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本日、2話連続投稿しています。前のお話を読んでから、こちらをお読みくださいね。『終章2-⑦ 二次小説 11年目のSONNET』キャンディ♡キャンディ ファンサイトこのページは、キャンディキャンディ二次小説「11年目のSONNET」の続編を投稿中です。初見の方は「サイトmap」又は「…ameblo.jpキャンディ♡キャンディ ファンサイトこのページは、キャンディキャンディ二次小説「11年目のSONNET」の続編を投稿中です。初見の方は「サイトmap」又は「第1話」からご覧ください♪続編の第1話はこちらから。コメントは承認制の為、反映されるまでにタイムラグがあります。★★★2-8「空爆が始まったのかしら・・」地下鉄の階段付近にある事務所の端っこで、体調の悪い老人を看ていたキャンディは、ドスーン、ドスーンという地響きの様な音と地震のような揺れを感じ、ふと天井を見上げた。灯りがゆらりと消えかかると、テリィはハッとした。(地下鉄の真上は主要道路・・その下には水道管とガス管が通っている。もし道路に爆弾が落ちたら、ここは――)――地獄の釜と化す。身体に戦慄が走ったテリィは、いても立ってもいられず「外の様子を見てくるっ」と階段を駆け上がった。「、、これは――」目にしたこともない異様な空が広がっていた。無数のサーチライトが何本も交差し、敵機を探している。雲間から現れた黒い影を光の輪の中に捉えた瞬間、地上の巨大な大砲が火を噴いた。耳をつんざく衝撃音。硫黄のような刺激臭。思わず袖口で鼻を押さえた直後、砲弾の破片が雨のように降り注いだ。それをよけるように走り回る人の影。ヒューーーーー近くで空が笛を吹いた。とたん、ガシャーン、カラン、ボフッと建物や道路のあちこちに何かが落ちた音がした。(爆弾!?)そう思った瞬間、落ちた金属製のバトンのような筒から、シュウウゥーーッ、ゴオォォーッと火が噴き出た。ガスバーナーのような強烈な勢い。一斉に炎が立ち上がる。「焼夷弾だ、消火しろ!!」火炎に果敢に向かっていくのは消防隊員だろうか。テリィの目の前で、ロンドンの原風景が壊されていく。――少年の頃、彷徨い歩いた街並み。チンピラと喧嘩をし、アルバートさんに助けてもらった路地裏。車を停めたサヴィル・ロウ。蚤の市が開催された広場。それら全てが、黒い悪魔に呑み込まれ、無残に嚙み砕かれていくようだった。無力さを痛感するばかりだった。地下鉄の入り口で、マネキンのように立ちつくしていると、目の前に金属の筒が転がり落ちた。(――まずいっ、、トンネル内に煙が充満したら、中の人たちは一酸化炭素中毒にっ)恐怖を感じている暇はなかった。テリィは足先に渾身の力を込めて、蹴り飛ばした。この瞬間、足が吹き飛ばされるかもしれないと思いながら。「おいっお前、なんて無茶な!陸軍か!?」誰かがテリィの前に現れた。黒いヘルメット。その正面には王冠と星――ロンドン警視庁の警官(スコットランド・ヤード)だ。「何をしていたの、心配になっちゃったわよ」朝方になって事務所に戻ってきたテリィに、キャンディは充血した目で尋ねた。「――夜空を、見ていた」そう言うテリィの顔は真っ黒だ。「もうっ、ハンサムが台無しよ」キャンディはハンカチでテリィの顔を拭いた。「・・地上では、消防士や警察官が走り回っていた」かすれた声。喉が乾ききっていることに、ようやく気付く。「不発弾が落ちた場所を封鎖したり、延焼を食い止めようと水や砂を掛けたり。それぐらいなら、何の訓練も受けていない俺にもできる。地下鉄の入り口に、見張り番が必要だ」「――危険だわ」俺がやる、と言っているようなテリィの瞳。「今この街に、危険じゃない場所があるか?この地下鉄の中だって」そう言うテリィを追い越すように、避難していた人々がゾロゾロ移動を開始した。「地下鉄の始発の時間なのよ」「まさか、、動くのか?」地上の地獄絵からは想像出来ない言葉だった。テイラーの助言は本当だったようだ。家路に急ぐ人々に、テリィは訴えるように声を上げた。「この地下鉄より、もっと深い、セントラル線かオーエド線の方が安全です。次はそちらに避難してください!」「そうかい」人々は足を止めずに地上へと急ぐ。「深いトンネルは、生き埋めになりそうで嫌だ」「閉じ込められたらどうする!地上に近い方がいい」返ってくる声に、悔しそうな顔をするテリィを見て、キャンディはキュッと口角を上げた。「私はテリィを信じるわ」空爆3日目。二人は身を寄せる地下鉄を変えた。郊外の貴族の館は、市民の避難所として開放されたようだった。おそらくグランチェスター家も同様だろうが、テイラーに任せておけば大丈夫という信頼が、テリィを地下鉄に留まらせていた。バッキンガム宮殿に爆弾が落ちたという一報が入ったのは、その数日後だ。「テリュース!」待っていた、と言わんばかりの国王の口調には、少しの動揺が見えた。「被害は、お怪我はありませんでしたか!?」「昨夜中庭に落ちたようだ。礼拝堂が破壊されたよ」テリィは爆風で割れたガラス越しに、瓦礫が散乱する庭園に目をやった。国王夫妻が育てている野菜たちは無残な姿をさらけ出している。ぱっくり割れた真っ赤な果実が、まるで血溜まりのように散らばっている。夏だというのに寒気が走ったテリィは、危機感から口走った。「陛下、至急避難を!お子様たちのいるウィンザー城へ移ってください」「私はロンドンを離れない」「内閣執務室も今は地下です。政府だって地下に移っています!」「テリュース・・」国王の眉が少し下がった。「爆撃されただけだ。ノルウェーのように、占領されたわけじゃない」「しかし!」「叔父のノルウェー国王ホーコン7世だって、祖国を放棄したわけじゃない。イギリス亡命後も、祖国の民に向け、ドイツへの抵抗運動を呼びかけている」「バーティ・・」テリィは思わず幼少期のあだ名で呼んでしまった。一瞬、マズイ、という表情をしたテリィを気遣うように、国王は「・・劇場は無事かい?」と目を細めた。テリィが劇場の様子を伝えると、国王は安堵の息を吐いた。「それなら、昼間だけでも上演を続けてくれ。人々のストレスを、少しでも和らげたいんだ」まさかの申し出に、テリィの目頭が熱くなる。「――可能な限り、続けさせていただきます」二人は座るのを忘れ、しばらくの間、兵士の行き交う庭を眺めていた。「・・宮殿が爆撃されてよかった。これでイーストエンドの人々と同じだ」テリィは一瞬、聞き違いかと思った。だがしかし、それが国王ジョージ6世だ。その時テリィは、ずっと目に映っていたはずの物に、ようやく気が付いた。「――なぜ、ユニオンジャックが?王室旗はどうされたのです?」慣例とは違う旗が掲揚されている。国王が宮廷にいる時は、王室旗のはずなのに。すると国王は、煙る空に揺れている旗を見つめた。「あの場所に、ナチスの旗がはためくような事はあってはならない。宮殿の一番高いところに掲げられている旗は、イギリスが立っている象徴だ」――降伏はしない。王室は国民と一緒に戦う!沈黙の誓い。いつしかテリィの頬に一筋の涙がつたっていた。「――命を懸けて、お衛りします」口から洩れ出た言葉は、全身から集まってくる本心。国王の御身に何かあったら、国民は心の大きな支柱を失ってしまうだろう。その日以降、王室に呼応するように、家々はユニオンジャックを掲げ始めた。2-8 ユニオンジャックシルバーウィークにつき、感想がある方は、ゆっくりで結構です。天候に留意してお過ごしください。次回の投稿は木曜日の予定です。今回の連載は、折り返し地点を過ぎました。感想を寄せたことが無い方も、よろしければ一言でも、お聞かせいただけると嬉しいです。執筆の励みになります。。。。。。。。。。。。。。。。ワンポイントアドバイスバッキンガム宮殿への空爆は9月13日です。作中の宮殿の爆撃画像は、実際の写真をAIでカラー処理したものです。「宮殿が爆撃されてよかった。これでイーストエンドの人々と同じだ」これは意訳になりますが、実際に、同様の発言があったようです。本来、国王が宮殿いる時は「王室旗」を掲げるのが慣例でした。王室旗⤵戦時中はユニオンジャックに変わりました。
キャンディ♡キャンディ ファンサイトこのページは、キャンディキャンディ二次小説「11年目のSONNET」の続編を投稿中です。初見の方は「サイトmap」又は「第1話」からご覧ください♪続編の第1話はこちらから。コメントは承認制の為、反映されるまでにタイムラグがあります。★★★2-71940年9月7日夕刻――キィ―――――――ッ耳に突き刺さるような高い金属音。「何、何、、?」キャンディは思わずテリィの腕にしがみついた。テリィは窓から身を乗り出し、市街地の方角に目を凝らす。薄暮の時とはいえ、空を染める赤は、陽の光ではなかった。「・・・爆発?」「坊ちゃま、空襲警報ですっ!すぐに地下室へ!」普段のテイラーとは思えないほどの機敏さで、メイドに指示を出しながら走ってくる。「灯りを消して、地下に避難を!」「テリィ、、」「――始まったんだ」テリィはキャンディの肩を抱えるように地下室へ逃げ込んだ。地下のワインセラーは格好のシェルターだった。本土防衛に備えていたこともあり、ワインが並ぶ壁の前にはペルシャ絨毯が敷かれ、ソファやテーブル、カードゲームまで持ち込まれていたが、そんな奇妙な優雅さなど感じる暇はない。ソファに勢いよく腰を下ろすなり、テリィは怒鳴った。「ドイツの奴ら、防衛力が低い夜を狙うとはっ!」(昼間では太刀打ち出来ないから、夜にしたのか?)「・・スピットファイアには、夜間飛行の装備が、無い」唇を噛みながら、低くつぶやく。「出撃できないってこと?」「そうだ。機体にレーダーを搭載していない。飛んだところで、迷走するだけだ」思わずキャンディは、身につけている十字架をキュッと握った。不安感を煽る空襲警報は深夜になっても鳴りやまなかった。「セントポール学院は、バッキンガム宮殿は、国会議事堂は、、、大丈夫かしら」「みんな地下室に避難したはずだ。父さんもきっとウエストミンスターの地下に」「セントポール学院の地下室って、反省室かしら?」「今頃全員が反省中だ」「あ、ちがう、地下にあるのは学生牢よね」「今頃全員、裁きを待っているわけだ」クスッと笑ったキャンディの唇の色に、テリィは気が付いた。青白い。「寒いか?」夏とはいえ、地下の温度は低い。大丈夫、と言いながらもキャンディは自分の身体を両腕で抱いている。テリィは、ぐいっとキャンディを引き寄せた。小刻みな振動が伝わってくる。この震えは、寒さだけではないのだろう。お互いにとって、空襲は初めての経験だ。「・・大丈夫、きっと、大丈夫だ」子供をなだめるような言葉をキャンディと自分に繰り返す。爆撃は8時間にも及び、ロンドン市民の誰もが眠れぬ一夜を過ごした。夜明けと共に、ラジオが被害状況を伝え始めた。敵戦力――爆撃機350機、戦闘機600機!爆撃を受けたのはロンドンのイーストエンド(下町)・テムズ川沿いの発電所、ロンドン港一帯の倉庫群など。死者、負傷者多数!ラジオを聞くなり階段を駆け上がるテリィにキャンディは続いた。「宮殿に行くの!?」「宮殿は爆撃を免れた。今日の宮殿には、俺なんかの出る幕はない」「それじぁ、、」「君と一緒に行くよ」その言葉に、張り詰めていた心が少しだけ緩んだ。キャンディは怖かった。人が、街が、変わり果てていないかと。「昼間に空襲は?」「大丈夫。昼間は空軍がにらみを利かせている」二人は無心で制服に着替え、専用バッグを身体に掛けた。テイラーの運転する車で街中まで来ると、警察官のホイッスルが車を止めた。「この先は通行止めです。迂回してください」テイラーは車の窓から大きく首を出し、前方を確認する。規制線が敷かれ、道路の真ん中に大きなクレーターが空いている。「ここでいいわ。歩いていくから」下りようとするキャンディに、テイラーは助言した。「地下鉄は動いているかもしれません」テリィにはとてもそうとは思えなかったが、先の大戦を経験している執事の言葉だ。とりあえず胸に入れておく。「留守の間、屋敷を頼む」車から足を下ろした瞬間、地面がじゃりっと鳴った。黒煙と炎、粉塵に覆われた街は、得体の知れない灰色の粒子に覆われている。「ひどい、、無差別爆撃だわ」そう言いながら、崩れ落ちたレンガを飛び越えようとしているキャンディにテリィは手を差し出した。「君の制服姿・・初めてまともに見た気がする」水色のストライプのワンピースに十字マークの入ったベレー帽。一時の清涼剤のようなキャンディの姿は、決して似てないのに、どこかセントポール学院の制服姿と重なった。「かわいいよ。似合うな・・」キャンディの頬は、ほんの少し紅潮した。「ここが修羅場じゃなかったら、踊り出したい気分よ」悲嘆に暮れる市民を横目に、倒れた家具、投げ出されたクマのぬいぐるみを見ながら、ガラスの破片が散乱する道を恐る恐る歩く。「ここは迂回しよう」キャンディに見せたくない何かを視界にとらえると、ただちに道を変える。(看護婦のキャンディの方が、見慣れているだろうが・・)そんなことを思いながら角を曲がると、何事もなかったようにいつもの街並みが現れる。幾度となく天国と地獄の境界線を目にしながら目的地へと急ぐ。キャンディはロンドンの中心に施設を構えるセント・トータス病院の医療チームに所属していた。「キャンディスさん!手術室のサポートをお願いしますっ!」到着するなり、看護婦長の指示が飛んできた。「分かりましたっ」被害者は1000人とも2000人とも伝えられ、昨日まで閑散としていた病院は、瞬く間に血生臭い湿気に覆われた。「テリィも手伝って!」担架を抱えているキャンディと代わり、重体の患者を一刻を争うように手術室に運ぶ。「――ひどすぎる。民間人をこんな目に遭わせて」この病院に所属しているグランチェスター家の主治医ボリスは、手術の準備をしながら声を震わせた。「ほんとに、どこが兵器工場を狙ったのよ。殆ど民家に落ちて、ヘタクソっ」民意を代弁するようなキャンディの八つ当たり。「キャンディス様、狙ったというよりは、ですね・・」ボリスは短い眉を下げながら言った。「夜間飛行では、目標の特定が難しいんです。暗闇の中にあるロンドンを探す目印の一つは、テムズ川です。目星を付けて落とした爆弾が風に煽られ、民家に落ちたのでしょう」「・・そうなの?」キャンディは呆然とする。「テムズ川と誤認された河畔の町にも爆弾が落ちましたから」「まさかドイツ機は、どこがロンドンかも分かってないってこと?」「おそらく。だからこそ、ここがロンドンだと分からないように、夜は灯りを消す必要があるんです」――真っ暗なイギリス。テムズ川に映る月の反射で、ここがロンドンだと判断し、爆弾を落とす。キャンディは一瞬、自分がパイロットになったような錯覚をした。「それでもドイツ軍は、夜間でもイギリスまで辿り着く技術を持っている」テリィの言葉に、いかっていたキャンディの肩が落ちていく。「今夜は、空襲が無いことを祈ります」ボリスの一言に、テリィはごくりと息を呑んだ。(今夜――・・また来るのか?)「テリィ。そこの鍋に、お湯を沸かしてっ」憂いでいる暇はない。キャンディは気持ちを切り替えるように声を張った。「――え?鍋?」思わずテリィは、自分がいる場所を見回した。厨房ではない――ことは明らかだったが、とにかく鍋を持つ。途端、キャンディがピンセットやはさみを次々に放り込む。「煮て!」「・・え?」「煮るのよ!ぐつぐつ」テリィの反応は鈍い。(人使いが荒いな・・・。すっかり鍋が似合う男になった気がするよ・・)テリィは率先して力仕事を買って出た。患者のベッドを地下の長い廊下へと次々に移動させ、地下室や地下通路は、急造の病棟へと変わっていく。「全室黒いカーテンに付け替えて、夜は灯りを消して、地下に避難を!」役者仕込みの響く声で、病室という病室を回る。「石こうギブスの骨折患者は、簡単には動かせないわ、、」焦っているキャンディに、テリィは少し考え、すぐに決断する。「厚いマットを窓際に立て掛けるんだ。外からも土嚢を積み上げろ。被弾によるガラスの飛散を防げ!」「兵隊さん、今は何時です?お腹が空いたわ・・」初老の婦人に話しかけられた時、テリィは初めて気が付いた。「そういえば、鐘の音が聞こえない・・」人々に時刻を知らせる教会や鐘楼の鐘。(鳴り響くサイレンや喧騒にかき消されたのか?)灰に包まれた街は薄暗く、ただでさえ時間の感覚が麻痺している。するとボリスが、テムズ川の方を見ながら患者に応えた。「今は、ちょうど正午になるところですよ」それだけ言うと、小声でテリィに伝えた。「空襲警報と混ざらないよう、止められたのだと思います。鐘の音は『敵兵が上陸した』という緊急信号に置き換わるそうです。市民は武器をとって戦うか、直ぐに避難するかの合図になります」「――市民が、戦う?」思わず聞き返す。「敵の輸送機から、敵兵がパラシュートで降下してくる事態が想定されます。ここが戦場のド真ん中になる事もあるんです」「まさか、、」日常に寄り添っていた鐘の音が、真逆の意味に変わってしまった。今までそこにあった何気ない物が消えてしまった。なんとも言えない喪失感が芽生えた時、・・・カーン コーン・・・窓の外から、鐘の音が響き渡った。「ビッグ・ベンが・・鳴ってる・・?」聞き慣れたその音は、この時ばかりは不変の象徴のような神々しさを放っていた。テリィはこぶしを握り、自分を奮い立たせた。(来るなら、来てみろっ!)日没を迎える頃、市民たちは家から毛布などを持ち出し、続々と地下鉄の駅へ入っていった。先の大戦でもシェルターの役割を果たしていた地下鉄。「今後も空爆が続くようなら、駅ごとに救護所と看護婦が必要だわ」キャンディは、避難民と行動を共にすると言い出した。「・・・そう言うと思った」キャンディが屋敷に戻らないなら、テリィも戻る理由はない。明日が見えない憂鬱さを抱えながら、暗く延びる地下トンネルへと下りて行った。2-7 ザ・ブリッツ本日中にもう一話アップします🙇♀️こちらのコメント欄は閉じますので、感想は、次の回に頂けると嬉しいです。次へ。。。。。。。。。。。。。。。。。。ワンポイントアドバイス実際の地下鉄の写真ですビッグベンについて現在は「エリザベス・タワー」と呼ばれています。当時は「クロック・タワー(時計塔)」と呼ばれていました。ビッグ・ベンは時計塔の大鐘の愛称です。鐘の音は、日本でもおなじみのこちらです。メロディに合わせて歌詞もいくつかあるようです。時計室の壁に刻まれている歌詞をご紹介します。旧約聖書を踏まえた内容です。ビッグベンの歌詞All throught this hour全ての時を通してLord,be myguide主よ 導きたまえAnd by Thy power汝の御力によってNofoot shall slide迷いは消え去るザ・ブリッツについて第二次世界大戦の1940年9月7日から始まったロンドン空襲のことをそう呼びます。由来はドイツ語で「稲妻」を意味します。学生牢の場所について漫画では地上にありましたが、小説版は地下室にあります。当二次小説はファイナル準拠の為、学生牢は地下にある設定にしています。
