★★★6-11

昨日アルバートの仕事部屋でキルトを試着していた時の出来事だ。
「これは鷹ですか?それとも鷲?」
テリィはバックル中央に刻印された紋章に気が付いた。
「鷲だよ。スコットランド移民である先々代が好きだったようだ」
「スコットランド移民?(ああ、それでキルトなのか・・)」
「鷲も鷹も同じタカ科なんだが、一般に鷲の方が大きくて、翼を開いて飛ぶ姿がとても美しいんだ。飼いならすこともできるほど頭が良くて、食物連鎖の頂点に君臨しているとも言われている」
「だから貴族がこぞって紋章に使いたがるわけですね、アメリカの国章にも確か―」
「ハハっ、真似したつもりはないんだが。グランチェスター家もそうなのかい?君のイメージに合うな」
「いえ、うちは違います。鷲はむしろアルバートさんでしょ。キャンディがお守りにバッジを持ちたくなるのも分かります」
テリィはもう気付いていた。六歳の時ポニーの丘で出会ったキャンディの初恋の相手はアルバートさん。
「バッジ・・?あれを見たのかい?」
「ええ・・」
(・・アルバートさんがその気になれば、キャンディは応えていたんじゃないか?)
アルバートは何か言いたそうなテリィに気が付いた。
「――なぜキャンディとの未来を選ばなかった?そう言いたいのかい、テリィ」
「えっっ、、いやっ」
この人の前では隠し事はできない。テリィは思わず髪をかき上げた。
「実はね、考えなかったこともなかったんだ。誤解するなよ?記憶を失くしている時の話だ。どこの誰とも知らない僕を、親身になって世話してくれて一緒に住もうと言ってくれた。明るい彼女と一緒にいると不安が消えた。誰の記憶も持っていない僕が、この子とずっと一緒にいたいと思うのは至極当然だろう?もちろんキャンディの恋路は応援していたが、肝心な恋人は遥か遠くにいて、雑誌の中の存在じゃ、実感なんて湧かないさ。だから二人が別れた時も、君には僕がいるじゃないか、とさえ思ってしまった。早く忘れた方がいいと」
「・・・ですよね、そう思います・・」
正直なアルバートの発言に、テリィの心中は複雑極まりない。
「――だけど間もなく僕は記憶を取り戻した。・・真っ先に思い出したのは、そばかすだらけのかわいい笑顔と泣き虫顔。僕はアードレー家の総長で、彼女の養父だということ。――そして、テリィという存在だ」
「僕、ですか?」
「そう、アードレー家に戻った僕が、最初に部屋で目にした物は、キャンディの日記帳だったんだ」
「学院を去る時に大おじさまに託したと言う、・・あの日記帳ですか?」
「意外に思うかもしれないが、あれを初めて手にしたのはその時なんだ。アフリカから戻る途中で記憶喪失になってしまったからね。・・君はあの日記を読んだかい?」
「いいえ、さすがに見せてくれませんよ。でも、アルバートさんは―」
学院を出ていく理由を分かってもらう為に大おじさまに贈ったとキャンディは言っていた。
読んでいて当然だろうと思ったが、予想外の言葉が返ってきた。
「女の子の恋心を覗き見るほど、僕は悪趣味じゃない」
「では、読まなかったんですか?」
「ハハっ、同居している時に散々聞かされていたからね、読まなくても見当は付くさ。まぁ、結論を確認した程度だ。結論、知りたいかい?テリィくん」
教えたそうな顔をしているアルバートさんを見て、付き合うしかなさそうだとテリィは思った。
「覚えているのなら・・」
「じゃあ、キャンディには内緒だよ?最初のページは回想から始まっていた。イギリスへ向かう船の中、深い霧の立ちこむ甲板で、海を見つめる少年の後ろ姿に目を奪われた・・・。次のページには、その少年が学院の生徒だったと書いてあった」
「アルバートさん、最初から読んでいますよね?――もしかして五月祭のくだりも読んだのでは?」
「う~ん、五月祭!君はキャンディにニ回叩かれた。記憶にあるのはその程度かな」
