丘の上の魔女


真冬の海岸道路をフルオープンで優雅に駆け抜ける青く美しいコンバーチブル。
蔵人の愛車「シズカちゃん」である。
たった一本、出演した映画が世界中で大ヒットしたおかげで三回遊んで暮らせる人生を送れるほどの財を成すことができた。衣食住の贅沢にはあまり関心がなかったがクルマにはこだわりがあった。美しいクルマが好きだった。「シズカちゃん」の他に自分と同い年くらいの白く美しいクーペ「おフジさん」を所有していたが今朝は些かご機嫌斜めで中々目を醒ましてくれなかったので若い「シズカちゃん」と出かけることにした。

「おフジさん」を思わせる美しい山と海が見渡せる丘の上に「先生」の別荘があった。

「先生」は文豪といっても差し支えない往年の人気作家の小野ユキだった。
蔵人が初めて出演したテレビドラマの原作者であった。彼女は時々撮影現場に顔を出していたが、既に脚光を浴びているメインキャストには微塵も興味がなく、当時の蔵人のような端役の中から未知の逸材を発掘するのを何よりの楽しみとしていた。
端役たちとの井戸端会議を心から楽しんでいた。蔵人と杉井とサっちゃんはとくにお気に入りだったのでこの別荘へは何度も招かれ訪れた、懐かしい場所だった。

丘の上の別荘は三階建てで一階は大型バスでも入りそうな大きなガレージになっていたがシャッターは降りていた。
蔵人は「シズカちゃん」をシャッターの前に停めた。
「おフジさん」はかつてこのガレージの中に新車同様のコンディションで保管されていたのだ。蔵人が例の映画出演が決まった時に贈られたのだった。「おフジさん」は小野ユキが白く美しいクーペをそう呼んでいたのでそのままそう呼ぶことにした。
「先生」とはその時以来の再会であった。


 
『あら「愛」変わらずと言いたいところだけど、ずいぶん老けちゃったはねぇ』


上の方から若い女性の声がしたので目を遣ると若い女性が手を振っていた。


『え❗️先生⁉️』
杉井からレクチャーを受けて整えたま心の準備は何の役にもたたなかった。
以前写真で見た小野ユキそのものだった。
しかも総天然色の立体映像だった。

              つづく