★★★2-6案内された先に現れたのは教会だった。「・・・戦没者の慰霊碑?」第一次世界大戦で命を落とした人たちの名が刻まれ、真新しいポピーのリースが供えられている。どうやら午前の式典の場所は、ここだったようだ。「――今回のフランスでの戦いで、犠牲になった兵士たちの・・・追悼式があったんだ」湿った風が吹き抜けるその場所に関係している人物。テリィに思い当たるのは、一人しかいなかった。ジャスティンは胸のポケットに手を入れ、取り出した物を、ギュッと握りしめた。「――これ、ナイルのドッグタグ。あいつの識別番号が書いてある」兵士が軍服の内側に身に着けている識別タグ。戦死者の身元を確認するためのもの。少し黒ずんでいるタグをじっと見つめるその瞳は揺れている。ジャスティンはおもむろに慰霊碑に歩み寄ると、つるんとした冷たい表面に、そっと手を当てた。まだ刻まれてもいない名前。それでもジャスティンは、その名前を石碑に見ているようだった。しばらくの間、風だけが通り抜けていく。©Romijuri「・・・あいつと俺は幼馴染で、ストラスフォードで育った。口は悪いけど、いつも俺を気遣ってくれた。足を骨折した時も、お見舞いに来てくれたのは、あいつだけだった・・。手ぶらだったけどな」無邪気なナイルの顔をテリィは思い出していた。「差し入れのフルーツを勝手に食べたり、楽屋の花束を失敬されたり、ずる賢い奴で」「俺もやられたっけ・・」「戦車に乗りたいとか、そんなガキっぽい理由で陸軍に志願して、運転がヘタクソなのにさ」「事故ってたな・・」「よく考えたら、俺が骨折したのもあいつのせいだ」思い出話が悪口になりそうな流れだった。「スコットランド連隊にしないか、って誘われて。キルトやバグパイプが派手で目立つぞ、とか言ってたよ。戦争を、芝居か祭りと勘違いしてる」「――でも、一緒に志願したんだろ?このスコットランド連隊に」ジャスティンの着ているキルトが何よりの証拠。「強いからだよ。軍服がカッコいいからじゃない」バツが悪そうにジャスティンは言った。「・・得意のずる賢さで、ドイツ兵に両手を挙げてさっさと降伏して、捕虜にでもなって・・どこかで生き延びていて欲しかった・・」漏れ出したジャスティンの本音。「四角いスイカを作りたいとか夢みたいなことを言って・・ただのガキなんだよ」「・・・そうかもな」「主役なんか一度もやったことがないくせに、毎回主役のオーディションを受けていた。役者を続けるのか、農家を継ぐのか、迷って迷って、、迷ったままいっちまった」「――もう迷ってなければいいが・・」テリィはその時、天国のナイルにそれを願った。「・・もう、迷ってないさ。このドッグタグは、あいつの弟から預かったんだ・・。その時に言ってたよ」『兄さんの戦死を告げられたと同時に、僕は安全な後方業務に回されたんです、軍の配慮で。兄さんが、僕を護ってくれています――』「・・戦争が終わったら、弟が農家を継ぐだろう。だからナイルは心置きなく、天国で、役者を――」「――無駄な死なんて、無いのかもしれないな・・」テリィは思わずつぶやいた。「死ぬことに意味なんか無いさ。人は必ず死ぬんだ」地獄の戦場を見たジャスティンの言葉は真理なのかもしれない。テリィがそう思った時、「意味あるものにするかしないかは、残された者だ」テリィはハッとした。「いつか世の中に、甘くて四角いスイカが出回ったら――イギリス軍が・・勝利したら・・・あいつの死は、無駄じゃなかったと・・思えるかもしれない」タータンの布に包まれたジャスティンの背中が震えている。「今は天国で、好き勝手に演じていると思う。ティボルト、マーセラス、ふっ・・脇役の名前しか思い浮かばないが」ジャスティンはひとしきり毒を吐いてから立ち上がり、テリィの方を向いた。「――故郷を、劇場を、シェークスピア劇を守りたいんだ。――To be,or not to be, that is the question:『服従して生きるか、信念を貫いて朽ちるか。それが問題だ』。俺は・・あいつと同じように、いきたい」力強い声。テリィはしばらく言葉が出なかった。戦場を見たジャスティンの決意だったのか、ハムレットのセリフを諳んじただけなのか。エネルギーを秘めたその言葉は、静かにテリィを圧倒した。「――ロンドンはお前に任せた」ジャスティンはテリィの肩を叩いた。「・・だいぶ大きなものを任されたな」テリィは寂しそうに微笑した。「お前もハムレットをやれよ」――こんな時に?テリィがそう言う前に「こんな時、だからな!お前がロンドンで演じていると思うだけで、俺は一層頑張れる」ジャスティンの声が、霧交じりの空気をスッと射抜いた。――どんな時でも日常を続けろ!国王や首相の言葉と重なる。テリィから迷いは消えた。「――そうだな。それがイギリスのプライドだ」若かりし日、同じハムレットの演目で、競い合った記憶が蘇る。ジャスティンのハムレット――15年前に見逃したが、今回も観られそうにない。ジャスティンは野花を一輪摘み取り、慰霊碑のたもとに添えた。……一輪の花には、一目惚れしたって意味があるのを知らないのか?………プレイボーイの指南書にのっているらしい一輪の花の意味。友に使う時の意味を、テリィは知らない。それでも、分かった気がする。お前が一番の友だ・・・花びらが揺れている。ジャック・ナイル・スタンリー。その名は記憶にきざまれる。永遠に色あせることなく。2-6 追悼次へ。。。。。。。。。。。。。。。。。。ワンポイントアドバイス軍の配慮で安全な業務へ回された、というセリフについて制度としてはありませんが、上官の配慮で、そのような事はあったようです。アメリカでは、1942年11月、サリバン家の五兄弟が全員戦死したのを機に『一つの家族から全ての子供を戦争で失うことを避けるための措置』が整いました。この事は、映画「プライベートライアン」で描かれています。
★★★2-5暗号の解読成功はトップシークレットとなり、国王や首相を含む、ごく限られた関係者しか知らされなかった。議員である父も知らない。数日間、テリィは新聞の隅々まで目を通したが、クイーン・メリー号が撃沈された――というニュースは見なかった。(逃げ切ってくれたのか、それともUボートを仕留めたのか・・)「病院は、今どうなっているんだ?」朝食の席には、テリィとキャンディだけが座っていた。「患者さんは地方の病院に移ってもらったの。残っているのは重症で動かせない人だけよ。妙にがらんとしてて・・不気味なぐらい」下を向いたまま話すキャンディの表情は、悲しいとも寂しいとも違った。「・・患者がいないと張り合いがないのか?」キャンディは首を振った。「救急以外、受け入れてないの。ロンドンへの空爆を想定して、大量の負傷者を受け入れるスペースを確保してるのよ。おかげで今日から非番で・・なんか、奇妙な待機時間。本当に空爆なんて――」そう言った途端ブーン・・・・キャンディの耳が、かすかな音を拾った。「虫・・?飛行機かしら」天井を見上げる。「君の聴覚は犬レベルだな」と言いながら、窓越しに空を見る。ギターの弦のような雲の軌跡が浮かんでいた。「――スピットファイアか?」雲はみるみる内に波のようにうねった。「ドイツ軍かしら」「いや、空襲警報は鳴っていない。あの高度は偵察機だな。どこかへ偵察に――」そう言った瞬間、テリィの中にあるアイデアが浮かんだ。「――これならっ!」テーブルを押すように、勢いよく立ち上がる。「どこに行くの!?私も一緒に」キャンディは追うように立ったが、「だめだ!!国家機密だからっ」と叫びながら、紅茶も飲まずに出ていってしまった。「国家機密?・・それを言う?・・かえって知りたくなるじゃないっ」キャンディの頬は膨らんだ。テリィは猛スピードで車を飛ばした。目的地はブレッチリー・パーク。パーク内で自転車のチェーンを直していたチューリングを見つけると、殆ど喧嘩腰に提案する。「奇跡ではなく、偶然発見した!ならどうです!」「・・なんのこと?」「暗号解読でとっくに発見しているUボート海域に、敢えて偵察機を飛ばすんです」「・・・ふぅん?」「偵察機は『偶然』Uボートを発見した『ふり』をして、一旦基地に帰還する。その後、戦闘機を伴って再びその海域に現れる」「・・なるほど、それなら『偶然のラッキー』になるね」そう言いながらも、数学者の手は自転車のチェーンを触ったままだ。「この戦略を採用していただけませんか?チューリング先生!」「偶然の発見が毎回起きたら、敵に怪しまれるよ」「しかし!!偵察機は日々飛んでいる。偶然敵を発見することだってあるはずです。怪しまれないような確率を考えるのは、先生の専門分野ですよね!?」テリィの気迫に押されるように「まぁ、たしかに・・」とチューリングはようやく立ち上がった。テリィは数学者の鼻先に迫るように顔を近づけた。「船が、たまたまUボートがいない方へ針路変更することだって、偶然を装えばできるはずです」「それは不自然だよ。今のレーダーじゃ、船から敵のUボートを探知することは難しい」しかしテリィも食い下がる。「それなら、レーダーの性能が飛躍的に向上したことにすればいい。新型の高性能レーダーを搭載したと、嘘の情報をドイツに流せば済むことです」その案に、チューリングは目を丸くした。「確かにバーミンガム大学で、空洞マグネトロンが開発されたばかりだけど・・」チューリングは顎に手を当てながら、テリィの顔をのぞき込んだ。「役者とは思えない発想だね」「――シェークスピアの戯曲の内、39本は戦争や内乱が描かれていますから。演じる上で、戦闘知識だけは入っていますっ」捨てゼリフのように、テリィは語気を強めた。「そうか、あなたは何人もの他人に化けることができるんだったね」感心したように言ったあと、口角を上げた。「分かった。どの攻撃を見逃し、阻止するか、統計的に分析してみるよ」テリィの顔が明るさを取り戻したとたん、「でもね」チューリングは容赦ない現実を突きつけた。「助けたくても、それに必要な兵力を向かわせることができるかは別問題だ。わが軍は殆どお金が残って無いでしょ?」「!!」ぐうの音も出ないほどの正論。「たぶん、ポンド紙幣はもうすぐ紙クズ同然になる。ボクは貯金の半分を銀塊にして森に埋めたんだ。ロミオもそうした方がいい」相変わらずズボンにネクタイを巻き付けている変人は、再び自転車のチェーンを触り始めた。「――ご忠告ありがとうございます。ところで、チェーンは直っていますけど?」テリィは先ほどから気になっていたことを口にする。チューリングはニッと笑った。「最初から外れてないよ。ペダルを何回漕いだらチェーンが外れるか実験してるんだ」ペダルをグルグル回している丸まった背中を見て、テリィはもう帰ろうと思った。「あ!親切なロミオに、もう一つ良い事を教えてあげる」「なんですか」ウンザリ気味に振り向く。「このブレッチリーパークには、ソ連に情報を流している人間が紛れ込んでいるらしい」おまけのように言うチューリングに、テリィは驚いた。「・・ソ連のスパイ?――捕まえないのですか?」「解読情報をそのままスターリンに運んでくれるなら、手間が省けるってもんだ」(スターリン?・・ソ連の最高指導者か)「ソ連とドイツは不可侵条約を結んでいる、いわば仲間だったはずですが?」テリィの眉間にシワが寄る。「じきに決裂するんじゃないかな?両国は資源や国土をめぐって元々にらみ合っている。ソ連がドイツを叩いてくれるなら、イギリスは漁夫の利だ」「――だからソ連のスパイを野放しにするんですか?」どこまでがイギリス政府の戦略で、どこからがチューリングの独善なのか。「野放しとは人聞きが悪い。ボクは誰がスパイか知らないし、捕まえる任務にもないね」「・・そうですね。では失礼します」(埋めた銀塊の場所を忘れてしまえっ)戦争とは情報戦か心理戦なのか。戦車、戦闘機、大砲、膨大な物量を投入していても、そんな風に感じてしまう。くすぶった気持ちでパークを後にしたテリィは、この事をジャスティンに相談しようと兵舎に寄った。午前中に何かの式典があったのか、この日のジャスティンは軍服ではなくキルトを着ていた。「鳩が豆鉄砲を食らったような顔するなよ」ジャスティンはクスッと笑った。「・・いや、似合うな、と思って。さすが花形俳優だ」「そうだろ?――俺、軍を離れることになったんだ。シェークスピア・アクターに戻る」テリィの目が、さらに真ん丸になった。「おいおいっ、鳩が25ポンド砲を食らったような顔をするな!」「な、なぜ、、突然?」そんなテリィの反応の方が意外だったのか、ジャスティンは苦笑しながら答えた。「お前が除隊しろ、演劇をやれ、って言ったんだろ」「たしかに言ったが、乗り気じゃなかっただろ?」するとジャスティンはフッと真顔になった。「今日の昼過ぎ、ドーバーやサザンプトンなどの沿岸都市が攻撃された。奴ら、軍需工場を狙ってきやがった。生産能力を削ぐ気なんだろう。・・イギリス空軍が鉄壁の防空網で追い払ったけどな」テリィの頭の中は一瞬真っ白になった。「――ついに、、」「先日、バーミンガムの軍需工場も空爆を受けている。夜間に、闇夜に紛れて数機が侵入してきた。おそらくドイツ機は、ストラスフォードの上空を通過したはずだ」身体がゾクッとする。「ドイツ機は地形を目印に辿り着く。夜間飛行では川の反射が道しるべになる。エイボン川のような大きな川は、空からでも目立つ」「――ストラスフォードは、爆撃されたのか?」「いいや。だが、先の大戦で爆撃されなかったからと言って、今回も爆撃されないとは限らない。シェークスピアの故郷をぶっ壊せば、イギリス人に心理的な打撃を与えられる・・敵がそう考えてもおかしくない」テリィの心拍数は上がっていく。「今、劇団には若者がいない。兵役前の子供みたいな奴か、年寄りばかりだ。・・俺が行けば、ロンドンにいるより役に立つはずだ。落ちた焼夷弾の火を消し止めるぐらいはできる」そう言うジャスティンに、テリィは心底託したくなった。「それに――」ジャスティンはまだ言い足りなさそうにテリィを見つめ「ちょっとついて来い」と背中を向けた。キルトを着ているからではない。普段のジャスティンとは何かが違っているとテリィは感じた。2-5 キルトのわけ次へ。。。。。。。。。。。。。。。。。。ワンポイントアドバイス作中は、1940年8月中旬になります。空爆を受けたサザンプトンとドーバーは港湾都市です。バーミンガムとストラスフォードは内陸に位置します。ヲタク的解説(笑)大都市バーミンガムには、武器や弾薬などを製造・開発する軍需工場がありました。内陸にあるため、ドイツの戦闘機では飛距離が届かず、長距離を飛べる爆撃機が向かいました。爆撃機には相手機を撃ち落とす装備がないので、昼間に行くと、イギリス本土上空を長く飛ぶことなり、イギリス機に撃ち落とされてしまいます。そこで、夜間に攻撃したわけです。コメントは承認制の為、反映されるまでタイムラグがあります
★★★2-4ロンドン某所にある、陸軍の兵舎。この日、テリィはジャスティンが寝泊まりしている兵舎を訪れた。「・・・兵役免除?代わりにシェークスピア劇をやれと?」テリィの誘いに、ジャスティンは素直には喜べなかった。「いやなのか?デュークス劇団も俳優が足りないらしく、快諾してくれた」「いや、嬉しいよ。嬉しいが、今は兵も民間人も似たような境遇だ。本土防衛に向けた訓練体制で緊張が高まっている」そう答えるジャスティンの口調には、いつもの張りがない。「――ダンケルクからの撤退のさなか、カレーの守備隊は壊滅したが、捕虜になった兵士もいたはずだ。軍にいれば、多少なりとも情報が入ってくる」「・・ナイルの隊か?」「ああ」おそらくジャスティンは、一縷の望みをつないでいるのだろう。「ナイルはずる賢い奴だった。あいつならきっと・・、必ず」二人は、ナイルが見ているかもしれない空を見上げた。「入隊したんだな、さすが、恰好だけはさまになってるよ」テリィの軍服を見てニヤリとする。テリィは、中身が伴わないこそばゆさを感じながら言った。「ところで、これから時間が取れないか?・・・ブレッチリー・パークという場所に視察に行くんだが」無理だ、というセリフが喉から出かかっていたジャスティンだったが、目的地を聞いて大きく目を見開いた。「――ブレッチリー・パークだって?」「知ってるか?」「知っているも何も、、イギリスの運命を握っている施設じゃないか。まさか、お前ひとりで行くつもりか?」「国王からの密使で・・。陛下自ら赴いたら目立つだろ?この場所をドイツに知られるリスクを避けるために俺が仰せつかった」「密使が密使と名乗るなよ」ジャスティンはテリィの頭をコツンと叩き「先に行ってくれ。軍務が片付いたら、俺も向かうよ」と苦笑しながら近衛士官に敬礼した。ロンドンから列車を乗り継ぎ1時間。鉄道アクセスがよく目立たない場所ということで、政府に買い上げられた貴族の屋敷だ。MI6(海外情報収集機関)とも連携する、諜報機関らしい。平たく言うと、敵国の通信を盗み読みする施設である。風光明媚な場所に似つかわしくない実態だ。「――何をしていると思いますか?」よれよれのジャケットを着た案内人の若者は、テリィに問いかけた。ところ狭しと机が並び、ずらりと並んだタイプライターの前で、多くの人がせわしなく指を動かしている。部屋の隙間を埋めるように、書類を持った人が動き回っている。その多くは女性だ。「ボクたちは、世界いち難しいパズルに挑んでるんだ」「・・パズル、ですか?」テリィには、郵便局か電話局のようにも見えた。「ボクのいるチームには、言語学者や哲学者、チェスのチャンピオンもいるよ。クロスワードパズルの大会で優秀な成績を修めた人をスカウトしたんだ」その案内の仕方は独特だった。いや、もっと独特だったのは、案内人のズボンにベルト代わりに通されたネクタイだ。このアラン・チューリングという数学者、少しユニークな人物という噂。敷地の奥に行くと、小屋が並んでいた。「近衛隊は長髪が許されるの?」チューリングは、ふいにテリィの髪に触れた。「特別に許可をもらっています。軍人とは名ばかりのシェークスピア・アクターなので」寝ぐせが跳ねている人物に言われるのも妙な気もしたが、テリィは外交上の微笑みを向けた。「ああ、あなたはさしずめロミオか!なるほど、坊主頭のロミオはテキスト通りじゃないね」「シェークスピアはお好きですか?」「学生時代に『シェークスピアを読め』と先生によく言われたよ。そう言われると、読む気がうせる。好きなのは『白雪姫』かな」あまりに意外な答え。とはいえ、歳の割には童顔でハイトーンの声で言われると、どこか納得もできる。「なぜ白雪姫が?」「リンゴが毒リンゴに変化し、食べた姫が仮死状態になる。心臓が止まったら死だよ。なのに、キスをしたら目覚めるなんて、化学とロマンの融合だよね」「・・そう・・ですね」棒読みのように相槌を打ちながら、案内人について行く。「さて、ここがロミオのお目当ての小屋だよ」散らかった工作室。それがテリィの第一印象だった。次に目がいったのは、マグカップに繋がれた太く長いチェーンだ。(・・犬か?彼にはマグカップが犬に見えるのか?)眉をしかめたテリィを見て、チューリングはマグカップを手に持った。「ケンブリッジ大学の仲間もチームに加わっていてね、ボクのマグカップを使われたら困るから、暖房器具に繋いでる」変人という噂は、いよいよ本物かもしれない。「チューリング教授・・とお呼びした方がいいですか?」「ボクは教授じゃないよ。海軍に協力している研究者。呼ぶなら『先生』がいいかぁ」チューリングは、海軍に協力している証拠である一枚の紙をテリィに渡した。「これが今朝傍受したドイツ軍の無線通信だよ。ボクたちが挑んでいるクロスワードパズルね」――GIBRE XWNCB HVKQZ FJLTY・・・見た瞬間、思わず絶句する。「・・無線通信は、モールス信号で行うんですよね?たしか、モールス信号は世界共通で、Aは・-トンツー、Bはー・・・ツートントントン、Cはー・ー・ツートンツートン」「そう。無線で送る時は、文字をモールス信号に変える。でもそれじゃ、通信文が筒抜けになって敵に読まれてしまう。だからドイツ軍は、まずエニグマを使って通信文を暗号化してから、モールス信号で送るんだ」「――エニグマ・・?」テリィの鈍い反応を見て、数学者はあからさまに眉を下げた。「ああ、そこから説明が必要?」チューリングは、タイプライターのような形をした憎らしい機械をポンと叩いた。「これがドイツ軍が使っている最強暗号機エニグマだよ。文字そのものを、別の文字に置き換える機械、とでも言うのかな」テリィはまだ混乱していた。「・・これがあるなら、傍受したドイツの通信内容を解読できるのでは?」確認するように尋ねる。「持っているだけじゃダメなんだ」「なぜ?」「ドイツ軍は、毎日機械の設定を変えるからね。今のボクたちには、これは四角い金庫のようなもの。金庫は、鍵がないと開かない。しかも、今日の鍵と明日の鍵は違うんだ。――今のボクが分かるのは、この意味不明な文字列だけ」テリィは再び紙を見た。――GIBRE XWNCB HVKQZ FJLTY・・・(・・・これを解読するには、『今日の鍵』が必要なのか・・・)自分の任務を思い出したテリィは、チューリングに告げた。「イギリス政府は、暗号解読のために10万ポンド(現在換算で数億円)の予算を投入したと聞きました」その言葉は、チューリングの心を逆なでした。陸軍の高官は、テコ入れにやってきたのだと。「ボクはちゃんとやってるよ!」ついて来い!と言わんばかりに息を上げながら隣の小屋に移動し、ドアを勢いよく開けた。熱と湿気と焼けた金属の匂いが襲い掛かるように噴き出し、巨大なマシーンが姿を現す。「・・これが、開発した解読機?」本棚のような箱に円形の部品やスイッチがずらりと並んでいる。ガチャン、ガチャンとすさまじい機械音が鳴り響き、あまりの音の大きさに、会話がままならない。「鍵の組み合わせは何通りあると思う!」チューリングは声を張り上げた。テリィが考える前に、食い気味に自分で答えた。「150京、いや、もっと、天文学的な数字だ!それを、この機械に調べさせている!タイムリミットは24時間。零時を回ったら、またやり直し!来る日も来る日もっ」その吊り上がった眉を見る限り、成果が出ていないのは明らかだった。きっとこの数学者は、必死に解読に挑んでいるのだろう。しわくちゃな服も、ぼさぼさの髪も、それが理由なのか。チューリングは、解読できないジレンマから逃げるように、ドアを閉めた。機械音が遠ざかる。「・・・ドイツ軍は深夜に設定を変え、翌朝最初の無線通信を行う。『おはよう、諸君!』とね」ヒトラーの真似でもするように片手を上げた。もはやヒトラーのモノマネは、イギリス中で流行しているようだ。「――期待しています」テリィは控え目に国王からの伝言を告げた。ドイツ軍が日々発信する暗号無線。解読できれば、ドイツ軍が、 いつ、どこで、何を企てているか分かれば、先手を打てる。(・・暗号か・・フっ)「何がおかしいっ」テリィの微笑が気に入らなかったのか、チューリングは口を曲げた。「実は、親族間で簡単な暗号を作ったんです。届く手紙がところどころ塗りつぶされていたのがあまりに悔しくて」「暗号?どんな?」たわいのない雑談だったが、息抜きになればとテリィは応じた。「どうやらネガティブな言葉は塗りつぶされる。地名や兵器の名前も。動物や植物、人の名前とポジティブな言葉は残される傾向がありました。『楽しい』とか、その手の言葉も塗りつぶされない」「・・『辛い』は消される?」「消されたと思います。『食べたい』は消されましたね。ひもじさを連想させる言葉と判断されたのか。結局いつも同じ言葉だけが残っているワンパターンな手紙になりました」「同じ言葉?どんな?」テリィは少し躊躇した。「・・ターザンそばかす」「ターザンとは、猿?ゴリラ?」「妻です」と即答するのもどうなのか。「アメリカにいる親族には、今はその暗号文で手紙を書いています。アメリカは鷲、イギリスは駒鳥、お金は小麦。名詞以外は基本的に逆の意味で用います。『小麦がたくさん実って嬉しい』は『お金が全然なくて悲しい』・・といった具合です」チューリングはプッと噴出した。「それじゃ『愛してる』は大嫌いに解釈されそうだ」「・・『愛してる』は消されていませんでした。チェックする側も人・・なんでしょうね」「へえ?つまりあなたは手紙に書いたんだ?さすがロミオ」口が過ぎたかとテリィが顔を赤らめた時「そうか・・毎回決まった言葉が・・」とチューリングは顎に手を当て、ぐるぐると同じ所を周り始めた。