「・・十分ですよ。結論だけではなく、ポイントもきっちり押さえているみたいですね」
「女の子の恋心より、少年の素行の方に興味があったのさ。読んだのはそこだけだ」
――つまり、俺のやらかした事だけ読んだと?
まるで丸裸にされているような恥ずかしさ。テリィは思わず額に手をあてた。
「特に最後のページ・・!これが一番大事」
「いきなり結論ですね?」
アルバートの口調がおかしくてお腹が痛い。
「少年は夢を追いかけてアメリカへと旅立った。日記は少年に向けたメッセージで締めくくられていた」
アルバートはふふ・・と笑った直後、言葉を止めた。
「・・メッセージ、教えてくださいよ。大事な結論ですよ、忘れたんですか?」
テリィは迫ったが、アルバートは急に眉尻を大きく下げた。
「もちろん、覚えているよ。・・覚えているけど、僕から君に伝えるのは偉く気色悪い状況になる。聞いているジョルジュが耐えられないだろう。―・・やっぱり本人から直接聞いてくれ」
丁度部屋に戻ってきたジョルジュが、アルバートの言葉を無視するように秘書用の机に着席した。
やぶ蛇もいやなので、テリィは追及をやめることにした。
「まぁ、つまりだ。日記を読んでしまった身としては、君たちがどれほど想い合っていたか、分かり過ぎるくらい分かるんだよ。僕が記憶を取り戻した頃には、君は既に劇団から失踪し行方知れずだった。日記を読み進めれば進めるほど、その訳が手に取るように分かった。少し前までは紙の中の存在でしかなかったテリィという人物が、過去の記憶と共にホログラムのように実体化したんだ」
有名女優の隠し子―・・義母から虐げられ、愛情に恵まれずに育った幼少時代。
家から締め出されたも同然の寮生活。廃墟のような別荘で一人で過ごす長い夏休み。
テリィはずっと誰かを待っていた。愛し愛される誰かを―
「・・・初めて会った時、君は数人のチンピラを相手に喧嘩をしていたね。ナイフを持っている相手に、君は薄笑いを浮かべ、刺せよと言わんばかりに向かっていった。学生があんな時間に酒の匂いを漂わせて、いったい何をしていたのか・・助太刀をしながら妙に気になった。怪我をした君を送った時、キャンディと同じ名門校の生徒だと知った。僕はますます分からなかった。しかしお礼にと動物園に現れた君は、まるで別人のように礼儀正しく、屈託のない笑顔を僕に向けた。何度も訪ねてくる君を、弟のように感じ始めた。・・君たちが休憩室で鉢合わせした時、お互いが意識していることは直ぐにピンときた。僕は心から嬉しかったよ。キャンディを任せられると、アフリカまで足を延ばしてしまうほど」
「――アフリカから届いた手紙を読んだ直後でした。僕が退学したのは」
「・・キャンディは殆ど無一文で君を追いかけたようだね。ジョルジュもあの時ばかりは慌てたようだ。その後アメリカに渡った君たちがどう再会したかは、耳にタコができるほどキャンディから聞かされたよ。君の手紙を心待ちにしているキャンディを、僕はずっと隣で見ていた。記憶を取り戻して真っ先に思ったのは、キャンディに幸せになってもらいたいという変わらぬ想いと、君は幸せになれるだろうか、という不安だった。だからつい、二人の為に何かできないかと・・余計なことまでした」
「余計な事?」
テリィには思い当たらなかった。
「・・君たちは話さなかった。追いもしなかった。なぜそこまで頑ななのか。あれほど求めあっているのに、目が合うだけで通じるほど想い合っているのに、一度決めた道を貫いた。・・手ごたえのない仕事だったとジョルジュは肩を落として帰ってきたよ」
「手ごたえのない仕事・・?」
一瞬、何か心の奥に話しかけられたような気がしたが、それが何なのかテリィは分からない。
別れた時の事を言っているように思えたが、どこか釈然とせずテリィはジョルジュの方に顔を向けたが、ジョルジュは手に持った書類の一点を見詰めている。


