データーというのはあくまでも参考の数字に他ならない。

例えば数学の成績が悪かった。それは症状に過ぎない。原因は様々だ。

1、時間が間に合わなかった。

2.計算ミスが多かった。

3.試験慣れしていない。

4.本質的に間違った理解をしている。

原因は様々でも点数は同じになる。

だから、数学の点数が悪かった・・・というのにも種々の原因がある事を理解して頂きたいということを

保護者につねづね申し上げている。


もしかして時間が間に合わなかったのであれば、対策は簡単。反復練習によってスピード・アップを図れば良い。


ただ、順番を間違えてはいけない。計算ミスや答案作成のようなテクニックは中学生であれば中三の夏ぐらいから始めれば良い事である。中一では如何に時間を意識させないかも重要である。わざと講師がのんびり構えて「別にあわてなくても出来なかったら、また来週続きを考えようや」とか「じっくり考えればいつかは、解けるわい」と鷹揚な姿勢で臨むことも重要だ。中学受験の小六の授業ではわざとストップ・ウオッチを首からぶら下げていたことが常であった私があえて申し上げる。


データーで測れないのは東京大学理科3類の合否である。高3の夏の模試などは全く信用できない。

直近に理科3類に合格した生徒は高校に入ってから模試のデーターは一切見ていない。バイアスが入ると困るからだ。 6年間教えておれば 東京大学理科三類に現役合格するかは分かるわけです。


高3の直前の保護者面談で:

理科3類には入りますが真ん中より少し下でしょう

と申し上げたら成績開示が返ってきたらその通りであった。


データーをそのまま伝えるのなら塾講師は必要ない。



2021年共通テストについて

ブログの一枚あたりの容量の関係上二つに分けますのでその1からご覧ください。

https://ameblo.jp/ubqubq/entry-12650977106.html

多くの学校法人である予備校はメディアから取材があれば今まで通りである。見かけが変わっただけである。したがって対策は必要ないとは言えないわけです。

NHK が予備校の分析を求める際には民間企業である東進ハイスクールにはできない理由であって学校法人の予備校に問い合わせるわけです。

学校法人の予備校の管轄官庁は文部科学省ですから文部科学省が改革をしているという以上はその方針に従うしかありませんね。ましてや教育利権を司る官庁が同じだからとは言えないわけです



色々なメディアを読み比べてみましたが朝日新聞はこのことに気がついてますね。試験内容はほとんど変わってなくて形式を優先して変えてるということを指摘してますね。




さらに2点指摘いたします。

鼻マスクの問題が話題になっています。
無責任なネットの Twitter ではマスクぐらいでとか生きづらい社会になったと言われてますがこれも的を射ていません。


いくつかの新聞報道を見比べてみると重要な点は試験時間中に6回注意され、さらに次に注意に従わなければ不正行為とみなすという迷惑な受験生です。新聞によってはこの部分が報道されていなくて単に鼻マスクで不正行為とみなされたと書いてあるものもあります。

試験時間中に6回も押し問答されたら周りの受験生はたまったものじゃありません。

従ってマスクが問題なわけではなくてあらかじめ注意されている試験監督の指示に従ったかったから退室されたというのが本質です。




この受験生は受験する気がなかったんでしょう。 本当に共通テストを利用して大学に行くつもりがあれば 指示に従うはずです。 追加です。 NHK のニュースによるとこの受験生は四十歳代だそうです。試験会場まに警察まで駆けつけると周りは困りますよね。 (2021年1月19日この受験生は逮捕されました)





