4年ぶりの更新です。

2015年夏の終わり、結婚32年の夏の終わり、拓也が召されてから5年目の夏の終わり・・・・

12年も前から夫には別の生活があった事が発覚。
拓也の発病2年前から逝去後5年まで
ずっと騙されていた。
週末は女のマンションへ・・
日曜の朝帰り・・・
何で疑わなかったんだろう・・・
馬鹿ですね、私・・・
どこまで鈍いんでしょう。

2016年、年明けに離婚。
前の年から女に対して訴訟を起こし、不本意ながら2016年3月に和解で終了。(決して許せたのではありません。)慰謝料は取れましたが、お金に代えられるものではありません。

その後、夫から再三に渡りやり直しを懇願され、私の親の事、家の名義の問題、経済的な問題から再構築する事になり再入籍しました。

経済的な理由などから家庭内別居とか同じ屋根の下で憎み合って暮らす事は長男や私の両親にも精神的なストレスを与えるし、私自身も不幸な残りの人生になる・・・ので、やり直す努力をすると決めました。

夫も、女との最後に女の本性を見て
ガッカリというか、何でこんな事をしてしまったのか・・と後悔・・ドロドロな最後になりました。

2人で腹を割って、何で夫がこんな間違いを起こしてしまったのか・・私も本心を全て話し、今は以前より仲良くしています。

ただ私の心がすっかり晴れたわけではありません。心の奥底には夫を100%信じられない気持ちも夫に対する怒りも澱のように残っています。

それでも自分自身の残された人生を無駄なものにしたくないと思ったので
しっかりと生きて行きたいと思っています。

拓也に会えるその日まで・・・
あれから色々ありました。

感情のコントロールが出来ず

夫を罵り、食事が摂れなくなり

眠れなくなり、心療内科でストレス障害と

診断され、鬱病の薬を処方されました。

全く誠意の無い相手に対して訴訟を起こしました。

夫とは年明けに離婚することにしました。

地獄のような5ヵ月でした。

訴訟はまだまだこれからなので

私の試練は続きます。

夫に、裏切られていました。



それも12年もの間・・・



拓也が召されて10月で5年。



発病したのが10年前の5月。



再発したのが6年前の8月。



そうです。



完全に時期がかぶっています。



つい最近わかりました。


相手は夫と同じ58歳、バツ1、孫もいる学校給食調理員。


Y子。


私もY子ですが・・


電話して時間を作ってくれと言うと


Y子「どんなお話ですか?」


私「わかりませんか?他にあなたに会う必要があります!?」


頭に血が上った。


喫茶店で3人で会ったが、最初の一言は


Y子「先ほどは電話でどうも」だった。


「申し訳ありません」ではなかった。


私「最初に言っておきますが、この人に


どれだけ尽くした的な話はやめてください。


それは2人の問題で私には関係ありませんから」


私「息子の通夜に来てましたよね?」


Y子「はい」


私「来て欲しくなかったです」


Y子「すみません・・」


私が人生最大の悲しみ苦しみの中にいる時に


夫の不倫相手が何食わぬ顔で息子の通夜に来て


私の姿を見ていた。何も知らない私は・・と思うと


堪らない。そしてその後も・・


今年まで続いていたのだ。


2年間は毎日のように泣いていた。やっと


夫と長男と何とか頑張って行こうと思ったのに


夫だけは別の方を向いていた。


私「私が今、この人と別れたら、一緒にないりますか?」


Y子「いいえ。週末に来られるのに私も疲れて


それに言葉の暴力というか・・怒らせないように


気を遣うのに疲れたので」


関西弁は言葉が荒く、夫が言うにはY子が私の事を


自分と比較して私の事を悪く言うので夫が怒り


喧嘩になった時などに関西弁特有の「うるさい!ボケ」


とかの言葉が出るので、そういう事のようです。


つまりもう愛想をつかしたので、この人は要りません。


もう来ないでということのようで、Y子の中では


終わった事で何で責められるの?的な感じです。


でも、4月に怪我をして、仕事で睡眠時間3時間なんて日が


続いていた夫に家に来てくれとメールをして来て


疲れ切った夫が「ごめん、今は行けない」と


返事をしたことで、愛想をつかしたようです。


ですから終わったと言っても最終的には8月始めまでは


続いていたのです。


私「私に対して今、どう思ってます?」


Y子「奥さんには悪いと思っていますが、


私も被害者です。先のことはわからないと


はぐらかされてきました。」


私「被害者は私です!あなたたち2人に12年もだまされて


来たんですよ!息子を亡くしてぼろぼろになった


私の心を引きずり出して踏みにじった。息子が病気であんなに


苦しんでいた時に・・私はそれが1番許せない!!」


Y子「悪いと思っていました。息子さんが病気になったのは


私たちのせいかな?とも話していました。」


私「そうですね!」




私「でも、悪いと思っていたなんて嘘でしょう!


悪いと思ったなら12年も続けない!ばれなければイイと


思ってたんでしょ!」と言うと黙ってしまった。


今、精神的にぼろぼろです。



文章、支離滅裂ですみません。


また、続き書きます。