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旅の窓

『gooブログ』から記事の引越しが終わりました。只今、テーマの分類作業中!

【ひっぱりだこ飯】(西明石駅)
                    2021.12. 1投稿
                    2025. 8.20第2版投稿
                                                        

2006年(平成18年)9月16日 
 マエダ「全国有名駅弁大会」で購入 価格980円

                    [製造元](株)淡路屋



 1998年(平成10年)の明石海峡大橋の開通を記念して販売を開始駅弁です。
 掛紙には、定番化した今でも「平成10年4月5日 明石海峡大橋開通記念」の文字が入るデザインは変わっていません。


 蛸壺風の陶器の容器にゴボウの入っ炊き込み御飯を詰め、その上に、たこ煮、竹の子の土佐煮、椎茸煮、穴子煮、蒲鉾、菜の花の和え物、錦糸玉子、にんじん煮が載っています。


 御飯の中には、タコのすり身で作ったタコ天が埋まっています。
 最近、サンプルを目にするようになりました。


 話題性と容器、ネーミングで購入しました。
 予想以上に美味しかった。
                                                           
2006年(平成18年)11月11日 
 マエダ「全国有名駅弁大会」で購入 価格980円

                    [製造元](株)淡路屋



 2か月後、再び駅弁大会に登場したので購入しました。

                                                           
2017年(平成29年)3月25日 【金色のひっぱりだこ飯】
 マエダ「全国有名駅弁大会」で購入 価格1,280円

                    [製造元](株)淡路屋



 西明石駅の名物駅弁「ひっぱりだこ飯」が、1998年(平成10年)の販売開始から累計1000万個を突破した記念して2017年(平成29年)1月7日から販売された「金色のひっぱりだこ飯」です。

 特徴は、通常のひっぱりだこ飯は、蛸壺を模した茶色い陶器を使っていますが、金色のひっぱりだこ飯では、その名のとおり金色に塗装された陶器の器に、金色の掛け紙が使われています。






  内容は通常の物と同じです。
                                                         

2019年(平成31年)1月19日  【ゴジラ対ひっぱりだこ飯】
 「第54回元祖有名駅弁と全国うまいもの大会」で購入 価格1,300円

                    [製造元](株)淡路屋


 淡路屋の人気駅弁の一つ「ひっぱりだこ飯」は1998年(平成10年)、明石海峡大橋開通を記念して発売さられた駅弁です。
 2017年(平成29年)1月には、販売開始から累計1000万個突破を記念して「金色のひっぱりだこ飯」が販売されました。
 そして今回、販売開始20周年を記念して東宝の特撮映画に登場する「ゴジラ」とコラボレーションした「ゴジラ対ひっぱりだこ飯」が誕生しました。

 「ゴジラに焼かれたひっぱりだこ飯」がコンセプトとなっているそうで、掛け紙には明石海峡大橋をバックに、熱線を吐くゴジラとそれに絡みつく大きなタコが描かれていて、まさにタコがゴジラに焼かれようとしているところです。
 掛紙の裏には通常の説明が書かれていますが、確りとゴジラの足型が付けられています。




 掛紙をとると、なんとゴジラの足型。


 紙蓋をとると通常のものより色彩が暗めの印象です。
 メインのたこの足がいつもの煮ダコではなく、ゴジラに焼かれてしまったのか焦げ色の付いた焼きダコになっていました。ずいぶん雰囲気が変わるものです。
 筍の土佐煮、椎茸煮、人参煮、歯触りの菜の花の醤油漬はいつもの通り。穴子のしぐれ煮はタレが絡んでいない穴子煮になっています。その下には太めの錦糸卵に特製スープで炊いた醤油飯と、いつもの内容になっていますが…。なんと御飯の中から出てきたのは、通常版の「タコ天」ではなく、『恐竜の卵』ならぬ「ウズラの卵」でした。


 「ゴジラ対ひっぱりだこ飯」の蛸壺風陶器は、ゴジラに焼かれて黒です。器のデザインも「ゴジラの表現が難しく、幾度も描きなおし、彫り直しを重ねた結果、制作期間は1年以上に及びました。釉薬のツケ具合で一つ一つの色加減が微妙に異なるところも魅力の一つです」とのことです。


