※このお話は、本編エピローグの冒頭の一文をピックアップした物語です。

本編を未読でも読めるようになっています。

前回のスピンオフ 業火の劇場 の1ヶ月後の出来事です。

 

★登場人物 ・・・アルフレッド

テリィのアメリカ時代からの旧友(劇団員)。ややぽっちゃり体型。

どんな人物だったか知りたい方は、5章アルフレッドの告白 をご覧ください。

 

 

 

アルフレッドの独白 

11年目のSONNET

スピンオフ

 

 

★★★

焦げ臭さの残る黒い地面とは対称的に、透き通るエイボン川は淀みなく、抜けるような青空。

春のガーデンパーティ。 

その日、ついに僕は白衣の天使と再会した。 

快晴の空によく映えるブロンドの長い髪、新緑のようにいきいきとした大きな瞳。

「キャンディ~!!ああ、やっと会えた。僕だよ、僕を覚えてる?ほら、雪の日に会っただろ?ニューョ」
「アルフ、そんな使い古された口説き文句じゃ誰も落とせないぞっ!
そんなブヨブヨの体でタックルしたら、キャンディの命に関わる!」 

ジャスティンに言われてハッとした。僕は無意識にその天使に抱きつこうとしていたらしい。

まるで天使のボディガードのように立ちふさがるジャスティンの横で、天使の夫のテリュースがクスクス笑っている。 

天使を自分のものにした男の余裕なのだろう。 

ああ、僕がテリュースより早く天使に出会っていたら、きっと今頃は――

 

・・・奪われているだろう。

だって僕は誰よりも知っている。テリュースはとにかく女性にモテるんだ。

そして昔から、天使にしか興味が無いってことを。

かつてロミオとジュリエットだった二人の悲恋を知っている者は、そう多くはない。

テリュースにぴたりと寄り添い、組んだ腕を解こうとしない天使のしなやかな腕は、ごく自然のようであり、苦難の歴史でもあるように見えた。

僕は、二人が再び巡り会えた事を神に感謝した。 

そして、僕が再び天使に会えた事を神に感謝した。

あの時、列車を追いかけてきた白衣の天使―――。 

真冬の駅のベンチで、肩を震わせていた天使―――。

 

©水木杏子・いがらしゆみこ 画像お借りしました

 

(・・・だけど、少しぽっちゃりしている?) 

服のせいだろうか、天使は太って見える。 

僕の視線に気づいたのか、テリュースが頭をかきながら照れ臭そうに言った。 

「キャンディは、その――、妊婦なんだ。・・・秋には生まれる」 

「あ、・・ああ、そうなんだな、知らなかった、おめでとう!」 

顔面を殴られたような衝撃。 

(・・・夫婦なんだから・・・当たり前だろっ) 

そんな言い訳をしている自分が、よく分からない。 

 

カシャっ 

 

僕は二人の姿をカメラに収めた。 

 

 

illustration by Romijuri  

転載、無断使用は一切禁止 

Reproduction is prohibited.

 

 

「・・・写真、引っ越しが落ち着いた頃に、ロンドンに送るよ」 

「ありがとう、アルフレッド」 

ファインダー越しに見たテリュースの笑顔は、普段とどこか違っていた。 

(・・・・どこだろう?) 

楽屋でも舞台でも見せない、穏やかな春の日差しのような微笑。 

隣にいる花のような天使からもたらされた反射光なのだろうか。 

「なんだよ、失恋したみたいな顔をして」 

カメラを持ったままの僕に、ジャスティンがからかい交じりで言った。

僕のたるんだお腹周りを、肘でツンツン小突いている。

そう、僕はきっと、ずっと前から白衣の天使に恋をしていたんだ。 

それなのに、再会した途端に失恋とは、まったく僕らしい。 

「あ、そうか、おまえ――」 

勘のいいジャスティンは気付いたようだ。 

「まぁ、・・・失恋はチャンスともいうぜ」 

またしてもプレイボーイの怪しい恋のマニュアル。 

「・・・どういう理論なんだい?」 

半信半疑できいてみる。 

「失うという事はだな、そのスペースが空くという事だ。 つまり流れ込んでくるんだよ、風のように次の恋が。そう、まるで低気圧と高気圧の関係。ああ、晴れたり曇ったり、恋の始まりは四月のようだ!」 