何かのゾーンに入ってしまったのか、話し掛けても聞こえていないようだ。――バターになりますよ、とは言えない雰囲気。「・・そうか!!彼らが毎日使う文句に絞ればいいのか!」突然声を上げ、「ちょっと、待ってて!」と先ほどの棟へ駆け込んでいった。「なんのことやら・・」野外に取り残されたテリィは、とりあえず木陰に腰かけた。(お金が無くて悲しい――か・・先日送った暗号手紙は、無事届くだろうか・・)―アルバートおじいちゃん、うちの駒鳥が小麦をたくさん食べて太ったよ。もうすぐ巣立つかも。ジュリアン・D・J・グランチェスターわざわざ子供の名前を借りたのは、内容があまりに幼稚だからだ。――イギリスの財政がひっ迫している。このままだと侵略される。(手紙の意味を、アルバートさんならきっと解読してくれる・・)解読・・解読・・エニグマの解読・・テリィは頭の中で繰り返しながらチューリングが戻ってくるのを待った。「テリィ、遅くなってすまない」その声に、テリィは目が覚めた。何時間経過したのか、夕陽を背にしたジャスティンが立っている。「――何をしているんだ?国王の密使がこんなところで眠りこけて」「チューリング先生に、ここで待ってろ、と言われてね」テリィがあくびをした瞬間、「ロミオ!!」チューリングが興奮した様子で戻ってきた。「今日の鍵を突き止めたよ!」突然チューリングは告げた。「解読に成功したんですか!?」思わずテリィとジャスティンの声が揃った。「・・・あれ、増えてる。君も役者?」チューリングはジャスティンの顔をしげしげと見た。「御名答!役者ですよ」「ふーん、端正な顔立ち。ロミオの親友マキューシオかな?」「いかにもマキューシオです、チューリング先生。それより、先ほどの話を詳しく聞かせてください」マグカップの部屋は、機密保持の為か黒いカーテンが閉められていた。「解読に必要だったのは、たった数個の単語だったんだ。暗号文の中には、必ず入っている単語がある。例えば、『今日の天気は晴れ、雨』という文の『WETTER(天気)』とか。繰りかえし出現する単語が、暗号文のどこかに含まれてるはずと仮定し、それらを手掛かりに、チャッピーが高速探索して~うんたらかんたらとんちんかん」説明は専門的な言葉が混じり、二人にはほとんど理解できなかった。確実に分かったのは、『チャッピー』というのが、さきほどの巨大なマシーンの名前だということだ。「で、これが今日の鍵で読めた通信文だよ。Uボートからドイツ司令部への位置報告だった」チューリングは一枚の紙を誇らしげに読み上げた。「『北緯50度30分、西経8度40分。現在位置、イギリス南西沖』―という感じだ」「Uボートの現在位置か」ジャスティンが紙を覗き込んだ。「それだけじゃない。『イギリス船団を待ち伏せせよ』なんて指示も送ってる。まるでヒトラーの机の引き出しを覗いているようだ」「イギリス船団・・?」鼻高々で言っているチューリングへの賛辞は後回しに、ジャスティンは机の上にある海図に目を向けた。「――おい、この輸送船のまわりに、Uボートが集まってないか?」ジャスティンが指さす。Uボートに取り囲まれそうな船――するとチューリングは、地図の一点を指で叩いた。「『クイーン・メリー号』――これが狙われている船だ」「――ッ!!・・え、、クッキーの船か!?」テリィの声が思わず上ずった。「ジャスティン、海軍本部に連絡を!今なら間に合う。至急援護部隊の要請を!」「分かった!」ジャスティンが電話を借りようと受話器に手をかけた時、「やめてください!」チューリングはその手を阻止した。「――ボクたちのこれまでの努力を、振り出しに戻すつもりか!?」厳しい表情だった。「何だって・・?」「だってそうでしょ。Uボートが攻撃しようとした瞬間に救助が来たら、ドイツ軍は暗号が解読されたと警戒してしまう。暗号方式を根本的に変えてしまう可能性がある!」数学者の言うことは分からなくもなかったが「だからって、攻撃されるのが分かっていて、見殺しなんかできないだろ!」テリィはむきになって言い返した。「解読に成功したことは、バレちゃいけないんだよ。この先、何万人という犠牲が減らせるんだ。この船には沈んでもらう」「チューリングっ!!」思わずテリィはチューリングの胸ぐらをつかんだ。「よせ、テリィ!!」割って入ったジャスティンが二人を引き離す。「先生の言うとおりだ。解読情報は勝敗を左右するいわば秘密兵器。これからは暗号情報を活かしながら戦略をたてなきゃいけない。俺たちのような一介の兵士が国家戦略に介入するべきじゃない!」そう言ったジャスティンの目は、感情を収めてくれ、と訴えている。テリィの固く握られたこぶしは震えていた。(――クッキー、ニーブン船長、逃げてくれ・・)願うことしかできない自分の無力さが腹立たしかった。2-4 ブレッチリ―パーク次へ。。。。。。。。。。。。。。。。。。ワンポイントアドバイス難しかったですか?すみません・・ブリッチリー・パークは現在観光名所になっています。「チャッピー」の名は創作で、実際の名は異なります。チューリングはこちらの方です。「コンピューター科学の父」と呼ばれる方で、現在のAIの基礎を築きました。コメントは承認制の為、反映されるまでタイムラグがあります
★★★2-3「フランス艦隊を攻撃した~!?」朝食の席の『親子の軍事会議』で、テリィは紅茶を噴き出した。「昨日の友は今日の敵だ。我々はフランス軍を打ち負かした!」「はぁ~!?な、なぜです、、つい先月まで仲間だったのにっ」「フランス艦隊がドイツの手に渡ったら大変なことになる。そこで我々は、フランスにある提案をしたのだが、拒否しおったからだ」「――どんな提案を?」「1、フランス艦隊はイギリス軍と合流しろ 2、フランス艦隊をイギリスへ預けろ 3、フランス艦隊は武装解除して遠くへ行け 4、フランス艦隊は自ら戦艦を沈めろ――さもなければイギリス軍の攻撃を受けろ。・・この中から好きなのを選べと伝えたら、全部拒否すると回答しおった」 テリィは頭がくらくらしてきた。「・・で、北アフリカの港に停泊していたフランス艦隊を攻撃したんですか・・」「我々にとっても苦渋の決断だった」真顔で言っている父親とは、気持ちに距離を感じた。「その結果、イギリスとフランスの関係は悪化し、フランスとドイツはもっと仲良くなりそうですが・・」「ふん、ヒトラーはペテン師に何と言ったと思う?」「おおペタン首相、心の友よ!俺の物は俺の物、お前の物は俺の物」棒読みのように唱えたセリフは、シェークスピア劇のセリフ・・では無かったと思う。すると公爵は、髭を端をつまみヒトラーの真似をした。「『いやぁ、ペテンくん~!君がわがナチズムを心棒しているとは知らなかったなぁ。知っていたらフランスを攻撃しなかったのに。まるで同志討ちをした思いだよ。これからは仲良くやろうじゃないか。わははっ』――と言ったとか、言わなかったとか」ふんぞり返って唱える父親に、芝居心があるとは思わなかった。「・・・お上手です」テリィは大きなため息をついた。(まるで子供の喧嘩じゃないか。気まぐれすぎる・・)慎重に考えた、苦渋の決断だった、と言われても、そう見えてしまう。人の命を巻き添えにしていることを、想像できないのだろうか。「フランスからの亡命者、シャルル・ド・ゴール准将はどんな反応を?」「大激怒。チャーチル首相に抗議しておる」「・・でしょうね」テリィが肩の力が抜ける思いだった。その日テリィがサヴォイホテルのカフェで午後の紅茶を飲んでいたのは、任務の一環だった。階級社会の頂点に君臨しているようなこのホテルは、政治家や軍人が会議をする場所としても利用されている。(2メートル近い大男。歳の頃はアルバートさんと同じ。フランス政府の休戦方針に反対し、戦闘継続を訴えながらイギリスへ亡命。にもかかわらず、英語を喋ろうとしない頑固者。自由フランス軍の指導者――)テリィがその人物の特徴を確認していると「ここは引き払う!こんな豪華な宿は、フランス国民に示しがつかん!」噂をすれば影。大股で歩いてくる男性に目がとまった。「では、こちらにサインをお願いします、ミスター・"チャールズ"」フロント係がさっそくミスを犯している。「チャールズではない、シャルルだ!」スペルは同じでも、読み方は違う。(英語は分かるようだな。意地でもフランス語を通すつもりか・・。典型的なフランス人だな)――シャルル・ド・ゴールの本音を探って欲しいんだ関係悪化を懸念する、国王からの密命。テリィは紅茶を飲み干すと、席から立ちあがった。「失礼します、シャルル・ド・ゴール将軍」流麗なフランス語に、ド・ゴールは思わず振り返った。「――フランス人か?」「いいえ。ですが、フランス語は幼少期から修めております。BBC(ラジオ局)に向かわれるのでしたら、お送りします」「君は?」ド・ゴールは、テリィの右肩から垂れる金糸のエギュレットに目を留めた。「――なるほど」テリィが名乗る前に、ド・ゴールはそう言った。一瞬で近衛士官だと見抜いたのは、ド・ゴールが軍人である証。何より洗練されたテリィの物腰が、審美眼を持つド・ゴールの警戒心をあっさり解いた。後部座席に収まった巨体は、まるでパリの凱旋門を車内に押し込んだようだった。しばらくすると、ベントレーの先端に揺れる小さな三色旗(トリコロール)が、フランス軍人の本音を引き出し始めた。「イギリス軍は、1300人ものフランス海軍兵を殺したのだ。イギリスの攻撃を認めてしまえば、私は反逆者のレッテルを貼られるか、イギリスの操り人形と揶揄されるだろう」車窓からテムズ川を眺めているド・ゴールの口調は、意外にも冷静だった。その瞳には、祖国セーヌ川が映っているかのように。「・・お言葉ですが、既にあなた様は、フランス政府から反逆者として追われていると聞き及んでおります。」――反逆罪、軍務放棄、外国との共謀罪。軍事裁判に掛けられれば、おそらく死刑・・・ゾクッと寒気を感じながらルームミラー越しに後部座席を覗くと、ド・ゴールは口元に笑みを浮かべていた。「私が真のフランス代表だ。君たちだってそう認めているから、あの旗を掲げているのだろう?」ド・ゴールは突き出したあごを、車の先端にある三色旗へ向けた。二人の視線が、旗に注がれる。――フランス国旗には無いはずの、ロレーヌ十字が入っている。ロレーヌ十字は、ド・ゴール率いる自由フランス軍のシンボル。ペタン政権を拒否する意思表示。「立ち上がったばかりの自由フランス軍は、さっそく存亡の危機だ。イギリスの暴挙のせいで、参加する兵士が激減した」テリィは何も返せなかった。ドゴールの苛立ちを甘んじて受けるしかない。「・・近衛士官君、君はなぜ、第一世界大戦に参戦しなかった?」ルームミラーに映るテリィの軍服を見て気づいたのか、不意にプライベートな質問がとんだ。その口調は、わずかに批判めいていた。テリィは、リボンバーが無い自分の胸元を一瞬見た。(さすが、観察眼が鋭いな・・)第一世界大戦時、陸軍将校として最前線で戦った後部座席の大男。負傷の際に意識を失い、捕虜としてドイツ軍に捕らわれる。終戦までの3年間に5回の脱走を試みるも、目立ち過ぎる身体のせいで失敗。収容所でドイツの新聞を読み漁り軍事思想について研究していたため、装甲部隊の重要性を繰り返し訴えていたという噂。そんな生粋の軍人ド・ゴールとテリィの会話など、弾むはずがない。そう思いながらテリィは、世間話に応じた。「――前の大戦の時は、アメリカに身を置いておりましたので」恥じる事ではない。「アメリカで、何をしていた?」「私はシェークスピア・アクターです。ブロードウェーでの大成を目指しておりました」「シェークスピアの本場はイギリスだろ。なぜイギリスで挑まなかった?」――君は腰抜けか?そんな中傷が混じっている言い方だった。テリィは少し間を置いて答えた。「――イギリスを離れざるを得ない、やむにやまれぬ事情がありました」するとド・ゴールは、ルームミラーに映る運転手の顔をじっと見た。「名前は?」「ステージネームは、テリュース・グレアムと申します」ド・ゴールにとって、運転手の本名など関心がなかったのか、それとも既に全てを察したのか。とにかく、その先を問うようなことはなく、車内には再び沈黙が流れた。次にド・ゴールが口を開いたのは、BBCに着いた際の労いの言葉だった。そして最後に一言添えた。「イギリスは我が国の尊厳を傷つけた。フランスは、イギリスやアメリカの属国に甘んじるつもりはない!傀儡(かいらい)にはならんっ」頑なまでの誇りを置き土産にして、巨体は車を降りた。「やれやれ・・。彼にはイギリス国旗は見えていないようだ」テムズ川沿いに車を停めたテリィは、ユニオンジャックとトリコロール、二つの旗をボンネットから取り外した。おもむろにラジオをつけ、川からの風で涼と休憩をとっていると、やがてノイズ交じりの放送が始まった。「私は自由フランス軍のシャルル・ド・ゴールだ。我がフランス軍艦が同盟国に沈められたという事実ほど、悲痛で屈辱的な出来事はない!」「そうでしょうね、そう思いますよ」テリィはタバコをくわえながら、思わず独り言をもらす。「しかし!フランス艦隊がドイツに利用されるぐらいなら、破壊された方がいい!」あまりに意表をつく言葉に、テリィはくわえたタバコを落としてしまった。「我々にとって唯一重要なことは、ドイツを打ち負かすことだ。イギリスが倒れれば、フランスの復活もあり得ない!我々は、団結し続けなければならない!」(なんという鋼の寛容さ。ド・ゴールは本物の軍人だ)「――チャーチル首相は借りを作ったな・・」ライターを握る手は、しばらく動かなかった。イギリスに亡命しながら一匹狼を貫くフランス軍人ド・ゴールは、この後、フランス国内の抵抗運動に向けて、レジスタンスに決起を叫び続ける。2-3 亡命フランス軍人次へ。。。。。。。。。。。。。。。。。。ワンポイントアドバイスシャルル・ド・ゴールこちらの方です。この物語は1940年7月初旬です。この1ヶ月後、ド・ゴールはフランスの軍事裁判にて死刑判決が出ました。――が、イギリスへ亡命しているので、執行はされていません。この回で↓ド・ゴールのことに触れていました。『終章1-⑭ 二次小説 11年目のSONNET』★★★1-14イギリス人の朝は、一杯の紅茶から始まる。戦争中であろうと、茶葉が配給制になろうと変わらない。「・・本土防衛か・・この文字を見ない日は無い…ameblo.jpロレーヌ十字について一本の縦棒と2本の横棒が交差する「複十字」の形をした十字架です。歴史的な背景があるようなので、ご興味がある方は自分で調べてね~コメントは承認制の為、反映されるまでタイムラグがあります
★★★2-2©いがらしゆみこ・水木杏子 画像お借りします短いロンドンの夏は、一年でいちばん心地よい季節。今日のブルーリバー動物園は、ゆっくり巡るのにちょうどよい人出だった。デートじゃないのは分かっていても、キャンディはテリィと歩くだけで特別に感じた。反省室を抜け出し、亀のヒューリーを抱えて訪ねた学生時代を思い出す。(あの時はアルバートさんに会いに来て、偶然居合わせたテリィと園内を回ったのよね・・)昔とほとんど変わらない風景に、目を細めながら歩を進める。(私達、どう見えるかしら?夫婦に見えるわよね。まさか、恋人同士に見えたりして?)テリィも同じ記憶を辿っていたのか、「飴は、もう売ってないな」と辺りを見回している。「でも、私はいるわ」あの時の眩しい笑顔を思い出しながら、テリィの腕にピタッと身体を寄せた。「そうだな、君も猿もいるな」テリィは猿山を指さした。とたん、キャンディの髪は逆立った。「もうっ、失礼しちゃうわ!」歯をむき出した瞬間、「わあ、猿だ!」と子供の声がした。とっさに振り向く。猿山の前で三人の子供がはしゃいでいた。「君じゃなかったみたいだね」テリィはくすくす笑っている。我が子の幼い頃を重ねながらしばらく眺めていると、子供たちは猿に向かって餌を投げ始めた。「やったー!」「次はボクの番だ」誰が一番遠くに投げられるか、競っているようだ。「投げているのは何だ?」質問するテリィに、キャンディは得意そうに答えた。「どんぐりだと思うわ。猿って利口だから硬い皮をむいて食べるの。このご時世、えり好みしている場合じゃないのは猿も一緒ね」「へぇ、猿には詳しいんだな」「テリィ!!」そんな二人のじゃれ合う声が、近くにいた男性飼育員の耳に届いたのか、飼育員は手にしていたバケツを置き、慌てて駆け寄ってきた。「、、、ゾウの処分は、なんとか、もう少し、待ってください!」汚れた長ぐつと荒れた手をピタリと合わせて懇願している。どうやら軍服のテリィを軍の視察と勘違いしているようだ。「ち、違います」驚いたテリィは両手を前に出しながら、自分は経営者の親戚だと告げた。「・・アードレー氏のお遣いですか?園長は、、何と」「何も聞いていません。ですがアルバートさんなら、動物たちの命を守ろうとするでしょう」テリィの一言が引っかかったのか、飼育員は感情的になった。「私達だってそんなことはしたくなかった!でも、今は戦争中なんです!」テリィもキャンディもハッとした。「では、もう、処分を・・?」この時二人は、からっぽの檻が幾つかあることにようやく気が付いた。――ライオン、トラ・・だらりと垂れ下がった飼育員の腕が、微かに震えている。「肉食動物と、毒蛇を・・。ゾウは先の大戦の英雄でしたし、処分は考えたくないのですが、空爆で檻が壊れて、街に逃げ出したら・・」「英雄?」「あらテリィ、知らないの?戦場に行った馬の代わりに、ゾウが重い荷車を引いたのよ。地方の動物園だったと思うわ。ニコゾーって名前だったかしら」「猿以外にも詳しいんだな」感心するテリィの後ろに、突然大きな影が迫ってきた。「ああ゛????テ、テ、テ、、」キャンディは、ドングリを喉に詰まらせたような声を上げた。すると飼育員は「ああ!」と苦笑した。「脱走じゃありません。トラックの代わりにラクダに餌を運んでもらっているんです。敷地の一部を農園にして野菜や小麦を育てているので」テリィは馬を撫でるように「よしよし、働き者だな」とラクダの顔に触れた。キャンディは驚いたようだが、北アフリカに勢力圏を持つイギリスにとって、ラクダは決して珍しい動物ではない。「市民にも、街に落ちているドングリを集めてほしいと呼びかけています。でも、ギリギリの状態で・・特にパンダのエサは、確保が難しくて、、」人でさえ配給制で食べ物を分け合っている状況。大型動物の餌の確保がどれほど難しいか、飼育員でなくとも分かるというものだ。「開戦直後にアードレー氏から電報が届いたんです。資金繰りに困るようなら、個人口座の資金を使って欲しいと――ありがたいのですが、、」飼育員はその先の言葉を濁した。「――残高が無かったの?」そんなわけないだろ、とテリィはキャンディの頭をコツんと叩いた。「アードレー氏本人の署名がなければ、こちらでは勝手に口座を動かせないんです」「・・委任状も小切手も、Uボートに沈められて届かないか・・」「届いたとしても、使用用途が動物の餌代では、銀行が許可してくれるかどうか。食料は・・人が優先ですから」空の檻を見ながら、飼育員は唇を噛んだ。「あれ?トラがいない!ママ、なんで!?」空の檻の前で、子供が母親に向かって駄々をこねている。飼育員は急いで駆け寄ると、子供の目の高さに膝を曲げ「・・田舎の動物園に引っ越したんだよ。ごめんね」と子供の頭を撫でた。その会話を聞いていたキャンディは「それよっ!」と指をパチンと鳴らした。「ウチの、ストラスフォードの森に移住させるのはどう?」瞬間テリィの頭の中に、ゾウがエイボン川で水浴びしている絵が浮かぶ。「・・・いや、それは、、面白そうだが、無理だ」「諦めの早い人ねっ、アルバートさんはアードレー家の森で動物達と暮らしていたわよ?」「アルバートさんと比べるなよ」「マイコォーだって、庭にキリンやチンパンジーを放し飼いにしていたわ」(・・誰だよ・・)キャンディは引き下がらない。「それなら、地方の動物園に移すのは?」瞬間、希望の光がさしたように思えたテリィだったが「それも考えたのですが・・」飼育員の口調は、それが名案では無いようだった。「輸送手段、輸送資金がもう、、――やはり肉食動物同様に大型の動物も・・」飼育員は、バケツの中にわずかに残っている干からびたジャガイモを見つめた。目には涙が浮かんでいる。テリィとキャンディは、慰めの言葉が出てこなかった。我が子のように育ててきた動物たちに自ら手を下すのは、心が裂けるような辛さだろう。そう思うと、テリィはアルバートと同じことを決断せずにはいられなかった。「分かりました。輸送費は、僕の私財を使ってください」瞬間、飼育員はハッとしたように顔を上げた。「む、無理ですよ、、いくら掛かるか・・」飼育員はテリィの言葉を信じなかった。金額の桁が分かっていないとしか思えなかったのだろう。しかし、溶けた飴のように目じりを緩ませ「いいの?テリィ・・」と嬉しそうにつぶやく女性を見て、飼育員は自分を疑い始めた。「立替えるだけだ」静かだが、毅然とした返事を聞いて、飼育員はようやく悟った。目の前の二人は本気なのだと。「・・・いくら親族とはいえ、とても正気とは思えません。いったいあなたは・・」――舞台俳優です。そんな言葉を言ったところで、飼育員を安心させることはできないだろう。だからテリィは、最も説得力のある身分を伝えた。「公爵家の、長男です」とたん、飼育員の目の輝きが増した。「確か姉妹施設がありましたよね。受け入れを打診してもらうことはできますか?」飼育員は一刻を争うように「副園長と相談してきます!」と管理棟へ走っていった。「許可が出るといいけど・・」木陰のベンチで待っていると、いつの間にか鳩に囲まれていた。ラクダが落としていった小麦をつまんでいる。「・・・なんか、平和ね。戦争しているとは思えないわ」鳩を見ている内にテリィは思い出した。「そういえば、アメリカを発つ前、アルバートさんと作戦会議をして、簡単な暗号を作ったんだ。お互いの手紙が、検閲で塗りつぶされないように」「アルバートさんと?どんな暗号?」「例えば――"小麦"はお金のこと。"フランス"はジョルジュとか」キャンディはプッと噴き出した。「笑うなよ。地名はかなり厳しくチェックされていた。でも、農産物や動物、人の名前はそのまま通っていた。まあ、軍の関係者の名前なら消されるだろうけど」「ふ~ん・・・動物は通過できるのね」そういうキャンディの足先に、ペンギンが通過した。「わぁ、かわいい」一列に並び、十羽ほどのペンギンが園内を散歩している。その後ろを、ぞろぞろと子供たちが続いている。「・・・癒されるな」思わず漏れた自分の言葉に、テリィはハッとした。――戦争中・・国民に癒しを与える者も必要だ・・・脳裏に浮かぶ陛下の言葉。(・・そうか、全ていなくなったら、ロンドン市民は――)青緑色の瞳はふいにキャンディの方を向いた。「――キャンディ、パンダは人に危害を加えるか?」ロンドンから北へ50キロほど離れた姉妹園への移送が終わったのは、一週間後のことだった。小型の哺乳類や鳥類、パンダなどはそのまま残された。飼育舎を覆うように防護ネットが張られ、爆弾から施設を守る対策を施す。「パンパンの笹は、何とか探しますので」パンパン。それはパンダの名だ。「グランチェスター家の援助、感謝いたします。少しでもお返しできるよう、市民や企業に募金を呼び掛けるつもりです。この園を、必ず守り抜きます」副園長と飼育員は、援助を申し出た夫婦に何度も何度も頭を下げた。硬い握手の余韻に浸りながら帰路につく。「ありがとう、テリィ」「戦争が終わったら、アルバートさんに利子をつけて返してもらうさ」テリィは口角を上げながら言った。しかしテリィは知っていた。利子をつけて返さなければいけないのは、アルバートではなくイギリス政府だということを。いよいよ資金が底をついてきたイギリス政府は、アメリカ政府系金融機関からお金を借りている。記憶が確かなら、その金融公社には、ウイリアム・アルバート・アードレーも役員に名を連ねている。アメリカ政府は、中立法の壁で資金援助ができない。金を借りて兵器を買い続けているイギリス。『我々は今や裸同然である』(アルバートさん・・・)――どうしたらいいんだ。2-2 ブルーリバー動物園次へ。。。。。。。。。。。。。。。。。。ワンポイントアドバイス史実に基づきます。ロンドンの動物は、ロンドンの北西(ストラスフォードの近く)にある、ウィップネード動物園に移送されたようです。パンダの名付け親はアルバート。防護ネットキャンディが言っていたマイコォー↓アウッアルバートさんとの作戦会議第1部⑦「アーチーのパスポート」の最後で触れています。『終章1-⑦ 二次小説 11年目のSONNET』★★★1-7バンっ!!いつものように政治談義をしていた安息日の昼下がり、エグゼクティブルームのドアが、外れんばかりの勢いで開いた。「テリュース!アメリカ…ameblo.jpコメントは承認制の為、反映されるまでタイムラグがあります
