6章⑭「すっぽかした授賞式」のスピンオフです。

本編を未読でも読める話になっていますが、6章まで読了されていない方には壮大なネタバレになりますのでご注意ください。

 

★★★
「残念だわ、クリスマスのミサが終ったらパーティをするのに。カートライトさんもジミィも来るのよ?」
キャンディは不服そうに口を尖らせながら、アードレー家のエンブレムが誇らしげについた黒塗りの車のハッチバックをあけた。

「うわっ!ありがとう、アルバー・・大おじさま!!」
大量のプレゼントの箱が顔を出すとキャンディの表情は一変し、それらを両手いっぱいに抱え込む。
「キャンディ、前が見えているのかい?転ぶなよ」
後を追うアルバートも人の事は言えない、とジョルジュは思った。
案の定、先を行く二人はプレゼントの箱を道しるべとばかりに落としながら歩いている。
子供へのプレゼントに割れ物は禁物だ。三年目ともなると、さすがのジョルジュもわきまえている。
ジョルジュは無言で拾い集めながら、残りのプレゼントをホールに搬入した。
まだ木の香りが残る新しいホールには、大きなモミの木が中央に陣取っている。

 



「大総長には、クリスマスも無いみたいね」
家族で過ごす一年で最も重要な日なのに、とキャンディが皮肉っぽく言った。
「僕だって精一杯がっかりしているんだよ。しかしね、ニューヨークの事業は社運が掛かっている。クリスマスの翌日なら戻って来られるかもしれないけど」
「ターキーもパイも残ってないと思うわよ?お皿だけでいいならどうぞ」
キャンディにはニカっと白い歯を見せた。
「・・・ところで君へのプレゼントだけど」
今年で二十歳になったキャンディには、大人の女性が似合う何か特別なものをプレゼントしたい。

そう思っていたのだが、結局決められずに今日を迎えた。
「ニューヨークの有名なお菓子がいいわ。みんなで食べられるでしょ?」
「相変わらずだね、キャンディは」
アルバートは笑いながらも、少し残念そうに眉を下げた。
一昨年の誕生日にはシーザーとクレオパトラ、二頭のサラブレッドを買い戻して贈った。
本宅の客間を改築し、ミントグリーンで統一した部屋もプレゼントした。
去年は盛大な誕生日ガーデンパーティ。それに合わせてあつらえたドレスと貴金属。
今年の誕生日は出張で祝えなかったので、遅ればせながらこのポニーの家の増築を・・プレゼントしたと言うのかどうか。

望めば何でもプレゼントできるアードレー家の若き総長。
しかし目の前のそばかすの女の子は、十秒で食べ終わってしまうようなお茶菓子しか要求してこないのはいつものことだ。

「ウィリアム様、出発の時間です」
アードレー家の総長たるもの、分刻みでスケジュールをこなさなければならない。
公の場に姿を現してから三年、息つく暇もないとはまさにこの事。
今日ポニーの家に寄ったのもかなりのロスタイム。
これから向かう東海岸への道中は、時速百キロ越えのジョルジュの荒っぽい運転に身を任せねばならない。
「商談、上手く行くといいわね。祈ってるわ」
キャンディはアルバートの首に両手を回し、おまじないでもするようにぴょんと跳びながら頬に軽くキスをした。

少し膝を曲げてそんなキャンディに応えることに、アルバートもすっかり慣れていた。

お返しのキスは、その時々。しかしこれは、家族の挨拶の域を出ない。
「キャンディ、・・実は明日――」
「ウィリアム様」
鼻の下が伸びていますよ、とばかりにジョルジュの声が割って入った。
決まっていい時に邪魔をするジョルジュ。
これもいつものことなのだが。

田舎道を走る車の中で、アルバートはおもむろにきいた。
「・・・ジョルジュ、もう何年経っただろう・・」
「何がですか?」
「・・・キャンディは、僕に日記を送り返してきた・・十ヶ月前だ。・・どう思う?」
「―・・と申しますと?」
「あの日記はテリィの事でいっぱいだ。一回目は大おじさまに退学の理由を分かって欲しいと送って来た。二回目はこの僕にあずかって欲しいと送って来た。・・マイアミのホテルで、テリィとニアミスした直後に、だ」
「女性の気持ちなど、私には測りかねます」
「・・・キャンディは、まだテリィが・・忘れられないんだろうか・・。僕はいつまで、こんな風に家族でいなければならないんだろう」
しばらく車の中に、エンジン音だけが響いていたが、ジョルジュは不意に口を開いた。
「――統計ですが、新しい恋人ができた時、女性は前の恋人からの手紙や写真を捨てるそうです。七割が」
「・・・七割」
アルバートはごくりと息を呑んだ。

