今日で阪神・淡路大震災から22年。
まずは、亡くなった方に改めて合掌です。
西宮や芦屋に親戚がいたので、テレビをつけた時の様子にはびっくりしたのですが、今回は、その話を置いて、表題の話をしたいと思います。
幸いにも、私の親戚には死者が出ませんでしたし。
震災時にダイエーが何をしたか、実は今日初めて知りました。
とにかく船をチャーターして生活物資を被災地に運び、供給を保つとともに、生活用品の価格高騰を防いでいたんですね。
これは間接的に昨年の熊本・大分地震の時にも教訓となり、イオン(だったと思います)がおにぎりを安く売っていました。
しかし、バブル崩壊で福岡のツインドーム構想が頓挫した後、やはりこの措置は無理があったのでしょう。
ダイエーの経営は悪化していきます。
そして、その9年後、球界再編騒動が起きます。
ここでの功績は、ホークスを単独身売りにまで持って行ったことでしょう。
この時は、オリックスと近鉄の合併だけでなく、もう一つの合併があるという話まで出ていました。
この時、ダイエーはすでに苦しい状態にあり、身売りの話まで出ていました。
そうなれば、ターゲットはダイエーだと容易にわかる状況でした。
しかし、ダイエーは頑として合併話について、首を縦に振りませんでした。
そうこうしているうちに、ライブドアと楽天がパ・リーグへの新規加盟を申請。
結果、次の年(2005年)は、チーム数は従来通りセパ各6球団で進めることになりました。
それを受けて、ダイエーはソフトバンクへの球団譲渡を発表しました。
ダイエーが単独身売りまでもっていっていなければ、福岡の球団がなくなっていた可能性もゼロではありませんでした。
その意味では、これは功績に上げていいと思います。
そして、その単独身売りを見届けたかのように、ダイエーの創業者である中内功氏は翌年の2005年に息を引き取ります。
この功績は、神戸と福岡に今も残されています。
もちろん、物には功罪両面ありますが、今回は、地震の時のことを知ったうえで、功績を書いてみました。