★★★2-1翌日の親子2人の朝食は、報告から始まった。「そうか、陛下は応じないか。・・お前が陛下付き近衛兵とは」「近衛隊は陸軍の正規歩兵隊でもあります。戦況によっては戦地に送られることもあるでしょうが、僕には芸術活動をしてほしいと言われました」「芸術活動?ストラスフォードでか?」「いいえ、ウエストエンドで。陛下の口添えで、ロイヤルデュークス劇団にゲスト出演という形で。この劇団とは過去に付き合いがあるので、今月中には活動を始められると思います。空いた時間に宮廷へ出向きます」異存が無かったのか、父は返事の代わりに紅茶をすすっている。「・・・・で、被るのか?」「――被りません」「被らないのか?アレ」「・・・被りません」「被らなくていいのか?」「被る必要ありますか?夏ですよ」「冬になったら被るのか?」「被りません」「どうあっても被らんのか」傍観している執事のテイラーは、小さくお腹を押さえた。「催事の際はどうかわかりませんが、今は陸軍と同じ軍服です」公爵はテリィの着ている軍服を見て鼻で笑った。「リボンバーが無い。今まで軍歴が無かった証拠だ。せいぜい恥をさらせばいい」父がニヤニヤしながら嫌味を言うのを、テリィは紅茶を飲みながら受け流し、話題を変えた。「イタリアの動きは?何か情報が入っていますか?」つい先日イタリアは、イギリスが弱った隙をついてイギリス勢力圏の北アフリカへ侵攻していた。「ニュースが伝えている限りだ。先の大戦では同志だったのに、宣戦布告とはイタリアめ、火事場泥棒もいいところだ!ドイツという強力な後ろ盾を得て、ムッソリーニは今頃ふんぞり返っておるだろう」イタリアのファシスト党の総統ムッソリーニ。ドイツのナチズムとイタリアのファシズムは、個人の自由を認めない一党独裁の社会主義という理念が共通している。「ムッソリーニとヒトラーは、いつの間にか親友なんですね」テリィは半ば呆れたように息を吐く。まるで一手ごとに局面がひっくり返るゲームのよう。「同じ敵を持つと仲良くしたくなるものだ」それが世の常、人の常。「イギリスは最後の一国になったというのに、アメリカはまだ動かん」苛立つ声の中に、一瞬だけ焦燥感が見えた気がした。「・・ヒーローは遅れて最後にやってくるものです。先の大戦のように」庇うように言ってしまうのは、先日までアメリカにいたからなのか。「アメリカは戦争特需で潤っていただろう?大恐慌など無かったかのように」「景気が良さそうでしたよ」「――だろうな。アルバート君の銀行も安泰だ」皮肉めいた口調に、テリィはハッとした。同じ言葉を、自分もアルバートさんに言った事を思い出したからだ。――動物はいいね、決して裏切らない。ふとアルバートの言葉が、はやぶさのように横切った。(・・・本土が攻撃されたら、ブルーリバー動物園は?)テリィの額からじわりと汗がにじみ出る。「父さん、動物たちは――」テリィの一言に、公爵の顔は明らかに険しくなった。「動物の心配をしている場合かっ、国が破産寸前だというのに!」心の中で大砲が鳴った。「破産、、?イギリスは多くの資産を持っていたはずです、海外にだって」すると公爵の顔はさらに険しくなった。「――開戦で資産の売却が進み、大半を食いつぶした。今や現金では武器を買えない状態だ。アメリカ国内のイギリス系企業の資産を担保に、アメリカ政府系金融機関から、ようやく4億ドル※(当時の金額で1.4兆円に相当)の融資を取り付けた。借金が膨れるばかりだ」全身に寒気が走った。「で、では、、イギリスは――」「首相はこう言った。『我々は今や裸同然である』」「――っ!!」イギリスが破産――!?テリィが絶句した瞬間、「あらっテリィ、軍服なのね!」キャンディが部屋に入ってきた。目を輝かせて駆け寄るキャンディの登場で、空気が一変する。先ほどの会話には戻れない雰囲気を察した公爵は、「今朝の紅茶は薄かった。イギリス人の血は紅茶で作られていることを忘れるな」と執事に言い残し退室してしまった。「何か大切な話をしてた?首相の裸が何?膨れるって?」「――いや、、首相は・・・なぜ、・・たぬきのような腹なんだろうと・・」アドリブが下手なテリィ。「朝からアルコールをたしなむからじゃない?きっとビール腹なのよ」(ビールっぱら・・)キャンディと話していると、どうも緊張感がなくなる。「食料が配給になっても、アルコールは没収されないのよね。変なの」そう言いながら、キャンディは改めてテリィの軍服姿をじっと見つめた。朝だというのに、きっちり仕上がっている。「なんだか、舞台衣装みたい。なぜかしら、街の軍人さんとは違って見えるわ」妻の目は、二倍増しのようだ。「オーラだな。中身の違いだ」――それだけじゃない。一見すると陸軍と似ているが、実のところ細部はかなり違うテリィの軍服。ショルダーストラップについた真鍮(しんちゅう)のモノグラムだったり、襟元の赤いパッチだったり、袖口の金刺繍だったり、挙げればきりがないほど装飾が違っている。「これ、脱出用の綱?」キャンディはテリィの右肩から吊るされた金色の綱紐を触った。「君にはそう見えるのか」テリィはクックっと笑いながら違う違う、と手を振った。「じゃあカーテンのタッセル?」(それを肩に付けてどうするっ)「エギュレットっていう装飾だよ。王室付武官は付けるらしい」「とっても素敵よ!」軍服がこれほど似合う人はいないと思えるほど、テリィは凛々しい。キャンディは、独占できる優越に密かに浸りながら夫の頬にキスをする。「素敵だろ?」鼻の下が伸びっぱなしのテリィの顔は、軍服ほど締まらない。「今日は宮殿に出勤するの?」「いや、ロンドンの街を視察する予定だ」「私も一緒に行こうかしら?今日は休暇なの」「キャンディ、デートじゃないんだぜ」「分かっているわ、視察でしょ?どこがいいかしら。ビッグベン、ロンドン橋、グローブ座」ロンドンの名所を聞いている内に、テリィは思い出した。「そうだ、ブルーリバー動物園に、、」「え?やだぁ、もうテリィってば!さすがに動物園は子供っぽいわ」手をパタパタさせながら顔を赤らめたキャンディは、明らかにデートと勘違いしている。「そうじゃない!猛獣の檻が空爆で破壊されたら、街中に逃げ出してしまうっ」キャンディの手がピタリと止まり、のぼせた顔が一気に青ざめた。「猛獣だけじゃないわ。毒蛇やサソリが逃げ出したら、チフスなんかよりずっと怖いわ、、・・どうしたらいい?アルバートさんに相談を」「いや、それは無理だ。とにかく動物園に行ってみよう」2-1 裸のイギリス次へ。。。。。。。。。。。。。。。。。。ワンポイントアドバイス公爵が、息子に被って欲しかったらしいアレ↓「リボンバーが無い」というセリフについて第一次世界大戦に従軍した将校たちは、胸に数本のカラフルなリボンを誇らしげに並べていました。リボンバーが無いという事は、その兵士が実戦経験のない新兵であることを意味します。従軍記章(第一次世界大戦などに参加した際に与えられるもの)功労勲章(王室や国家への特別な貢献で授与される)コメントは承認制の為、反映されるまでタイムラグがあります
今さら・でも―キャンディキャンディいつもアクセスいただきありがとうございます©水木杏子/いがらしゆみこ 画像お借りしますブログを最初から読む二次小説を最初から読む11年目のSONNET 目次スピンオフ本編前本編後キャンディ雑談を読むFinal Storyの考察を読む考察①Final Storyって?考察②新旧手紙の比較考察③あのひとは誰?考察④Finalと漫画の違い考察⑤テ リィの手紙考察⑥男アルバートさん考察⑦キャンディの気持ち考察⑧テリィとスザナアメンバー限定記事を読むDear foreign CC fansブログ主の日常のつぶやきですご興味があれば覗いてください『井戸端会議場・・――ひとりごつ(独り言)』ポニーの家のキャンディの部屋をイメージSONNETの目次∻☆…∻☆・アナウンス&ひとりごつですページの移動と朝ドラ2026年6月2日トッ…ameblo.jp小説キャンディキャンディFINAL STORY復刊投票はこちら『小説キャンディキャンディ FINAL STORY 上・下(名木田恵子)』 投票ページ復刊ドットコムによる『小説キャンディキャンディ FINAL STORY 上・下』(名木田恵子)の復刊投票リクエストページです。www.fukkan.comブログ村・小説(二次小説)カテゴリーPVランキングに参加していますおかげさまで、上位をキープしています応援ありがとうございます(❁´◡`❁)
ポニーの家のキャンディの部屋をイメージSONNETの目次∻☆…∻☆・アナウンス&ひとりごつですあ〜…またか2026年9月19日片耳に違和感がありなかなか治らないので病院へ片耳の聴力がかなり落ちていると診断を受けた。5年前に連載していた時も同じ症状が出て投薬していた。ワタシは左耳の三半規管が弱く体調が、真っ先に耳に出る。今回はステロイドではなく漢方薬を出してもらった。3週間後に再検査。「水分をたくさん取ってください」と医者。「飲酒はどうですか?」「控えましょう」ワタシにとってお酒はほとんど水なのにブツブツブツブツ…仕方ないノンアルコールビールで乗り切るしかないかぁ…この街には耳鼻科が少なくて駅前の、ヤブ医者の空いている医院か駅を挟んだ反対側の名医のいる激混みの医院。ヤブがどのぐらいヤブかというとレベチのヤブで鼓膜切開とか、何の説明もせず、切開してから「切りました。はい、薬出しますね」と大量の薬を院内で出すのだ。診察に1人1分も掛けてない気がする。今年、ワタシがコロナの診断を受けた時も「熱はもう下がった。下がったから来た。とにかく喉がいたいタンが止まらない、肺が痛い。ネプライザーをやりたい」と訴えたところ「菌をまき散らすだけだからやりません」と言われ高価なコロナの薬と解熱剤だけ処方された。熱は下がった、と言ったの聞いてたか?せめて喉の痛みやタンを抑える薬出せや!!耳鼻咽喉科でしょう!?☆1つだ今回の耳は名医に診てもらいたいところだが名医の医院は予約をとっても2時間待ちというか、予約なんて取れない。しかも、ウチの旦那の同級生なのだ。「旦那さん、お元気ですか〜」などと話し掛けられながらの診察。イヤじゃない?旦那の友達に耳の穴とか鼻の穴、覗かれるのというわけで少し遠いけど大学病院の外来の耳鼻科に初めて行ってみた。ここ、辺境の地にあるから、穴場。🚗が必須。スタッフさんも多く診察もさほど待たされず診察も丁寧検査もスムーズ。お会計のタッチパネルだけ難ありだった。ワタシの指がドライなのか反応か鈍い。鈍すぎる。強烈に年齢を感じる…次回から、直前に指を濡らしてから挑まなければ、と思った。とにかく、ストレスの元はたぶん連載。終わらせないと完治しないかもしれない。今、中間地点ぐらいだと思う。もう少し、頑張ろう歌声に鳥肌2026年9月16日今更なのですが一年前に上がった動画を観ました歌手は木本慎之介君故西城秀樹さんの息子さんですウチの三男と、同じ年齢という縁でほんのちょっと接点がありデビュー前から、噂を聞いておりました「歌が上手い、ハスキーな声」これが三男の第一印象の言葉でした。ちなみに三男は秀樹の予備知識ゼロの段階でこの発言をしています。どこで歌を聞いたんだ・・それ以来まるで近所の子を応援するようなおこがましい気持ちが私に芽生えたのです。時は流れ何かの番組で、歌声を聞いた時あまり、うまくないな・・と思いましたごめんなさいポテンシャルはいいのです。やっぱりボイス・トレーニングでしょうか。レッスン次第で、もっと上手くなるあらためて、秀樹って歌が上手かったんだなぁ~と感じましたねで、この動画を見つけました鳥肌です。第一声から、「秀樹じゃん!」と。DNAってすごいいや、本人の努力があったはず。主張が激しい衣装は秀樹さんのものを直したのね~今らさだけど、感動しました。ありがとう!やっと晴れた昨日は2026年9月15日関東、久々に晴れたんですとにかく、球根を植えないと…💦コルチカム(イヌサフラン)が画像、どこぞからお借りしましたこの花ですニョキっと、いきなり地面から花だけが咲く。この生命力はすざまじい何もしなくても咲きます!ただ机の上に置くだけでも咲きます!夏の間下駄箱に、眠らせておいたのにそこで咲こうとしてました慌てて地面に植えた昨日。この花、小さいからといって花壇の前の方に植えるととんでもないしっぺ返しをくらいます※くらったワタシ夏前にデカい葉っぱがいきなり伸びるんです!アジサイ級の💦葉が枯れるまで待たないと花は咲きません。昨日は、植木職人さながら庭の木の剪定。松、イトヒバ、つげ、金木犀名前も知らない木(笑)植木屋さんに依頼するのは毎年11月頃だけど私がやればいいんじゃん?今は、動画で学べるし…とか思っちゃう✁✁楽しい植木職人になりたい(笑)🌿義母が大事に育てていたシュロチクウチのじゃないけど、こんな植物ですもう3年以上枯れたままででも旦那さんが、せっせと水をあげ続けて正直、玄関のところに枯れた植物を置くのは嫌だった。この画像はウチのじゃないけどこんな感じ…ひょろひょろ茎だけがあり先端に枯れた葉っぱが4つほど付いている感じ。しかし「新しいシュロチクを買おう!」とは言えなくてどうしようか悩んでいた。「葉っぱをきり落とせば、脇から新芽が出てくるかもよ?」と言ってみたが「葉っぱで光合成してんだよ」と、旦那さんは私の言うことに耳を傾けない光合成神話…枯れた葉っぱで、しているわけない。…問題は、根っこかな?「とりあえず、土を新しくしない?」と提案。「去年やった」と旦那さん。去年、土を入れ替え余計な根っこをきり落として植え直したと言っている。「この土、通気性が悪そうだから※コケが生えていたもう一度通気性のよい土に入れ替えよう。今が植え替えの時期みたいだよ。これでだめなら、もう諦めよう」とさりげなく提案。6月頃だったと思う。解体すると根っこは、去年から全く伸びておらず枯れた枝のようになっていた。根っこが死んでいるとしか見えなかったウチのじゃないけどこんな感じで新しい土に入れ替え時々、水をあげていた。正直、再生できないと思っていた。しかし3週間ほど前新芽が出ているのを発見した。目を疑った。だって3年も枯れたままだったんだから。新芽が出たならばと枯れた葉を、全部切り落とした。すると、みるみる新芽が開いた。現在の姿よしっ(๑•̀ㅂ•́)و✧枯らさないようにガンバル!覚えがない荷物が届く2026年9月10日外出先から戻ると玄関に置き配があった。…米、10キロ。ネットで米を注文することはあるけど今回、注文した覚えはない。宛名を見ると、ウチ宛じゃなかった。業者さん間違えたな…住所は近い名前に覚えがあった。斎藤誠さん(仮名)町内会の回覧版を回す同じ島。もと会長だから下の名前まで覚えている界隈はこのような碁盤の目のような住宅街。各戸、南側に庭があり塀に囲まれている斎藤家とは敷地が接しているがウチの裏手になるので生活道路が違い顔を合わせることは無い宅急便📦️さんに連絡するべきか迷ったけど夜19時近いこともあり今から回収に来られて嫌だなぁ…と斎藤さんちに直接届けることにした近所とはいえ10キロの箱、重い…ピンポ~ン出てきた。「夜分すみません、裏に住むBBです。お宅の荷物がウチに〜」とインターンホン越しに説明。家主の妻、出てくる。この人知ってる。◯◯音頭に使うはっぴをいつも届けに来てくれる人だわ😊すると「ウチ、お米、頼んでいません」え?え?話を聞くと同姓同名が近所にいるそうだ。誰よ!と、よーく考えたらこの家だった。ウチの斜め前斎藤さん…だったかも…数年前に引っ越して来た新しい人だし回覧版の島が違うので下の名前なんて知らねー!で…ワタシ、来た道を戻る置き配だったんだから置き配でいいよねっとつぶやきながら斎藤誠家の玄関に置く。だって時間がさ…遅いから…でも、雨が降ったらどうしよう…と気が気じゃない💦家の窓から斎藤家の玄関先を何度も見る真夜中お米、まだある朝9時お米、まだある昼お米、無事回収されたようだよかった…〜教訓〜誤配送は業者に連絡しましょう
