本日の麻布中学の算数は例年通り、ほれぼれするような出題であった。
図4は東大・京大頻出の等面四面体。図5は三面角が等しい場合の体積の概念。
将来の発展性も考慮されている。
本日の麻布中学の算数は例年通り、ほれぼれするような出題であった。
図4は東大・京大頻出の等面四面体。図5は三面角が等しい場合の体積の概念。
将来の発展性も考慮されている。
このブログでも宗教のことをたびたび述べているが。誤解のないよう説明すると。私は宗教に入れなどと申し上げるつもりはない。
世界の理解に必要だからである。例えば2013年センター試験の世界史Bでも3割から4割が宗教に関連する設問である。
赤字で示した部分が宗教関連の出題である。池上彰先生は「宗教が分かると世界が見えてくる」と言っているが、好むと好まざるにかかわらず、その通りである。
さらに、宗教ではないが、以前述べたシャクシャインの戦いは日本史Bででている。
高校3年生は、在籍者0人です。なぜかと言う説明です。4月の初めに、こう言った。
「UBQの悪い点を言います。今後の方針をはっきりと説明します。
1.すべての大学入試に対応する能力はありません。
2.センター試験の数学には対応していません。
(あれは数学の試験ではありません。あれは注意力テストの作業でクレぺリン検査のようなものです。)
3.推薦入試にも対応していません。
4.私立大学にも対応していません。
5.これからの、限られた時間の中で、最も有効な方法を皆さんが判断してください。数学で5点取るのも、社会で5点取るのも同じです。」
そのあと、個別に面談した、中一から教えているから良くわかる。
(以下は個人の特定を避けるため設定を少し変えてあります)
■岡山白陵のトップに:有心2次曲線の中心は偏微分で求められるといったら「2方向から山を眺めた頂上は、どこからみても頂上ですね」といった。ルート(1+xの2乗)の積分に仕方について双曲線函数の定義をプリントして渡したら次週には、完璧に解いている。ちょとヒントを言っただけで、ラグランジュの未定乗数法で極値をもとめている。
君は僕よりも遥かに頭がいい。中一から教えてきているが師事すべき先生を変えるべきだ。といったら、もう一人で勉強できますとの事でUBQの役割は終わったので、早めに巣立っていった。
■ある生徒に:君が岡大医学科を受ければ、数学は90%取れると思います。数学と英語においては確実に合格に十分な点数が取れます。、これから数学だけを猛勉強して100%の得点にもっていくのは、受験の戦略上、必要ないのではないか? 特に岡大医学科はセンター試験も含めて全ての教科で高得点が必要です。
社会とか古文で高得点できないと厳しいものがあります。以前から古文・漢文・社会のセンターが得点できないという相談は受けていますよね。
これからの限られた時間では、不得意科目対策の方が合格には有利ではないか?あくまでも君が判断することであるが、もう数学が、問題ないのであれば、割り切って、不得意科目対策を優先すべきであり、UBQの授業料は無駄ではないか?
入試までの残された時間で数学を猛勉強して5点アップさせるよりは、不得意科目の世界史と古文なら、その労力で各10点アップできますよ。
■別の女子生徒には:どうしても東京大学に行きたい。浪人しても行きたいのであれば、東大は数学の合格最低点が低いから数学で、不得意科目を補うことが可能です。その場合には、一人になっても授業は、つづけますから、UBQを続けなさい。といったら、
「いえ、東大にこだわっているわけではありません。私立も考えていますし、センター試験の結果によっては早慶も考えています。東京の大学に行きたいというのは父と母の実家が共に東京にあるからであって祖父母を安心させてあげたいからです。だから浪人はできません。」
との由。いずれにせよ、保護者と良く相談しなさい。とも付け加えたら。
さすがに私の指導の賜物。ご本人がきちんとご挨拶に来て下さって。まだ、「2次の出願は決まっていないので、センター試験対策に専念します。今までお世話になりました」との返事であったから。的確な判断だと大いに褒めました。
センターが失敗したら東大受験以前の問題ですからね。
ということで。経営的には大打撃。高3が一人もいなくなった。お蔭で.こういう的確な指導の結果(2012年12月11日現在)
中一:5名
中二:3名
中三:4名
高一:4名
高二:0名(もとから5年前に中一を募集していない)
高三:0名
である。UBQは生徒の数を増やすことを目的にしていないし、開校当初、3人の生徒から始めたことを考えれば適正な人数であろう。
来年はもっと、生徒を減らすことを目標にしています!
