おはようございます。

 

今日は雨になりました。

うちの芝生も雨をもらって喜んでいます。

もうちょっと濃い緑になるには肥料をやらないといけないでしょうか。

 

さあ一週間の始まります。

その始まりは雨です。

 

今日はこれから「代表者会議」があるので市役所に向かいます。

特別委員会のメンバーを決めたり、いろいろ議会人事を決める打ち合わせを行います。

 

今週一週間も忙しい一週間になりますが、しっかり努めていきたいと思います。

 

昨日は柿崎サッカー場で「上越地区キッズサッカーイベント2024」を開催しました。

昨日は30名の子供達が参加してくれました。

保護者の皆さんも応援、昨日は特に女の子も多く、男女を問わず多くの子供達が参加してくれて良かったです。

米山さんも子供達の様子を見守ってくれていました。

サッカーを通してスポーツを楽しむ環境を提供でき、子供達は元気にボールを追いかけ、体を動かしてくれました。

最後はミニゲームで楽しんで終わりました。

スポーツに触れるきっかけ作りになり、今後もスポーツを通して、子供達に楽しみを提供する活動を続けていきたいと思います。

 

今回協力いただいた、上越サッカー協会と柿崎サッカー協会の皆さんに感謝申し上げます。

ありがとうございました。

 

昨日は午後からは、急いで高田の「宇喜世」へ向かいました。

「旧高田班和親会」総会、講演会、懇親会に出席してきました。

私は講演会からの出席でした。

演題「宝暦地震と高田藩」と題して

講師はこの春から「上越市立歴史博物館」の館長に就任した「花岡公貴」氏からお話を聞きました。

 

花岡館長は旧高田藩をおさめていた「榊原家」に精通されていて、平成17年に榊原家の展覧会を開催して以来20年ぶりに再び榊原家について、資料をもとに精査していくと言っておられました。楽しみですね。

 

昨日は寛永4年(1751年)4月25日に高田平野の直下を震源として発生した「宝暦地震」ついてのお話が聞けました。

規模はマグニチュード7.0〜 7.4と推定されるようです。

高田には歴史上でも大きな地震を経験して復旧してきた歴史がありました。

 

今年の2024年元旦に発生した能登半島地震で、上越市でも名立地内の茶屋ヶ原の土砂崩壊がありましたが、「宝暦地震」の際も茶屋ヶ原付近の土砂崩壊の絵図が残っていて、上越市立歴史博物館にあるようです。

 

当時、榊原家にとっては、まだ高田藩にきたばかりで「間の悪い」災害だったようですが、一丸となって地域の復興に取り組んだ話を聞いて感銘を受けました。

 

あの頃は江戸時代、国を治めていた徳川家との交渉役として幕府老中「堀田正亮」氏の存在も大きかったようです。

 

甚大な被害のなか大中老中を中心に適切な対処が行われて、餓死者や暴動を起こすことなかったことはすごいなと思いました。

 

江戸藩邸が国元と連携して、幕府老中主席堀田正亮と交渉を繰り返して、復興費用として幕府から拝借金1万両を引き出すことに成功したことも復興に向けて大きな要因だったようです。

その借金も完済したとのことで、その財政管理についても、よく節約してやったなと感銘を受けました。

 

復興復旧には国との連携さらには上越市が一丸となって取り組むことの大切さを伝えてくれて、大変勉強になりました。

 

昨日は榊原家の第17代当主ご夫妻もお招きして楽しく懇親もさせていただきました。

 

上越市には上杉謙信、そして高田城を築いてくれた松平忠輝、そして1741年から江戸時代の最後まで130年高田藩を治めてくれた榊原家がいてくれて、つないでくれた歴史があり、ここにその地があることが宝だと花岡館長は伝えてくれました。

 

そうですね、ここにこの地があることを宝に、それを大切に、この歴史を次世代の子供達にも伝えていきたいと思いました。

 

昨日はお世話になりありがとうございました。

 

では一週間の始まりです。

元気出していきたいと思います。