キャンディとテリィが再会したところで区切ってみました。第一部、難しかったですかね?すみませんね~・・第二次世界大戦は、1939年夏~1945年初夏(←イギリスでは)の丸6年。第1部は1939年夏~1940年初夏の様子になります。世界の状況を、ザックリ一言で表すと全ヨーロッパの国はドイツの支配下に落ちた。イギリス以外は!――という感じですアメリカは、遠くから中立を保って傍観しています。日本は、中国と戦争中です。このような政治色が強い物語で、戸惑った方もいたと思います。恋愛模様を読みたいであろう読者様を裏切っているようで、心苦しいったらないサクサク全話アップして、とっとと隠居したいというのが正直な気持ち(笑)毎回コメントをくださる方々には、くじけそうな心を支えてもらっています。ありがとうございます第1部の解説日本人の私たちは、ドラマや映画などで、かつての日本の軍国主義の様子を垣間見ています。そのイメージはおそらく・・上官が「貴様、たるんでる!」「口答えする気か!」「この非国民がー」と怒鳴り、ばしッっとビンタ若い兵士が床に倒れ、鼻血を出す。若い兵士たちは、酔っ払いながら肩を組んで歌い「国の為に、天皇の為に、家族の為に、」と散る。「‥ご立派な最期でした」と伝令人が言い家族や恋人は無言で涙する。――と、まるで判を押したような展開ではないでしょうか。当作中に出てくる「絶対降伏はしない!この国は勝つ!」などというセリフは(洗脳?)…と、なんとなく重い気分になる人もいると思います。でも、違うんです。作中の国王や首相の言葉は国民の総意を代弁したもの。チャーチル首相は、ドイツに降伏し国民の犠牲を減らそうとしていました。イギリス議会も、その方向で首相を説得していました。悩みに悩んで、和平交渉に入ろうとした首相を、「戦争継続」の方に後押ししたのは国民でした。こちらの映画によく描かれています。「ウインストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男」ダンケルクの救出劇を描いた映画です。この先、当二次小説内で出る戦争に対しての発言は、洗脳ではなく、純粋な本心、激励だと思って読んでいただけると嬉しいですフィクションと実在クッキーの船、クイーン・メリー号について最初はクイーン・エリザベス号にしていたのですが、実在した船の名前を避けようと、メリーに変更しました。――が、クイーン・メリー号も実在してました←詰めがあまい・・なので、本作品におけるクイーン・メリー号は、実際の船とは別の船と思ってくださいね。灰色に塗装したクリーン・メリー号、実際の画像ですキャンディの勤務先、セント・トータス病院について実在したセント・トーマス病院をモデルにしており、現在も存在しています。ロンドン観光されたことがある方は、視界の隅に映っていたかもさあ、写真を見返して~配給制について物語に登場した通りなのですが、段階的に規制が厳しくなっていったようです。テリィがグランチェスター家に帰ってきた1940年の6月頃は、作中の表現より、もう少し緩かったかもしれません。第2部はこちらですアメブロの広告を消す方法について突然広告が出てきて、なかなか消えない。イライラしている方もいると思いますが、この記事のおかげでストレスフリーになりました✨『アメブロアプリの広告消せます(大反響記事のリブログをリブログ)』アメブロアプリ広告めっちゃ入ってきますよね記事まで辿り着くのに✕して戻る押して✕出してからまた✕とか…😓それも、✕が分かりづらかったりすんなり読めずにストレス…ameblo.jp※許可を得てリンクを貼らせて頂きました。みなっちさん、ありがとう!これは、端末がAndroidの場合です。iPhoneは、この方法は使えませんその方々には、広告ブロックアプリ「Brave」※無料 がお勧めです。アプリをインストールし、ここからアメブロを読むと、多少広告が制限できますよ非公開フォローへの切り替えについて幾つかのキャンディブログを公開フォローしておりましたが、全て非公開フォローに切り替えさせて頂きました🙇♀️新たにキャンディブログを始められる方が次々に出てくる中で「特定のブログを特別視している」「フォローされない」…という誤解や心配を掛けたくないというのが大きな理由です。過去にフォロー絡みでがあった為、公開フォローに対して慎重になっておりまして表示上のフォロー状態は変わりますが、今まで通り応援する気持ちは変わりません新しい方々につきましても、非公開フォローにて陰ながら応援させて頂きますご理解いただけると幸いです映画のご紹介第1部までに関係した映画は以下の通りです。作中でも紹介しましたが、「命のビザ」を発行し、ユダヤ人を救った日本人の映画「杉原千畝」。イギリス兵の決死の脱出劇を描いた映画は「ダンケルク」「ダイナモ作戦」という名前が入り、多数撮られています。英国ドラマ「ダウントン・アビー」シリーズは、二次を描く方には参考になると思います。「英国王のスピーチ」は第二次世界大戦、開戦の演説が最後に流れます。「ヒトラーに屈しなかった国王」は降伏を迫られたノルウェー国王のお話です。「オッペンハイマー」は原爆を作った化学者の物語。ドイツ関連映画「戦場のピアニスト」はユダヤ人について理解が深まります。「シンドラーのリスト」はユダヤ人を救ったシンドラーさんのお話。視聴には体力が消耗します「ヒトラーのための虐殺会議」は・・もう・・・「U-ボート」←最近観ました 日本映画戦争責任を投げかけるような内容は皆無で、愛や友情をテーマにした映画が多いと感じます。「ラーゲリより愛を込めて」は最後の🐶わんこで・・Mrs🍏の挿入歌「男たちの大和」は、 戦艦大和は特攻隊だったとよくわかる映画です↑生還の見込みのない作戦を軍が主導するというのは、イギリス、アメリカのようなキリスト教圏では理解しがたい作戦。日本人に対して、脅威というか、狂気を感じたようです。第2部はこちらです♬『終章2-① 二次小説 11年目のSONNET』★★★2-1翌日の親子2人の朝食は、報告から始まった。「そうか、陛下は応じないか。・・お前が陛下付き近衛兵とは」「近衛隊は陸軍の正規歩兵隊でもあります。…ameblo.jp
★★★1-15夜分に帰宅したテリィは、昔の感覚を思い出したように裏口から屋敷へ侵入した。キャンディの部屋を覗いてみたが、人の気配はない。「坊ちゃま!こんなところに、、」すれ違ったメイドが目を白黒させている。「夕飯は宮殿で食べたから要らない・・とテイラーに伝えてくれ。あいつ、もう寝たのか?」「旦那様の就寝のお世話をしています」報告は明日にしよう、と接触を避けるように自分の部屋に逃げ込んだ。ガサっ・・人の気配。「誰だっ!?」「きゃあ、誰!、、」驚いたのはテリィではなく侵入者の方だった。「テリィ・・?」ベッドに横になったシルエットがゆっくり起き上がる。「キャンディか・・?」「――、、おかえりなさいっ」声を詰まらせながら、キャンディはテリィの身体に飛び込んだ。「・・遅くなってごめんな」テリィは両腕で受け止め、抱きしめる。懐かしい香り、柔らかな髪の感触、しなやかな身体のライン。愛おしさが溢れてくる。ようやくこの場所に戻ってきたとテリィは感じた。記憶と重ねるように、静かな眼差しでキャンディを見つめると、緑色の瞳が揺れていた。二人の唇は自然に重なり合う。薄暗い部屋に漏れ出るその音だけを、しばらく二人は聞いていたが、思い出したようにフッと離れた。「子供たちは、まだセントポール学院の寮よ」「聞いている。ジュリアンのことも。・・家族を守ってくれて、ありがとう。ジェイは、兵役は?」「免除されたの。一人っ子で、親の介護と経営している雑貨屋が理由みたい。あの町には必要だと認められたらしいわ」短い会話のあいまにもキスを続ける。「もう、会えないかと思っちゃったわ・・」「もう絶対、離れない――」「本当に?」「本当さ」テリィは、10か月前の渡航を心底後悔するように、決意を口にする。「仕事をしている時は、どうしたって離れるわよ?それともテリィ、医者になる?」キャンディはからかうようにニッと笑う。「それとも、私が女優になろうかしら?」その瞬間、テリィの頭の中に、大根のお面をつけて舞台中央で突っ立ているキャンディの姿が浮かんだ。ブッと噴き出すテリィ。「無理、無理」「失礼ねっ、テリィの医者の方がもっと無理だと思うわ!」膨れるキャンディの頬を包み込む。「・・海を隔てない。走って行ける距離にいるよ」そう言いながら、またキスをする。まるでお互いの唇で呼吸をするように・・・「――それで、映画の撮影は上手くいったの?」「ばっちり」「公開はいつ?」「戦後にするって」「今の私達、映画のヘイズ・コードに引っかかるかしら?」キャンディはくすっと笑った。「キスは3秒以内、ってやつか。間違いなく引っかかる」「情熱的なキスは放映しちゃダメなのよね?」「そう。アルフレッドは、3秒以内のキスを50回連続で撮りたいと言ってた」「それ、今回の映画?」「違うよ」二人はヘイズ・コードを無視してキスを続ける。「ところで、なぜ従業員が使う部屋に?」「玄関の呼び鈴が聞こえるからよ」「うるさいだろ」「テリィを待ってたの。一番に迎えたくて」「・・そうなのか」何度も何度もお互いの存在を確認するように。「毎日シチューを作ってくれたんだって?」「だって・・」キャンディは照れたように下を向きながら、テリィからの手紙を見せた。✁✁キャンディの■■■■シチューを■■✁✁愛してる。テリューステリィの目が点になった。「なんだ、、この意味不明の手紙はっ」ご馳走になったパティのシチューのことを書いた手紙。色も味も違っていたから、キャンディのアイリッシュシチューを食べたくなった、と書いたはず。テリィは思わず額に手を当てた。「テリィ、よっぽど飢えているんだなぁ~と思って」憐れむような目。「いや、、、他にも文が、、(消しやがったな!検閲~)」「そんなに好物だったなんて知らなかったわ」テリィはイカのように全身の力が抜けた。こんなにリラックスしたのは1年ぶりだ。(やっぱり君だよな、キャンディ・・)やっと故郷に帰ってきたような感覚。「これ、君に。アニーとパティから手紙を預かったんだ」テリィがそれを思い出すまでに、空の月はかなり移動していた。キャンディは、生まれたばかりの赤子を抱くように、二通の手紙をそっと胸に抱いた。そんな様子を見て、テリィは言った。「元気な女の子だったよ」キャンディはきょとんとした。するとテリィは、あ、そうか、と自分のフライングを詫び、「パティとアルフレッドに子供が」と手紙を指した。「読まないのか?」大慌てで封を切る姿を想像していたテリィは、静かに瞳を揺らしているキャンディを不思議に思った。「もう・・・いろいろ嬉しすぎて、お腹一杯。明日ゆっくり味わうわ」指で目尻を拭いながらサイドテーブルに手紙を置いた。「それを言うなら、胸がいっぱいって言うんだろ」テリィはキャンディの胸をチョンとつついた。気軽に触れ合えるのは、夫婦である証。そう思うと、二人は同じ気持ちに辿り着いた。テリィはゆっくりとキャンディの身体を引き寄せる。「・・抱きたかった」ささやく言葉は少し照れていた。「私も・・」チェリーのような唇が、控えめにつぶやく。「君も、抱きたかった?」テリィが問いかける。「・・・抱かれたかったの・・」二人だけの夜。そんな夜がもうじき奪われることを、二人はまだ知らない。1-15再会の夜 ©いがらしゆみこ・水木杏子 画像お借りしました第一部完次は「解説」をはさみます。次へ。。。。。。。。。。。。。。。。。。ワンポイントアドバイスヘイズ・コードについて1930年~1968年までにアメリカ映画にあった検閲制度。暴力、性の表現などか対象で、キス1回は3秒以内に制限されていた。かたや日本の3秒ルールは?床に落とした食べ物は3秒以内に拾うとセーフ。なんだそれはもしかしたら、「へイズコード」が元になっている?アルフレッド・ヒッチコック監督の「汚名」には、『3秒以内のキスを2分半連続』で行うシーンがあります。「3秒ルール」を一度も破っていない為、検閲側は文句を言えなかったらしいです。コメントは承認制の為、反映されるまでタイムラグがあります
★★★1-14イギリス人の朝は、一杯の紅茶から始まる。戦争中であろうと、茶葉が配給制になろうと変わらない。「・・本土防衛か・・この文字を見ない日は無いな」紅茶の色が薄いことに気づかずに、テリィは新聞の文字を追っていた。今やドーバー海峡に面した全フランスの港はドイツに占拠された。フランス基地にはドイツ機が翼を休めている。「・・ロンドンへの空爆が、可能な距離になってしまったな」朝から何度もため息が漏れるのは、新聞が知らせている各国の惨状のせいだ。――ノルウェーもベルギーも全土がドイツの手に陥落。ノルウェー国王ホーコン7世とノルウェー政府はイギリスへ亡命した。ベルギー国王レオポルト3世は国内に残り、ドイツ軍の監視下に置かれた。降伏したフランスは国土を分割され、パリを含む北部はドイツの占領下に、南部にはヴィシーを拠点とする、親ドイツ政府が誕生した――「残るはイギリスだけか・・」チャーチル首相はラジオで繰り返す。「平静を保ち、勇敢に日々を続けよ!」朝食を待つテリィに「まったくフランス兵の奴ら!」と向かいの席に座った父親が声を荒らげた。深夜帰宅した父の髭は普段より伸びている。貴族の威厳と品格が後回しになるほど憤慨のようだ。「一緒に救助された14万人のフランス兵の扱いは、結局どうなったんです?」顔色を伺いつつ尋ねる。「望む者は送り返すことになった。フランスがドイツと休戦協定を結んだ事実を信じず、”祖国で戦いたい、家族の元に戻りたい”と騒がしくてな。イギリスに留まることを選ぶ兵士や将校の方が、むしろ裏切者扱いされておる!」けしからん、と言わんばかりの口調。――それも愛国心ゆえか・・テリィはため息まじりで新聞をめくった。「南フランスのヴィシーに新しい政府が誕生したようですね。ペタン元帥が新首相になったそうで」「第一次大戦のフランスの英雄が、今や臆病者に成り下がったヒトラーのイヌだ。今後はどの国への協力もしないと宣言している」「中立政権ですか・・。国家が生き残るための策でしょうか」「中立?傀儡(かいらい)政権※と言うんだ!休戦協定に最後まで反対していたペテンの部下シャルル・ド・ゴール准将は、反逆罪の汚名を着せられイギリスに亡命してきた。ペテンを痛烈に批判している」「ペタン氏では?」「ペテン師でいい」「ペタンです。フィリップ・ペタン」「どっちでも同じだ。民主主義と自由主義を放棄した裏切り者だ!オスカルとアンドレが泣いてるわいっ」テリィにはそれが誰か分からなかった。(今やペタンによる一党独裁、反ユダヤ政策か・・。たった数週間でこうも情勢が転じるとは)「ところでお前、陛下とは月に一度会う仲だっただろう?」「・・単なる話し相手ですよ」国王の吃音のリハビリに付き合っていたことは、名誉の為に伏せている。「そんなお前を見込んで頼みがある」いつになく改まった様子の父に、テリィはティーカップを置いた。下界の喧騒などどこ吹く風とばかりに、石造りのバッキンガム宮殿は、静かな威厳に包まれている。正面中央に掲げられたロイヤル・スタンダード(王室旗)を見て、「よしっ」とテリィはネクタイの結び目を確認した。その旗は国王が宮殿にいるしるし。不在の時は何も掲げないのが通例だ。いつぞやのアードレー家での門前払いと違い、テリィはほぼ顔パスで通過できる。――はずだったが、1年振りということもあってか新人の門兵は、ライフルの銃口を天に突きつけたままだった。「身分証と通行証を」戦時下だからか、門兵はいつもの赤い制服ではなく戦闘員のような装いで、トレードマークの黒い帽子(ベアスキン)も被っていない。「取り次いでほしい。テリュース・G・グランチェスターだ」サヴィル・ロウで仕立てた上質なスーツのポケットから、身分証を取り出す。「通行証を」テリィの片眉が上がった。「俺は職員じゃない」「では、国王陛下からの招待状か、政府か軍の命令書は?」(戦時下でチェックが厳しくなっているのか)カーキ色の軍服と鉄鋲が打ち込まれたブーツが闊歩する構内。門越しでもピリピリ感が伝わってくる。突然訪ねた自分は、たしかに至らなかった。・・とは思うものの――「本日の入邸許可者リストにはお名前がございません。お引き取りください」威嚇するように、門兵はガツンと地面を踏み鳴らした。「通せとは言っていない。内線電話で国王に取り次いでほしい」対抗するように、ジョン・ロブの靴先をタンッと打ちつける。その途端、銃口の先端にある鋭い銃剣が、テリィの胸元に迫った。「侵入しようとする者は排除する!」「――無礼だな」テリィは銃身をつかみ、払いのけた。慌てた門兵は反射的にテリィのネクタイをグイッと掴んだ。「ーーっ!」襟元がひきつれ、タイピンが弾けるように跳ねた。テリィの視線が、門を超えた小さな銀色の塊を追う。カツンッと石畳の目地にはまった瞬間、テリィの短い導火線が点火した。「身分証をよく見ろ!去年、何度も通ったスタンプがあるだろ!」「去年です。今年は一度もありません!」言い争っている横で、もう一人の新兵がタイピンを広い上げた。「・・陛下のモノグラムが入っている・・」思わず眉を寄せる。GVIRの文字が刻まれたタイピン。国王が個人的に信頼を寄せた、ごく限られた者しか持たないアイテム。「そんな物、勝手に作ることだって出来る。宮殿に入り込もうとするスパイかもしれない」「でも、かなり精巧に作られているぞ。おそらく真鍮と金だ。それに、あの顔どこかで――」小声で相談する声がテリィの耳をとらえた。ここぞとばかりに、テリィは袖口を前に突き出し、同じ模様のカフスボタンをアピールする。「もう一度言う。先日アメリカから帰国したグランチェスター公爵家のテリュースだ。陛下にお取次ぎを!」凄むように声を張ると、「は、はい!!」門兵は反射的にライフル銃を下ろしてしまった。「陛下。自治領のカナダへ避難していただけませんか」王宮の奥にある陛下の私室。テリィはうやうやしく一礼すると、単刀直入に切り出した。「ロンドンへの空爆がいつ始まってもおかしくありません。陛下に万が一の事があれば国民の士気は低下してしまいます」「君も政府と同じ事を言うんだね」3年前に即位した国王ジョージ6世。テリィの幼馴染であり遠縁にあたる人物は、この状況下でも変わらない佇まいだった。変わったのは、その身を包んでいる装いだ。かつては、くつろいだスーツ姿で迎えてくれたのに。(陛下が陸軍元帥なのは事実だが・・)そんなテリィの思惑を読んだかのように陛下は言った。「私が真っ先に逃げたら国民はどう思う?私は、国民と共に戦う。勝利の日まで軍服を脱ぐつもりはない」「しかし!」「大丈夫、娘のエリザベスとマーガレットは、安全確保のためウィンザー城に移っている。王妃にはカナダにと――」とたん、国王の眉がさがった。『国民と共にある国王は、決してイギリスを離れません。国王が離れない限り、私もイギリスを離れません。私がイギリスにいる限り、子供たちも離れません』「・・・その一点張りでね」「王妃さまが・・」温かいものが胸の奥に届いた。「庭で野菜も作りはじめたんだよ」そう言われ高い窓から中庭を覗くと、自慢のばら園や芝生の絨毯の一角に、無骨な夏野菜たちが葉を延ばしていた。ヴィクトリア朝以前からのイングリッシュガーデンは、王室の優雅さと偉大さの象徴。それがジャガイモや人参に代わってしまった現実に、ショックとも感動ともいえる感情が押し寄せてくる。「スイカにも挑戦してみたんだ」くわで耕すようなジェスチャーをする陛下に、テリィは降参した。「収穫が楽しみですね」「ところで、君は俳優だったな」ふいに話題が変わった。「はい、・・・忘れかけていましたが」そんな自分に気づき、苦笑する。「芸術活動を続けてくれないか」陛下は真っ直ぐにテリィを見つめた。「こんな時に、ですか?」「こんな時だからこそ。戦時中に必要なのは、銃を持つ兵士だけではない。国民に癒しを与える者も必要だ。君が芝居を続けられるよう、政府に話を通そう」まさかの言葉に、テリィはしばらく逡巡した。「――それなら、私ではなく同胞の俳優にお願いします。ダンケルクから撤退してきたばかりの友がいるんです」「シェークスピア・アクターかい?」「はい。芝居は、一人ではできません」「わかった。二人揃えば演目の幅も」「いえ、、私は軍に!」先の大戦で参戦しなかった自分の罪を払拭したかったのか、よくわからない感情が介入した。「――そこまで言うなら、近衛連隊に入るかい?国王付きの渉外担当ということで」「近衛、ですか?」国王の身辺を警護し、宮殿を守る任務。「門兵が君に失礼したようだ。近衛連隊の士官なら、入廷資格が与えられる。公爵家という出自と年齢を考えたら、そのあたりが妥当だ。勤務は、そうだな。公演の休演日に、軍服を着て紅茶を飲みに来てくれればいい。そうだ、毎週チャーチルとランチ会をしているのだがね。君も一緒にどうだろう?」たしかに、民間人のままだと軍事情報は新聞とラジオからしか入ってこない。テリィにとっても好都合だった。「紅茶とランチだけはご勘弁ください。それ以外は、謹んでお受け致します。身に余る光栄です」「――さっそくなのだが」国王の声がふいに緊張感を帯びた。「君はフランス語が得意だろ?フランスから亡命してきたシャルル・ド・ゴール准将だが・・」奥歯に物がひっかかったような口調。「ロンドンを拠点に、『自由フランス軍』を結成したらしい」「現ヴィッシー政権に対抗する組織ですね」「ド・ゴールは癖が強い男らしく、イギリスからの援助を、かなり警戒しているようだ」「イギリスに亡命しておきながら?」テリィは笑いをこらえるように口元をおさえた。「援助ではなく、あくまでフランスへの公的な貸付けとして記録してくれと。戦後、フランスの名において全額清算すると言っているそうだ」あまりの大言壮語に、緩んだテリィの口元はピタっと閉じた。「彼は独裁者だと言う者もいるが――」国王はその人物との付き合い方を模索しているようだった。「かしこまりました。陛下」何の命令も出ていないが、テリィがそう答えると、国王はホッとしたように微笑した。帰り際、先ほどの門兵が「・・・あっ!グランチェスター閣下!」と少し遅れた動作で敬礼した。テリィはジロリと睨む。「明日から近衛連隊の所属になる。次から速やかに門を開けてほしい。この顔を、覚えておいてくれ」軽く顎を上げて通過した。「覚えておけ・・って、、あれ、テリュース・グレアムだよな?」「あの圧の強さ、間違いない」門兵二人は、とっくに覚えていた。1-14 バッキンガム宮殿次へ。。。。。。。。。。。。。。。。。。ワンポイントアドバイス※傀儡政権とは傀儡とは「あやつり人形」のこと。この場合、ドイツの言いなりの政権、という意味になります。※反ユダヤ政策ユダヤ人を社会化や排除・差別し、迫害や抹殺を図る政治措置のことシャルル・ド・ゴールは実在した人物です。国王陛下のモノグラムアルファベットが複雑に絡み合った組み合わせ文字(モノグラム)。文字の真上には王冠が鎮座し、王冠の頂点には✞が付いている。真鍮製で、表面に金メッキが施されている。GVIR=Georgius(ジョージ)VI(6世)Rex(国王)コメントは承認制の為、反映されるまでタイムラグがあります