キャンディが未だにテリィの手紙や切り抜きを持っているのは知っている。
「三割の女性は、思い出として・・持っていたいってことだね」
少数派の意見にすがるような感覚を覚えるのは何故なのか。
「ですが、男性はほぼ全員、前の恋人の思い出の品など、捨てて欲しいと考えるようです。・・・統計では」
――だろうね。
アルバートは思わず苦笑した。
「キャンディは、いつテリィを・・忘れられると思う?」
「人それぞれでしょう」
「君はどうだった?・・・」
少し遠慮がちな口調になってしまったのは、他ならぬ姉ローズマリーの事を尋ねる結果になってしまったからかもしれない。
ジョルジュの恋話など、一つしか知らないからだ。
少しの沈黙の後、ジョルジュは控えめに答えた。
「―・・・想い人が、結婚した時です」
なるほど。
それは確かにそうかもしれない。
「・・・テリィは、半年ぐらい前に婚約したんだったね」
「はい。今年の四月にそのような記事が。ですが結婚式はキャンセルされたようです」
「えっ?」
初耳だった。
そんな報道は出ていない。
「調べたのか?」
「はい。ウィリアム様が訊かれると思ったので、NY周辺の教会に探りを入れました。・・相手の方の体調不良がキャンセルの理由のようですが―」
「スザナはそんなに体調が悪いのかい?」
「――お元気そうです」

アルバートは複雑な心境だった。
胸の奥につかえたようなモヤモヤの正体は一体何なのか。
―・・自分は、テリィにどうして欲しいのだろ。
そしてキャンディに、どうしたいのだろう・・・

キャンディに幸せになってもらいたい。
それだけはハッキリしている。

窓ガラスに映る自分の顔は、恋に悩む男のようではないか。

 

©水木杏子・いがらしゆみこ 画像お借りしました

『キャンディ、ストラスフォード劇団がこの町に来ているらしい。公演を観に行くかい?』


あれは偶然だった。
マイアミのホテルのフロントに貼られたポスターを見て、アルバートは反射的に言ってしまった。

キャンディは少し顔を曇らせただけで、興味がなさそうに答えた。

 

『・・行かないわ。テリィとはもう会わないってスザナと約束したもの』
『芝居を観ることは、会うことにはならないんじゃないかな』


そう言った直後、アルバートは失言したとばかりに慌てて口を閉じた。
春先のロックスタウン。
・・・二人は目を合わせただけで、何らかの会話が成立したようだ、とジョルジュから事後報告を受けている。
目が合うだけで会話ができるなら、四時間の芝居を観終わる頃には、キャンディは、二人は、どうなってしまうのか。
軽はずみな質問だったと反省する自分とは裏腹に、キャンディは久しぶりに再会したラガン家の人たちと笑顔で話し込んでいた。
その後のオープニングパーティも至極ご満悦だった。

・・それなのに、運命とはなんと皮肉なのだろう。
二人は十階のホテルのベランダ越しに再会してしまった。
いや、正確には再会とは言わない。
闇夜のせいでお互いの顔は見えなかったし、言葉は一言も交わしてないのだから。

翌朝、二人はホテルから消えていた。
キャンディは朝一番の汽車で帰路につき、テリィはホテルを移っていたのだ。


『テリュース・グレアムという俳優からキャンディに伝言を預かっています。”今度僕の芝居を観に来て欲しい”、だそうです』
フロント係のスチュアートから聞いた言葉には、秘密めいた感じはなかった。

テリィの方は、既に吹っ切っているのだろう。
スザナと婚約したという記事が載ったのは、そんなことがあったニケ月後だった。
――キャンディの養父として、アードレー家の総長として テリィに会う時期が来ている。
アルバートはそう感じていた。
そして、テリィが僕を認めてくれるなら―
その時こそ僕は・・・