私の信念:塾の経営上、不利なことでも、生徒のためになることならはっきり伝える。経営のことを考えたら東京にUBQを作ってます!!
どうも、保護者は生徒の多い大手塾はいい塾だ。優秀な先生がいる。と勘違いしているようだ。
次の大手塾の経営者が長山に個人的に言った本音の言葉を理解してください。
1.もともと生徒の成長を見るのが歓びで、教えるのが好きで小さな塾を始めたのだが、いつのまにか大手塾になってしまった。そうすると、毎日、銀行や税理士との打ち合わせとか。お金の計算ばかりしている。いまさら、もとに、もどせないしねぇ。
2.(中学受験で一人勝ちと言われている首都圏の最難関、ブランド塾の小学部の創業者。)
・・・が分裂して、辞表を出した時に、本当は、田舎に帰って小さな算数教室を作りたかったんですよね。でも、でも新聞までにとりあげられたうえ、気がついてみると、保護者が大騒ぎしているし、部下が何十人も同時に辞表を提出しているので・・・・仕方なく・・・・を設立したのです。
損税というのは、日本の医療システムにかかわる重要な問題であると考えるのであるが、どうも、あまり知られていないようだ。
まだ、確定判決ではなく、係争中なのでコメントは差し控えるが、もっと広く、知っていただきたい問題なのでここで、取り上げる。
ある統計によればマンションの高層階(2階以上)の方が侵入犯罪は多いようだ。高層階だからと言って油断してはいけない。
その通りだ。趣旨は賛成である。
しかし、高層階と2階以下に住んでいる住民とどちらが多いのか?
そういうツッコミをしている場合ではない。UBQの保護者に・・・・・の点を、お知らせしたい。後は・・・・・・・します。とくに・・・・な保護者は必ず確認ください。
大変すばらしいガイドブックを見ました。
個人旅行の場合、外国では、日本人ということを知られる、あるいは特に、現地の事情を知らない旅行者であることを知られること自体が危険なわけです。
ですから、ブラジルの個人旅行では人前で英語をしゃべらない方が良いのです。知らない人から話しかけられて英語で答えれば、その瞬間に、現地の日系人でなく旅行者であるということがばれてしまいます。
このガイドブックの大変すばらしい点は、カバーを外すと、日本語で書かれているということが分からないことです。
カバーを外してホテルや空港のロビーで見ていても、このガイドブックはちょっとした英語のペーパーバックか何かと思われますから、旅慣れた現地の人のように思われます。
とても安全に配慮されたガイドブックだと思われます。
海外で、日本語のガイドブックを大っぴらに広げて読むことは、個人旅行では注意するべきことなのです。
もう一つは、地図が英語ではなく、現地の言葉で書かれていることです。
ハンガリーということで、ハンガリー語で国名が書かれています。
UBQの新中1の保護者の相談でもっとも多いものは、
「うちの子供は国語が苦手で」という趣旨のものです。
これはおそらく、全国の中学受験生に共通する問題でしょう。
このテーマについて考えてみましょう。
まず、特に岡山は国立大学受験志向が非常に強い地域です。
そして、国立大学の入試においては、数学が最も合否受験の決め手になることは、言うまでもありません。
さて、「うちの子供は国語が苦手である」という保護者が多いのは、一つは、UBQには将来理系に進むと思われる生徒が多いことと、やはり難関中学受験では、どうしても算数のウエイトが高いからだと考えられます。
算数・数学を基準に判断してしまうのです。
たとえば、算数の偏差値が70で、国語の偏差値が65であれば、これは国語も、大変立派な成績なのですが、ほとんどの保護者は、うちの子供は算数ができるとは言いません。国語ができないという言い方をします。
これは一つの、日本の文化だと思われます。
特に、中学受験の段階では、国語・算数・理科・社会の成績がすべて平等にそろっていて、偏差値上の差がないということは、ありえないことです。
