなりに楽しくやっていた。スカーフ留めをどうするべきかについては、幾つもの案を多くの人々からもらった。と同時に、スカーフではなくネクタイであると、偽装する方法についても充分に検討してきた。ネクタイに見えれば、それはネクタイ、というしかない、という血の滲むようなギリギリの努力を重ねてきた。

三、ネクタイ自由化闘争は、政治性を帯びたものではない。が、明確にこの問題は文化闘争であると私の中では認識されるようになった。左右の問題ではなく、現実をどのように捉え、その現実にいかに向き合うのか、という優れて、現実との関わりかたを問うテーマだった。
 長いものに巻かれて生きるのか、巻かれずにやめるのか、主張を繰り出し続けるのか。
 どの方法もアリなわけだが、いずれの方法を取るに際しても、私だけの問題ではない、ネクタイを装着しているもの、その姿を見ているもの、あらゆる職場に集うものの闘争である、と考えてきた。ジェンダー区分の問題もある。男性→ネクタイ強制、女性→ネクタイ規制なし。ジェンダー平等を創り出すためには、極めて問題のある規約だと感じてきた。
 政治性は帯びていないが、政治闘争を参照しながらモノを考えてきたことは間違いがない。高校生の制服自由化闘争のような範疇の組合なき職場の職場闘争だと考えてきた。


四、なぜ長期にわたる問題意識が継続できたか?
  ネクタイ装着に対する違和感。
  コロナ期の呼吸困難さ。
  文化闘争としての位置付け。
  あらゆる人のための闘争課題。
 
  今の職場を辞めようと考えている中で、ようやく一仕事ができたことを、良きことと考えている。数々の妨害と嫌がらせを受けて、私に対して意味のわからない意見を言ってきた人々に、自分の頭で組み立てて考えよう、と改めて言いたい。教育に身を置くものであれば、おかしいな、と思ったことには問題意識を高めて、ステージの高い議論をしよう。
  これは決まりですから、というステージではなく、その決まりはそれで良いのか、なぜ変えられないのか、人権問題はないのか、と視点を変えながら議論できるように、探究心を持とう。
  これが教育を実践するものの当たり前の考え方だとなるまで、この思考のトレーニングをしていこう。

  現在なお組織上層部とのパワハラ面談の怒りがからだの中にあり、蠢いているわけだが、このようなマイナスの感情をバネにして、勝利するまで粘り抜くという発想が組み立っていたことを再認識する。これを支えてくれたすべての人に感謝します。
 

最後に、今の職場をどうするか。
 極めて遅れた意識を再生産し、その構造の中で、実践が行われている。 
 体罰はさすがにないが、体罰主義的な発想で課題をやらせる、と言ったことは当たり前にある。子どもの判断をていねいには聞かず、講師、親の判断を当たり前に優先する。子どもが生き生きとして楽しい気持ちで学習をしていくのには、問題のある環境だとわたしには見える。それを変革しようと試みてきたが、道のりは長い。
 小さな一歩として勝利はした。
 が、大きな道のりはまだまだ長すぎるほどに長い。

sj
2025.10.15
 20.00


リュウチェル 
 止められなかった自殺

 リュウチェルが、私より先に自殺した。
 同志だと思っていた存在に先立たれた。
 
 いつ死んでもおかしくないと思っていた。それは私も同じだ。
 自分らしく生きることを選択したとき、それを潰そうとする圧倒的な多数の前で、
自分を貫くことは、あまりにしんどすぎる。
 そして、嘘をつくことができない限り、心に負荷を背負いすぎる。
 
 それでも、相談さえくしてくれれば、共に生きようと、支え合うことができた、と私は信じている。その関係性を築けなかったことが、君を自殺に追い込んだ。
 
 たかだか、1kmほどのところにいたのに。

 結婚すると言ったとき、やめておきな、と伝えたかった。今の社会制度の中で、自分らしくは生きられない。制度を変えない限りは、私たちは、幸せになど、生きられない。制度を変えること、制度が変わっていく様を楽しむことが、幸せだと、考え方を変えない限り、私たちは生きていけない。
 
 君がやりたいと思っていたことは、理解している。
 残されたものが、その想いを引き継いで、少しでもその実現のために、変革を志すよりない。これが、残されたものの、役目と信じて。

 

