四次元(above)な生き方は、「これが楽しい」を選ぶ。他人にすることは、自分にすることです。 | 思考が現実になる、パラレルワールド(平行世界)

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自分の現実は、毎瞬、元々あるパラレルワールドを、自分の思考・感情で、その波動域に移動して見ています。おかしいことに目覚めるかどうか、恐れか愛かで自分の世界が決まります。重要な時期です。

四次元(above)な生き方は、「これが楽しい」「これがいい」を選ぶ、他人=自分で、他人にすることは、自分にすることです。

寿虎さん:

これから先、4次元(above)な生き方が、ますますとっても重要になります。

ですが、身近な問題、身近な解決策、具体的な考え方(捉え方)というのも、とても大事という事で、ちょっと、そういう話をします。

日常で使える決め手。

これ、今までにもお話してきましたが、とにかく、楽しい方を選ぶ。

これ、絶対です。

これが四次元(above)な生き方です。

「どれを選んでも楽しくない!!」

そんな時もそのなかで一番「これがたのしい」「これがいい」「これがしっくりくる」と思うものを選ぶ。

正しいか、得か、賢いか、尊いかではなくて「一番気分が乗る」「一番惹かれる」というものを選ぶ。

とにかくコレ。

迷ったら、楽しい方を選ぶ。

「自分がどうしたいか?」で選ぶ、決める。

買い物でも、昼めしのメニューでも、お誘いの返事でも、今から行く場所でも、迷ったら、損得、正誤、善悪、正邪ではなくて、どうする事が、一番しっくりくるか?

自分の心の底は、どうしたいと言っているか?

これで決める。

それが絶対に正解です。

これ、絶対的な柱です。

もう一つ、他人=自分という視点。

そして、他人に言いたい事は、自分が自分に言っている事。

これ、絶対です。

脳は「他人=自分」のお話 

お友達たちとお話する時、悩み事のお話になったりします。

みんなそれぞれ抱えています。

でも、どんなお話であっても、私が必ず言う言葉は「それね、自分が自分に言ってるんだよ」です。

そしてご本人も(どの方も必ず)「あ~~!!ほんとだ!!」となります。

もう、このやり取りが多すぎて、自分で笑いながら「やだ~ホントだ~!!」と言っちゃう。

ただし、間違えないで下さい。

間違えるとは「他人=自分」という事を「自分を責める」という方向でとらえていたら、それは間違いです。

そういうことではなくて、世界を一つで見るという事です。

「他人=自分」というのは、数式の一つだと思って使うんです。

どう使うのか?

すごくいいヤツを紹介しましょう!!

自分を責める人

自分を責めるという事は、他人責めているという事です。

だから、他人を責めてる気持ちを、発散させましょう!!

自分を戒めてはいけません。

ばくはつします。

いいんです。怒ってるんです。

発散しましょう!!

相手にぶつけるという意味ではありません

自分が「その人、その出来事」を、責めている、恨んでいるという事を認めるという事です。

認めた結果どうするかは「どうしたいか?何をしたいか?」自分の心と相談でです!!

自分を責めるのがやめられないのは、他人を責めたい気持ちがあるのに、それを「いけない事だ」と禁止しているからです。

そこを認めてあげると、次のステップへ進む事が出来るでしょう。

そして「他人=自分」です。

自分が自分を責めている内容と、全く同じ内容で他人を責めています。

これは、意志の力ではコントロールできません。

脳の機能です。

例えば「太っている」という内容で、自分を責めている人は必ず、太っている他人を責める目で見ています。

そういう風に処理されちゃうんです。

人間は、何かに関して自分を責めていたら、同じ事をしている他人の事も「責める」という目で見えるように、プログラムされているんです。

なので、自分を責めているんだから、何も悪い事はしていないとか、自分を責める事はいいことだ。

という、なんだろうか、他人を責める事は悪い事、自分を責めるのは立派な事という、なんか、なんだろうか、不思議なアレがあるのですが、自分を責める事と他人を責める事は同じです。

これは、責める事が「いい」とか「悪い」という審判をしているのではなくて、「物理的にそうですぜ」とお話しているだけです。*「責める」に良いも悪いも無い。

そして「自分を責めてる人」を責めてるという事も全くしていません。

というか、責める道理が無い。

責める必要、責める要素は、どこにも無いんです。

だから、責めてません、できない。

そうではなくて「自分をディスる事は、同じ事をした他人をディスってるって事なんだ」という事を知った事で「では自分をディスるのはやめよう」という気になる人が一人でもいれば儲けもんだな。という思いで説明しています。

そして逆バージョン!!

