ダイエーの功績 | 気まぐれ社労士の徒然日記

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2015年11月に社労士試験に合格。2016年5月より、社労士登録、8月に開業登録。自分の興味の赴くままに日記を書いています。

今日で阪神・淡路大震災から22年。

まずは、亡くなった方に改めて合掌です。

 

西宮や芦屋に親戚がいたので、テレビをつけた時の様子にはびっくりしたのですが、今回は、その話を置いて、表題の話をしたいと思います。

幸いにも、私の親戚には死者が出ませんでしたし。

 

 

震災時にダイエーが何をしたか、実は今日初めて知りました。

とにかく船をチャーターして生活物資を被災地に運び、供給を保つとともに、生活用品の価格高騰を防いでいたんですね。

これは間接的に昨年の熊本・大分地震の時にも教訓となり、イオン(だったと思います)がおにぎりを安く売っていました。

 

しかし、バブル崩壊で福岡のツインドーム構想が頓挫した後、やはりこの措置は無理があったのでしょう。

ダイエーの経営は悪化していきます。

 

そして、その9年後、球界再編騒動が起きます。

ここでの功績は、ホークスを単独身売りにまで持って行ったことでしょう。

 

 

この時は、オリックスと近鉄の合併だけでなく、もう一つの合併があるという話まで出ていました。

この時、ダイエーはすでに苦しい状態にあり、身売りの話まで出ていました。

そうなれば、ターゲットはダイエーだと容易にわかる状況でした。

しかし、ダイエーは頑として合併話について、首を縦に振りませんでした。

そうこうしているうちに、ライブドアと楽天がパ・リーグへの新規加盟を申請。

結果、次の年(2005年)は、チーム数は従来通りセパ各6球団で進めることになりました。

それを受けて、ダイエーはソフトバンクへの球団譲渡を発表しました。

 

ダイエーが単独身売りまでもっていっていなければ、福岡の球団がなくなっていた可能性もゼロではありませんでした。

その意味では、これは功績に上げていいと思います。

 

そして、その単独身売りを見届けたかのように、ダイエーの創業者である中内功氏は翌年の2005年に息を引き取ります。

 

この功績は、神戸と福岡に今も残されています。

 

もちろん、物には功罪両面ありますが、今回は、地震の時のことを知ったうえで、功績を書いてみました。