拝啓 吉田拓郎様

「帰れ!」
聴衆から一斉に野次を浴びた。
ビール瓶が飛んだステージもあった。
罵声の中で歌う。そんな季節だった。
それでもあなたは、やめなかった。変えなかった。
当時主流の「権威への批判」や「反抗」ではなく、徹底的に「みんなにわかる」歌で。
時代に抗わず、時代を歌う。
そんな正直なあなたの歌が、私の一、J-POPの礎になりました。
今はこのジャンルで、多くの人が歌っています。
当時とはまた違った混沌とした現代でも、歌は、人々の救いとなっています。
さっとあなたは「俺には関係無い」と言うと思います。
それでも言わせてください。
私を生み出し育んでいただき、ありがとうございました。
激動の中、あなたを貰いていただき、ありがとうございました。
これからも私はあなたを、あなたの歌を愛し続けます。
敬具
J_popからの感謝状

@@@@
上は、朝日新聞 巨大広告に書かれたもの
@@@
下は、それに対する返歌  読み人知らず
@@
拝啓吉田拓郎様へのどうしようもない違和感

「帰れ!」
聴衆から一斉に野次を浴びた。
ビール瓶が飛んだステージもあった。
罵声の中で歌う。そんな季節だった。
それでもあなたは、やめなかった。変えなかった。

変えたくても変えられなかった。
変えたら、自分が自分でなくなるから。


当時から主流の「権威への批判」や「反抗」を貫くなかにしか、音楽は存在できないと知っていたから。

徹底的に自分の歌を作り出して、自分流で歌ってきた。それしかできなかった。

時代を気にせず、自分流を貫く。

そんな正直なあなたの歌が、私の一、J-POPの礎になりました。
今はこのジャンルで、多くの人が歌っています。
当時とはまた違った混沌とした現代でも、歌は、人々の救いとなっています。
さっとあなたは「私には関係無い」と言うと思います。
それでも言わせてください。
私を生み出し育んでいただき、ありがとうございました。
激動の中、あなたを貰いていただき、ありがとうございました。
これからも私はあなたの楽曲を楽しみ続けます。

J_popからの挑戦状 よみひとしらず


@@@
    歴史修正主義者によるあまりに激しい攻撃にさらされている、と感じて、返歌を作成した。いくらなんでも、拓郎に失礼だろう。
 【みんなにわかる】歌、を歌いたいと思って、歌い続けてきたわけじゃないだろう。結果として【みんな】にわかるような歌に、堕ちたかもしれないが、そんな歴史の修正主義は、シンガーソングライターの存在を全否定しているひど過ぎる評価を下した文章だと、私は感じたことを、ここに表明する。
 よみひとしらず からの挑戦状として。

2023.1.2.


追加
 2023.1.1深夜、ふと寄ったコンビニで、元旦の新聞を目にした。何年かぶりに、買ってみようと思い持ち帰った。
 あれ?と思い、広告として載せられている
 拝啓吉田拓郎様
 の巨大紙面に目が行った。

そこに書かれていることに、激しい違和感を覚えた。拓郎って、この文章で総括されるような、そんな陳腐なことしかせずに、何十年もシンガーソングライターをやって来たのか?

少しばかり調べてみたりしたが、【みんなにわかる歌】を作ろうとして来たわけじゃない、という気持ちだけは、一流のクリエーターとして、持ったまま引退したのだろうと私は感じている。

このような総括をする自由はあるのだろうが、であるならば、それに対する対抗言論を意見表明しておく自由もある、と考えて、湧き上がって来た言葉を書き留めた。

2023.1.2.12.00

SJ


東海高校からのお詫び を批判する


東大殺傷事件から



@@@@

 本校在籍生徒が事件に関わり、受験生の皆さん、保護者・学校関係者の皆さんにご心配をおかけしたことについて、学校としておわびします。


 本校は、もとより勉学だけが高校生活のすべてではないというメッセージを、授業の場のみならず、さまざまな自主活動を通じて、発信してきました。また本校の長い歴史のなかで、そのような校風を培ってきました。


 ところが、昨今のコロナ禍のなかで、学校行事の大部分が中止となったこともあり、学校からメッセージが届かず、正反対の受け止めをしている生徒がいることがわかりました。これは私たち教職員にとっても反省すべき点です。


 「密」をつくるなという社会風潮のなかで、個々の生徒が分断され、そのなかで孤立感を深めている生徒が存在しているのかもしれません。今回の事件も、事件に関わった本校生徒の身勝手な言動は、孤立感にさいなまれて自分しか見えていない状況のなかで引き起こされたものと思われます。


 今後の私たちの課題は、そのような生徒にどのように手を差し伸べていくかということであり、それが根本的な再発防止策であると考えます。


@@@以上が原文と思われる。




 本校在籍生徒が事件に関わり、受験生の皆さん、保護者・学校関係者の皆さんにご心配をおかけしたことについて、学校としておわびします。


学校として、お詫びすべき、という立場宣言と受け止めます。




 本校は、もとより勉学だけが高校生活のすべてではないというメッセージを、授業の場のみならず、さまざまな自主活動を通じて、発信してきました。また本校の長い歴史のなかで、そのような校風を培ってきました。


勉強だけが高校生活の全てだ、と言っている高校は存在しない。その当たり前のことから始まるこの謝罪文は何?