だから、今ニューヨークへ向かっている。
大事な商談がある。
それももちろんそうなのだが、それ以上に重要な仕事。
テリィに会うのだから。

「ジョルジュ、もし、僕が―・・・」
この先は言ってはいけない気がして、アルバートは言葉を止めた。
止めたにもかかわらず、ジョルジュは阿吽の呼吸で質問の意図を察知した。
「お二人に血のつながりはありませんので問題はございません。しかし道義的には大いに問題があります。結婚は諦めていただき、養父と養女の関係のまま、キャンディス様にお子ができた時、養子に迎えれば宜しいのでは」
もうとっくに書類をまとめて、提出するのを待っていた、と言うような口調にさすがのアルバートも意表を突かれ
「な、な、な、、っ何を言っているんだジョルジュ!!」
思わず声が裏返るほどの奇声を上げた。
「―・・失礼しました。見当違いの答えでしたら忘れてください」
いや、大いにその先を聞いてみたい。
アルバートは次なる阿吽の呼吸を期待した。
それもお見通しだったジョルジュは、だから次のように言ったのだろう。
「ですが、世間の目をごまかせるとは思えません。確実にアードレー家の名誉の傷が付きます」
「大おばさまは僕に縁談をすすめてくるだろうね」
「ウィリアム・アードレーは人間嫌いのへんくつ・・。その噂をばらまき、今まで世間の目を欺いてきました。同じ発想で切り抜けられないこともありません」
「――というと?」
「ウィリアム・アードレーは、女嫌い」
そんな理由で世間もあの大おば様も欺けるわけがない、とアルバートが息をつきかけた時
「ウイリアム・アードレーは男色家」

ジョルジュは顔色一つ変えずに言った。
(ああ・・、きくんじゃなかった)
アルバートは真っ赤になった顔を思わず覆った。
ルームミラー越しにそんなアルバートの反応を確認したジョルジュは、軽く咳払いした後、秘書らしく続けた。
「・・養子関係を解いた後、誰も知らない土地に移り住めばよいのです。
ただし、今ではありません。ウィリアム様は既に一生分の休暇をお取りになりました。最低でも二十年はアードレー家の為に働いてもらいます。後継者が育つまで」
「・・・その時僕は五十過ぎだよ?」
「引退には早すぎるぐらいです」
そうだね、とアルバートは思った。
今まで好き放題にやり、親族中に迷惑を掛けてきたのだ。
そもそもこの仕事は気に入っている。やりがいも感じている。

キャンディにしたって、故郷やキャリアを捨てることなど望みやしないだろう。
お互い、しかるべきタイミングで万人から祝福される結婚をするべきだ。
世界の半数は女性だ。出会っていないだけできっといる。

・・笑顔のステキな、動物好きの女性が。

「――ウィリアム様が女性に苦手意識があるのは、あながち嘘ではありません。イギリス留学した時に、馬好きの女性に騙されたと、すっかり落ち込んでおられた」

アルバートが消沈しているように見えたのか、珍しくジョルジュが昔話を始めた。
「あれは―・・僕がマズかったんだよ。動物が好きだって言うから彼女の家に行ったら、彼女は乗馬が好きなだけで、世話の一つもしたことがなかった」
「だから、鹿も飼ってみたら、と提案したら何故かキャスリン様に頬をぶたれた・・でしたっけ?いくら本宅の裏庭がそうだからって・・女性に対して馬と鹿、、さすがにそれは・・」
ホワイト仮面ジョルジュの口元が、笑いを含んだように揺れた。
「完全に僕の失態だった。・・動物はいいね、決して裏切らない。僕は人間の女性が何を考えているのか、よく分からない・・」
「キャンディス様も女性でしたね・・」
サルではなく。
そんな言葉を心の中で言ったジョルジュだったが、さすがに空気を読むことは知っている。
「・・・キャンディス様は・・美しくなられた」

「ああ」
ローズマリーと同じ緑色の瞳――
あの頃、ローズマリーは結婚していた。一族の反対を押し切って。

「・・・そう、キャンディはもう、二十歳の・・女性なんだ」

テリィとニアミスしたあの夜から、思考が行ったり来たりしている。
あの夜キャンディはベッドで泣き伏してしまった。
僕はどうすることも出来ず、忘れるんだ、キャンディ・・・
そんな言葉を何度も心の中で唱え、部屋を出ていくしかなかった。

 

翌朝起きると、キャンディはいなくなっていた。
夜明け前に、独りで帰路についていた。
テリィもフロントに伝言を残し、既に他のホテルに移っていた。

――二人は、もう永遠に会わないつもりなのか?