『ウィリアム様、今日エレノア・ベーカーと思われる女性が劇場に現れました。ご子息のやつれた姿に愕然とし、声もかけずに涙ながらに舞台をご覧になっていました』
『キャンディも間もなくロックスタウンに向かうはずだ。引き続き監視を頼む』

『キャンディス様はわずかな時間舞台を鑑賞し、その後声を掛けられたエレノア様と会食されました。その後はウィリアム様を懸命に探し、結局・・彼には一言も声を掛けずに――』
『そうか・・、テリィの方は?キャンディに気付かなかったのかい?』
『分かりません。――ですが、途中から息を吹き返したように芝居が変わりました。今夜の列車でニューヨークに戻るようです』
『・・・ご苦労だったジョルジュ』


こんな仕事は身につまされると電話を切ったジョルジュ。
声を掛けなかったキャンディ、追わなかったテリィ。想い合っているのはハッキリと目に見えるのに。
不可逆的な恋と定め、必死に前を向こうとしている二人を目の当たりにしては、もう何もできない――
結局見守ることしか出来なかった。二人の行く末を―・・僕も、テリィの母親も。
                                   
「――君のハムレット役が決まった時、キャンディは自分の事のようにはしゃいでね、もう大丈夫だろうと思った矢先、一度返した日記を再び僕に託してきたんだ。・・マイアミのホテルで君と居合わせた後だったな。キャンディの中では、全く時が進んでいないのだと、ハッキリわかったよ」
開業前のホテルの十階。一つ挟んだバルコニー越しでニアミスした、月のない闇夜。

暗闇に浮かび上がった大人びたシルエットが、テリィの脳裏に一瞬で蘇った。
「・・ああ、マイアミリゾート。一緒にいた男性がアルバートさんとも知らず、僕は一晩中眠れませんでした。一部屋挟んでいなかったら、間違いなく突き破っていましたね、新築のホテルの壁を」
「ハハっ、そこ僕の部屋だ。いっそ壊してくれれば分かりやすかったのに。・・君の部屋にスザナがいると知って、キャンディはあの後、泣き伏してしまった。夜も明けない内にマイアミから離れてしまい、君も早々にホテルを移ってしまった。・・・あの時君は、芝居を観に来て欲しいとフロントにキャンディ宛ての伝言を託しただろ?あんな状態のキャンディに伝えられるはずもなかったが、僕はてっきり、君はもう吹っ切れたのかと思ったんだ。友人として会いに来て欲しいと言っているのかと」
「・・かりそめの再会など、酷なだけです。本気で会いたかったら、とっくに招待状を贈ってますよ」
「それなら、なぜあんな伝言を」
「・・分かったんです、あの時。・・キャンディは観に来ない、おそらく一生来ない。それでもやっぱり観て欲しかった」
「観劇・・?そっちかい?」
「はい。芝居、上手くなっただろ?って。今の僕を作ったのはキャンディだと、胸を張って言いたかった。キャンディに喜んで欲しかった。安心してほしかった。・・僕が最後に見たキャンディは、結露のような涙を瞳いっぱいに溜めていたんです。芝居で笑顔にできるなら、・・・役者冥利に尽きるというものです」
テリィがそう言った直後その部屋からしばしの間、音がなくなった。
指先がインクで真っ黒に染まっていることに気付いたジョルジュは、瞬間ハッとし、沈黙を破るように手元の紙を破いた。誰のものとも分からない鼻をすする音が混じったのは、たぶん空耳ではなかっただろう。

 