鼻マスクが面白いので Twitter でトレンド入りしてるだけのことです。




2番目はブラタモリで出てきた天橋立が出てきたタモリさんありがとうと言うネット上の意見も本質を捉えていません。



2022年共通テスト更新

2022年の共通テストの改革偽装詐欺であります。 全く関係のない 写真を入れたり会話文に無理やりして読解 問題に見せかけているだけのことであります。


新聞を次の日パッとみるとたくさんの量があって多くの 資料が載っているように見えます。
設問とは全く無関係の 挿絵が載っています。


この数学でも自転車関係ありませんね。 会話文にする必要もありませんね 。 漸化式を立てれば終わりというだけの話です。


三角関数の問題をキャンプ場や太郎君と花子さんの会話にしているだけのことです。


多くの ちょっと問題をだけ見た人をごまかすためであります。 選ぶだけの問題は悪い問題である。 資料を見たりグラフを見て考える問題は良い問題である。 という神話を利用して多くの素人さんをごまかしているだけの問題であります。


() 以下は、ある小学校で卒業生にお話した内容です。

 


 

 

卒業生の皆様、ご卒業おめでとうございます。

 

先ほどから、来賓(らいひん)の市議会議員の方や、校長先生が、あなた方に対して敬語を使っているということに、お気づきでしょうか。

校長先生が、卒業生とか、おめでとうございます、と言っておられますね。

 

校長先生が「身分の卑しいもの」であって卒業生が「身分の尊(たっと)いもの」

 

このことは、日本語における敬語法は、単に身分の上下の関係を表すことではないという見本です。


 

 

ところで、卒業式はなぜ、おめでたいのでしょうか。

 

入学式は新しい出会いがあり、新しい生活があり、新しい友達ができる場であります。

一方卒業式は、別れの場であります。

 

わたくしも、大学の卒業式で、卒業式の後、みんなで肩を組んで、校歌を歌い、記念撮影をして、その後、数十年ぶりに。連絡があったのは、ある同級生の訃報(ふほう:死んだというお知らせ)だった、ということがありました。

 

ですから、ひょっとすると、この卒業式が、小学校でともに学んだ友人との、最後の出会いとなる可能性もあるわけです。

 

 

それでは、なぜ卒業式がおめでたいのでしょうか。一つの考えを述べたいと思います。


 

あなたがたの多くは、今、12歳だと思います。

これは、満年齢で表示したものであります。

 

一方、日本には、数え年という大変すばらしい伝統があります。

これは、生まれた瞬間を1歳と考えて、それから正月を迎えるたびに(旧正月)、1歳を加えていくというものです。

だから年賀状というのは、本来、Happy Birthday という意味であります。


 

さて、昔の人は、なぜ生まれた時を1歳と考えたのでしょうか。

 

これはわたくしの想像ですが、おなかの中で初めて命を授かったときを0歳として、それから、おかあさんのおなかの中にいた期間を、約1年と考えたからではないでしょうか。

 

双子のうちで先に、お母さんのおなかから出てきた方が次男・次女と考えたのも。昔は後から出てきた方が先に命を授かった考えたからのようです。


 

 

それでは、ここで一つクイズです。

 

あなたがたは、いままで12年間生きてきて、さまざまなプレゼントをご両親からいただいていますね。

たとえば、覚えていないかもしれないでしょうが、赤ん坊の時に熱を出して、どれだけ看病をしてくれたか。

あるいは、今着ているもの、持っているもの、すべて、鉛筆の1本から服の靴下の一側に至るまでが、御両親からのプレゼントなのです。

 

そういった、有形・無形のプレゼントの中で、もっとも大切なプレゼントは何でありましょうか?

有形というのは、目に見えるという意味ですから、あなたがたが今身に着けている時計や服とか鞄とか、こういったものをいいます。

 

しかし、

「本当に大切なものは、目に見えないものである」

と言った人がいますように、ここまで育てていただいたこと自体が、形のないプレゼントではないでしょうか。


 

そういった様々なプレゼントの中で、もっとも大切なプレゼントは何でしょうか。

 

 

それはもちろん、「」というプレゼントであります。

これはとても不思議なプレゼントですね。

 