何となく、心の奥の方で、思っていた。
テリィはいつかキャンディを迎えに来るのではないかと。
そんな日が来たら、二人を祝福してあげようと。

しかし、あの夜テリィの部屋にはスザナがいた。
そしてテリィはスザナと婚約した。

テリィは・・・永遠に、キャンディを迎えに来ないのか・・?

それなら僕は――・・

いや、ダメだ。僕はキャンディの養父。

ああ・・また、これだ。いつも同じところで行きどまる。
Uターンして戻って来ても、再び何かが僕を掻き立てる。

同じ場所を行ったり来たり。
メビウスの輪のように、
答えになど永遠にたどり着けない気がする。
仕事をしていた方が、よっぽどラクだな。
そんなことを一晩中考えながら、車は夜通し走り続けた。



翌朝到着したニューヨークは小雪が舞っていた。

年末の慌ただしさを装飾するような、派手なネオンと浮かれた人々。

活気に満ちた街に刺激を貰うように、間借りしたホテルの一室でアルバートは取引相手と商談を始めた。

昼食をとりながらの接待も終わり、一階のロビーまで降りてきた頃には陽が沈みかけていた。

ホテルの前に集まっている報道陣の多さに驚いていると
「今夜はブロードウェー関係者千人以上が集まる受賞パーティがあるんですよ。名だたるスターが続々と到着していますよ」
質問もしていないのに、あんぐりと口をあけたままのアルバートを見てベルボーイの親切心が顔を出した。

テリィとアポを取り付けたわけではない。
連日公演をしているブロードウェーのスターに会うのは、パーティか深夜以外は無理だと分かったからだ。
それでも『アードレー家』の名前を出せば、面会にこぎつけられると自負があった。
しかしそんな自信はひと際高い歓声の前で、もろくも消えた。
背の高い男性がもみくちゃにされながらこちらに向かってくるのが見える。

テリュース・グレアム――

アルバートが肉眼でテリィの姿を見たのは何年振りだったか。
制服姿のあの時とはだいぶ印象が違う。
端正な顔立ちにふさわしい、きらびやかなオーラ。
ブラックタイに身を包んだ、まさに頂点に上り詰めた大人の俳優がそこにいた。

巨大なハリケーンのようなその一行が式典の会場へとなだれ込むと、遠目に様子を伺っていたアードレー家の総長も、さすがに諦めざるをえない。
「・・・話なんか、出来そうもないね。僕はテリィが学生のままだと思っていたらしい」
「・・・授賞式の後なら、時間を作って頂けるかもしれませんよ」
アードレー家に不可能なことはない、とジョルジュは言いたかったのだろう。

実際、この式典の招待状も難なく入手することができたのだから。
「今日はクリスマスだよ。テリィにはスザナが、家族が待っている。野暮だよ」
「――そうですね」

そんなことを話していると、ベルボーイが一人の紳士を案内してきた。
「こちらがミスター・アードレー氏です。カーター様」
「案内ご苦労」
紳士はベルボーイにチップを渡すと、営業用の笑みをこちらに向け、初めましてと挨拶してきた。

(要人か・・)

腹黒い政治家と話すのは苦手なんだが。
大きな息を密かについたが、アードレー家の名前と顔を売る事も、総長の大事な仕事の一つだ。
人脈は作っておいて損はない。

「ノーベル賞の授賞式に負けず劣らず今夜は華やかですね。ウィルソン大統領の体調は如何ですか、ミスター・カーター」
アードレー家の名前をどこから聞きつけてくるのか分からなかったが、アルバートはベルボーイが案内してくる紳士たちと次々に握手を交わしていた。

『受賞を真っ先にどなたに伝えたいですか?』
ふいにマイクの音が会場に響き渡った。
『僕を応援してくれた全ての皆さんに』
テリィの声だった。
『受賞の喜びを、家で待っているスザナさんになんと伝えますか?』
『――皆さんに伝えたいです』
明らかにテリィの声色が変わった。質問を打ち消すような口調。
『ご結婚されると言うのは、事実なんですよね?』
『申し訳ありません、プライベートはノーコメントで』
これ以上質問するな。そんな声さえ聞こえてきそうな威圧的な言い方だ。

(―・・・どういうことだ?)
何故隠す。
スザナと君は婚約したはずだ。雑誌に写真が載っていた。
白いドレスを着たスザナを抱き上げていた。スザナの左手の薬指には婚約指輪が光っていた。
もうすぐ結婚するんだろ?

