★★★6-10 

「キャンディ、いつまでのんびり食べているの!?もう切り上げないと支度が間に合わないわ・・!」 

ノミの心臓のアニーはしびれを切らし、キャンディの口に食べかけのオレンジを押し込んだ。 

「たくさん食べておかないと倒れちゃうわ。どうせ宴会中はろくに食べられないもの―」 

口をもごもごと動かしながら、アニーに引っ張られるようにダイニングルームから出て来た時 

「ハニー?食べ物を口に入れながら歩いてはいけないよ」 

クックと笑う声がした。 

「――え・・?」 

階段から下りてきたテリィの姿に、アニーの視線がピタッと止まり 

「・・・・えっ・・!?」 

キャンディの目はまん丸になった。 

 

 

 

illustration by Romijuri 

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テリィがキルトを着ている。 

アードレー一族の正装、スコットランドの民族衣装キルトだ。 

ぽかんと口を開けているキャンディの鼻を、テリィはチョンとつついた。 

「・・そんなに見つめなさんな。この期に及んで惚れ直す気か?」 

そんな自己陶酔的なセリフでさえ今は似合っている。 

「・・どうしたの、これ――」 

「アルバートさんからのプレゼント。アードレー一族の洗礼ってことらしい。わざわざ本場まで買い付けに行ってくれたらしいよ。・・しかし着るのは構わないんだが、俺だけってのは、どうも・・」 

テリィはスカート部分をつまみながら、罰ゲームでもやらされているような複雑な表情をした。 

「すごく似合うわっ!舞台衣装を着なれているせいかしら。こんな奇抜な衣装も難なく着こなせるのね。キルトって赤や黄色がベースだった気がするけど、こんな色もあるの?」 

濃藍色と深緑がベースになった格子柄に黒のラインが入った落ち着いた色合いが、これ以上ないほどテリィの雰囲気にマッチし、まるで普段から着用しているかのように、しっくりと馴染んでいる。 

「この配色はブラックウォッチって言うんだ。ハイランド地方の精鋭部隊、黒い見張り番の異名を持つブラックウォッチ連隊の制服に由来している。キルトやバグパイプは元々戦の時に使用していたからね」 

「・・博識なのね」 

バックルに刻まれたアードレー家の鷲の紋章に、一層箔が付いたように見える。 

「イギリス国民ならみんな知ってるさ。ま、本来はソックスを合わせるんだけど。今アルバートさんに小言を言われたよ。なんで用意した物を着用しないのかって」 

その言葉に促されるように、キャンディはテリィの足元を見た。 

丈のあるブーツ。確かに正装とは少し違う。スカート丈も心なしか短い・・? 

「・・靴も違うわよね・・?なんで?」 

誰よりも凛々しいと感じたのは、愛情由来だけではなかったようだ。 

「――寒いからだよ。正装を貫けって言うなら下着もNGだぜ?・・君は正装の方がいいのかい?」 

テリィがニヤニヤしながら答えた時、「そこのブラックウォッチ君、帽子を忘れているぞ」 

燕尾服姿のアルバートが四階から下りてきた。 

「キャンディからもよく言って聞かせてくれ。本当に戦を始めないようにと。間違ってもニールに蹴りなんか入れるなって」 

「えっ、もしかしてその為?」 

キャンディは慌てて確認すると、テリィはにっこり笑った。 

「マイアミリゾートの若社長は丁重にお出迎えしないとね。ソックスを選ぶならそこにスキャンドゥ(短剣)も刺さなきゃいけない。その方が危険だ、今日の僕には」 

その答えにアルバートは軽く頭を抱え、 

「下の執務室で待ってるから。早く来いよ」 

諦めたように一声かけ、帽子を渡して階段を下りていった。 

「・・これもテリィ仕様?・・ベレー帽じゃないのね」 

「両方あったけど、俺には似合わないから。・・だけど、こんなの被る必要あるか?」 

テリィは不服そうに羽根つきの角ばった帽子を自分の頭にポンとのせた。 

将校のようなその姿に、キャンディの顔は更にポッとなった。 

テリィは何を着ても、何を被っても似合う気がする。 

「これから招待客の名前と顔を覚えるんだってさ。やれやれ、アードレー家の一員になるのも―・・回廊の肖像画の仲間に加えてもらうのも大変だな」 

「テリィの肖像画なんて、ハムレットのポスターみたいになりそうねっ、ふふっ」 

「もう物故者扱いか?そんなに嬉しそうに言うなよ。・・あ、そう言えば―」 

テリィは何かを思いついたようだったが、 

「いや、何でもない―。これ、式が始まるまで預かってくれ」 

キャンディの頭にポンと帽子を乗せた。 

「承知しましたっ、ブラックウォッチの兵隊さん、今日は一日宜しくね!」 

キャンディはサッと敬礼した。 

 

 

「―・・キャンディはテリィのことになると周りが見えなくなるのよね・・昔からそうだったわ」 

遠慮するようにダイニングルームに戻っていたアニーは、コーヒーを飲んでいたアーチーに話しかけた。 

「あいつは昔から見えてるぜ。今だって俺に見せつけるように、わざとあそこにいるんだ。舞台俳優が自分の立ち位置を忘れるはずがない」 

「・・テリィは周りに興味が無いだけよ。キャンディしか見ないという点では、あの二人は似ているわ」 

「どうだかねっ」 

テリィの話など、アーチーの耳には届かない。 

 

 

                                 

6-10 キルト  

 

 

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ワンポイントアドバイス

 

ロイヤル・スコットランド連隊の制服。

黒と深緑の配色が「ブラックウォッチ」です。

 

キルトのテリィ画は連載終了後に挿し込みました。

したがって、連載中は無かったものとして、次の記事をお読みください。

 

💛この後、緊急記事を挟みます。

 

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