日本×カナダ -49ページ目

起承転結→結論から申し上げますと、・・・

就職活動くらいからでしょうか、話をするときは日本でも結論から先にいうことが多くなります。


でも日本語は、先に事の成り立ちを説明してから結論を最後に言います。昔から起承転結での文章の書き方習う教育を受けてるはずです。


でもビジネスでは、「結論から言うと・・・、例えば/なぜなら・・・」というように話すようになっていきます。


なんだか、そこに教育の矛盾を感じさせられます。


違う話ですが、興味深いことに、外人の政治家とかもYes/Noクエスッションなのに、だらだら話してから意外と結論を最後に言う人が結構多いということに気がつきました。


あと、こちらの面接の質問内容はまるっきり日本の面接と同じです。まあ、日本がなんでもアメリカ、アメリカっていうから真似したんでしょう。


電車での化粧もアメリカじゃ売春婦に間違えられるぞ、って文句たれる人がいますが、日本でやる分には問題ないと思う。何人かバスの中で化粧してる人みたし。


日本×カナダ

常識と小さいプライド

「常識ってどういうことだ?」と中学生2年生の時、友達に尋ねたことがあります。

「人として当たり前のことだよ」とすぐに答えてくれました。

今考えてみると、同年代の14歳のガキが自分の納得出来る答えをすぐに答えてくれたことが本当に凄いな、と思います。もし今自分が誰かに「常識」って何かって聞かれたら、上記と同じ答えを言わないとすると、なかなかすぐには口に出てきません。

常識は住む場所ごとに異なってきます。広義ではそんなに変わりませんが、細かい部分を見ると同じ日本でも東京と大阪で結構異なります。例えば、エスカレーター(これはルールか?)、接客(大阪の方がよく喋りかけてくる)、串カツのタレ2度漬け禁止、電車の列の待ち方。

その土地の常識を知らないと周りの人が不快になります。ということで、現在いる場所の常識を理解して順応していくことが、その土地で平穏に生活していける秘訣になります。

カナダは移民国家なので多くの国々から移民がきます。多くの人に共通する点は、自分の国が一番だと思っていることです。だから自国と異なることを感じると、「自分の国ではこうなんだよ」っていう人もまだまだいます。

そこで僕が思うことは、移民の分際で文句言ってないで、小さいプライド捨てて、ひとつでも多くカナダで生きていく生活の術を見つけて、よりよい暮らしが出来るよう頑張りなさい。

自分もよく考えてみれば、大した人間じゃないのに変に意地はったり、プライドがあって、なかなか行動に移せないことや、理解したくない、飲み込みたくない現状ってのがある。もし、自分がハリウッドスターだったら、見た目も世間の目も他人の反応も気にするだろうが、よく考えてみれば、自分はただの一般人だ。エリートでも何でもない。プライドなんか気にすることなんて全然ないんじゃないかな?

日本×カナダ

時代

チャリのタイヤがパンクしたので、パンク修理キット(200円くらい)を買って直しました。


日本でも直したことがありますが、日本の100円均一のパンク修理キットは優秀です。高品質です。


比べてこちらの修理キットの接着剤がゴム用セメントって書いてあって、それが弱くてなかなかくっつかず、結局直すのに40分以上かかりました。物にキレることがこちらではよくあります。


そういえば、小さい頃は自転車屋に頼んでパンクを直してもらってました。コツさえわかれば、10分で直せるのに費用は1000~1500円だった気がします。昔は100円ショップなかったからな。パンク修理キットもあっただろうけど、100円じゃ買えなかったんだろうな。


小学生のころと比べると、世の中ものすごく便利になってきてる。物価も20年前と比較すると下がってる。小学生のとき、親が大きいCDオーディオプレーヤーを買ったが、10万円以上払ってた記憶がある。今は小型化されて、安いのであれば2000円出せば買える。バナナも昔は病気の時に一本食べさせてもらえる高級食品だったわけだが、大量輸入されて今となっちゃ誰でも買える。


逆に、大トロなんか昔は誰も食べず捨てられていた部分だったのに、今じゃ高級食品。


あと何年かすれば、今高い食べ物やら製品やら、すごい安い値段で手に入るかもしれない。また、どうでもよかったものが、手に入らなくなり値段が吊りあがりイメージが変わるものも表れてくるかもしれない。物だけに限らず、今当たり前のこと、例えば「常識」が10年後20年後「常識」でなくなる、そういう日が必ず来るのだ。


日本×カナダ