バシャール:「幸せになるために」歓喜と幸せの波動でいる、条件なしでただ幸せでいること。 | 思考が現実になる、パラレルワールド(平行世界)

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自分の現実は、毎瞬、元々あるパラレルワールドを、自分の思考・感情で、その波動域に移動して見ています。おかしいことに目覚めるかどうか、恐れか愛かで自分の世界が決まります。重要な時期です。

バシャール:「幸せになるために」 歓喜と幸せの波動でいる、条件なしでただ幸せでいること。

歓喜と幸せの波動でいること。

「送り出すものが、受け取るものである」

皆さんの受け取る幸せに制限をつけなくていいのです。


今、自問自答や人に幸せですか? と聞かれたら、どう答えるでしょう。

「幸せです」

「どうのこうのあれで、幸せじゃない」

「幸せになりたい」

と答えるのか

その答えが現実になっていると思います。

「幸せになりたい」は今、幸せでないから、「幸せになりたい」と思うわけで

幸せも見方(定義)次第と思います。日常をワクワク、歓喜、幸せと感じることが出来ると思います。

見方(定義)を変えてポジティブに観ることによって、理解や成長に役立たせることによって 価値のあるものに変えることができるのです。

ちなみに、以前の私は、「どうのこうのあれで、幸せじゃない」でした。

今は、「幸せです」

宇宙の法則の「送り出すものが、受け取るものである」「思考が現実になる」から

「今が幸せと思えれば、次も幸せ」も実践して

始めは、言葉から、ネガティブも気にならなくなって、感謝が増えていって、こういうことなんだと思いました。

今の瞬間、意識が中立かポジティブで居て、感謝するってことなんです。


バシャール

物質世界は、文字通り、鏡なんです。

より複雑で、ホログラフィックで、多次元の鏡です。

あなたは自身は、全ての反射はあなたそのものである、と識してはいないかもしれませんが、でも実際は、鏡の中の全ての映像は、あなたの姿なのです。

文字通り、すべての「物、人、場所、事柄、状況、環境、瞬間、空間」は皆さんの反映なのです。

皆さんがある瞬間に、ある特定の見地から表現することを選んだ、皆さん自身の姿なのです。


もし、鏡の中にしかめっ面をしている自分の顔を見た時、鏡に向かって、「私は宣言する。わたしは微笑むし、幸せでいよう。

でもその前に、鏡よ、先に微笑んでくれ、そうじゃないと私は微笑まない。」

誰がこの争いに勝てると思いますか?