むしろそうであれば、かえって危険であると思います。
そして、必ず、そういった保護者に申し上げるのは、「小説や物語文の、いわゆる心情理解が苦手なのですね」ということです。
ここからは、私の仮説でありますが、なぜ、有名難関私立中学を受験する生徒は、心情理解が苦手なのだろうかということです。
それは、中学受験をする生徒というのは、大変恵まれた家庭で育って、比較的均質な人間関係・社会の中で育っているからだと思われます。
よく言えば「天真爛漫」な子供で、健やかに育ってきた、あかしだと言えましょう。
ですから、人間の暗い部分であるとか、負の感情であるといったものを理解することが苦手なわけです。どうしても、主人公の心理を牧歌的に、ストレートにとらえてしまうのでしょう。
こういうことがありました。
以前、中1で私立小学校から私立中学校に入学した生徒に、
「数学が苦手だという人がいますけれども、そんなことはありません。たとえば、岡山白陵中学校に合格した生徒が、数学が苦手であるなどということは考えられないわけです。世の中には、2分の1+2分の1=4分の1とするような中学生はたくさんいます。つまり、あなた方は決して数学が苦手な生徒ではない」
と申し上げました。
ところが、その話を聞いてびっくりしたその生徒が、
「そんな中学生がいるわけがない。そんなことは考えられない」
と主張するのです。
その時に、同じクラスにいた公立中学校の生徒が、
「いえ、います。うちの学校でも、クラスに何名か、実際にいます」
と答えたので、その私立中学校の生徒は、目を白黒させていました。
一方、「国語が苦手」という質問に対しては、大学受験まで考えれば、心配する必要がないということを、断言しておきます。
小学生の段階では、「多彩な価値観をはぐくむ」とか、「いろいろなものの見方をする」ということを教育の方針として、いわゆる「心情理解」が出るわけです。
しかし、大学入試においては、論理的思考力が問われるわけであって、あいまいな心情理解というものは、ほとんど出題されません。
また、大学入試は、中学入試と違って、古典、いわゆる古文・漢文が国語の出題範囲に入りますから、得点の比率が大きく変わってきます。
ただ、強いて言うならば、そういった「すくすくと、恵まれた環境で」育っている小学生にこそ、たとえば、悲惨な映画であるとか、非常に残酷な結末の小説を読ませることも、教育上必要かと思われます。
推薦作品を挙げましょう。手塚治虫の作品で、「ブラックジャック」というものがありますが、この作品は、「スーパードクターK」とはまったく違います。
後者は、天才的外科医が超人的活躍で、あらゆる問題を解決してしまうという話です。
一方前者の「ブラックジャック」は、人間の暗い面を描いていることに関しては、天才的であると思われます。どんなに天才的外科医ががんばっても。うまくいかなかった例であるとか、科学がいかに無力かとか、人間がいかに残酷でひどいものかということを記述した物語が多く見られます。
決して医学をひたすら賛美するマンガではありません。人は必ず死ぬものだとか、お金に弱い人間の話だとか、安楽死をうけおうドクター・キリコ・・・この作品を御覧になればお分かり頂けるでしょう。
作品中で,キリコは言います。
完全に植物状態(この作品が書かれた当時は竹内基準は無かったので脳死という言葉は使いません)になっている患者を前に、何のために生きているかって?
死なないために生きているのさ、
鉄腕アトムというのもとんでもない不幸な生い立ちを背負っているのです。
不慮の事故でわが子を亡くした天才科学者が、悲しみに耐え切れず、死んだわが子の代替ロボットを作ったが、しょせんロボットはロボットだったのです。いつまで、たっても、子供のままで、大きくならないことに、腹を立ててアトムを、とうとう遺棄してしまう・・・・ここから、物語は始まるのです。