まてよ、キャンセルしたとジョルジュは言っていた。

 

記者の質問に一瞬顔を強張らせたテリィだったが、直ぐに元の微笑に戻った。

取り囲む人々に向けたその微笑みは、計算されたように安定している。

アルバートにはそれが年月が作り出した成長なのか、芝居の延長なのか分からなかった。

「・・・ジョルジュ、テリィの様子を探ってくれないか」
「・・・何を、ですか?」
「僕の噂をばら撒いてくれ」
「・・・男色家の・・ですか?」
そんな冗談に付き合っている暇はないんだ、とアルバートの目がジョルジュを威嚇した。
「ウィリアム・アードレーがこのホテルにいると・・・情報を流します」
ジョルジュは直ぐに言い直しを迫られた。

目に見えないスプリンクラーが作動したかのように、その噂は十分も経たない内に会場内に撒かれたようだ。
気付いた時には、いつの間にかテリィは会場から姿を消し、ジョルジュの姿も見えなくなっていた。

再びジョルジュがアルバートの傍に戻って来た頃には一時間が経過していた。
「テリィはどうしたんだ?」
少し苛立った声でアルバートが言うと
「あそこにおられます」
ジョルジュの指さした方向には、ひと際姿勢がいいベルボーイがいた。
一瞬判らなかったが、言われてみればテリィだ。

とはいえ、それは答えを知っている者の心眼に過ぎない。

長い髪を帽子の中に隠し、整った顔を崩すようなメガネをかけ、紳士用の杖を手に持ち、”失礼ですが、ウィリアム様ですか?”といかにも杖の持ち主を探しているかのように、老人一人一人に声を掛けている人物が、まさか今宵の主役だと誰が気付くのだろう。
「・・・何をやっているんだ、テリィは」
「探しているようです。ウィリアム様を」
「フロントに聞けばいいじゃないか」
「聞けないからああしているのでしょう」
・・・何という事だ。

一時間、二時間と過ぎていくと、いっそ自分から名乗り出た方がいいような気持になってくる。
何と言うんだ?
僕が、キャンディの養父だと伝えるのか?
伝えたら、テリィは――・・・どうなる?

様子を探りに行っていたジョルジュが再び戻って来た。
アルバートの周りには、入れ代わり立ち代わり挨拶に来る人が絶えなかったが、一分の隙をつくようにジョルジュは
伝えた。
「彼はウィリアム様と歓談したいわけではないようです」
「なんだって?」
「彼はこのように話しかけております」


『失礼ですが、ウィリアム様ですか?』
『いかにも』
『ウィリアム・・オードリーさん、ですか?』
『オードリー?いや、わしはウィリアム・S・カスバートじゃ』
『・・人違いでした。失礼しました』

 
「わざと紛らわしい名前を発し、相手のフルネームを聞き出しています」
「・・つまり、例え本人に辿り着いたとしても、失礼しました、間違えました、と言って下がる・・・つもりだと言うのか?」
たった一秒だけ、キャンディの恩人の顔を確認する為に?
その為だけに変装し、三時間もホテル内を駆け回っているというのか・・・。

「どうしますか?このままでは授賞式に影響が出てしまいます」
ジョルジュが案じるように言った時、会場に授賞式を知らせるファンファーレが鳴り響いた。
「デビュー六年目にして初の栄冠に輝いたのは、ストラスフォード劇団、ハムレットで主役を務めた・・・・つと・・・めた・・・え?なんだって?」
マイクを通した司会者の声が、明らかに動揺している。
「テリュースを探してこいっ・・!!」
「テリュースはどこだ、もう始まっているっ!」

会場のどこかで上がった声を、マイクが拾ってしまっている。
自分の名前が連呼されているにもかかわらずテリィは全く聞こえていないのか、ひたすらホテル内を動き回っている。