※画像お借りしました


「・・僕はね、キャンディの幸せがどこにあるのか、それだけをこの十年見守ってきた。君の記事を隠していた時期もあったが、ある時からは隠さずに見せた。診療所にも雑誌や新聞を置き、ごく自然に君の記事がキャンディの目に触れるようにした」
「何故ですか?」
「・・見極めたかったんだよ。キャンディの心に、いつまで君がいるのか。仕事でアメリカ中を飛び回っているような僕じゃ、四六時中監視なんて出来ない。記事にどう向き合ったのかを知れば、判断材料にはなるだろ。マーチン先生に君の話題を気軽に出せたり、笑い飛ばせれば、洗礼は済んだと思えたかもしれない。だけどマーチン先生はテリィを知ることはなかった。記事を読んで密かに泣いている内は、雑誌を捨てられない内は、誰かをパートナーに選んだところできっと上手くいかない。物置の片隅に雑誌を積み上げながら、他の何かを人生のパートナーに選ぶのも選択肢としてはあるだろう。看護婦という仕事だったり、ポニーの家のシスターだったり。・・キャンディはなんでも幸せに変えることができる子だ。・・僕ができるのは、結局見守ることぐらいだった」
テリィとアルバートはフッと顔を見合わせた。
「アイスクリームを食べた時は必ず幸せだって言ってます。僕には言ってくれたことがない。食い物に負けています、僕は」
テリィは冗談半分、本気半分で言うと、アルバートは苦笑した。
「ニューヨークでの式典の事、覚えているかい?キャンディの養父として挨拶しようと出向いたんだが、君は人気者で、全く近づけなかったんだよなぁ」
「せめてサングラスをかけて髪を染めて、サファリシャツだったら気付けたんでしょうけど」
――確かに気付かなかった。
しかしどの式典の事を指しているのか、テリィには分かった。
「ハハ、そうだよな。君の知っているアルバートは、タキシードを着て高級ホテルにいるような男じゃない。・・だけど僕の方こそ、同じテリィには見えなかったよ。それほど僕の知っている君とかけ離れていた。婚約して幸せ絶頂のはずなのに、まるでハムレットのお面をつけたまま会場に来てしまったんじゃないかと思うほど、君は―」
言葉を止めたアルバートに、テリィは思わず言った。
「・・殺気立っていましたか?」
「・・いや、読み取れなかった。感情をどこかに留守番でもさせているかのように。君は途中で記者のインタビューを受けたんだよなぁ。マイクを通して会場中に素っ気ない声が響いて・・」

『受賞を真っ先にどなたに伝えたいですか?』
『僕を応援してくれた全ての皆さんに』
『受賞の喜びを、家で待っているスザナさんになんと伝えますか?』
『皆さんに伝えたいです』
『ご結婚されるというのは、事実なんですよね?』
『申し訳ありません、プライベートはノーコメントで』


「婚約しているのになぜコメントを渋るのか、肯定も否定もしない事が妙に引っかかった。だから僕はウィリアム・アードレーが来ているとの情報をジョルジュを使ってわざと流した。すると君は・・」
――その人物を探して、ホテル中を探し回った。

・・そんなこともあったかと、テリィはフッと笑った。
「・・覚えていますよ。何故授賞式をすっぽかしたんだと、後で怒られました。・・ハハ、見ていたなら声を掛けてくだされば良かったのに」
「僕が声を掛けたら目立つだろ?・・あんな事をするぐらいだ。目立つのは避けたいのかと思ってね」
――あんな事・・。
何でもお見通しのアルバートさんには負けた、とテリィは大きく息を吐いた。
「・・それで遠巻きに僕を観察していたわけですか。それで、何か収穫はありました?」
「ああ、よく分かった。君はまだキャンディを想っているってね。そしてそれを裏付けるように、君は一年経っても二年経っても結婚しなかった。この婚約には何か裏があると勘繰りたくなるのも当然だろ?だって僕の知っている君は、愛する女性を待たせるような、いや、待てるような男ではなかった。感情が先に突っ走り、結婚の承諾を貰う前に、式を挙げてしまうような・・あれ?これ、まさに君だ」
わざと言っているわけではなさそうなアルバートに、テリィは否定することも出来ない。
「・・大おじさまを必死に探す君を見て、諦めるのはまだ早いと僕は思った。人の心は何かのきっかけで変わることがある。君がスザナを見限ることだって、スザナが君を解放することだって、キャンディが君を取り戻しに行く可能性だってゼロじゃない。生きている限りあらゆる可能性が存在する。そう思いながら、一年また一年と過ぎていくのを見守っていた。・・十年一日の想いだった」
「・・そんな風に・・アルバートさん・・・」

アルバートの言葉に、テリィは胸が一杯になった。
「――だからスザナが亡くなったと知った時、不謹慎にも僕は思ってしまった。・・君が戻ってくるかもしれないって。どうだろう?僕は預言者になれると思わないかい?」
そこまで読んでいたとは、いったいどれだけ先見の明がある人なのだろう。
いや、その寛容さ、器の大きさにテリィは脱帽する。