さまざまな自主活動とは?

校風とは?

◉曖昧な言葉で、お茶を濁すのが、当該の高校の校風、と私には見える。

◉自主的な活動とは、文科省管轄外の全ての活動か?具体的に何を指しているのかわからない言葉の羅列。



 ところが、昨今のコロナ禍のなかで、学校行事の大部分が中止となったこともあり、学校からメッセージが届かず、正反対の受け止めをしている生徒がいることがわかりました。これは私たち教職員にとっても反省すべき点です。


学校行事中止を理由にして、逃げを打とうという姿勢がありあり。授業はやっていたのではないのか?学校は、学校行事のためにある?とでも言わんばかりの日常授業の扱いが軽いのか?日々の授業においては、何をして来たのか?

授業において、メッセージを伝えようとして来たのか?

学校としての謝罪なはずの文書に、教職員にとっても反省すべき点だとしている、ということは、ほかに誰が、反省すべきだと、暗に言っているのか?当該の学生に反省しろと、迫っているのか?



 「密」をつくるなという社会風潮のなかで、個々の生徒が分断され、そのなかで孤立感を深めている生徒が存在しているのかもしれません。今回の事件も、事件に関わった本校生徒の身勝手な言動は、孤立感にさいなまれて自分しか見えていない状況のなかで引き起こされたものと思われます。


蜜をつくるな、という社会風潮を原因として、この一件を見ているならば、高校を廃止して責任を取ってほしい。蜜をつくるな、とするならば、授業を通して、密な関係性を対置すれば良いだけの話であり、密な関係性を模索して来ていたのか?そのことが問われているにもかかわらず、一切そこには踏み込もうとしない。

孤立間に苛まれた存在を作り出した原因は、当該高校の授業実践の内容にある。まず、そのことを認めよ‼️社会風潮のせいにするな‼️その点を見ずに、いったい何を謝罪しているのか?全く視点がずれまくっている。


 今後の私たちの課題は、そのような生徒にどのように手を差し伸べていくかということであり、それが根本的な再発防止策であると考えます。


手を差し伸べていないという現実を認めたのか?まずはっきりと自分たちの至らなさを率直に認めよ。そこからしか始まらない。



こんなふざけた謝罪文ならざる謝罪文しか出せないから、今回の一件が起きたのだろうな、と私には見える。

 ゼロから組織を組み直すことが必要だと、私は感じる。あるいは、廃校にしろ的な勢いで、組み直しが必要だろう。



sj


追加

 上の文を読んだとき、気持ち悪い謝罪だ、と感じた。謝罪したくないのか、する気がないのか、何を謝罪して良いのか、わからない、といった、なんのための文書かわからない。


 大きな事件になり、学校名が割れ、組織防衛の為の言い訳の文か?と思った。


 真摯な姿勢がまったくない。


 原因を自分たちの教育指導には求めないという錯倒した感覚がにじみだした悪文。


 なぜこんな文書を、高校名を隠し、無署名で出したのか?

オリバラをめぐるいまの情況をどう眺めるか

 都知事石原による五輪誘致運動が開始されたからやむなく、五輪問題について語らざるを得ない情況に置かれたことが何度もある。

 五輪開催に、基本的に私は反対。

 国家意識、ナショナリズムを鼓舞する動きが強まること。
 競争主義が煽られること。

 などを基本的な軸として、考えてきた。

 誘致に成功した以上、開催に異議を唱えるのは、どうかと思う、といった突きつけをくらったこともある。
 その際に、一住民として、生活しづらくなるのは、困る。電車が混む、五輪中心の生活を強制される、といったことが、どんどん出てくるだろうから。それを最小限にするために、反対の意思表示をしておくことに意味があるのではないか、というはなしをしたことを覚えている。住民として困る、という主張には、異議を唱えにくいものだと考えている。