本当のことです。鏡は先に笑えません。

鏡の中に微笑みを見たいのなら、まず先に皆さんが微笑む必要があります。

そうでなければ、鏡の中に微笑みはずっと無いでしょう。

物理次元のリアリティにも同じことが言えますし、さらに気付くことがあります。

それは、皆さんが、教えられてきたこと、条件付けられてきたこと、に、ずっとこだわっているのです。

つまり、起こった出来事によって、自分の振る舞いを決めているのです。

「~であれば幸せです」

「~な時であれば、わたしは幸せです。条件を取り下げることは、1秒だってしません」

「~が起きれば私は幸せです」

「私のために、あなたがこれをしてくれれば、幸せになります」

先の法則が理解できれば、大切なのは「私は幸せでいよう。私がそうであることを望むから」と、言えることなのです。

皆さんが幸せな時は、幸せでいることを望んでいるからなのです。

今話しているのは、本当の幸せの波動のことです。

ふりをしていたり、覆い隠したりするのではありません。

「そう、幸せですよ、とっても…」

統合するために、感じたり、直面したり、経験したりすることが必要なのに、目を背けて幸せだ、と言っていることではありません。

そんな逃避ではないんです。

歓喜と幸せの波動でいることです。

皆さんがこの波動でいる時、創造の第3法則では「送り出すものが、受け取るものである」

皆さんが、エクスタシーの波動であれば、すぐに、その波動に呼応して、リアリティを返してきます。

「あなたが幸せなのは分かりました。でも、あなたには幸せの反映は返しません」こんなことはありえません。

ただ皆さんが送り出したものの、反映なのです。

皆さんが、幸せの波動でいる時、経験的に分かるでしょう。

幸せの波動になればなるほど、その反映を得るでしょう、そのリアリティを受け取るでしょう。

ですが注意してください。

契約書で言うような、「付帯事項」があります。

多くの皆さんが、罠にかかり、面倒なことになっているのを見ています。

皆さんは、自分ではうまくできていると思っていても、まだ幸せに条件をつけているのです。

「そう、分かった、幸せになる!

もし、私が幸せなら、幸せなリアリティが手に入ることを知ったから。

そして私の欲しいものが手に入る。私の切望するものが手に入る」

もし、そうであれば・・・

もし、そうしたら・・・

まだ、皆さんの外側の出来事に条件をつけています。

外側はありません。

ですから、うまく実践するには、このことを理解しなければなりません。

幸せの反映を受け取るためには、どんな反映を受け取るか、という期待も無く、ただ幸せでいなければなりません。

これで現実を、努力が不要なものに、完璧に、無限に広がり、純粋に、優雅に、美しく、荘厳にします。

このことを十分理解すれば、何が返ってくるかさえ、考えなくていいのです。

幸せな時には、他に何も起こりえないことを当然のこととして知りえて、『無限なるもの』に自然と感謝していることに気付きます。

皆さんの受け取る幸せに制限をつけなくていいのです。


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幸せになるために バシャール


創造の第4法則は、物質世界での経験は鏡に過ぎないことが分かる種子を携えています。

文字通り、物質世界には、何も無いのです。

物が無い。何も無い。

鏡に喩えて、説明します。

鏡に映った皆さんの顔は、実際には鏡の中に存在しているわけではありませんよね。

鏡は、顔を照らしたすべての光を反射しているのです。

ですから、その反射を見ることができ、鏡の中には何も無いのです。

何も無いんです。

鏡は中身が何も無い、完璧な反射物なんです。

光を溜め込むこともなく、すべて皆さんに返すのです。

こうして、反射を見るのです。

そして、物質世界は、文字通り、鏡なんです。

より複雑で、ホログラフィックで、多次元の鏡です。

あなたは自身は、全ての反射はあなたそのものである、と識してはいないかもしれませんが、でも実際は、鏡の中の全ての映像は、あなたの姿なのです。

文字通り、すべての「物、人、場所、事柄、状況、環境、瞬間、空間」は皆さんの反映なのです。

皆さんがある瞬間に、ある特定の見地から表現することを選んだ、皆さん自身の姿なのです。

分かりますか?

真実の物理法則ではありますが、必ずしも万人に同じ物を見せる反映ではないことが、理解できるでしょう。

でも皆さんが、経験しているという、事実は、皆さんには何かしらやることがあり、反映からいつも、何かしら学ぶことができます。

というのは、常に反映なのですから、皆さん自身が人生を引き起こしているのを理解し始めれば、リアリティを鏡として使って、経験している反映が望むものなのかを、確かめるチャンスがあるのです。

もし、好きではないリアリティなら

ちょっと言っておきますが、ネガティブに裁くのではありませんよ、「こんなリアリティを映し出している自分はダメだ」とか、「好きではない」というのは、ただ自分の波動に沿っていないということを観察しただけです。

ネガティブな裁きと好みとは違います。

皆さんがする定義に気をつけてください。

もし、好きな反映でないのなら、違った反映を受け取るために、皆さんが送り出すものを変えればいいことが分かり、いつでもその選択が可能なのを知ることができます。

この点においては皆さんは、物質世界で自分自身をどう経験するか、という自由意志があるのです。

鏡の喩えに戻ります。

もし、鏡の中にしかめっ面をしている自分の顔を見た時、鏡に向かって、「私は宣言する。わたしは微笑むし、幸せでいよう。

でもその前に、鏡よ、先に微笑んでくれ、そうじゃないと私は微笑まない。」

誰がこの争いに勝てると思いますか?

