バーテンドレス 志乃


ダイニングの奥のこの広い邸には不釣り合いな狭い部屋がホームバーになっていた。洋美とお揃いの衣装を着た志乃がカウンターの中で待っていた。


『どうぞお掛けください』


小野ユキと蔵人はカウンターチェアに腰掛け、洋美はカウンターの中へ入った。


『改めて紹介します。バーテンドレスの藤澤志乃さんです』

『こちらは俳優の源蔵人さんです』

『そしてこちらは作家の小野ユキ先生です』



『それでは乾杯しましょうか』

そう言って志乃は青いボトルから無色透明な液体を注いだマティーニグラスを一人ずつに手渡す。 それは水ではないが、見た目は水のように澄んでいる。



『グラスをお取りください。それは水杯でございます。水杯は別れの時に交わすもの、今宵は「時の流れ」との決別のために、どうぞ飲み干してください。』



志乃の言葉は、彼女自身を含む全員の内側を揺らし始めた。香りも味もほとんどないほんの少しだけ、柚子の気配が残るその液体が喉を通り過ぎると、空気のように馴染んでいた「時の流れ」が静かに崩れ始めた。しばらく沈黙が続いた。



『すべて幻。志乃さん、あなたもわかっていたのね。私に何か作ってくださるカクテル』

沈黙を破ったのは小野ユキだった。


『かしこまりました。では、お話しを伺いながら、創っていきますよ』



『先生にとっての時の流れとはなんだと思いますか蔵人さん』



『えっ…僕に訊くんですか❓️』


『はい』


『ウ~ン、抗えないもの…と思ってました…先生と再会するまでは…今は映像作品みたいなものではないかと思います。昔は映画やテレビのように作られたものを特定の場所で上映時間や放送時間に合わせなければ観ることが出来なかった。やがて録画して好きな時に観られるようになった。そうですよねぇ、洋美さん』


『えっ…私ですか❓️ウ~ン…そうか、止めたり、巻き戻したり、早送りも出来ます。なんなら自分で創って世界中に配信することだって出来る。そんな感じですか先生❓️』


『そうね、そんな感じ。それなのに「映画館で」しかも「観ること」しか出来ないと思い込んでる人がほとんど、そうよねぇ志乃さん❓️』


志乃はただ頷いてカクテルを創り始めた。

冷蔵庫からよく冷えた曇りガラスのチューリップグラスを取り出す。  

ライチの泡、藍色のトニック

志乃は静かに、薄く磨かれたチューリップグラスを四つ並べた。


棚からホワイトラムのボトルを取り出す。  

キャップを外す音は小さく、液体がグラスに注がれると、透明な層が底に広がる。


次にエルダーフラワーリキュール。  

琥珀色の液体がラムと混ざり、香りが立ち上がる。  

志乃は一瞬だけ目を閉じて、その香りを確かめる。


グレープフルーツジュースを加える。  

淡い曇りが広がり、味の輪郭が少しだけ揺れる。


七色の果皮…オレンジ、レモン、ライム、グレープフルーツ、柚子、カボス、ベルガモット。  

それぞれの皮を細く削り、ピンセットで一本ずつ、丁寧にグラスの表面に浮かべる。  

色が重なり、虹のような軌跡を描く。


最後に、グラスの縁を布で拭い、指先で軽く回す。  

液面が静かに揺れ、香りが整う。


志乃はグラスを両手で持ち、一人ずつ丁寧に差し出した。


『"隠しきれない光"でございます。小野ユキ先生の"時の流れ"を閉じ込めております。それぞれご自分の世界で紐解いてください』


              つづく



 

 



 

 



 

 



 

 


 

 





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