阪和線103系その2
2008年に撮影した阪和線103系の続きをご覧に入れます。現在は廃車または編成組み替えにより存在しない編成も含むのはご了承を。

クハ103-8**以下6連
体質改善40N施工車4両と体質改善30N施工車2両の組み合わせ。後者は窓枠や雨樋には手を付けていないため、違いがハッキリ見てとれます。

クモハ103-2505以下4連
片町線全線電化時に末端区間(松井山手~木津~奈良)を3連または4連で運行するべくモハ103を先頭車化改造した代物で、阪和線転属に際して装備していた電連を撤去して5000→2500番台に。
2500番台として残るのは今や阪和線の2編成だけに……

クモハ103-23以下3連
羽衣支線用ワンマン対応車で、数年前に廃車となり現存しません。
元々、ツーマン時代の羽衣支線で半ば専用編成として使っていましたが、クモハ123投入で一旦は阪和線を離れて奈良電車区転属を経たのち広島運転所へ。
1995年1月の吹田工場検査入場中に阪神大震災で東海道線、山陽線が不通となり帰るに帰れず、震災応援輸送(福知山線~阪急今津線または神戸電鉄を使った迂回ルート)で大増発を実施した福知山線に貸し出され、震災応援輸送解除により古巣の羽衣支線に復帰した経歴の持ち主。

クハ103-34車内
戸袋窓が埋め込まれたのと床材、座席シートが交換された以外は原型を留めていました。阪和線には戸袋窓こそ埋め込まれてしまい外観上からは分かりにくいものの、この手の車両が以外に多かったです。

クハ103-8**以下6連
体質改善40N施工車4両と体質改善30N施工車2両の組み合わせ。後者は窓枠や雨樋には手を付けていないため、違いがハッキリ見てとれます。

クモハ103-2505以下4連
片町線全線電化時に末端区間(松井山手~木津~奈良)を3連または4連で運行するべくモハ103を先頭車化改造した代物で、阪和線転属に際して装備していた電連を撤去して5000→2500番台に。
2500番台として残るのは今や阪和線の2編成だけに……

クモハ103-23以下3連
羽衣支線用ワンマン対応車で、数年前に廃車となり現存しません。
元々、ツーマン時代の羽衣支線で半ば専用編成として使っていましたが、クモハ123投入で一旦は阪和線を離れて奈良電車区転属を経たのち広島運転所へ。
1995年1月の吹田工場検査入場中に阪神大震災で東海道線、山陽線が不通となり帰るに帰れず、震災応援輸送(福知山線~阪急今津線または神戸電鉄を使った迂回ルート)で大増発を実施した福知山線に貸し出され、震災応援輸送解除により古巣の羽衣支線に復帰した経歴の持ち主。

クハ103-34車内
戸袋窓が埋め込まれたのと床材、座席シートが交換された以外は原型を留めていました。阪和線には戸袋窓こそ埋め込まれてしまい外観上からは分かりにくいものの、この手の車両が以外に多かったです。

