★★★1-11

草木も眠る真夜中、けだるいエンジン音がこの家の門前で止まった。
暗闇で目の自由がきかない。冷たいポストに手を伸ばす。
小ぶりだが厚めの封筒が一通だけ入っている感触に突き当たる。
無理して帰ってきた甲斐があったと思ったのはその時だ。
そこからは、先ほどと同一人物とは思えないほど俊敏な行動を見せた。
勢いよくエンジンを再点火させると、深くクラッチとアクセルを踏み込んで敷地内に侵入し、急いで部屋の灯りをつける。
差出人の名を確認するとようやく夢ではないことを実感し、笑みがこぼれた。


 キャンディス・W・アードレー

薄ピンクの封筒と丸みの帯びた文字。そして何より昔と同じ名前。
「変わってない・・!」
安堵の声と同時に、石のように固く握りしめたこぶしを突き出している自分に気付くと、さすがにそれは早すぎるとスッと下し、開封しようと手を掛けた。
(――今?・・それとも明日?)
明日は週一回の休演日。
開封してしまったら厳しい現実を突き付けられるかもしれない。
あと一日、この封筒を手に夢を見るのも悪くない。
だが、そう思ったのは一瞬で、テリュースの心はとっくに決まっていた。
短気だからというよりも、この封筒を手にしただけで、自分の勝利が見えた気がしたからだ。
最後通告の手紙なら、こんなにぶ厚いはずがない。
きっとこの中には自分の知りたいことがたくさん書かれているはずだ。
テリュースはひとおもいに開封した。


                               
なつかしいテリィへ

お元気ですか?お手紙ありがとう。手紙はまっすぐ私の元へ届きました。
驚きすぎて返事が遅れてしまったのは、許してくれる?

・・久しぶり過ぎて、何から書いていいか迷っちゃう。
まずはあなたの俳優としての成功に、おめでとうを言わせて!
何年にも渡るハムレットの好演、こんな田舎の村にも届いています。
先月はイギリスまで公演に行ったんですってね。大成功だったと記事を読んだばかりです。
ずっと応援していました。本当に嬉しい!

私はというと、故郷の村に戻ってポニーの家の子供たちのお世話をしながら、村の診療所で看護婦をしています。
アードレー家の協力を貰い、牧場しかないような村に診療所を開いてからもう何年経つかしら。
これもマーチン先生が私の計画に賛同し、村に移住してくれたおかげです。
先生の事をテリィに話したことはあったかしら?
シカゴにいた時にお世話になった先生なの!

診療所には毎日さまざまな人がやってきます。
病人やけが人だけだと思ったら大間違いよ?
今日は臨月を迎えた妊婦のアンが駆け込んできたの。
陣痛に耐えながら、「牛に餌をあげに帰りたい」と駄々をこねて、説得するのに大変だったわ。
結局状況を見て、私が行くはめになったの。
家で留守番をしていた長男のポールがあわてた様子で私に泣きついてきたので、てっきりアンを心配しているのかと思ったら、キングの様子が変だから、診て欲しいと懇願されたの。
キングなんて名前だけど、子豚だからね?
マーチン先生は犬や猫も診たりするから、医者や看護婦は動物なら何でも診られると思っていたみたい。
おまけに乳搾りまでさせられて・・、看護婦なのか、農婦なのか自分でも分からなくなりそう。
私は単なる便利屋なのかと思う時もあるわ。


診療所の隣に住んでいるステラおばさんは、いつも開始時間の朝九時に診療所にやってくるの。
腰が痛いからもんでくれって、マーチン先生は毎日マッサージしてあげるのよ。
診察が終わってもしばらく待合室でのんびりしていて、後からやってくる患者に手作りのクッキーを振る舞いながら、世間話をするのが日課になっているの。
診療所をお茶会サロンか何かと勘違いしているみたい。失礼しちゃうわ。


ここまで読んでテリュースは笑いがこらえられなくなり、思わず吹き出した。
「十年ぶりの手紙だというのに、この内容はなんだ?全く君らしいよ!」
テリュースは身も心も軽くなっていくのを感じていた。
(・・やっぱり君はすごいな、キャンディ・・)
別世界に跳んだような感覚になりながら次の便箋をめくると、三枚目から少し内容が変わっていた。


あなたは、何も変わっていないと言ってくれました。
さっぱり意味が分からないわ。あ、いえ、分かるのよ?分かるけど謎が多すぎよ。
聞きたいことは尽きないけど、尋問する警察官の様になりたくないので、今回は止めておきます。
私が優しいレディで良かったと、感謝して欲しいわ。
それにしても、ホントあなたって変わってないのね。どれだけ私を驚かせれば気が済むのかしら?

私は変わったかって?
・・私も変わっていません。――と言いたいところだけど、そんなはずないでしょ!もう25歳よ?
今はそばかすも目立たなくなって、身長だって伸びたの。どこから見ても大人のレディだわ。
もう私のことを、チビだの、そばかすだの、鼻ぺちゃだのと言えないハズよ!
あ~、鼻ぺちゃは変わってないかもしれないわ。コホン・・。


時々シカゴの本宅やパーティにも顔を出して、アードレー一族としてのお勤めも果たしているの。
アードレー家については、すごい事実が判明したのよ!きっとあなたは驚くわ。
テリィの崩れる顔が見たいから、今は教えてあげない。もったいないもの。
いつか会えた時に、直接話してあげる。楽しみにしていてね!

ハムレットの春の公演が始まったと新聞で読みました。
季節の変わり目は風邪をひきやすいから、体調管理には十分気を付けて。
公演が上手くいくよう、祈っています。

元ターザン・そばかす  3月15日

 


テリュースは最後まで目を通すと、おもむろに考え始めた。
「これは・・・ラブレター・・じゃない、よな?」
キャンディの近況報告が大半を占めている文面は愉快ではあったが、自分が一大決心をして出した手紙の返事としてはあまりにサラっとしている。
まるで十年間のブランクなど全くなかったような以前と変わらない調子に、思わず拍子抜けする。
同時に、空白の時間を今は黙認してあげる、というキャンディの懐の大きさや優しさを感じた。
テリュースは手紙の最後の文面にもう一度目を向ける。
 

 いつか会えた時に、直接話してあげる。

 

「会っていいのか・・?・・俺は、君に――」
テリュースは心の底から湧きあがる喜びと勇気を、感じずにはいられなかった。

 

illustration by Romijuri


「・・・とりあえず、第一関門突破だな」

片方の口元がわずかに上がった。

そしてまた、嫉妬深いテリュースも健在だった。
「――ところでキャンディ、シカゴから一緒にきたマーチンって奴は・・君の・・なんだ?」




1-11  キャンディからの手紙

 

 

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ワンポイントアドバイス

 

このイラストは、連載当初には差し込まれていませんでした。

この回に合せて描き下ろされたイラストではなく、3年後の2024年5月に発表されたこの絵を見て「この回にピッタリ♥」とブログ主が思い、ロミジュリさんにお借りしました。

 

ロミジュリさんのインスタはこちらです↓

 

 

 

キャンディは、テリィへの手紙にはいつも「ターザン・そばかす」と署名していました。

こちらの記事をご覧ください。

 

 

 

 

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