鎮魂火
蔵人と洋美を乗せたバスは深夜の大きな池の上空に現れた。
『アレ、思ってた「あの場所」じゃないな
池の辺りに建物があるよ
暗くてよく見えないな
夜景モードに切り替えよう』
スクリーンには2階と3階が金色に輝く3階建ての建物が映し出された。
『なんだここ中学の修学旅行で来たわ』
『そうか洋美さんは中学の時なんだ
俺は小学校の時に来たよ
でもその時のあの建物の記憶は全くないね
友だちが鹿に蹴られて転げ落ちたことと帰りに駅でボスと握手したことしか憶えてない』
『ボス❓️』
『刑事ドラマでボスって呼ばれてた
大物俳優のことだよ
興味ある❓️その時代に行ってみる❓️』
『どうせ違うところに行っちゃうんでしょ
それより一階に誰かいますよ』
蔵人は映像を拡大した。
池にせり出した建物の1階には藁を持った男と、その背後から忍び寄るバケツを持った男がいた。
バケツ男
(あの男だな、日時もぴったり先生の年表の通りだ)
藁男
(とうとう真っ暗闇になってもうた…
せやから、火ぃ点けなあかんのや)
スクリーンには二人の心の内が字幕として映し出された。
『先生の年表ってなんだろう❓️』
『火ぃ点けなあかんて、コレあの放火事件なんじゃない❓️止めにいかなきゃ‼️』
『なるほど76年前のあの事件か❓️
ん…いつから76年前❓️
まぁいいか…
もう一人の男、バケツ持ってるからアレで消すつもりなんじゃないかな
きっとその"先生の年表"にこの放火のことが書いてあったから止めに来たんじゃないの❓️
なかなかやるじゃん、あの人
歴史が変わるかどうか、もう少し様子を見ていよう
ところで洋美さん、本当に止めた方がいいと思う❓️』
『放火を目の当たりにして止めたいと思うのは当たり前じゃないの』
『据え膳食わぬは武士の恥か…』
『それ、ちょっと意味が…あ、火が‼️』
フロントガラスのスクリーンに映った藁を持った男はマッチを擦って火を点けた。
バケツ男
『その火、少しだけ分けてもらえる❓️』
藁男の背後からバケツ男が忍び寄り、口にくわえたタバコに火を点け、マッチの火を吹き消した。そして満足気に紫色の雲のような煙を吐き出した。
藁男
『なんやあんた、ビックリするやないか』
バケツ男
『おっと失敬、僕は東の方からやってきた雲、東雲
君はここで何してるの❓️』
藁男
(シノノメ❓️けったいなやっちゃな
ん、雲❓️もしかして…)
『シノノメさん、そのタバコ見せてくれるか』
バケツ男は軽く頷いて、胸のポケットからタバコを取り出し藁男に見せた。

バケツ男
(慈潛❓️そうか、突然事故で亡くなった親友のことだな…
その名前は先生に聞いてる…よし)
『そうだよ、顕照さんこの男の身体を借りて会いに来たんだよ』
藁男
『やっぱりそうか、ホンマに慈潛さんや
急に居らんようになってしもて…
あんたはこの世でたった一人の友だちやったのに…』
バケツ男
『ごめんね、顕照さんあの世に行ってもずっと見ていたよ
学校サボったり…お師匠さん脅したり…』
藁男
『何のこと❓️僕は学校サボったり、お師匠さん脅したりしてへんよ』
バケツ男
(アレっ、先生が言ってたことと違うぞ…
言葉も流暢に喋ってるし…火を点けようとしたことと慈潛が親友で、亡くなっていることは確かなようだが…)
バケツ男は「先生」から聞かされていた放火犯の身の上話と目の前にいる顕照の相違に動揺していた。
スクリーンを眺めていた二人も同様に動揺していた。
洋美
『私が知っている犯人像と少し違うわ』
蔵人
『既に歴史が変わっているのか❓️』
《見たん…か❓️》by慈潛
蔵人の問いに慈潛がスクリーンいっぱいに答えた。
そして蔵人が鹿の姿の時に出会った修行僧のような青年が映し出され、蔵人に語りかけた。
蔵人
『なんだ、慈潛ってあんただったの❓️』
慈潛
『はい、そうです、その節はお世話になりました』
蔵人
『見たん…かって❓️』
慈潛
『伝聞は当てにならないということですよ
それはあなたが教えてくれたんじゃ
あ〜りませんか』
蔵人
『えっ、俺そんなこと言ったっけ❓️』
慈潛
『まぁ、間接的に教えてもらったって感じですかね…』
洋美
『知り合いなの❓️』
蔵人
『俺が昔…鹿だった頃…親父は雄鹿で…おふくろは牝鹿…豆腐の角は角々鹿々だった…
わかるかな〜❓️わかんねぇだろうな〜❓️』
洋美
『…………』
慈潛