本当のことです。鏡は先に笑えません。

鏡の中に微笑みを見たいのなら、まず先に皆さんが微笑む必要があります。

そうでなければ、鏡の中に微笑みはずっと無いでしょう。

物理次元のリアリティにも同じことが言えますし、さらに気付くことがあります。

それは、皆さんが、教えられてきたこと、条件付けられてきたこと、に、ずっとこだわっているのです。

つまり、起こった出来事によって、自分の振る舞いを決めているのです。

「~であれば幸せです」

「~な時であれば、わたしは幸せです。条件を取り下げることは、1秒だってしません」

「~が起きれば私は幸せです」

「私のために、あなたがこれをしてくれれば、幸せになります」

どこかで聞いたことがありませんか?頻繁に。

先の法則が理解できれば、大切なのは「私は幸せでいよう。私がそうであることを望むから」と、言えることなのです。

皆さんが幸せな時は、幸せでいることを望んでいるからなのです。

今話しているのは、本当の幸せの波動のことです。

ふりをしていたり、覆い隠したりするのではありません。

「そう、幸せですよ、とっても…」

統合するために、感じたり、直面したり、経験したりすることが必要なのに、目を背けて幸せだ、と言っていることではありません。

そんな逃避ではないんです。

歓喜と幸せの波動でいることです。

皆さんがこの波動でいる時、創造の第3法則では「送り出すものが、受け取るものである」

皆さんが、エクスタシーの波動であれば、すぐに、その波動に呼応して、リアリティを返してきます。

物理次元の反映は選択の余地がないのです。

なぜなら、宇宙の反映する鏡は、それ自身の考える頭を持っていないからです。

皆さんに抗うことはできません。言い争うこともしません。

「あなたが幸せなのは分かりました。でも、あなたには幸せの反映は返しません」こんなことはありえません。

中身は何も無いんです。全く。

ただ皆さんが送り出したものの、反映なのです。

本当にそうなんです。

ですから、皆さんが、幸せの波動でいる時、経験的に分かるでしょう。

幸せの波動になればなるほど、その反映を得るでしょう、そのリアリティを受け取るでしょう。

ですが注意してください。

契約書で言うような、「付帯事項」があります。

多くの皆さんが、罠にかかり、面倒なことになっているのを見ています。

皆さんは、自分ではうまくできていると思っていても、まだ幸せに条件をつけているのです。

「そう、分かった、幸せになる!

もし、私が幸せなら、幸せなリアリティが手に入ることを知ったから。

そして私の欲しいものが手に入る。私の切望するものが手に入る」

もし、そうであれば・・・

もし、そうしたら・・・

まだ、皆さんの外側の出来事に条件をつけています。

外側はありません。

ですから、うまく実践するには、このことを理解しなければなりません。

幸せの反映を受け取るためには、どんな反映を受け取るか、という期待も無く、ただ幸せでいなければなりません。

これで、うまく行きます。

これで現実を、努力が不要なものに、完璧に、無限に広がり、純粋に、優雅に、美しく、荘厳にします。

このことを十分理解すれば、何が返ってくるかさえ、考えなくていいのです。

幸せな時には、他に何も起こりえないことを当然のこととして知りえて、『無限なるもの』に自然と感謝していることに気付きます。

でも繰り返しますが、皆さんの受け取る幸せに制限をつけなくていいのです。

「幸せでいるつもりです。望むものをもたらしてくれるから」と。

皆さんは、何の期待もなく、ただ、幸せでいなければなりません。

つまり、全くのゼロ。

ゼロです。

というのは、ゼロは全ての中心、何も無い地点です。

ここが本来、皆さんが存在する場所、つまり時間と空間を超えた、真実の知られざるものなのです。

地球の愛と光・本来の姿へ
http://ameblo.jp/20110311hikari/entry-12147774591.html

You Tubeから
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