中央・総武緩行線103系登場の頃
中央・総武緩行線に103系が登場したのは1979(昭和54)年。
101系老朽取り替えと、鶴見線73系老朽取り替えを目的に、当時の津田沼電車区(現習志野運輸区)に一挙100両(10本)が投入されたのが始まりです。
飯田橋駅に進入するC306編成
10本中4本(当時のC306~310編成)は、完全な新車(先頭のクハは、高運転台非ATC型)でしたが、残りの6本(C301~306)は、中間車8両のみ新車、両端のクハは、山手線池袋電車区または品川電車区から転用された低運転台初期型クハ、おまけに非冷房という代物(画像参照)でした。
これは、それぞれ1981(昭和56)年の山手線・京浜東北線、翌年の赤羽線の信号保安装置変更(ATS-B→ATC)に伴い、山手線・京浜東北線・赤羽線の先頭車を、高運転台ATC搭載クハで統一する必要があったためで、中央・総武緩行線向けに製造された100両の103系のうち、12両のクハを山手線に投入、それまで使用していた低運転台クハと差し替えることとしたためです。
このため、先頭車は非冷房、中間車8両は冷房車という、「逆キセル編成」が出来上がってしまい、暫定措置として、乗務員室に冷房スイッチを設置して(通常、この場合冷房スイッチが無いから、冷房は使えない)冷房を使えるようにしていました。
まだまだ非冷房車が多数存在した当時の苦肉の策というやつですね。
101系老朽取り替えと、鶴見線73系老朽取り替えを目的に、当時の津田沼電車区(現習志野運輸区)に一挙100両(10本)が投入されたのが始まりです。
飯田橋駅に進入するC306編成
10本中4本(当時のC306~310編成)は、完全な新車(先頭のクハは、高運転台非ATC型)でしたが、残りの6本(C301~306)は、中間車8両のみ新車、両端のクハは、山手線池袋電車区または品川電車区から転用された低運転台初期型クハ、おまけに非冷房という代物(画像参照)でした。
これは、それぞれ1981(昭和56)年の山手線・京浜東北線、翌年の赤羽線の信号保安装置変更(ATS-B→ATC)に伴い、山手線・京浜東北線・赤羽線の先頭車を、高運転台ATC搭載クハで統一する必要があったためで、中央・総武緩行線向けに製造された100両の103系のうち、12両のクハを山手線に投入、それまで使用していた低運転台クハと差し替えることとしたためです。
このため、先頭車は非冷房、中間車8両は冷房車という、「逆キセル編成」が出来上がってしまい、暫定措置として、乗務員室に冷房スイッチを設置して(通常、この場合冷房スイッチが無いから、冷房は使えない)冷房を使えるようにしていました。
まだまだ非冷房車が多数存在した当時の苦肉の策というやつですね。