さりげなくシェークスピアを引用するあたりはさすがシェークスピア・アクター。 

「カレンなんかどうだ、ほら、」 

「僕はアメリカに行くんだって。今日はその為の壮行会だろ?」 

「ああ、そうだった。悪い、悪い。だけど、もはや誰が主役だか分からないだろ。 全員移動するんだからさ」 

そう。火事になった劇場の再建には長い時間を要する。

劇団はこのパーティを最後に、活動拠点をロンドンに移す。 つまり全員がこのストラスフォードを離れるのだ。 

とはいえ―― 

「今日のパーティの主役は、僕だったはずだ・・・」 

だって僕は今日でRSCを辞めるんだ。 

辞めて映像の勉強をする為アメリカに行くんだ。 

おばあちゃんの為と思ってイギリスに帰国したが、もうその理由もなくなった。 

「お前には目標があるんだったな。でも、遠距離恋愛も悪くないぜ?」 

ジャスティンは幸せそうな夫婦を見詰めながら言った。 

テリュースは、愛しい人の肩を抱きながら、エイボン川を眺めていた。 

何をしゃべっているのか聞き取れないが、時折天使の顔を覗き込み、お腹を擦ったりしている。 

「遠距離恋愛なんて・・・強い想いが無いと続かないんじゃないのかな・・・」 

「分かってないなぁ、会えない時間が愛を強くするんだよ。そうならない奴らは、結局どこにいたって駄目さ」 

ジャスティンは恋愛マニュアルの一ページ目を読むように得意げに言った。 

「・・・そうなのかな」 

僕には分からない。そんな経験が無いから。 

 

 

 

「ケーキを焼いてきたの。あなたの為に」 

思いがけず天使から声が掛かった。バスケットを両手で抱えている。 

「えっ、どうして僕に――」 

「今日でお別れだって聞いたので。・・・クリスマスに頂いた帽子のお礼に」 

「ああ・・・そんな、よかったのに」 

「レアチーズケーキがお好きなんですって?」 

「・・・え?」 

好きになった覚えはない。 

(誰だ、そんなでたらめな情報を流したのは) 

隣にいたテリュースが、不思議そうな顔をしながら天使に質問した。 

「キャンディ、よくそんなことを知ってるな」 

「ええ、だってテリィ、いつもアルフレッドさんをレアチーズって言ってたでしょ? よほどお好きなのね」 

クスクス笑っている天使の横で、テリュースとジャスティンが気まずそうな顔をした。 

「あのね、、キャンディ、レアチーズって・・・・その、ハムレットの役柄で、、つまり・・・」 

自分が悪かった、とでも言いたげに、テリュースが前髪を掛きあげている。 

レアティーズ。 

結構な大役だ。 

ハムレットと決闘をするのだ。二人は戦っている最中にいろいろあって死ぬのだ。 

しかし天使には、おそらく、たぶん、きっと、ハムレットしか映っていなかったのだろう。 

いつもの事だ。 

そう、面のいい奴の方に目線が流れるのは、高気圧と低気圧の関係のように自然現象なのだ。 

「――お好きでしょ?」 

再び天使の微笑み。 

チョコレートケーキが好きなんです。僕は、チーズ系よりも。 

「はい、大好きです!」 

僕はケーキの入ったバスケットを受け取った。 

「久しぶりに作ったの。つわり中はチーズの匂いがダメで。召し上がってね」 

僕もチーズがダメなんです。本当は。 

「嬉しいです!」 

甘いチョコレートと生クリームたっぷりなケーキが・・・ 

 

(・・・好きなんです) 

 