「――なんてね。預言者たるもの、予言通りに事が運ぶよう、裏工作をしていたりもするのさ」
アルバートはいたずらっぽい顔を向けた。
「裏工作・・?思い当たる節は何も」
「あからさまなことはしないよ。運命というものがあるなら、確かめたかっただけかもしれない。キャンディの依頼でジョルジュがマーロウ家へ弔花を届けることになった時、僕は一つだけジョルジュに追加注文をつけたんだ。キャンディには内緒で」
「・・・え―?・・・――あっ!」
テリィの口から思わず感嘆の声が漏れた。


『花束のメッセージカードに名前が?キャンディって・・?』
『あ、いや、イニシャルだったかな
。CWって。君だろ?』
『間違ってはいないけど、養女になってからはそのイニシャルは使ってないわ。誰かと間違えてない?』
『君じゃないのか?』


ちぐはぐだった墓地での会話。
「作戦は成功したのかな?アルファベットの順番を間違えなかったか、ジョルジュに何度も確認したよ。
WCじゃ、トイレやワールドチャンピオンになっちゃうからね」
「・・ウィリアム様、私はそんな初歩的なミスはいたしません」
軽く咳ばらいをしながら、ジョルジュは再びペンを動かし始めた。
テリィの中にさまざまな感情が押し寄せてきた。
(・・CAではなく、CWの方に俺が反応すると見越してそのイニシャルを?・・そこまで――)
「・・あの花は、確実に僕を励ましてくれました・・・あの花束に気付かなかったら、もしかしたら」
キャンディからだと気付かなければ、手紙を出す勇気など起きなかったかもしれない。
――この人がいなければ、今の自分たちはなかったのではないか。
いや、実際そうだ。そもそもセントポール学院で出会うことすらなかっただろう。
どんなに感謝してもしきれない――
男として一つのけじめをつけなければ。

テリィは背筋をピンとのばし、アルバートの透き通るような青い目を見詰めた。
「今回の旅で、キャンディはあのバッジを持ってきませんでした。僕がそうさせたのだと思います」
「そう・・か。・・僕の役目も終わりだな」
「僕がアルバートさんに代わる存在になれるとはとても思えませんが、精一杯努力します」
急にかしこまったテリィの態度に、「おいおい、大げさだよ。僕は何もしていないよ」
アルバートが肩をすくめた時、テリィはひざまずき、顔を上げて真っ直ぐにアルバートを見据えた。
「ウィリアム・アルバート・アードレー氏、いえ、お父様。そしてミスタージョルジュ・ヴィレル。僕たちをここまで導いてくださり、本当にありがとうございました。これからは僕が剣となり盾となってキャンディを守ります。必ず幸せにしてみせます。グランチェスターの名にかけて」
キルト姿のテリィに強い眼差しを向けられたアルバートは一瞬たじろいだ。
何かの芝居を始めてしまったのかと思うほど、雄々しいテリィ。
「・・グ・・グランチェスター家に、戻ることにしたのかい?」
「いいえ、僕は・・元々それ以外の何者でもありません。抗ってばかりいましたが、さすがに潮時が来たようです。剣と盾は、グランチェスター家の紋章です」
そう言って、小指にはめていたシグネットリングを密かに握り締めた。
アルバートは感慨深げに視線を落とすと、一抹の寂しさを覚えながら小さな笑みを浮かべた。
「・・・・宜しくたのむよ。はねっかえり娘だけどね」
いつの間にか席から立ち上がっていたジョルジュは、テリィに向かって深々と一礼した。
込み上げてくる熱いものを見られたくなかったのか、ジョルジュは長い長いお辞儀から、しばらく戻ってこなかった。

 

 

6-11   アルバートの10年

 

 

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💛この後「緊急ニュース」を挟んでいます。

 

。。。。。。。。。。。。

ワンポイントアドバイス

 

作中に登場したメッセージカードの回想シーンは

2章⑱墓参りからの抜粋です。

 

ニューヨークでの式典についての会話は2章⑤にも登場していました。

 

 

作中の「不可逆的」(ふかぎゃくてき)という用語について。

元に戻れない現象の事。

例) 

可逆的・・・水は0度以下になると氷になり、温めると元の水に戻る

不可逆的・・・卵は茹でるとゆで卵になるが、冷やしても元の生卵には戻らない


 

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