他人を責めている人、他人を責めるという事は、自分を責めているという事です。

これはほんと、気づいて欲しい。

自分をめっちゃパンチしてる。

他人を責めるという事は、自分を責めているという事なんです。

その人を責めるのと同じ内容で、自分を責めている。

その人と関わった自分を責めている。

その出来事を体験した自分を責めている。

その出来事を回避できなかった、自分を責めているんです。

他人を責める気持ちが一向に消えないという時は、まず間違いなく自分を責めています。

一体何をどう責めているのか?

これを見つけて解消する

これが出来たら「その人」の事は、本当にどうでも良くなります。

もちろん、その人、その出来事に対しても、吐きだしたり、発散したりするのはやりましょう。

でも絶対に自分を責めています。

人間は「自分だけ」「他人だけ」は、できないんです。

自分を責めている人。

他人への吐き出しをしましょう。

他人を責めている人。

自分への吐き出しをしましょう。

そいつが解消できれば、次のステップに進む事が出来ます。

「他人=自分」です。

なぜこの世に他人がいるのか?

自分の心の中を映すためです。

という事で・・・・!!

①楽しい方を選ぶ

②他人=自分

この二つは本当に、日常生活の「決め手」です。

現実の捉え方、使い方の基本です。

大体この二つを使えば解決します。

もちろん吐き出しも!!世界はシンプルです。

「1+1=2」の世界なんです。

難しく考えない。

難しく考えたくなるのは「変化への抵抗」です。

「このままでいようよ」というささやきです。

自分を責める、他人を責めるというのも実は「このままでいようよ」というささやき・・・・・・・。

「自分を責めて、他人を責めて、この現実を繰り返していようよ」というささやきなんです。

もちろん、そのままでいる事もOKです。

自分が望むのであれば、その選択でOKです。

「いい・悪い」はありません。

自由にしましょう!!

このお話は「1+1=2ですよ」というのと同じように「こういう仕組みですよ」という説明にすぎません。

自分で好きな生き方を選んで自由に過ごしましょう。

覚えていて下さい!!

どの生き方が優れていて、どの生き方が低俗で、なんてものはありません。

価値は全部同じです。

全てが「尊い生き方」です。


寿虎さんのブログから「日常で使える「決め手」」です。詳しくはブログをご覧ください。

https://ameblo.jp/whoaretime/entry-12381840251.html

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「他人=自分」は、なかなか理解しにくいこともあると思います。

他人は自分の鏡とか、自分の観念を見ているとかでも、自分が現実を創っている限り、全てが自分から始まるんです。

「他人=自分」は、ここに書いてあります。

他人に物申すや、他人を変えようとすること自体が、おかしなことなんです。

魂の視線から見れば、「どんな体験も嬉しいこと」、どの生き方が優れている なんてものはありません。全てが「尊い生き方」です。

私は、他人に何かを思うとき、どんな体験も嬉しいこと 「ただ選んでいる」と思えます。

「ただ選んでいる」の中には、選んでいるだけです。

自分が、どんな生き方も尊い生き方、その中で、楽しい、充実した、幸福感を感じる生き方を選びたいということです。

宇宙の法則を知ると、原因と結果を考えがちで、うまくいかないことを、しゃかりき になって、考え方、観念を変えようとする意識が働き逆の方向へ行ってた時期もあります。

深刻にならず、人生は楽しむもの、どんな生き方も尊い生き方、から自分が気づいたことをやったり、変えたりすることだと思います。


ありがとうございます
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森林光2

森林の中の光の撮影です。


こちらのブログもございます。「地球の愛と光・本来の姿へ
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