★★★1-13オーク材の長テーブルを覆うパリっと糊がついた白いクロス。色とりどりのばらが活けられ、整然と並べられた銀のカトラリーは、貴族の格式そのものだ。そんな中運ばれてきたのは、見覚えのある料理。「・・・アイリッシュシチュー?」「キャンディスさまが作られました。いつお坊ちゃまがお戻りになってもいいようにと」「キャンディが?」「ストラスフォードでも毎日作られていたそうですよ。坊ちゃまの好物だとか?」好物だと伝えた覚えはないが、そんな妻の勘違いに、思わず口元が緩む。「・・・今頃ジュリアンは、シチューが嫌いになっているかもな」照れたように言いながら、口に運ぶ。(・・ああ、この味だ)広がる香りは、どんなシェフの料理よりもテリィを満足させた。「現在ロンドンは完全な配給制で、一日の食べ物が制限されているんです」テリィのスプーンがピタッと止まった。「一般市民はともかく、貴族もか?」「国王陛下もチャーチル首相もです。先の大戦での食料不足の経験を踏まえ、政府は国民全員が同じ条件で食べられるようにしたのですよ。買い占めなどが起こらないよう、食料は全て国が管理しています。バターとチーズは一週間に50グラム。卵は一週間に1個です」(知らなかった・・階級に関係なく、同じ犠牲を分かち合っているのか)「その割には、チャーチルは痩せないな・・」街中で見た首相のポスターは、臨月に匹敵するお腹だった気がする。ゴホ、、テイラーは咳ばらいをした。「このラム肉は、一日の分量に含まれているのか?」シチューを見ながらテリィは訊いた。「それは、領地の農場で育てているものなので。自家菜園の野菜や果物、猟の獲物などは認められています」チャーチルが痩せない理由がわかった気がした。「今はホワイトタイではなくブラックタイやスーツでディナーを済ませています。こんな時世ですので、華美な服装は控える風潮がありまして・・」悲嘆めいたテイラーの口調。テリィは自分の着ている服を見た。タイも付けていない。平時なら、つまみ出される装いだ。「アメリカ人は、野球を観戦しながらホットドッグを食べるけどな」テリィの言葉に、テイラーは軽く首を振った。「キャンディはいつ帰ってくるんだ?」「キャンディス様は、ドクターボリスと同じロンドンのセント・トータス病院に嘱託しています。港での支援が一段落すれば帰ってくるはずです」早く会いたいが、待つしかなさそうだ。「・・・父さんは?」「ダイナモ作戦発動の日から連日議会へ出向いています。救出されたフランス兵が騒いでいるそうです。イギリス兵が優先されて救助されたと」予想外の言葉に、思わず手からスプーンがカラン・・と落ちた。助かったのだから――と言いたくなるのは、自分がイギリス人だからか。「パッカードも忙しいのか?」途端、テイラーは天井を見上げた。「何だ?・・何かあったのか?パッカードやお前の歳じゃ、徴兵対象じゃないだろ?」「彼は・・・」ためらっているようなテイラーを見て、テリィは咄嗟に自分の「罪」を顧みた。「パッカードに弁護されるような事を起こしたつもりは無いが・・」(アメリカ人と偽って海を渡った事がバレたか?俺にスパイ容疑が掛かっているとか?)「――彼は、ドイツ系なので」テリィはこの時初めて、テイラーの目が赤いことに気が付いた。「パッカードっ!!!」「――テリュース様。お戻りでしたか」書斎にいたパッカードは、トランクケースに荷物を詰めていた。全速力で走ってきたテリィが息を整えている間に、パッカードは早口で言った。「閣下はウェストミンスター※へ行かれています。イギリス兵と一緒に引き揚げてきたフランス兵の扱いについて意見が割れているようです。じきにパリも陥落するでしょうに、フランス兵の中には祖国に帰りたいと言う者もいます。帰国した途端に捕虜になるのが分からないんですかね」パッカードはいつも通り、いや、いつもより弁舌が立っていた。「そんな事じゃない!お前の事だ!政府の政策に従うつもりか!?」パッカードは荷物を詰める手を一瞬止めたあと、視線を落とした。「日に日に国内での反ドイツ人感情は高まっています。私は先祖にドイツやユダヤ人の血が混じっています。身体に刻まれているルーツは隠しようがありません」「お前はイギリス人だ!ずっとグランチェスター家を支えてきた!スパイなんかじゃない!」「血筋が大事だと、私は何度もあなたや閣下に説いてきました。・・血は水より濃いのです。そんな私が今更イギリス人だと主張しても、客観性に欠けます」「お前が敬虔なクリスチャンなのも知っている!いや、宗教や人種や国籍が何の関係がある!お前はお前だ!」「――大陸では、今はカトリックの司教さえ、ユダヤ人と判断され迫害されています。私は、国が違えば、今頃、塀に囲まれた廃墟のようなエリアで、弁護士資格をはく奪され、財産を没収され、歩道を歩くことも公園で座ることも許されず、右腕に腕章をつけて強制労働を強いられているところでした。・・グランチェスター家には心から感謝しています」淡々と語るパッカードの姿が、テリィの目には徐々にボヤけてきた。「・・・ドイツ人収容所に移るのか?」「――自分の身の安全の為です」「嘘だ、この家の為だろ!この家が監視の対象になったり、周囲から不信感を買わないように!」「自分の身の安全の為です」パッカードはことさら強調するように繰り返した。「ドイツ軍がいよいよイギリス本土に侵攻してくるという緊張感が増しています。ドイツ人が全員スパイに見える状態。・・・マン島の施設は快適だろうと同胞が言っていました。イギリス政府が用意した施設です。ドイツのゲットーとは比べるに足りません」終始目を合わせずに語るパッカードの目には、本来の鋭さが無く影だけがやけに濃い。テリィの瞳から一筋の涙がこぼれた。パッカードは、テリィの目にたまる透明な涙を見つめた。「――血は水より濃いですが、水より澄んでいません」「パッカード・・」「テリュースさまの数々の弁護は、腕が鳴りました。お世話になりました」その夜、トランクケースを持ってひっそりと公爵邸を後にしたパッカードの後ろ姿は、テリィの胸の奥に焼き付いた。1-13 弁護士パッカード次へ。。。。。。。。。。。。。。。。。。ワンポイントアドバイス赤がマン島※ウエストミンスターイギリスの国会議事堂敵性外国人政策イギリス国内に居住・滞在しているドイツ人、ユダヤ人への警戒が高まりました。スパイ活動などを防ぐ目的で、敵国に関係した人種をアイリッシュ海に浮かぶマン島のホテルなどに強制収容しました。ドイツのゲットー、ユダヤ人迫害(ホロコースト)について、関心のある方はこちらを絶滅収容所の存在はドイツ国内でも極秘で、どの国も実態はつかめていませんでした。「キャンディ♡キャンディ」の二次なので、そのあたりは深く触れません。コメントは承認制の為、反映されるまでタイムラグがあります
★★★1-12熱烈な歓声を浴びる兵士の列に合流したジャスティンは、足の踏み場もないほど混雑した列車の中に消えていった。残されたテリィは、しばらく波止場で海を眺めていた。背後から時折フランス語が耳に入ってくる。「俺たちは、祖国を見捨ててしまったのか・・?」「フランスには家族がいるんだ」「イギリスに来ちまって、どうすればいいんだ」フランス軍人の声には、命拾いした安堵だけではない、複雑な感情が漏れ出ていた。クッキーは少し離れたところで、嬉々として話し込んでいた。相手は小型船『ハーバーライト』の船員のようだ。しばらくすると、二人はふいにこちらに歩いて来た。黒い眼帯をした海賊のような風体の男は、テリィをジロッと見るなり無遠慮に言った。「へえ〜あんたが」男の第一声の印象は最悪だったが、クッキーの次の言葉でテリィはハッとした。「この人はジャスキンさん。その昔キャンディを」ここまで聞いて、何かトラブル絡みの話が始まりそうだと思ったが、密航の話はニーブンさんで既に完結している。テリィは「キャンディを?」と返し、なんでも来いという心構えで二人に顔を向けた。するとクッキーは、ニッと白い歯を出した。「キャンディを箱に詰めた人だよ」・・クッキーは今、お菓子の話をしたに違いない。きっと、お菓子工場の話だ。「キャンディを箱に詰めて、クレーンで吊り上げて、ニーブン船長の船に」「わかった!!」その先の説明は要らない。「・・・妻が昔、、たいへんお世話になりました」ありがたくない余計なお世話をしてくれた人物と、半泣き状態で握手を交わす。「あのじゃじゃ馬と結婚するとは、あんた猛獣使いになれるな!」ジャスキンは、太く短い腕でテリィの身体をバンバンと叩いた。「パブをやってたんじゃないの?」クッキーの質問に、海賊はへへへと頭を掻いた。©いがらしゆみこ/水木杏子 画像お借りします「店に酒がなくなっちまったんで、一時休業でな、船会社に出稼ぎに出てるんだ」ガハハと笑うその顔を、クッキーは嬉しそうに覗いている。まるで親友のような雰囲気だ。「もう一回救助に向かいたいが、いかんせん、定員の10倍の兵士を乗せたもんで、エンジンがもう限界だ」クッキーは「だろうね。民間船は一往復がせいぜいだよ」と苦笑した。「さあ~て、過酷な戦場から戻った兵士のために、店を開けるか」「酒は有るのか?」「水で薄めりゃ、どうにでもなる。じゃあな!キャンディに宜しく伝えてくれ」テリィとクッキーは、役目を終えた民間船が黒い煙をはきながら散っていく様子を、しばらく見つめていた。「救助も命がけだったろうに・・」そんなテリィの言葉に、クッキーはコクリと頷いた。「ドイツが敷設した機雷で、何隻も沈没したらしい。上空にはドイツ戦闘機メッサーシュミットが飛び回り、爆撃機シュトゥーカが途切れることなく爆弾を投下しているようだ。民間船がくらったら、一発で沈没だね」そんな説明を聞くと、一隻一隻が偉大な勇者のように感じられる。「でも、ドイツ軍は海を知らない。イギリスはドーバー海峡という堀に守られた海洋国家。海軍は世界最強だ。制海権は渡さないっ」クッキーの声に一層力がこもった。「医薬品、さっそく役に立ったようだ。テリィ、ありがとうな!」「クイーンメリー号はこれからどこへ行くんだ?」「荷物を全部下ろしたら、ダンケルク海域に向かう。な~に、心配すんな」クッキーはピシっと敬礼すると自分の任務に戻っていった。その数日後に行われたチャーチルの演説は勇壮だった。「撤退による勝利はない!だが、この救助劇は一つの勝利だ!!我々は最後まで戦う。フランスで戦い、海で戦い、空でますます勇敢に戦う。どんな犠牲を払っても祖国を守る。我々は浜辺で戦い、上陸地で戦い、野で、街で、丘で戦う。決して降伏しない!」敗走による脱出を、奇跡の救出劇と謳い、国民の士気を鼓舞する。発表によると、救助に駆け付けた船は860隻。どの港も34万人もの帰還兵でごった返し、そこからの鉄道輸送は兵士が優先された。駅のホームには大勢の人々が詰めかけ、両手を振り、帽子を振り、国旗を振って兵士たちの列車を見送った。「さて、俺も行くか」救出劇が終わった頃、テリィはようやくロンドン行きの切符を手に入れた。まっさきに浮かぶのはキャンディと子供たちの顔。しかし、まず向かうべきは首都ロンドンだ。貴族議員の父親が、屋敷を離れるはずがない。となると、公爵家に仕える人々もそこに留まっているはずだ。執事のテイラー、主治医のボリス、顧問弁護士のパッカード。好きとも嫌いとも考えたことがなかった面々が、なぜか竹馬の友であったかのように、懐かしくよみがえってくる。テリィが目にしたロンドンの風景は、拍子抜けするほど一年前と変わっていなかった。シルクハットやフェドラをかぶった紳士が闊歩し、花と羽飾りを付けた優雅なレディが談笑し、二階建てバスや路面電車が絶え間なく行きかっている。街の営みに戦場下を感じるものはなく、喧騒を極めていた港とは同じ国とは思えないほどのギャップがあった。「テイラー、俺だ!開けろっっ」夕刻、ロンドン郊外の屋敷に到着したテリィは呼び鈴を連打した。「――おぼっちゃま!!お帰りになられたのですかっ!」執事のテイラーは、驚きながらも招き入れた。「みんな、変わりないか?」急かすように訊きながら、勝手知ったる長い廊下を歩き始めた。テイラーはテリィを制止するようにその前に回り込み「キャンディス様は――」と声を上げた。途端、テリィの足がピタリと止まる。「キャンディス様は、ロンドンの医療チームに属し、1ヶ月ほど前からこの屋敷に滞在しております。今は医療支援で港の方へ行かれています」「港!?」目の前に星が幾つか跳んだ。(――そんな気がしたよ・・)「保健省から有資格者―医師免許や看護婦免許を持っている者に、協力要請があったのですよ。幼い子供がいる家以外は応じています」執事として国の現状を伝えると、テリィの唇が少し尖った。「ジュリアンはまだ10歳だ」「幼い子供・・としては微妙ですね。ロンドンの子供は母親と引き離され安全な田舎に疎開しています。ストラスフォードの方が安全なのです。ジュリアン様の面倒は、信頼できる土地管理人がいるとかで、え~と名前は、、ジイ!」「じいさんじゃなくて、ジェイだろ、J!」テイラーは相変わらず、身体の中の小さいボルトが1本抜けている。「アイリスとアンディも疎開したのか?」「田舎に移転したパブリックスクールもありますが、セントポール学院は、ロンドン郊外の比較的安全な場所にありますので、防空対策をした上で留まっております」柔和なテイラーの顔から出るその報告は、先の戦争体験も含んでいる。テリィはようやく一息つけた気がした。「ここがキャンディが使っている部屋?」メイドと同じ並びの小さな部屋。(なぜこんな場所に、、)キッと睨むテリィを見ずに、テイラーは答えた。「キャンディス様が望まれました。狭い方が掃除がラクだから、と」「掃除なんて、メイドがやるだろう?」「女性は、出征した男性の穴を埋める為に軍の工場や農場の支援に回っています。御屋敷への出入り口が近い部屋を希望されたのは、キャンディス様です」「従業員用の裏口じゃないかっ」そう語気を強めながら、幼少期の自分も裏口から出入りしていたことを密かに思い出す。表玄関の呼び鈴をいちいち鳴らし、執事が応対に出るまで待たされる時間は、人生の中で最も無駄な時間の一つだ。「時間がある時でいい。キャンディの荷物を俺の部屋に移してくれ」「承知しました」チリンチリン~表玄関から繋がっているベルが、奥の部屋から鳴り響いている。「坊ちゃま、失礼します」チリンチリン~鳴り続けるベル。(・・・ち、うるさい場所だな)テリィは口を曲げながら、キャンディの部屋に入った。ベッドとサイドテーブルしかないような場所。北向きの窓から入る日差しは弱く、風もひんやりしている。テリィは粗末なベッドに座るとサイドテーブルに重ねられた手紙に気が付いた。――差出人はテリュース・グレアム。キャンディは就寝前に読んでいたのだろうか。風がカーテンをふわっと揺らすと、懐かしい残り香がかすかに飛んだ。枕元に置かれたままのブラシには、金の糸が絡まっている。海軍兵士は妻の髪を航海に持って行くとクッキーに聞いたが、今ならその気持ちも少しだけ分かる。テリィがフッと笑った時、テイラーが戻ってきた。「来客はいいのか?」「パッカードでしたので」グランチェスター家の冷血顧問弁護士のパッカード。テイラーとは同じ主に仕えて45年という腹心の友だ。「そろそろ、お夕食の刻限でございます」途端、テリィのお腹がグ~と鳴った。「この部屋でいいよ。メイドが少ないんじゃ、わざわざ上の階に運ぶのは大変だろ?」「いけません、正餐(せいさん)の間までお運びいたします」ニコッと笑ったテイラーの目が充血していることに、テリィはまだ気づいていない。1-12 変わらないロンドン次へ。。。。。。。。。。。。。。。。。。ワンポイントアドバイスチャーチル首相です執事のテイラーのイメージ画©成田美名子「エイリアン通り」より、画像お借りしましたコメントは承認制の為、反映されるまでタイムラグがあります
★★★1-11ドーバー港は異様な雰囲気だった。船は一隻もない。どこから集まってきたのか、埠頭には白いエプロン姿の女性たちがやけに目立つ。作業の傍ら時折顔を上げ、沖に目を凝らしている。クイーン・メリー号が急遽ドーバー港への入港が許されたのは、レッドクロスの医薬品を積んでいたからだ。ニーブンさんがインネン中佐に、その必要性を強く進言したらしい。接岸して間もなく、テリィは直ぐにでも必要になりそうな荷をほどき、ブリティッシュ・レッドクロスに引き渡した。「船長が船を下りていいのか?」「ニーブンさんに代理を任せた。遠征軍の帰還状況をこの目で確認する。それもおいらの使命だ」そういうクッキーの佇まいは、もはや船長以外の何者でもない。長い双眼鏡でクッキーが覗いているのは、おそらく対岸のカレー。「ダイナモ作戦の進捗(しんちょく)状況はどうだ?」尋ねたところで、自分と同じ答えしか持っていないのは明らかだった。「・・・立ちのぼる黒煙しか見えない」クッキーの声は刻々と弱くなっている。(こんなことなら、マサイ族メガネをもらってくればよかった・・)藁にもガラクタにもすがる思い。沖に待避したクイーン・メリー号の船体だけが、孤島のように視界に映っている。「だめか・・」周りから諦めの声がポツポツと漏れ出した時、水平線に、一つ、また一つと黒い点が現れた。「ダンケルクからの船だ!」クッキーの声がのろしとなり、一斉に沸き起こった歓声が、地鳴りのように地面を揺らす。やがて肉眼でハッキリ見えるほど、黒い点は彼方まで続く黒い線となり、無数の民間船が海という海を覆いつくした。あまりにも荘厳な光景だった。「・・・クッキー!!」テリィの声が思わず上ずった。「ああ、、信じられないよ・・こんなに」不揃いの船に乗った兵士達の姿が、肉眼で捉えられる。ドーバー海峡の白亜の断崖を指さしている兵もいる。「大丈夫、もう安心です!」「よく頑張りました!」帰還を信じて待ち構えていた人たちが、命からがら引き揚げてきた兵士たちに、温かい手を差し伸べている。泥にまみれた軍服からは海水がしたたり、切り裂かれた袖からは痛々しい傷口が見えている。生きて再び故郷に戻れた安堵感や歓喜は、不眠不休で戦った疲労感と敗走の絶望感にすっぽり覆われているのか、兵士の表情は硬い。寒さで震える兵、崩れ落ちるように座り込む兵もいた。「どうぞ」白いエプロンの女性たちからサンドイッチやたばこを渡されると、ようやく微笑がこぼれる。一杯の熱い紅茶を手にした兵士は、カップを見つめ涙ぐんだ。「・・あの女性たちは、ボランティアか?」テリィはクッキーに質問した。「そうだと思う。看護婦や軍の関係者は、あっちだよ」クッキーが指をさした先には、救護用のテントがいくつも設置されていた。怪我を負った兵士は、手際よくテントに誘導され応急処置を受けているようだ。「幸運にもサルファ剤※が入荷したばかりです!」看護婦の励ましの声がテントから漏れている。担架に乗せられた重傷の兵士は、救急車で次々に病院へ運ばれていく。傷だらけなのは兵士だけではなかった。砲弾が打ち込まれ、浮いているのも不思議なほど傾いている船もあった。岸壁はあっという間に埋まり、ひしめきあうように二重、三重に係留された船をまたぎながら、なんとか上陸する兵士たち。やっと大地を踏みしめても、1秒たりとも港に留まることはできなかった。追ってくるかもしれないドイツ軍の餌食にならぬよう、最後の力を絞り出し、軍の誘導で駅に向かう兵士の波。頭から靴の先までどす黒く染まった兵士の一団が目に留まった。「ったく、――したたるイイ男だな」10人ほどを引き連れて先頭を歩く兵士の声に、テリィは聞き覚えがあった。すれ違いざま、「――ジャスティンなのか!?」思わず叫ぶと、兵士は重そうな足をこちらに向けた。「――っ!お前、、、」ウイスキーのようなヘーゼルの瞳は、間違いなく友のものだ。衝動的に抱きつこうとしたテリィだったが、「く、来るなっ!」拒絶の手で制止された。「・・・ジャスティン、だろ?」兵士はグイッっとテリィの腕を掴むと、列から外れた。「油まみれなんだ!」「・・・全く酷い状況だった」ジャスティンは力が尽きたように脇道にしゃがみ込んだ。油で全身ベタベタの姿は、きらびやかな衣装を着ていた俳優とは結びつかない。「たばこは吸うなよ、引火する」テリィに一言注意すると、先ほどまでの喧騒が遠い過去のように話し始めた。「広大な砂浜に何十万人もの兵士が列を作って救助艇を待っていた。ドイツの砲撃は崖の上と空からの両方で、着弾するごとに景色は一変した。・・・まあ、地獄の窯の説明はやめておくよ。・・で、なんとか救助艇に乗り込めたのはいいが、海に漂う機雷に接触して、船が大破したんだ。漏れ出した重油の中を泳いで他の船に向かったが、火の粉が引火して、一帯の海が燃えた」「海が、燃えた?」それはテリィの想像を超えていた。つい今しがた、大勢の兵士たちが肉眼でその地獄絵を見たのか。「髪がちぢれてる・・」テリィは思わず、焦げた髪先に触れた。「お前のような長髪だったら命は無かったぜ。軍隊に入るなら髪を切りやがれ、丸坊主に!」ジャスティンの口元は笑っていた。普段通りの調子にテリィは救われる。こんな時は、どんな言葉を掛けていいか分からない。「――ドイツ軍は、強いのか?」あまりに知識の乏しい自分を恥じながらも、聞いておきたかった。「強い。まさかマジノ要塞線が無いアルデンヌの森を突破してくるとは・・。あそこは険しい地形で、戦車は通れないと高をくくっていた。気づいたらドイツ軍に背後を取られ、海岸に追い詰められた。あれほどの機動力があるとは、我が軍をはるかに凌駕している」ぎゅっと握るジャスティンのこぶしから悔しさが伝わってくる。「戦車もトラックも大砲も、、全てフランスに置き去りだ。奴らにみすみす、、武器をプレゼントしちまった。――持ち帰れたのはこの銃と・・」そう言いながらジャスティンは、肩に掛けていたライフル銃をおろし、腰のポーチからいくつかのタグを取り出した。「それは?」「知らないのか・・・」ジャスティンは黒ずんだ手で、タグの一つをテリィに渡した。皮のような素材。名前、血液型、宗教、何かの番号が記されている。「身分証、識別票のようなものか?」「そうだ。ドッグタグは二枚一組、軍服の中に肌身離さず身に着けている。怪我した時、衛生兵がこれを見て輸血の処置をしたり」「衛生兵・・戦場に同行する医療兵士か」タグの文字をじっと見つめるジャスティンの横顔は寂しそうだった。(・・・あれ、待てよ。二枚の内の一つをジャスティンが持っているということは――)テリィはようやく、片方だけのタグが何を意味しているのか分かった。分かったが、確認することはできなかった。「ところでテリィ、ナイルの姿は見たか?」ジャスティンはフッと顔を上げ、駅に向かう兵士の群れを見回しながら尋ねた。「ナイルも、陸軍なのか?」「ああ。俺はダンケル、あいつの隊はカレーにいたはずだ」「―――!!」テリィの手から、タグがこぼれ落ちた。――全滅した。そんなことが、どうして言えるだろう?「きっと、どこかの船に・・・・」テリィはその先は言えなかった。1-11 片方だけのタグ次へ。。。。。。。。。。。。。。。。。。ワンポイントアドバイスドーバーの白い崖は『ホワイトクリフ』を呼ばれています。イギリス・ケント州プランクトンの化石が堆積した「チョーク(白亜)で出来ている。断崖の高さは最も高いところで110 メートル。サルファ剤細菌の増殖を抑える抗菌薬。当時、感染症を防ぐために広く用いられていました。ダイナモ作戦(ダンケルクの戦い)1940年5月26日~6月4日の出来事です。帰還兵を乗せた船コメントは承認制の為、反映されるまでタイムラグがあります
