拓也が旅立って、もうすぐ1年8ヶ月・・


相変らず人前では元気そうに過ごしてる・・


だけど・・・


1人の時・・仕事の行き帰り、


仕事中・・・


家に居て1人の時・・・


苦しくて、つらくて、悲しくて


たまらない・・・・・


いまだに・・


「何でこんな事になってしまったん


だろう・・・何で拓也が・・・


あんなに苦しい思いをして・・


あんなに頑張ったのに・・


生きたくて生きたくて・・・


怖くて怖くて・・・


かわいそうすぎる・・・」


と心が悲鳴を上げる。


拓也が天国へ行ってしまった直後


私に神経科を受診してはどうかと


病院関係の方から言われたが


この苦しみは神経科の先生に


話しても癒されることはないと


思った。




身内に傷つけられても


教会の方々の優しさに触れ


私も誰かに返していかなければ


と思っている。



いつも気にかけて下さる


教会の方から手作りのロザリオを


頂いたので、自分でも作ってみた。



夕雨子のブログ



久しぶりにビーズでいろいろ作って


みようかな。


逆縁で愛する子供を亡くした親は


無神経な人の言葉に傷つきます。


それが例え励まそうと思って言った


言葉でも、慰めの言葉でも・・・


私も何度となく傷ついて来た。


私に対しての言葉でなくて、ただの


世間話でも、「そんな話、私の前でしないで!」


ということもあった。


確かに私の勝手なひがみかもしれない。


たとえば、私の両親が知り合いで


亡くなった人の話をしてて、その人は


60歳だったりした時、


「若死にだよなぁ」とか言ってるのを


聞いても、何だか気分が悪い。


「じゃあ、22才で人生を閉じなければ


ならなかった拓也はどうなるの!?」


「やめてよ。私の前で60代の人が


若死にだなんて話!!」と


思ってしまう。


人が聞いたら何て根性の腐った


人間だと思うかもしれない。


でも、それが子を亡くした親の


気持ちってものだとも思う。


拓也のことに関しては


完全に弱い私だ。




そして強い私は・・・・・


これ以上のつらい事はないと


いう経験をしてしまったから


他の事は大抵、平気だ。


仕事上でも人間関係でも


嫌な事があっても


もうどうでもいいやと


いう気持ち。


拓也の闘病の苦しさを


考えるとこの世のつらい事なんて


大したことない。





拓也が亡くなった後


夫に「私、白血病で死にたい」と


言ったことがある。


こんなことを言うと闘病中の


患者さんに怒られるかもしれないが


拓也の苦しみを母親として


本当に理解できていたのか?と


申し訳ない気持ちがずっと


あるので、拓也と同じ苦しみを


受けて死にたいと思った。


夫は「大好きなお母さんが


苦しむことなんか拓也は


望んでいないよ」と言った。

貧血が進んで、この半月ほど


だるくて仕方なかった。


夕飯の片付けをするにも、立っているのも


しんどい位、疲れ易くなっていた。


一月半くらい前に採血した結果を


聞きに行くとやはりヘモグロビンの数値が


ど~んと下がっていた。


鉄剤の服用を再開した。



そんな状態なのに夫と飲みに出かけた。


夫が「今日は飲んでいいぞ~」と


言うので「よ~し飲んで泣くぞ~」と


言ったのに・・・


生中1杯で先に泣かないでよ~


結局、交代で泣いてた。



今朝、ウトウトしていたら


横(拓也のベッドの方)を向いて


寝ている私の掌に手が乗った。


「あっ!拓だ」と思い、もう片方の掌で


その手をはさんだ。少し小さめの手。


拓也が小学生くらいの時の手だ。


横の拓也のベッドがきしんだ。


「あっ!こっちを向いた。」


いつも私の方を向いて


枕を出来るだけ私の方へ


寄せて眠ったように。


思わず私は拓也の方へ寄って


頬に頬ずりした。


手も頬も確かに拓也だという


感触があった。


きっと夢なんだろう・・・と


思うけれど、最近確かに「感触」の


ある夢を見る。


夫も長男も「きっと拓也が


会いに来てくれたんだ」と言っている。


また、会いに来てくれるといいな。


幸せで、目が覚めなければ


いいのに・・と思う。