朝ニュースを見たら、星野仙一氏の逝去のニュースがありました。
今までそのような報道がなかったのでびっくりです。
ご冥福をお祈りいたします。
熱血や鉄拳制裁というのは自分の性には合ってはいないのですが、監督として4度のリーグ優勝、うち日本一1回というのは、結構な成績だと思います。
1968年オフのドラフトで読売ジャイアンツに指名されず、中日ドラゴンズに指名されてからは、打倒ジャイアンツをモットーにしていました。
監督として臨んだ4度の日本シリーズ、すべて相手の監督はジャイアンツ出身でした。
1988年 中日ドラゴンズ対西武ライオンズ(森祇昌監督) 1勝4敗
1999年 中日ドラゴンズ対福岡ダイエーホークス(王貞治監督) 1勝4敗
2003年 阪神タイガース対福岡ダイエーホークス(王貞治監督) 3勝4敗
2013年 東北楽天ゴールデンイーグルス対読売ジャイアンツ(原辰徳監督) 4勝3敗
最後にジャイアンツを倒して日本一に慣れて本望ではなかったかと思います。
さて、星野氏、私のアイコンとも因縁があります。
1968年のドラフトでジャイアンツに1位指名されたのは島野修氏。
島野氏が指名された時、星野氏は「ホシとシマを間違えたのではないか」と言ったそうです。
1969年から1975年までの7年間ジャイアンツに在籍、そして1976年から1978年まで阪急ブレーブスに在籍しました。
その後、1981年からは、ブレーブスのキャラクター、ブレービーとして活躍を始めます。
1991年に、オリックスが愛称をブルーウェーブに変えてからは新キャラクターのネッピー役を勤めました。
1998年オフに引退するまで、18年間、プロ野球のマスコットの草分けとして活躍しました。
その島野氏は、2010年に59歳で逝去しました。
今頃、星野氏と島野氏、どんな話をしているのか楽しみです。