★★★1-10「なるほど、公爵家の・・グランチェスター閣下のご長男、幹部候補ですな」クッキーの案内により、テリィは初めてこの船の指揮官であるインネン中佐の部屋へ通された。壁に貼られた大きな海洋地図と大陸地図が、不気味なほど威圧感がある。中佐は殆ど癖のように後ろに手を組みながら地図を見上げ、ぼそっとつぶやいた。「絶望的だ・・」テリィは一瞬、思考が止まった。中佐は今、何と言ったのか。速まる動悸を感じながら次の言葉を待った。「もはやフランスも持ちこたえられない。・・イタリアが、わが国とドイツとの和平交渉の仲介役を申し出てきたのだがね、首相は断った。戦争に負けるより、闘いを諦める方が恥だと」この数日間の事を思い返しているようなゆっくりとした口調だった。「閣議でも揉めたそうだ。兵士を無駄死にさせることは愛国心じゃない、和平交渉のテーブルにつくべきだと」「無駄死に?」テリィの疑問の声に、振り返った中佐は、今度は瞭然たる声で言った。「数日の内に、イギリス陸軍は全滅する」予想ではなく確定の言葉に、しばらく声が出てこない。「・・どういう、状況ですか?」すると中佐は、地図に付けられた無数のピンをタクトで指した。「ここ、フランス沿岸部だ。イギリス軍とフランス軍が海岸まで追い詰められた。ドイツ軍に完全に包囲されている。海にしか逃げ場がない」イギリス軍と思われる無数の青いピンが、弧を描くように赤いピンに囲まれていた。青いピンは2箇所に集中していることも見てとれる。「フランス北部のダンケルク海岸と、そこから40キロ離れたカレー海岸。救出する術もなく、ドイツ軍の大砲と戦車が迫っている」テリィには芝居か映画の筋書きのように感じた。現実なのに現実味がない。あまりに唐突だった。「イギリス兵の数は、、」「フランス兵14万と合わせて約35万人だ」「援軍の派遣は――」「援軍?そんなもの、どこにいるのかね。首相はアメリカ大統領に50隻の軍艦を融通してほしいと頼んだが、断わられた。中立法に反するという理由でな」『絶望的だ』と言った中佐の言葉の意味が見えてきた。これは今まさに起きている現実なのだ。「それなら、、兵に撤退を!救助を!」「残念ながら、巨大戦艦が接岸できる港は既に破壊された。沖で待機するぐらいしか出来ない」「兵士にそこまで泳げとでも!?」テリィは上官に向かって声を荒げた。「戦艦では浜辺に近づけない」テリィはハッとした。「護衛艦が消えたのはそれと関係が!?」「ほう、君はなかなか察しがいいね。そう、今はダイナモ作戦が発動中なんだ」そう言って中佐は、イギリスBBC放送の原稿を読み上げた。「国民の皆さん、海軍本部は、イギリス軍をダンケルクから撤退させるため、使用可能なあらゆる小型船を至急求めています!」「これは国民向けの呼び掛けだがね」――重要な事は伏せられている。そんな含みを感じる言い方だった。「今、イギリス沿岸から小型船が続々ドーバー海峡をわたっているはずだ。浅瀬に入れる貨物船、遊覧船、漁船、ヨット、タグボート、フランスまで辿り着ける船なら何でもいい。どれほど集まるか・・」中佐は遠い目で地図を見つめている。「1割でも救助できれば・・。とりあえず、このクイーン・メリー号は関係ない。丸腰のこの船が、無事にグラスゴーの港に着くよう、神のご加護を祈るだけだ」テリィはこの時ようやく分かった。この船が、北の港に行かなければならない理由――ドーバー海峡に面した南の港は、遠征兵の帰還に備えて空けているのだと。一通りの説明を終えた中佐は、付け加えるようにテリィに伝えた。「君の所属は上が決める。まだ軍服は着なくていい」沈む気持ちで退室した時、廊下の壁にもたれるようにクッキーが立っていた。「・・全部聞いた?」テリィを案じているようだった。「陸軍が全滅したら、イギリスはどうなるんだ・・・ドイツの支配下に堕ちるのか?」「弱気な事は口にするな!」珍しくクッキーは声を張り上げた。「イギリスはナチスには屈しない!!あんな独裁者がヨーロッパの覇権を握ったら世界は終わる!和平協議などクソくらえだっ!イギリスはとことん戦う!」クッキーの言葉に、テリィは目が覚めたような気がした。「一旦は和平協定の条件を模索し始めた首相は、自ら街に出て国民の声を聞いたんだ。『絶対に降伏しない!』という国民の強い意志を汲み取り、首相は腹をくくった。今、陸軍の全滅を避ける作戦が始まっている」「聞いたよ、民間船が救助に」「それだけじゃない!」クッキーは被せ気味に語気を強めた。「第30歩兵旅団がおとりになっている!」「・・・おとり?」「カレー海岸にいる4000人の兵が、敵を引きつけているんだ。ドイツ軍勢をカレーに向けさせ、その隙にダンケルク海岸の兵士を脱出させる!」「それが作戦の全容?なら、おとりの兵士達は」「救助は行われない。救助船は全てダンケルクに向かっている」一瞬、テリィの目の前は真っ暗になった。「首相はどちらの命を優先するか天秤にかけたんだ。答えは、考えるまでもない」それが戦争の現実なのか・・戦術というものか・・・テリィの手はかたく握られた。「・・救助が来ないことを、カレーの兵士や指揮官は知っているのか?」さほど離れてはいない地で応戦している若者の姿が見えるようだった。「撤退はない、最後まで戦え、とだけ告げられている」非情だ――あまりにも非情すぎて胸が苦しい。祈ることの無意味さを、今ほど痛感することがあっただろうか。せめて、せめて、ジャスティンとナイルが、カレーにいないことを祈るしかなかった。1-10 ダイナモ作戦次へ。。。。。。。。。。。。。。。。。。ワンポイントアドバイス史実に基づいています。ダンケルクの西南にカレー港があります。カレーは、イギリスとフランスが最も接近している場所です。コメントは承認制の為、反映されるまでタイムラグがあります
★★★1-9テリィの腰は自ずと引いていた。タラップを上る一歩一歩に緊張が走る。イギリス海軍に徴用されたその船の舷側には「クイーン・メリー号」の文字が見えた。かつて華やかなパーティが催されていた豪華客船。それが今や灰色に塗り替えられ、贅を極めた装飾は跡形もなく剥ぎ取られている。行きかう兵士の腰にはナイフや銃のホルスターが下がり、甲板には巨大な対空砲や自衛砲が、空を睨むようにガッチリと固定されていた。アメリカ船とは全く違うその光景は、戦争が日常であることを雄弁に語り、スーツ姿のテリィは、完全に"よそ者"だ。出航の時刻が近づいた頃、空がごろごろと鳴り始めた。(雷雲か・・運が悪いな、出航が遅れる)テリィが船室に退避しようとした時、雨具を着た船員とすれ違った。(・・え?)思わず足を止め振り返った。雨具の中の顔は、想像より遥かに歳をとっていたからだ。首から下がった双眼鏡と、手を掛けたはしごがその船員の任務なのだろう。すると、空を見上げた船員の口から意外な言葉が漏れた。「これで少しは安全だ」テリィは意味が飲み込めなかった。「――安全?・・危険にしか見えませんが」思わず口走ったテリィに、船員は静かに答えた。「雨や雷のノイズで、敵のレーダーに映らなくなるんだ。空からの脅威から逃れられる」「空からの脅威?」「ドイツの爆撃機だよ」思わずゾクッとした時、ピカっと空が光った。ひたひたと近寄る黒い雲を見向きもせず、船はタグボートにけん引され、旋回を始めた。(出航するのか・・?)「ニーブン船長!早く早く」どこからか急かすような声が飛ぶと、船員は慎重な足取りで見張り台へと上っていった。(・・船長?この老人が?)ぽつぽつと顔に当たる雨に急かされるように、テリィは足を速めた。屋根のある場所でもう一度空を見上げると、網目のような閃光がとめどなく空を裂いている。(どこが安全なんだか、、)「――あれ?伯爵?」背後から先ほどの声。伯爵でも公爵でもないテリィは無視したが「伯爵だろ!?」と肩をグイっと掴まれた。(人違いだって!)振り向いたテリィの前にいたのは、低い鼻にどんぐりのような目、そばかす――そう、クッキーだった。©いがらしゆみこ・水木杏子 画像お借りします驚いて言葉を失ったテリィの肩を、「ワーワー懐かしいぞ!!」とポンポン叩いた。「クッキー、、そうか、君は船乗りだったな」「こんな形で夢を叶えてもね」クッキーは複雑そうに手のひらを天に向けた。「夢・・?そうか、ついに船長になったのか!あれ・・?でも、さっきはあの人を」見張り台のかごに、人差し指を向ける。「ああ、あの人は元船長。昔の癖でついそう呼んじゃって」へへへと顔を赤らめたクッキーに船長の威厳は感じられない。「ポルトガルからの乗船名簿に伯爵の名前があったかな?」クッキーは脇に抱えていたファイルを開いた。「ここ、ここ。レッド・クロスの医薬品を届ける任務のアメリカ人」テリィはすましてアーチーの名前を指した。「アーチーボルド・・じゃないだろ?何でそんなことになってるんだ?」片眉を上げるクッキーに、テリィはギクッとした。「まぁ、、いろいろ」とぼけるテリィに、クッキーは呆れながら「パスポート見せて、本物の」と提出を求めるように手を伸ばした。「船長はおいらだけど、この船は海軍のインネン中佐の指揮下にあるんだ。スパイとか、いろいろ厄介なんだよ」容疑者の取り調べ室を覚悟したテリィだったが、どうやら事なきを得たようだ。クッキーは、搭乗者名簿のアーチーの名前を二重線で消し、テリィの名前に書き替えた。(クッキーが船長で助かった・・)クッキーはブツブツ文句を言いながら「イギリス人・・グランチェスター・・生年月日は」とパスポートをチェックしていたが、ふいに顔を上げた。「貴族なら、伯爵は士官だよな。所属は空軍?身分証は?」クッキーが当然であるかのように言ったのには、理由があった。貴族のような特権階級は、有事の際は真っ先に先頭に立つという社会理念が根付いていたからだ。徴兵年齢など、あってないようなもの。テリィは、かすかな背徳感を覚えながら言った。「・・いや、俺は爵位など持っていない。15年前にそう名乗ったのは、あれは芝居だ」「なら、本当は?」「――役者だ」冗談だと思ったのか、クッキーはプッと噴き出した。「まぁ、おいらも軍人じゃないけどね。で、キャンディや子供たちはアメリカに避難したの?」「イギリスにいる」「そうなのか。・・とりあえず、本土は無事だしね」その言葉に、安堵感を覚えながらテリィは訊いた。「フランスの戦況はどうなんだ?」反射的に答えそうになったクッキーだったが、慌てて口元を抑えた。「――業務上知り得た軍の機密情報は洩らせない。・・規則だから」うつむきかげんに言うクッキーの口調が、ほぼ答えのように感じだ。「あ、でもこれだけは伝えられる。ご覧のようにクイーン・メリー号は戦艦じゃないから、攻撃されたら一巻の終わりだ!」瞬間、不安にかられたテリィの表情を見て、クッキーはケラケラ笑った。「ちょっとだけ武装はしてるよ」そう言いながら、クッキーは艦尾に据え付けられた大砲を指さした。重厚な鋼の兵器が、不気味に黒光りしている。いったい、どれほどの破壊力があるのか。「・・・あれで、Uボートと戦えるのか?」テリィの問いに、クッキーは首を振った。「敵を威嚇する程度のものだ。この船の一番の武器は、足の速さだよ。イギリス沿岸海域に入ったら巡洋艦が護衛についてくれる。そこが一番危険だからね」テリィは思わず鳥肌が立った。「この船は、いろいろ積んでいるから標的になりやすいんだ」内緒話でもするような口ぶりで、積んでいるのは医薬品や食料だけではないことが直感的に分かった。(イギリスはアメリカから兵器を買っているんだったな・・)『現金払い』『買付国側の船での輸送』がアメリカの中立法に反しない必須条件らしい。船底には、どんな兵器が積まれているのだろう――何度も確認したはずの戦時下という現実が、突然鼻先に突きつけられた気がした。「さあ、出航だ!」クッキーが操舵室に入った頃には、激しい雷雨で海が波打っていた。まるで前途を暗示しているかのように。クイーン・メリー号はソナー(音波)でドイツのUボートの位置を監視しながら、交戦を避ける為のジグザグ航路をとっていた。通常なら3日でイギリスへ着くはずが、一週間経った今もイギリス沖に留まったままだ。数日前から、護衛の巡洋艦がコバンザメのように張り付いている。イギリス本土は目と鼻の先だというのに――ジレンマを感じながらレストランホールにやって来ると、先日の見張り番の船員が休憩をとっていた。父親と同年齢だな、と思いながら会釈し、隣に座る。「――軍に、志願されたのですか?」テリィの質問に、船員は苦笑した。「君はアメリカ人かね?イギリスでは、徴兵に関係なく老若男女軍の仕事に就いている。国家の存亡をかけた戦いに、年齢は関係ないんだよ」テリィの顔は真っ赤になった。「生粋のイギリス人です・・恥ずかしながら。レッドクロスの医薬品を届ける為に乗船しました」イギリスを代表するシェークスピア・アクターだとは、とても言いだせない。「ご苦労さん。助かるよ」あまりに柔和な表情をするその老紳士に、テリィはつい聞いてしまった。「――双眼鏡では、海中は見えませんよね?海上に浮上してくるUボートを探しているのですか?」一日中海を見ている見張り番への素朴な疑問。「うむ・・・。Uボートは概ね海上にいるもんだが、攻撃直前には潜るんだ。機雷や潜水艦を見つけるには、不自然な波の立ち方や黒い影に目を凝らす必要があってな。ソナーはせいぜい1~2キロ先しかキャッチできんし、船の真下や後方は完全に死角でな。長年の知識と勘が少しは役に立つ。老眼が進んだ私でも、あの子の役に立つかもしれん」船員は白濁気味の目を細めた。「あの子・・?」「船長のクッキーだよ。私が船長だった頃、あの子はやんちゃでね――いや、もっとおてんばな子もいたか」とたん、シワだらけの目尻が下がった。(おてんばか・・)テリィはキャンディを思い出さずにはいられなかった。(キャンディも、軍の仕事を手伝っているんだろうか。俺は、何をすればいいんだろう・・)「ニーブン船長、探したよ」話し込んでいた二人のところにクッキーがやってきた。「その呼び名はやめなさい。船長は君だ」ニーブンにたしなめられ、クッキーは恥ずかしそうに鼻の下を掻いた。「そう言えば、ニーブンさんの船だったよな、キャンディが密航したのは」とたん、ゴホッ、、テリィは飲んでいたスープが変なところに入った。「お礼を言った方がいいと思うぞ。イギリスに送り返すこともできたのに、アメリカまで運んでくれたんだからさ」テリィはゴホゴホ咳払いをしながら声を絞り出す。「――あ、、ありがとうございました、、ミスターニーブンっっ」テリィは立ち上がり、深く感謝するように腰をまげた。ニーブンは何事かと目をぱちくりさせた。「あ〜、この人はキャンディの旦那さん。世界いちの物好き」あまりの紹介文にも関わらず、ニーブンは「ほう」と感嘆すると、「あの子とよくお似合いだ」と微笑んだ。――そんなことを言われたことがあったか?テリィは、この上なく嬉しいような、若干不名誉な気持ちにもなった。(少女の頃のキャンディを知るイギリス人か・・。貴重だな)「ニーブンさん、入港先の事でちょっと相談があるんだ」クッキーはチラっとテリィの方を見た。その微妙な目線を察して、テリィは席を外した。おそらく、部外者が聞いてはいけない話だ。背後から「グラスゴーか・・」というニーブンの低い声が響いた。テリィは思わず足を止めた。(グラスゴー?そんなに北の港に?)ロンドン近郊の港だとばかり思っていたテリィは、小さく絶望した。甲板からはグレートブリテン島がうっすら見えている。昨日からこの距離感は変わっていない。(もうすぐなのに、、キャンディ――)船はこの海域をゆっくり旋回しているようにも思えた。先ほどのクッキーの言葉が不意に結びつく。(・・入港調整なのか?・・それとも入港先が決まらないのか)そんなことを考えていると、突然雲間から機影が現れた。「、、戦闘機か!?」驚くほどの速さで三機がこちらに向かってくる。(攻撃される――!!)思わず身体を伏せようとした瞬間、機体は爆音と共に頭上を通過した。「・・友軍?」テリィは抑えた胸を撫でおろした。――ドイツ機とイギリス機の区別も出来なかった。(不甲斐ないな、、)「最新鋭の戦闘機、スピットファイアだ」クッキーの声。首にぶら下けた双眼鏡から察するに、戦闘機を目視する為に甲板に出てきたようだ。「あの機体はイギリス空軍か?」無知そうなテリィの発言に、クッキーはやれやれと言いながら語り始めた。「そう。一口に飛行機と言っても、役割別に呼び名がある。『戦闘機』は水平方向に機関砲を撃ち、相手機を墜落させる。『爆撃機』は大量の爆弾を落とし、地上の目標物を破壊する。でも前からの攻撃には弱い。だから爆撃機は、戦闘機に守られながら出動するのさ」(そのぐらい、俺も知ってるさ)ジョルジュから渡された『はじめての武器』に書いてあったから。テリィは対抗するように、にわか知識を披露した。「『爆撃機』はスピードは遅いが、航続距離が長いからロンドンとベルリン(ドイツの首都)の往復はできる。一方の『戦闘機』は、スピードが出る代わりに航続距離が短く、往復はできない」テリィの説明に、クッキーは驚いたような目をした後、ニヤっと笑った。「よく知ってるじゃん」――丸暗記だ。ジョルジュ、ありがとう!「つまりドイツ軍は、ロンドンを空襲することはできないってことだよな?護衛の戦闘機を一緒に飛ばせない以上、爆撃機だけ出撃させたところで、ただの的になるだけだ」「そう。――今のところはね。裏を返せば、イギリス軍も大陸深部を空爆することはできない。戦闘機の燃料を考えると、せいぜい海岸線までだ」「さっきのスピットファイアは、東へ向かったようだが?」「・・・フランスの沿岸部へ向かった」「フランスへの援軍か?」テリィが確認するように訊くと、クッキーの顔は一変し「総力戦・・だからな」とゆっくり答えた。「兵士全員が大陸に送り込まれているわけじゃないだろ?」クッキーの答えを聞くまで、自分がどれほど能天気だったか思い知らされた。「全員だよ。イギリス陸軍は全員、ヨーロッパ戦線に出ている」「――っ!!」(ジャスティン、ナイル!!)ロイヤルシェークスピア劇団の仲間の顔が脳裏を駆け抜ける。陸軍に所属したとは確認していない。だがしかし、軍歴と各軍の比率を考えると陸軍の確率が高いことは明らかだった。「海軍名簿はここにあるか?」テリィの質問に、クッキーは厳しい目を向けた。「部外者には見せられない」焦燥感と疎外感が混ざった感情がテリィの中を吹き抜けた。テリィが悔しそうに視線を海に投げた時、護衛艦が消えていることに気が付いた。「巡洋艦はどうした?」するとクッキーは、躊躇しながら言った。「大丈夫、この船は、たぶん・・攻撃されない」危険海域を脱したから――という言葉はクッキーの口から一向に出てこなかった。「何を隠している、クッキー」問い詰めたわけではなかったが、クッキーの顔は見る見る険しくなった。「軍事機密だから俺には言えないのか?」真一文字に閉じられたクッキーの唇が答えなのか。テリィは遅すぎた自分の決断を恥じるようにカッと靴を揃えた。「テリュース・G・グランチェスター!入隊する!」1-9 入隊次へ。。。。。。。。。。。。。。。。ワンポイントアドバイス興味ないと思いますが参考までにステアの乗っていた機体とは、かなり変りました。輸送機(Cargo)・・物資や兵士の輸送に使います。爆撃機(Bomber)・・高高度を飛びます。デカく、のろくいですが、燃料タンクが大きいので航続距離が長いです。日本を空襲したアメリカ機Bー29は、29番目に設計された爆撃機モデルという意味です。戦闘機(Fighter)・・作中の通りです。速いですが、航続距離が短いです。第二次世界の初期は、急降下して地上の敵を撃つような対地戦闘機は‥お待ちくださいまだ開発途上だったと思いますが。。調べておきます。偵察機(Reconnaissance)・・戦闘機から武装を外し、カメラを取り付けた機種です。超高高度を飛びます。主に「R」が入っているのが当該機です。では、ブルーインパルスの機種はどれか?ブルーインパルスは、宮城県松島基地に所属する、アクロバット飛行をする飛行チーム名。練習機(Trainer)として開発され、現在の機種はT-4と呼ばれています。ミサイルや機関砲などの武器は一切積んでいません。燃料タンクに「発煙油」という専用のオイルを入れ、スモークを出しています。パイロットは、元々戦闘機(F)を乗りこなしていた超エリートだそうです。ステキ♡コメントは承認制の為、反映されるまでタイムラグがあります