 いま、目前に迫っている五輪だが、かなり、その意味合いが変わってきているのではないか、と私には見える。

 無観客ならば国威発揚は、難しい。

 マラソンで、都内をランナーが走り、子どもたちにヒノマルを振らせまくる、という風景は、無くなった。

 聖火ランナーが走ってはいるが、各地で反対運動が起きていることが、報告されている。聖火ランナーとして走ることの価値に、善なるものを見みいだしているであろう当事者に、その価値観はおかしくないか?と、対置すべきものが提示できる情況が創り出されつつある。反対意見がきちんと併立している情況を作り出せていることを、素直に私は喜びたい。

 五輪が素晴らしい、とする価値観に対して、五輪に反対するという価値観が、きちんと成り立ったまま、20日前になった。
 五輪開催集団としては、決して望ましい情況ではない。開会式を執り行うとしている時間帯に、反対デモが起きる。つまりは、開催時に同時に、開催反対の声がはっきりと上がることが、決まった。それなりの規模で、五輪反対派のデモが競技場周辺で起きる。

 五輪開催が、都民の総意ではないことが、はっきりと示せることは、価値あることだと、私は思う。
 これからの20年、日本という国家がどの向きに舵を切るのか、極右勢力の思い通りにはいかない、ということが、はっきりしたということだと、私は見ている。
 その意味においてホッとしている。


 石原慎太郎という都知事が10年居座った。その間に、さまざまなことが起きた。都立大学は解体された。都立病院も解体攻撃を受けた。
 それでも、それぞれが陣地戦で粘り強く抵抗を続け、民意を反映しようと悪戦苦闘している。
 
 先日、世田谷区教委が、観戦動員を破棄した。こころある教員、保護者、学生がギリギリまで粘り腰で闘ってきた結果なのだと、私は評価する。

 いくつかの教委はまだ、観戦動員を目論んでいる。都教委は、態度を留保したままだ。
 
 7.7.の夜の報道では、7.12より、まん防から緊急事態宣言に切り替えになるという。いよいよもって、新しい次元に達した、ように見える。緊急事態=戒厳令状態で、五輪を強行突破しようとする五輪開催勢力と、生活をかけて反対する住人との血みどろの闘いがはじまることになる。
 そのことを知った海外からギリギリに到着するであろう競技参加予定者は、どのような気持ちだろうか?
 
 2021.7.8.朝10時



 

私は、オリンピックとパラリンピックの廃止に賛成だ


 私は、現存しているオリ・パラの存在をそのものとして、認めることはできない。 万国から競技者を一箇所に集めて、競わせ、その勝利者にメダルを与えていくというその思想は、 戦争の思想だと、私は考えている。競技者を、時間軸、特典軸に縛り付け、その価値軸の中で、 ひたすらに競わせる。1秒でも、一点でも速く、たくさんできるようにという恐るべき思想の元で 戦われる戦争だ。  それを、「戦争」と感じないほどに、観客は、麻痺している、麻痺させられている。逆に、「戦 争」を観戦して、狂喜乱舞している愚かさを晒している。  スポーツを理由として、健康を害した選手という名の戦士・兵士はいったい何人いるのだろう か?  過剰な身体への負荷が、健康を害し、人生をダメにした例は、いったいどれほどの数に上るの だろうか?  記録を出すためのドーピング。いったいどこまで、体を痛めつければ気が済むのか? 

 一方で、私自身は、受験戦争を支える側の人間として、長い年月を過ごしてきた。その中で、競 争を煽ったこともある。しかし、それは、自分と闘うために、自らを鼓舞するために、煽ってい る。しかし、受験戦争などといったものは、無ければ良い、無くすべきだと思っながら、今これ を自らの存在と格闘しながら書き込んでいる。  私自身の存在が、矛盾している部分があることは、自覚している。  今、私にできることは、オリパラにおけるあまりに露骨な競争主義を、今のこの機会に、一気 に叩き潰してしまえ、という主張だ。
 競争などしなくとも、私たちは生きていける。
 そんな社会を、私たちは創り出すことができる。そう信じて、生きて生きたい。

 ゆえに、今まさに行われようとしている、五輪に反対し、五輪ものとも廃止されることを、一
都民として、切実に願う。
 
 競争ではなく、扶助を。
 戦争ではなく、共生を。
 
 競走している暇があるのならば、助け合うことを推奨せよ。  戦争している暇があるのならば、生きることに苦悩しているものと共生するための方法を考 え、行動せよ。  己のことのみを考えて生きることが恥ずかしいことで、社会全体のことを意識しながら個的な 存在に価値があることを、学び合えるような存在として、オリパラを再編できるというならば、 それはそれで、一つの新しい考え方だろうとは思う。