「あ、パティ!こっちよっ」 

その時、天使はひときわ高い声を出し、大きく手を振った。 

一人の女性が駆け寄ってくる。 

少しふくよかな体型の女性。・・なんだか僕に似ている。 

「いいのかしら、部外者の私がこのようなパーティに出席して・・・」 

女性は遠慮がちな口調で、メガネを触っている。 

「いいのよ、ガーデンパーティなんて、誰が劇団員だかよく分からないじゃない?」 

天使には分からないかも知れないが、他の人はたぶん分かっている。 

「まるで団員のように溶け込んでいますよ、ミス・パトリシア。初めまして、僕はジャスティン・グレイスと申します」 

ジャスティンが流れるような動作で、テーブルにあった飲み物と一輪の花を手渡している。

ジャスティンとキャンディは、なんだか似ているような気がした。 

(よく言えば社交的。逆の言い方が許されるなら、大雑把なお調子者)

きっとテリュースもそう思ったのだろう。 

天使の隣でクックと笑いをこらえながら、その女性に挨拶している。 

「あ、そうだ、アルフレッド」 

突然テリュースが僕が呼んだ。 

「彼女の母親はカメラマンなんだよ。お前、カメラが趣味だろ?」 

カメラは好きだよ。だって今も、ほら、首から下げているじゃないか。

「正確に言いますと、雑誌記者ですわ。・・ですが、母はいつもカメラを持ち歩いているようですけど」 

「雑誌記者もカメラマンも、どっちでも同じでしょ?」 

天使の言葉に、(違うと思う・・)と僕が心の中でつぶやいた時 

「違うと思いますけど、それでよくってよ、キャンディ」 

その女性はごく自然に、笑顔でそう答えた。 

なんて包容力のある女性だろう。些細な事を気にする僕とは正反対だ。

「アルフレッドさんはカメラの勉強をする為に今日でRSCを辞めるのよ」 

――正しくは映像の勉強です。映画を撮る為の。 

「あら、そうでしたの」 

突然その女性の視線が僕の方に向いた。 

「――あっ!レアティーズ役の役者さんですよね!?アルフレッド・コックスさん!」 

とたん、女性のぽっちゃりとした頬がリンゴのように真赤に染まった。 

「お芝居、とても良かったです!最後のシーン、感動いたしました!!」 

メガネを抑えながら、女性は芝居の内容について興奮気味に語り始めた。 

(・・・テリュースではなく、僕を観てくれたのか?) 

そう思った瞬間、何かが流れ込んできたのを感じた。 

(・・・低気圧に、高気圧が・・??) 

僕の頭は、意味不明な事を唱え始めていた。 

女性が発している握手だのサインだのという言葉が、まるで上昇気流に乗ってしまったかのようにフワフワして、よく聞き取れない。

「私、数年前までアメリカにいたんですの。今はロンドンで――」 

女性の話を聞きながら、僕はさっきジャスティンが言っていたことを信じたくなっていた。 

 

――遠距離恋愛も悪くないぜ? 

 

「あ、あのパト、、リシアさん・・」 

「パティでいいですわ」 

「パティさん・・・あの・・・」 

 

 

(ぽっちゃり型の男性は、・・・・好きですか?) 

 

 

 

 

©水木杏子・いがらしゆみこ 画像お借りしました。

 

 

スピンオフ

アルフレッドの独白 

 

 

(完) 

 

次のスピンオフ(時系列)はこちら左矢印左矢印

 

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ワンポイントアドバイス 

 

パティの両親は、父親が弁護士、母親が雑誌記者だそうです。

 

この後、アメリカに渡ったアルフレッドは、映画監督になりました。

サスペンスの巨匠、スリラーの神様、と呼ばれるようになったとか、ならないとか。 

一人娘の名前は「パトリシア」だそうです。 (※事実です)

 

ロミジュリさんのイラストのタイトルは「そして今、二人に捧ぐ」です。

既存のイラストをお借りしました。この回に合せて描き下ろされたイラストではありません。

文章の方をイラストに合せています。

 

 

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