一昨日、父の通院の付き添いで息子の最後の病院へ行って


来た。最後の病院と言っても今年7月に移転して新病院となっ


ているのだけれど。旧病院から2駅、といっても歩ける距離だ


直線なので新旧どちらの病院からも見えるところだ。


そして新病院は息子が2度の移植をし、長い間入院し闘った


病院の隣。この2つの病院は神戸市5病院群の病院なので


両方の病院で診療している医師もいる。事業仕分けで有名な


「2番じゃだめですか」そして世界最速と先日報じられたスパ


コン「京」の近く。神戸市は医療産業都市構想と言って


医療関係の施設や企業を誘致し、今後「神戸国際フロンティ


メディカルセンター」(生体肝移植を中心とした病院)や


「チャイルド・ケモ・ハウス」(小児がん専門病院・長期にわたる


入院に家族が24時間滞在できる病院)も建設予定と聞いてい


る。                                      




父の通院は3ヶ月に1度くらいなので9月以来だけれど、やはり


病院に近づいてくると何だか息苦しくなって来た。涙も溢れて


来る。駅に着き改札を出ると渡り廊下で移植をした病院と


つながっている。長い間、通い続けた病院・・・


いろんな事が思い出されてつらかった。病室で今も息子が私


来るのを待っているような気もした。最初の移植の後、


大学にも通えるようになって通院の時はいつも2人で


この改札を出、病院に向かった。帰りは「何食べようか?」


なんて、それが2人の楽しみだった。病状が悪化の一途を


たどり始めた頃、息子は「お母さんと通院して、帰りに


『何食べようか?』なんて話して・・・幸せだったなぁ・・・


もう1度そんな日に戻りたいなぁ」と悲しそうにつぶやいた。


この場所は懐かしくも苦しい・・・来るのはつらいが、


あの病室の窓の向うに息子が待っているような気がして


病室の窓を見上げた。


今日は仕事が休みで午前中、父が見ていた再放送のドラマで自殺する俳優さんのアップが映った時、フッと「絶望」という言葉が浮かんだ。その俳優さんの表情は苦悩に満ちていて「絶望」を感じさせる表情だった。


「絶望」→望みを完全に失うこと。


息子が亡くなって(こういう表現は今もしたくないので「天国へ旅立って」ということが多いが)1年が過ぎたけれど今も時々息子がいないのに何で私は生きているんだろう・・と思うことがよくある。長男のことを思うと生きて行かなければならないと思うし、何より自ら死ぬ勇気など私には無いのだ。次男は甘えん坊で、主治医や看護婦さんが居ても平気で「お母さんが大好き」という表現や態度だったし、私たち親子は次男が二十歳を超えていてもじゃれ合うような母子だった。そんな次男が病状が良くならずだんだんと悲観的になりつつあった時、「僕、お母さんがいないと生きて行けない」と言った。私も「お母さんだって拓がいないと生きて行けないよ」と言った。なのに私は今も生きている。ごめんね。お母さん嘘つきだね。拓に触れることも声を聞くことも抱きしめることも出来なくなったのに、お母さんは食べて眠って、息をして、時には笑って生きている・・・ごめんね・・・ごめんね。お母さんね、拓に会えなくなって悲しい・・すごく悲しくてつらくて仕方ないけれど、お母さんが死んだら、やっぱり泣いてくれる人が、悲しんでくれる人がまだいるから、もう少し頑張って、泣きながらでも生きて行くね。家族じゃなくても、お母さんのことを気遣ってくれる優しい人もいるよ。その優しい人たちに会わせてくれたのは拓だよ。お母さん、拓が天国に行ってしまって「絶望」と思ったけれど、神様と拓が少しの光を用意してくれてたんだね。もう少し頑張ってみるよ。見ててね。

ハロウィンが終わると、もうクリスマスツリー。街は気が早い。流石にまだ、飾りつけが始まったばかりでクリスマスソングは流れてはいないみたいだけど。私はへそ曲がりなのか昔からクリスマスが嫌いだった。街中にクリスマスソングが流れ、ツリ-やイルミネーションでキラキラする中、いつも心が沈んで気持ちが落ち込んでいた。理由は・・・・クリスマスって皆、楽しそうで幸せそうで、また忘年会シーズンで街は賑わっている。そんな様子を見ていると、クリスマスって幸せな人とそうでない人との差をすごく感じてしまうのだ。そんなに裕福でなくても家族そろってクリスマスケーキを食べ、プレゼントを交換したり・・・それも幸せ。クリスマスなのに病院でつらい治療をしている人もいるし、命の消えかかっている人もいる。クリスマスケーキを食べられない子供もいるかもしれない。年末の金策に走り回っている人もいるだろう。人に話すと「考えすぎ」と言われる。でも昔からクリスマスソングが悲しく聞こえてしまう。ほんと私って変・・・亡くなった次男も同じような事を言っていた。(私に似たのかな?)クリスマスケーキを食べても、ちっとも楽しいと思えなかったのだ。去年のクリスマスから余計だ。次男が側にいないのだから。去年のクリスマスに洗礼を受け、クリスチャンになったのだからクリスマスは喜びの日なのだけれど、クリスチャンではない日本人のクリスマスとは違う意味でクリスマスを祝わなければいけないのだけれど・・・



最近、フラッシュバックのように息子の最後の数日が映像のように甦ってつらい。何であんなに苦しい思いをしなければならなかったのかと、やっぱり悔しい。悔しくて悔しくて電車の中でも、どこでも涙が溢れてくる。子供を亡くした方のブログを見てると、皆さん前を向いて、子供が望んでいるだろうから、一生懸命生きて行くと書かれているのに、私はなかなか前を向けない。後悔と悔しさばかりだ。やっぱり悔しい、悔しい、悔しい。