いくつかの例を挙げてみる。   

まず、時計という測定器を廃止する。次に得点ボードを廃止する。  体を動かすために、競技をする。過剰な負荷はかけない。  走りたいものがただただ走る。  国家ごとのユニフォームを一旦すべて、回収し、ランダムに再配布する。

   バレボールの選手が、サッカーをやる。
  水泳の選手が、バスケットボールをやる。  それくらいの改革を行って、スポーツの楽しさを普及するというのならば、実質的に現存する オリパラは、廃止したに等しいと認めても良い。
             
 上に挙げたくらいの再編を行うならば、今問題となっている様々な事柄の大部分は解決するだ ろう。
 オリンピアンになるために、パワハラという名の体罰に耐え忍んでいる競技者たちへ。 そのようなものに耐える必要はない。今持っているくだらない価値軸を捨て、新しい価値観の中 で、楽しく体を動かし、体で表現しよう。
 このような行為が、私たちの未来を創り出す。  そのために、今、一歩を踏み出そうではないか?


                            オリパラ解体再編のために

五輪問題の現況


 2021.6.24.天皇ナルヒトを通して、宮内庁のトップが、【新型コロナウイルス感染症の感染状況を大変心配されている】との発言をした。

 天皇による政治介入であることは、間違いがない上に、いよいよもって、東京五輪の矛盾が、ナルヒトによる政治介入まで、引き起こすレベルに達するほどに、極点に達した、と見ることもできる。


 ナルヒトにして、東京五輪の開催に、重大な疑問がある、ということとして、二重三重の意味で問題が爆発しつつある。


 成田検疫の問題も露骨に明らかになりつつある。民衆の行動を制限する目的で行われている検疫だが、見事に、スルーして、成田から大阪まで移動に成功した、五輪競技参加予定者がいる。

 検疫体制の矛盾とそのありようが、浮き彫りにされた。

 排外主義に堕ちることなく、現象を眺めることが必要だろう。


 空を飛ぶ鳥には、国境線などない。軽々と人間が引いた国境線など乗り越えてくる。つまり、人間の都合で引いただけの線など、一部の人間にしか通用しない、ただただ権力的な線に過ぎない。

国境線は民衆が引いた線ではない。

 日本という国家の権力が、その線の内側を管理しようとして、検疫を行なっているわけだが、それがものの見事に失敗し、デルタ株やデルタプラス株の侵入を許し、更なる変異株を、東京五輪開催の先には、東京で、引き起こすことになるのだろう。


 この事態をいかに迎え撃つのか?が、問われている。

 検疫体制の強化で、日本国内だけを【安全に】保つべく行動するのか。

 ウイルスの変容を冷静に押さえて、情報を全て開示した上で、議論するのか。



視点を変えて考えてみる。

 国立競技場でレースをする必要があるのか?

 感染病を爆発させてまで競い合いたいならば、もはや、それぞれの地で、同じ時間に、それぞれが、時間を競い合って、ヴァーチャルに競い合えば良いではないか?SNS上のゲームのように。

 例えば、ロンドンのスタジアムで、イギリスからの参加者は100メートル走を73112時に開始する。予選などいらない。本戦のみの一回勝負。同様に、北京で、シドニーで、と参加したい者が、その競技場で、走ればよい。何も東京に集まる必要などもはやない。個人競技は、すべてその要領で戦えばよいであろう。

 命を削ってまで戦いたいというのならば、その世界は、バーチャルな世界で、それぞれの立場でよろしくお願いしたい。

 そして、やがては、その価値観がすたれ、スポーツとして時間を戦うことから、離脱していくことを、私は願いたい。


 

 集団競技について。例えば、バレーボール。国家別のチームを作ることを辞めよ。各チームは、それぞれが、属している国家から1人だけ。言語も違う、指導方法も違う、そんな中で、共同、協働して、なにごとかを作り出そうとする、というのならば、それはそれで、一つの価値をもたらすだろうと、思う。

 くだらない国家編成チームは、辞めよ。



2021−6−25 



追加

 宮内庁トップによる発言を、ときの政府権力は、必死になって揉み消そうとあがいている。ナルヒトの発言ではなく、宮内庁トップの個人的な見解として。

 パワーゲームを展開せざるを得ないほどに、国家の中枢部分に、動揺が走っていることがわかる。

 ときの政府権力の思い通りには、事態は動かなくなっていることが、ハッキリとしてきた。