『…………
これからあのバケツを持った男の意識に潜入してその事をお見せしますよ』
スクリーン映像は藁男とバケツ男の対話シーンに戻った。
藁男
『慈潛さん、あの話の続きを聞かせてくれるか❓️』
バケツ男
(あの話ってなんだ❓️弱ったなぁ…)
《あとは私にお任せください》
バケツ男の頭の中で誰かが囁いた。
バケツ男
(うわ〜、誰だあんた)
慈潛
《びっくりさせてごめんなさい慈潛でございます
ここから先は私の言う通りに顕照さんに伝えてください》
バケツ男
(えっ、ホントに居たんだ…
わ、わかりました慈潛さん、言う通りにいたしまする〜)
バケツ男は慈潛に意識を委ねた。
バケツ男→慈潛
『……そうだったね、顕照さん
あんな、尻切れトンボでお預けになったんじゃ、不完全燃焼になるよね
それで火を点けたくなったんだね』
藁男→顕照
『せやねん、僕の中でくすぶり続けてたんや』
慈潛
『この宗派を開いた人が流れを止めたというところで急な知らせが入って僕は実家に帰ってそのまま戻れなくなってあの話も止まってしまったんだよね
おかしいと思わないか❓️』
顕照
『ええとこまで行くとハシゴ外されるっちゅうあの構造が働いたっちゅうわけか……でも僕らしか知らん話やで』
慈潛
『公だろうが私だろうが関係ないよ
一人一人の意識の中に潜んでいるんだから』
顕照
『何が❓️』
慈潛
『隠し目付け』
顕照
『そうか、わかってきたで、開祖はその「隠し目付け」を恐れて、ホンマもんの自由への流れをせき止め、自由な世界になるはずが、もっとでっかい牢獄を造ってもうた
その牢獄が大きすぎて僕らは閉じ込められてることにさえ、気づかんかったちゅうわけやな』
慈潛
『顕照さん、その牢獄に気づかなかったのはなんでだと思う❓️』
顕照
『……あっ、そうか僕の中にも潜んでる「隠し目付け」が目隠ししてたんやな
お師匠さんとか偉い人の言うことに唯々諾々と従うことが「正解」やと思い込まされてきたけど、誰かに教えてもらわなあかんて思うのは、裏を返せば自分で考えたらあかんていうことや、それを監視しとるんか』
慈潛
『危険から身を守るためにそこに控えているんだけど石頭過ぎて情勢が変わってもなかなか合わせようとしないんだよ
ホント、融通が利かないんだよねぇ
その「隠し目付け」が外側に現れたのが戦時中の隣組というわけさ』
顕照
『自分の内面が外側に現れるっちゅうあの話やな、隣組かぁ、戦争中は嫌なことばっかりやったなぁ
僕の実家の鐘も供出させられた、お父ちゃん無念やったろなぁ
思い出したで、慈潛さん
あの時からモヤモヤが始まったんや』
慈潛
『ほう、それはどういうこと❓️』
顕照
『小さい頃からお父ちゃんによう聞かされた慈悲とか救済のために鳴らす鐘が「お国のため」の一言で選別と排除の道具に簡単に変えられてしまうんやで
そりゃモヤモヤしまんがな』
この宗派の開祖も「お国のため」とは違う何かに屈してもうたんやろな
その開祖の師匠のそのまた師匠が僕は一番好きなんや、会ったことないけどな…』
慈潛
『その孫弟子ともいえる、この宗派の開祖とは大違いだ
知ってる人はほとんどいないけど、立派になった弟子に弟子入りするなんて、師匠の鑑だよね』
顕照
『せやせや、カッコええやろ』
慈潛
『自分が修行している宗派の開祖を貶めるような話をしている時、ちょっと後ろめたい気分にならない❓️』
顕照
『なるほどそれが「隠し目付け」が働いているっちゅう証拠なわけやな』
(途中からじゃよくわからんなぁ、最初から聞かせてくれ〜)
そんなバケツ男の願いとは裏腹に口は勝手に喋り続けた。
慈潛
『ところで僕が死んだと思ってる❓️』
顕照
『えっ……うん、残念やけど…』
慈潛
『なんで❓️』
顕照
『なんでって…実家に帰って事故で…』
慈潛
『誰かに聞いたの❓️』
顕照
『お師匠さんに電報が…』
慈潛
『自分の目で確かめた❓️』
顕照
『いいや、御弔いにも行かれなんだ』
慈潛
『生きている可能性もあるとは思わない❓️』
顕照
『えーっ、可能性あるの❓️』
慈潛
『確かめて見たら』
その時上空のバスは強烈な光で藁男の目を眩ませながら音もなく降下してバケツ男だけを乗せて天高く舞い上がり姿を消した。

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