よく「ほど大切なものはない」と言われます。

しかし、「」は大切なものだからということで、銀行に預けておくとか、金庫に入れておくとか、そういうことはできません。

また、この命のプレゼントいうのは、あなたがたのおとうさん・おかあさんからしか、いただけないプレゼントであるのです。

もし別の方からいただいたのであれば、たしかにあなたの命には違いないけれども、それはあなたの命ではありません。宇宙の初めから、未来永劫に向かって、あなたという命は、一人であり、一回限りなのであります。

とっても不思議なプレゼントですね。


 

 

たとえば今、ここに、蚊が飛んでいるとします。

邪魔だからと言って蚊をパンと両手でたたいて、つぶす。

その蚊は、死にます

このことは、よくある体験ですね。

 

さてそれでは、このつぶれた蚊をもとの命に戻すことは可能でしょうか?

断言しますが、世界中の名医が集まって、国家予算的規模のお金を投入しても不可能であります。

 

ですから、命というプレゼントは、ある意味、人生そのものなのです。

 

 

あなたがたが、これから生きていく中で、

 

 

勉強すること、失敗すること、成功すること、出会うこと、分かれること、苦しいこと、つらいこと、うれしいこと、喜ぶこと、泣くこと・・・、不満をいうこと、憤ること、笑うこと、楽しむこと、病気になること、愛すること、争うこと、憎むこと・・・生きること。これらすべてのプレゼントの始まりなわけです。

ですから、宇宙そのもの・人生そのもののプレゼントと言っています。


 

 

あなたがたが星を眺める。おいしいものを食べる・・・・・。

 

考えてみれば、そういったことはすべて、御両親が命をくださったからこそできるのであって、根本的にはあなたがたが生きていることすべてが、御両親からのプレゼントなわけです。


 


 

それでは、命というプレゼントに対する「お返し」は、どうすればよいのでしょうか。

 

モノであれば、たとえば、知り合いからお菓子をいただいたので、お返しに果物をさし上げる。それは可能でしょう。こういうものを「お返し」と言います。


 

ところで、命というプレゼントに対するご両親への「お返し」には、何をもってすればいいのでしょうか。

 

それは、あなたがた自身が大きくなり、立派な大人になり、成長することをもって、「お返し」とするしかないのではないでしょうか。


 

 

しかし、どんな人間が立派な人間なのかは、わたくしにはわかりません。

 

そこで、たとえ話を申し上げましょう。


 

どんなに大きな木も、最初は一粒の種だったわけです。

これと同じように、あなたがたが頂いた命は、おかあさんのおなかの中の、ほんの小さな、小さな命でした。

それがやがて大きな木として育ち、そして大木として育つ。

そのことが、御両親に対する最大の「お返し」なのではないでしょうか。


 

 

ただ、そうは言っても、幼稚園児がいきなり大人になることはできませんし、そうなられては、さすがにみんな困ります。

 

だから、1歳の人間は2歳になり、2歳の人間は3歳になり、3歳の人間は4歳になり・・・・・その途中の過程で、小学生が中学生になる、という大事な機会を迎えるにあたって、そのことをご両親に感謝する機会というのが、この、卒業式という場所なのです。


 

 

だから、卒業式はおめでたいのだと、わたくしは思うのです。


数学的帰納法とは


n=kのときに成り立つと仮定すると 

n=k+1で成り立つことを証明するもの


ではない。


東京大学ではn=k かつ n=k+1 で成り立つと仮定すれば n=k+2

で成り立つことを示すものが数回出題されている。


京都大学(1994理系前期)ではn=1かつ2かつ3かつ4かつ5かつ6かつ7で成り立つことを示したうえで、n=k⇒n=k+8

を示すものも出題されている。



UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ


フィボナッチ数列のように有限定義の漸化式で定義された数列を考える。

自然数は加法について閉じているからここでは項は全て自然数となる。


(有限定義の漸化式というのは私が勝手に作った言葉である。「円周率のn番目を第n項とする」というようなものではないとの意味である。)


これらの項をある自然数で割った余りは必ず繰り返しを持つことになる。

(証明は鳩ノ巣原理)