★★★1-8『アーチーボルド・コーンウェル』に扮したテリィは、医療物資の管理者―ロジスティシャンとしてアメリカの商船に乗り込んでいた。レッド・クロスの支援物資が大量に積まれたその船は、大西洋を横断し、中立国ポルトガルのリスボンで荷を下ろすらしい。アメリカ船は『中立法』により、交戦海域に入ることはできない。とはいえ、外海なら安全かと言えば、そうとも言い切れなかった。アメリカ船をイギリス船と見誤って、ドイツ軍に誤爆されるリスクがあったからだ。テリィが乗り込んだ船も例に漏れず、巨大な星条旗(アメリカ国旗)を船体に描き、夜間もライトアップし、アメリカ船であることを猛アピールしていた。※赤が今回の航路(青は戦前の航路)「南に大きく迂回し、危険海域を避けた大回り航路・・速度はのろのろ。・・いったい何日掛かるんだ」船がつくりだす波しぶきを眺めながら、テリィは大きなため息をついた。海の色も空の色も、かつてと変わってはいない。なのに、世界を取り巻く色は一変してしまった。何度目かのため息をついた時、背後から声を掛けられた。「アードレー財団のアーチーボルド君かい?」テリィの心臓が跳ね上がる。瞬時に胸のポケットから防弾ガラスメガネを取り出し、知己でないことを祈りながら振り向く。シュッとスーツを着こなした男性。「いかにも、、僕こそがアーチーボルドです、あのアードレー財団の」耳にのしかかる鋼の重さに気をとられ、テリィの演技は不自然極まりない。「カーネギー財団のダニエル・ホーキングです。お会いできて光栄です。任務とはいえ、あなたも大変ですね」この船の関連企業の御曹司が握手を求めている。この距離感、雰囲気。どうやら初対面のようだ。テリィは内心、胸をなで下ろしながら「あなたこそ、ミスター・ホーキング」と自信が復活した口調で握手に応えた。「ダルで結構です。あなたのような専門家がいれば、私も心強い」(・・・専門家?)船に乗り込む前に、アーチーから渡された『専門書』が脳裏にちらつく。――馬鹿でも覚えられる元素記号『僕になりきるなら、基礎知識ぐらい叩き込め!』そう念を押されたのだ。更に、アーチーになるための必須アイテムとして渡されたレースぴらぴらの服と華美な帽子、そして愛用のコロン。もちろん丁重にお断りした。「では、ダルさん。私のことは――」(ぴらぴら下まつげ、とお呼びください)※テリィがつけたアーチーのあだ名「アーチーとお呼びください」ニコッと役者スマイル。「・・・アーチー・・どこかでお会いしたことがありましたか?」握手をしながら、ダルは不思議そうに尋ねた。「口説き文句なら、使う相手を間違えていますよ、ダルさん」「ハハっ、、たしかに。以前、アードレー家のご息女とお会いしたことがあります。同じように船で」その言葉でテリィは思い出した。(あいつかっ!キャンディにちょっかいを出していた)「――それは、奇遇ですね」テリィは握手する指の先をぎゅっと強めた。「では、私は下に降りますので」「あ、あぁ、、また夕食の時にでも」柔和なのにどこか圧が強い。そんなアーチーの様子に、ダルは一瞬デジャブを覚えた。(あぶない、あぶない。バレて船から下ろされでもしたら大変だ)テリィが重すぎるメガネを外した時、一人の青年の姿が目に映った。浅黒い肌。痩せた身体。ベンチに座り、遠い目で海を眺めている。「・・・!カール!なぜこの船に」とっさに駆け寄る。「――どなたですか?」驚いたようにこちらを見つめる灰色の目は、カールより優しい。テリィは急激に気まずさを覚えた。「あ、失礼、、あまりに知人に似ていたので」青年の膝の上にはスケッチブックが置かれていた。「――絵をお描きになるのですか?」興味があったわけではないが、気まずさも相まって会話を続けた。「・・描こうと思ったのですが、このように何も無い景色だと、どう描いていいか分からなくて。せめて島影の一つでもあればいいんですけど」お互いの視界の先にあるのは、海と空だけ。「たしかに。絵具は青一色で済みそうですね」冗談ぽくテリィは笑った。「普段は山を描いている方が多いので、余計に難しくて」そう言いながら青年はスケッチブックをぱらぱらとめくっている。「絵描きなんですか?」「いえ、、売れたのは人生で1枚だけです。本職は別で・・」恥じたように言う青年は、自分の絵をテリィに見せることは遠慮した。「29年の経済の大暴落で、家業の資金繰りに困って・・イギリス人の老紳士に頼みこんで買ってもらいました。絵はまた描けばいいし・・」青年の顔は『本当は売りたくなかったんだ』と言っているようにも見える。うつむく青年に顔を上げてほしくて、テリィは言った。「それなら、ゴッホ(※Van・Gogh)と並んだ。彼の絵は生涯で一枚しか売れなかったらしい」「渦巻きが特徴的な画家ですか?」「そう。ひまわりと自画像ばかり描いていた画家」「ぼくも同じモチーフばかり描いています」「それなら尚更ゴッホだ」「そうですか・・ぼくはゴッホと同じか」青年の顔が、はにかむように緩んだ。「さて、そろそろ任務交代の時間だ」青年は腕時計を見ながら、思い出したように立ち上がった。ラフなシャツにジーンズ姿のその青年に、何の任務があるというのだろう。「・・君は、この船で何を?」立ち入った事と思いつつも、聞きたくなった。「ぼくは海軍兵士です。この服装は偽装です。兵士が乗船していたら、ドイツ軍に怪しまれてしまうから」予想もしない答えだった。「家業があるのに、志願を?」「志願したかったわけじゃありません。選抜徴兵法をご存知でしょ?」(アメリカは徴兵制度じゃなかったはずだが・・)テリィがそう思った時、意外な答えが返ってきた。「志願兵だけでは数が足りないので、兵力不足を補うために地域ごとに抽選で徴兵対象者を選ぶんです。ぼくは先の大戦で当たっちゃって・・――でも、たぶん、いかさまです。ぼくの肌が濃くて独身だから、ぼくが"あたり"を引くように操作したんでしょう。いつものことです」(そんな事が、、)返答に詰まるテリィを見て、青年は明るく言った。「その時の戦争は直ぐ終わったので、幸運でした。ただ、政府は今また選抜徴兵制を復活させようとしている。運用が始まったら、どうせぼくが抽選に当たる。だからさっさと志願したんです。アメリカが本格参戦する前に、兵役を終わらせてしまおうと思って。・・家業の鍛冶屋も潰れたし」テリィは驚きと好機の目でその兵士を見た。「これも、生きづらい世の中を生き抜くための知恵です。それに当面、食事とお金の心配はしなくていい。では!」敬礼しそうになる腕を咄嗟に横に振り、青年は任務に向かった。いや、何かの任務が終了したのかもしれない。痩せた後ろ姿を見送りながら、テリィはぐるっと周りを見渡した。甲板にいる人たちが、今までと違って見える。女性の姿はない。(もしかしたら、自分以外は軍人なのかもしれない・・)そう。この船は今、戦火が渦巻くヨーロッパに向かっているのだ。『ぼろ』が出ないようにテリィは極力人目を避け、狭い船室に籠った。脚本ばかり読んでいた15年前の航海とさして変わらないようにも思えたが、今回読んでいるのはアーチーからの贈り物『馬鹿でも』シリーズのテキスト。それだけではない。ジョルジュからは『初めての武器』という図解入り解説本を渡されていた。(あの人たち、俺を役者バカとでも思っているんだろうか)その後、時々出会う青年の話では、この船はリスボンで荷を下ろした後、南下して目的地に向かうという。要するに、効率上、便宜上、レッド・クロスの支援物資を積んでいるだけで、この船の本来の目的は他にあるようだった。(ま、俺はリスボンで降りるから関係ないが・・)どこかモヤモヤした気持ちを抱えていたある日、ホールで朝食をとっているテリィに、ダルが話し掛けてきた。「ごきげんようアーチー、この船の乗り心地はどうだい?」「やぁ、ダル。快適すぎて朝からアドレナリンが出まくっている」それっぽい単語を使ってみたが(あれ?ドーパミンだったか?)間違えた気がして、急いで会話を変える。「こ、この船は、、リスボンで積み荷を下ろした後、、どこへ?」アードレー財閥という肩書がモノを言ったのか、ダルの口は滑らかだった。「中部アフリカのコンゴだよ。ベルギー領だから、戦況を鑑みるとこれが最後の輸送になるかもしれない」コンゴの鉱山から高純度のウラン鉱石を搬入すると教えてくれた。「・・ウランというと、兵器に関係が?」『馬鹿でも』シリーズを読んだばかりのテリィには、それしか思い浮かばなかった。「さすが鋭いね。未知の兵器だそうです。今、アメリカの4カ所で研究が行われている。ドイツから亡命してきた量子力学の権威達を集めてね」アインシュタイン、オッペンハイマー、マンハッタン計画という単語が次々に出てきたが、テリィの耳には素通りだった。「核兵器は、ドイツより先に開発しなくては」という言葉だけが、危機感をあおるように耳に残った。(・・カーネギーのような重工業技術を持つ企業は、兵器の製造をしているんだったな)テリィは予め準備していたセリフでやり過ごすことにした。「私はその分野は寡聞なもので、お恥ずかしい限りです」軽く頭をかいて笑う動作を忘れない。「アーチーの専門は?」「企業秘密なので・・コードネーム『平和菌』とだけ。アッハッハ」と医療財団の者が言えば、説得力もあるというもの。上手くかわせた、と内心ほくそ笑むテリィに、ダルは独り言のようにつぶやいた。「戦争を一瞬で終わらせることができる大量破壊兵器は・・平和菌と同意かもしれない」そんなわけがない、と心の中で否定したテリィだったが、「・・・何はともあれ、どちらも未来の命を救う」付け加えられた言葉を聞いた時、咄嗟に反論できなかった。青年はいつも同じ服で同じベンチに座り、海を眺めていた。膝に置かれたスケッチブックは、身分を隠すためのカモフラージュなのか、趣味の強調なのか、心の安定剤なのかは分からない。どこか寂寥感漂う佇まいが、かつての自分を彷彿とさせた。「器用だね、海を見ながら山の絵を描くなんて」突然後ろから話しかけられた青年は、慌ててスケッチブックを閉じた。「・・故郷の山は、目を閉じていても描けますから」木炭を握る手は、さほど汚れてはいない。本気で描いていたのではなさそうだ。青年の隣はいつも空いていた。テリィは深い意味もなくそこに腰掛けると、青年がふいに質問してきた。「もしかして、中部に住んでいたことがありますか?」過去に何度かその質問を受けたことがあるテリィは、『僕はイギリス人ですが、妻がミシガン州出身なので』といつもは答えていたが、今回は控えなければならない。「分かるかい?」どこに『なまり』があるとも分からずに、アーチーになりきって答える。「やっぱり!ぼくはミシガン州出身なんです」これまた奇遇。「僕は・・イリノイ州シカゴだけど、妻がミシガン州だよ」「わっ!本当に?」青年の笑顔が思わず弾ける。「家のリビングに、妻のふるさと、里山の油絵が飾られているんだ」家族が集う部屋の、常に真ん中にあるポニーの家の絵。「油絵か・・。もっと油絵の勉強をしたいな。できればパリで」「――パリは今、戦火の真っただ中だぞ?」青年は、あ、そうか、と舌をペロッと出した。そのしぐさは、まるでキャンディのようだった。「――芸術の都では、ぼくが何者であっても画家になれる。絵に政治的なメッセージを込めるようなことはできないけど、セーヌ川が流れる街並みを描いてみたいんです、いつか――」夢を語る瞳はキラキラと輝いていた。それ以降、二人の距離は縮まり「兄さん」「ゴッホ君」と自然に呼び合うようになった。テリィにとっても、『アーチー』と名乗るより、はるかに良心が心地よかった。中継地リスボンについた船は、港に停泊していたイギリス船に数日掛けて積み荷を移した。待ち時間に港で仕入れた情報は、時間が止まっていたような船内から、まとめて更新された。――ノルウェーは、南部の国土を失った。国王と政府はドイツ軍の爆撃の標的となり、雪が残るノルウェーの森を逃げ回っているという。デンマークは、既に降伏している。オランダは、わずか5日で降伏に追い込まれた。ベルギーは、国土の大部分が陥落。首都も制圧され、国王と政府が敗走状態。フランスは、押し寄せるドイツ軍を食い止めようと、激戦が繰り広げられている――ヨーロッパの情勢は、海流より速かった。この先、北の海域にはドイツのUボートが潜伏しているだけでなく、イギリスが仕掛けた20万個以上の機雷が水中のいたるところにあるらしい。接触すると爆発が起こるその兵器は、海のどこに潜んでいるか分からないというから厄介だ。一期一会という言葉の通り、南に針路をとるゴッホ君とはここでお別れになる。「お会いできて光栄でした。楽しかったです」「気を付けろよ」アメリカ船とイギリス船が並んで見える場所で、二人は別れの挨拶を交わしていた。「それは兄さんの方でしょ。行く先での幸運を祈ります。いつか、シカゴでお会い出来たらいいですね」屈託のない笑顔を向けられ、テリィの胸はわずかにつかえた。自宅はシカゴじゃない。「もしよかったら――君の絵を買いたいんだ」「作品の持ち合わせは無いですよ」繋がりを持ちたかったのかもしれない。テリィはイギリスの住所を書いたメモを渡した。「兵役を終えたらで構わない。ここに連絡を」ゴッホ君は驚いたように目をぱちぱちさせ「兄さん、一度もぼくの絵を見たことないですよね?」クスクス笑いながらテリィを見つめた。「秀作に決まってる」大真面目に言うテリィに、「ぼくはゴッホを抜くわけですね!」とメモを一瞥(いちべつ)し、胸のポケットにしまいこんだ。「おいっ、出航するぞー!!」船員の怒鳴り声が、埠頭にいた二人に届いた。ゴッホ君はスケッチブックを慌てて一枚破り「この程度の絵なんですけど、、、キャンセルするなら今ですよ」とサッとテリィに渡すと、逃げるように甲板に駆け上がった。テリィはフっと笑いながら、木炭で描かれたラフ描きに視線を落とした。――山の稜線、その中央に古びた教会・・見覚えのある構図。テリィがハッとした時には、ゴッホ君は甲板から手を振っていた。「スリムなのか!?」その声は、もう届かない。手を振る姿はみるみる遠ざかる。「いつか、必ず・・!」心の中で繰り返すテリィだった。1-8 スリム次へ。。。。。。。。。。。。。。。。。。ワンポイントアドバイスVincent van Goghゴッホは35点の自画像を描いています。ナルシなのではなく、モデルを雇う余裕がないという経済的な理由でしたが自分の顔を繰り返し描くことで、照明や色彩を試すことができました。ゴッホは、アメリカでは「ゴウ」、イギリスでは「ゴフ」と発音するのが近いようです。スリムについてファイナル・ストーリーで初登場する、ポニーの家出身の男の子です。絵を描くのが好きだった少年は、キャンディと生き別れ、現在消息不明です。ある日『あのひと』が、ロンドンの蚤の市でポニーの家の絵を見つけ、持ち帰ります。絵には『スリム』と書かれたサインがありました。この時の様子を、ロミジュリさんがイラストに描かれています。(※あのひと=テリィの場合の妄想お絵かきです)宜しければ、併せてご覧くださいロミジュリ on Instagram: "『ファイナルストーリー』より スリムの絵🖼️ 「蚤の市で見つけたんだ」 この後二人で素敵な額縁を選びに 出かけたのでしょうね🫶✨ #テリュース #テリィ #candycandyfinalstory #candycandyfanart #透明水彩イラスト"4,182 likes, 221 comments - romi_ju_ri on March 4, 2026: "『ファイナルストーリー』より スリムの絵🖼️ 「蚤の市で見つけたんだ」 この後二人で素敵な額縁を選びに 出かけたのでしょうね🫶✨ #テリュース #テリィ #candycandyfinalstory #candycandyfanart…www.instagram.comコメントは承認制の為、反映されるまでタイムラグがあります
★★★1-7バンっ!!いつものように政治談義をしていた安息日の昼下がり、エグゼクティブルームのドアが、外れんばかりの勢いで開いた。「テリュース!アメリカにいたなら何故シカゴに来ない!」そう怒鳴る青年がアーチーだと気づくのにテリィは一瞬遅れた。どこか印象が違っていたからだ。「・・アーチー?しばらく見ない内に・・変わったな」「染めたんだよ!」頭をグシャっと触りながら不服そうに声を張った。(――白髪か)テリィは声に出してはいない。しかし、同情めいた口元を読んだのか、アーチーは即座に反論した。「僕の光り輝く金髪を染めたんだ!!」なぜか口を尖らせている。アーチーの短気は健在だった。「・・映画の仕事で来たんだが、開戦で帰国できなくなった。そうか、シカゴ・・ポニーの家にも行ってなかったな」そんなテリィの言葉を聞いて、アルバートが笑いをこらえるように口元に手を当てた。「君の視線が内陸に向いたことがあったか?僕が知る限り、四六時中海を睨んでいた」テリィはバツが悪そうに「来週にでも、シカゴに行くよ」とアーチーに言った。「来なくていい。これを持っていけ!」アーチーは投げるように腕を伸ばした。「・・なんだ?君のパスポート?」『アーチーボルド・コーンウェル』と書かれたパスポート。写真のアーチーは眼鏡を掛けていた。髪を濃く染めた後に撮ったようだ。「通った鼻筋、形のいい唇、シャープな顎のライン、パーツは割と似ている。だがお前の方が髪が長い。あと5センチ切れ!・・僕の長いまつ毛を、兄貴の分厚い眼鏡で隠すのは、正直不本意だったがなっ」アーチーは、チッと舌打ちした。「――まつ毛?」テリィには、アーチーが何を言っているのか分からなかった。(たしかにまつ毛は長い。・・特に下まつ毛)アーチーをじっと観察しているようなテリィを見て、アルバートは額に手を当てた。「あ〜つまり、近日、レッド・クロスが医療品をヨーロッパに輸送するんだ。その医薬品はアードレー財団が提供したもので、管理者を1名同行させる必要があってね」そこまで聞いても、テリィはまだ要領を得なかった。「・・・・荷物に紛れて密航しろと?」夫婦の感性はだんだん似てくるのか。思わず口にしたテリィに、アーチーは「違うっ!密航にパスポートなんか要らないだろ」と突っかかる。そんなアーチーの言葉で、テリィは突然分かった。「まさか、、アーチーになりすまして出国しろって言っているのか?」「イギリス人より、中立国の人間の方が安全だからな。どこでドイツ軍に捕まるとも限らない」アーチーが説明する後ろで、腕を組んでいるアルバートがコクリと頷いた。ジョルジュも眉一つ動かさない。その様子で、それがアルバートからの提案なのだとテリィは察した。ヨーロッパの勢力図を考えると、念には念を、ということなのか。テリィは驚きと感謝の混じった瞳で再びアーチーを見やった。「――いいのか?ばれたら君は、罪に問われることになるんじゃ」「その時はその時だ。盗まれた、とでも言っておく」不機嫌とも照れているとも見える顔つきで「変装用だ。どれでも好きな物を持っていけ」と幾つかのメガネが入ったアタッシュケースを開いた。「色付きのサングラス、ワイパー付きメガネ、二人用メガネ、5キロ先のゾウが転んだのも見通せるマサイ族メガネ」説明する傍から、アルバートが引き寄せられている。「・・・アーチー、このメガネ・・・」マサイ族メガネに、心を鷲掴みにされたようだ。「も、、もちろんです、どうぞ」阿吽の呼吸で小さな商談が成立する中、テリィは一つのメガネを手に取った。「これは・・?」一見普通のメガネだが、重厚感がある。「ステアの発明品。落としても絶対に壊れないメガネだ。戦車と同じ素材で、銃弾さえ跳ね返す。高マンガン鋼と防弾ガラスを使用しているらしい。ほぼガラクタだ」テリィはプッと噴き出した。レンズが厚すぎて視界が殆ど効かない。「これにするよ。壊したくないからな」遺品のメガネを胸のポケットにしまうと、ステアに守ってもらえるような感覚がジワリと広がった。「そんな事より、貴様が死んだらアーチーボルドが死んだことになる。・・だから、絶対死ぬんじゃないぞ!」アーチーは真剣な目でテリィを睨んだ。「・・・ああ、分かってる」――イギリスへたどり着く、絶対に。どちらからともなく差し出した手は、固く交わされた。その直後、タイミングを見計らっていたのだろう。息を詰めるように数人が部屋へと入ってきた。真っ先にテリィの目に映ったのは、涙ぐむアニーだった。「テリィ・・・キャンディを、よろしくね。守ってね」まるで神にでも祈るようにテリィの瞳に訴えている。「もちろんだ。約束する」アニーの後ろにはアルフレッド夫妻の姿があった。「・・戻るんだな、危険を冒してでもイギリスへ。・・君は、どこまでもかっこいいな。僕は、無理だ」アルフレッドは、パティの腕に抱かれた小さな赤ちゃんをちらりと見た。「でも、分かるよ。家族がいるんじゃ・・」赤ちゃんは、指しゃぶりをしながらすやすや眠っている。「アルフレッド、映画は――」「映画の公開は、戦争が終わってから考えるよ。主役の君が、ニューヨークの映画館で鑑賞できないなんて、ナンセンスだからね」「恩に着る、アルフレッド」「――虫のいい話だけど、イギリスを、僕の故郷を、RSCの仲間を・・たのむ」テリィは言葉が出てこなかった。任せておけ、などと、どうして言えるだろう?テリィはアルフレッドの腰を軽く叩くと、「ハムレットのような結末にならないことを祈っててくれ」と微笑した。「テリュース・・・」女性の声。ドアのところに佇んでいたのは母親だった。髪を乱したエレノアが、これほど小さく見えたことがあっただろうか。©いがらしゆみこ・水木杏子 画像お借りします「・・・母さん」エレノアはゆっくりとした足取りで歩み寄った。「――きっと、大丈夫よ」大丈夫なわけがない、と悟ったような瞳は涙を耐えている。それでも、おまじないのように繰り返す。「・・・身体に気をつけるのよ。無茶をしちゃだめよ。あなたは、役者なんだから」そんなことを顧みるような息子ではないと分かっていても、母は繰り返した。「銀幕に映るあなたの顔を、ニューヨークで、孫と、キャンディと一緒に、観るんですからね・・」エレノアは、テリィの両頬を弱々しく包むと「テリュース・・テリィ・・・」とつぶやいた。テリィの顔立ちの一つ一つを、記憶に焼き付けるように。(母さん、ごめん・・)胸に痛む親不孝を感じながら、白髪が混じる母親を抱きしめた。一通りの旅立ちの挨拶が終わると、摩天楼を眺めていたアルバートがにわかに振り向いた。「さあテリィ、作戦会議をしよう」その顔は、今までのアルバートではなかった。そう、実業家の顔だ。「――作戦?何の、ですか・・?」「何って、これだよ」アルバートは、キャンディの手紙を顔の横に掲げた。1-7 アーチーのパスポート次へコメントは承認制の為、反映されるまでタイムラグがあります