しばらくして、テリュース・グレアムは体調不良で中座した、とわざとらしいアナウンスが流れた時には、さすがのアルバートも天を仰いだ。
(・・・テリィ、君は全く変わってないのか・・?)
デビュー六年目にして手にした初の栄冠。その晴れ舞台を、たった一秒の為に棒に振るというのか・・

きみはまだ・・・それほどまでキャンディを――。


茫然としているアルバートを見て、ジョルジュが声を掛けた。

「何故、名乗り出ないのです。お二人はお知り合いのはず」
「・・どうして言える?大おじさまの向こうにいるキャンディを、あんなに必死に追い求めているテリィがいるのに・・っ!」

そうまでして隠さなければいけない恋なのか・・?

何故キャンディを迎えに来ない、想いをぶつけない。

まるで犯罪者のようにコソコソと――!

 

――いや、自分だって同じじゃないか。
(なにが・・誰も知らない土地に移り住むだっ・・!犯罪者でもないのに)

アルバートは自分をあざ笑いたくなった。

「――ジョルジュ、あらゆる媒体に報道規制をかけてくれ。僕の顔は今後そのまま掲載しないようにと」
「な、何ゆえ―」
「アルカポネに命を狙われている、とでも言えばいい。載せるなと言っているわけじゃない。一般人同様に顔の一部を加工しろと言っているだけだ。年齢もミドルネームも掲載不可だ!」 
「ウィリアム様・・なぜそこまで・・、彼の為ですか‥―?」
「やらないでいられるかっ・・!僕はまだ諦めない!!」
  
―・・大おじさまがアルバートだと知った時、おそらくテリィは認めてしまう。 
以前キャンディに送ってきた手紙のように。 


 キャンディ、君はなんという女だ!僕という恋人がありながらアルバートさんと暮らすなんて。
・・でも、まぁ、相手がアルバートさんなら、・・許してやろう。


「ジョルジュ、帰るぞっ」
高ぶった感情が抑えきれず、アルバートはパーティ会場から飛び出した。


―・・・よく分かったよ、テリィ。
その普遍的な愛を見て、僕は感動さえ覚えた。
二人はまだ想い合っている。
何の希望もない中でも。

僕に出来ることはなんだ?

・・・キャンディの幸せがどこにあるか・・見極めることだ。

これから先も、今までと同じように――

 


帰路のジョルジュの運転は、殊の外丁寧だった。
「ジョルジュ・・あれから、もう何年経っただろう・・」
「五年です」
「・・・なんだ、分かるんじゃないか」
「秘書ですから」
「今夜テリィには・・・家族が待っているんだろうか・・」
「スザナ・マーロウとその母親が待っているでしょう」
「・・・・」
車窓から見える雪景色が、一層寒々と映ったのは気のせいだったか。

 



「・・・僕たちも、家に帰ろう」
「――シカゴのエルロイ様のところで宜しいですね?」
ジョルジュ、君の冗談はいつもタイミングが悪いな。
「ミシガン州・・ポニーの家へ向かってくれ。きっと残りもののターキーとパイが用意されている」



――温かい僕の家族のいる場所へ・・・

 

 

 

アルバートの恋

(完)

 

 

 

。。。。。。。。。。。。。。。。。

ワンポイントアドバイス

このお話は6章⑭「すっぽかした授賞式」のスピンオフです。

 

1章③「出さなかった手紙」

1章⑩「ニアミス」

6章⑪「アルバートの10年」ともリンクしています。

お時間のある方は併せてお読みください♡(リンクを貼ってあります)

 

茶色の文字「キャンディ、君はなんという女だ!」というテリィの手紙の文面は、アニメ版からの引用です。

 

本編では直接触れることのなかったアルバート側の心情を描いてみました。

ちなみにアルバートは、キャンディのリクエストである『お菓子』を買い忘れていることに、まだ気づいていません。

 

日本とアメリカでは逆

昨今の日本ではクリスマスは恋人と、大晦日・お正月は家族と過ごす、という風潮がありますが

アメリカは逆のようです。

 

「あれから5年」=テリィとキャンディが別れてから

 

ジョルジュの恋バナはこちら⤵に載っています。

 

旧小説555頁

 

 

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