フィボナッチ数列を3で割った余りは


1 2 0 2 2 1 0 1


を永遠に繰り返すことになるから、これらを累積した数列も増え方に繰り返しという規則性を持つ。


さて、(3)を数学的帰納法を使わないで説明してみよう。



UBQ数理フォーラム代表:長山豊のブログ


(説明の例)

フイボ君は1を出発点に、1 2 0 2 2 1 0 1 と増えていきます。

左辺君は1を出発点に1づつ、増えていきます。


この増え方の様子を棒グラフにかいていきましょう。

左辺君はフィボ君を、どこまでいっても追い越せませんね!



2021年11月 28日

以下タイトルも含めて 敬称 一部略。



YouTube の時代になって 簡単に音楽にアクセスできるようになりました。




今まで知らなかったんですけれど

YouTube でおすすめでなぜか出てきたんです。

 



この時点で小学5年!



感情の表出力 驚くべき天才少女としか言えません。


僕が知らなかっただけで調べてみると Wikipedia にも 書かれているですね。

  

  


海外では王朝に李氏朝鮮とかビクトリア時代とかササン朝とか支配者や王族・民族名の名前がついているが、日本は奈良時代とか江戸時代とか地名が付いているとの続きです。徳川時代とか源時代とは言わない。将軍は天皇が任命するものだということですね。

 

 

では、なぜ天皇の名前の付いた時代区分がないのでしょうか?日本が中国から輸入しなかったものの一つかしら。

 

漢の時代というのは漢民族の時代。

 

 

・・・・・・・うーん。天皇には姓がないからつけようがない!日本文化ってすごいなぁ。

アリさんは秋と冬に備えて一 所懸命に穀物を集めていました。一方キリギリスさんは夏も音楽を楽しんで遊んでいました。

冬が来ました。

アリさんは過労で死んでしまいました。おまけにとりあえず食べる分以上に穀物を集めることが収益事業になるということで課税されました。 倉庫には固定資産税がかかるわ 個人事業税は取られるわ 消費税は取られるわ 事業所税は取られるわ  自営業ですから労災も退職金も降りませんでした。     残ったアリさんも相続税が払えなくて一家離散になってしまいました。


冬が来ました。

キリギリスさんは生活保護を申請しました。おかげで老後の不安はなく、医療費は無料だし、NHKの受信料も免除だし、臨時福祉給付金ももらいました。 暇つぶしに病院にばっかり行ってるのでますます元気になりました。 毎日 タバコを吸いながら パチンコをして楽しく暮らしています。

格差社会の賜物です。
これがアリとキリギリスの真実です。



ね、



2021年6月23日


映画評論ですが映画評論ではありません。


今では手に入らない、見ることのできない映画だからです。



吉永小百合主演のキューポラの街というのはたいへんな名画と言われています。

これは DVD で手に入りますし時々 日本映画専門チャンネル BS 映画で放送されています。最近では動画配信でも見られるようです。


 


この続編があるのはご存知でしょうか。





DVD にもなっていません。


昔の VHS で中古で手に入るかと思って探したんですが入手できません。




映画としては大変な名作らしいですが未だに見ていません。


レビューを見ると




北朝鮮をただひたすら絶賛する映画だそうです。






北朝鮮は地上の楽園と言って多くの映画が作られたり政治家や大学教授新聞が絶賛していた時代がありました。

以前拉致問題が全容解明すると困る人が日本国内にいるので解決がしないのだと申し上げました。


 


 


 



これほどの映画で吉永小百合主演なんですから DVD を出せば売れると思うんですがそれが出来ない事情とそれをしてもらっては困る人がいるという人物が今でもいるということが重要だと考えます。


そういえば吉永小百合さんが拉致問題について発言したということは聞きませんね。


何しろ内容が見れないので誰がどういう意図で北朝鮮を褒め称える映画を作ったのかさっぱり分かりません。


よほど今見られたら困る人がとっても困る内容を作ったのでしょうね。