 「ゴジラ対ひっぱりだこ飯」は既に販売を終了しています。
                                                         

2024年(令和6年)10月26日 【秋のひっぱりだこ飯】
 マエダ「全国有名駅弁大会」で購入 価格1,300円

                   [製造元](株)淡路屋



 通常版の『ひっぱりだこ飯』のデザインに、紅葉をあしらった掛紙です。



 掛紙以外の容器と包装は、通常版と同じです。






 蛸壺風の陶器の容器にゴボウの入っ炊き込み御飯を詰め、その上に、たこ煮、栗甘煮、穴子煮、味付ききのこ、南瓜素揚げ、椎茸煮、人参煮が載っています。
 炊き込み御飯の中にはタコ天と言われる、タコの練り物を揚げた丸い揚げかまぼこが仕込まれています。
 秋らしく、竹の子の土佐煮・菜の花の和え物に替えて、南瓜素揚げ・栗甘煮・味付きのこが入っています。



 2020年(令和2年)9月に初登場した季節のひっぱりだこ飯第1号「秋」で、このあと「冬」「春」夏」が販売されるようになりました。
 地元スーパーの駅弁大会で購入しました。

                                                        
 製造元の淡路屋は、明治時代初期には「淡宇」の屋号で、大阪・曾根崎新地で料亭を営んでいたそうです。
 駅弁販売開始は1903年(明治36年)、かつての阪鶴鉄道(尼崎から福知山を経て舞鶴を結んでいた鉄道路線)池田駅。その後各駅を転々とし、第二次世界大戦敗戦後の食糧難期に、当時の運輸省より神戸駅の駅弁店となることを要請され、それを受けて神戸駅へ移転し現在の礎を築いたようです。
 かつては六甲道駅、三ノ宮駅、元町駅、明石駅など神戸市周辺の主要駅で駅弁を手広く販売していたが、2022年(令和4年)12月現在直営店があるのは神戸駅・新神戸駅・西明石駅・垂水駅・芦屋駅(駅に直結している大丸芦屋店)・鶴橋駅となっています。
 主力商品の一つになった『ひっぱりだこ飯』は、その後幾つもの派生商品が販売されています。
 現在公式ホームページで案内している派生商品です。

 6時頃の羽田空港と当地です。


 当地は晴れ、気温は20.8度です。


 今日は一時雨が降ったり、風が強くなるような予想でしたが、『日中』は晴れ、最高気温は32.0度でした。


 駅弁を食べると、その都度Xには投稿しているのですが、「駅弁コレクション」に加える作業が滞っていました。
 数日前からその作業をしているのですが、感想などを書くのではなく、客観的な記録を書くだけなのですが、なかなか進みません。あと20食ぐらい残っています。休み休み進めます。
 おまけ。
 今夜の肴。
 「ホッケの塩焼き、きゅうりのマスタードのせ、カボチャコロッケ・千切りキャベツ・カボチャの塩ゆで」「クリームチーズとミニトマトのローストのオリーブオイル漬け」

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【富山味づくし】(富山駅)
                        2025.8.19投稿
                                                              

2024年(令和6年)10月24日
 富山駅「ますのすし本舗 源 富山駅中央改札前売店」で購入

  価格1,350円
                      [製造元](株)源


 商品名だけのシンプルな掛紙です。

 裏には、製造元の社員さんお勧めの『とやまっぷ』が載っています。


 風呂敷包みされているので、購入するまでは掛紙を見ることが出来ません。


 発泡素材と上を組み合わせた二段重(15.0×15.0×5.0㎝ 上げ底1.3㎝)に掛紙が紐掛けされています。


 箱の上にはお箸とおてふきセットとお品書きが載っています。




 お品書きと見比べながら食べることが出来るように詰められているのが嬉しいです。


 『立山黒部アルペンルート ラストイヤーの旅』の途中、夕食用に富山駅「ますのすし本舗 源 富山駅中央改札前売店」で購入したのですが、レシートの売店名と違うのです。
 これではアリバイ証明に使えませんね( ^o^)


 現在も販売されていて、公式ホームページでは次のようにアナウンスされています。
 富山味づくし 1,500円(税込)
 
 富山の幸、華やかに

 ますのすしと20品目の富山の食材を使った料理。
 素材そのものの旨さと料亭から受け継ぐ職人の技とが詰まった、
 風呂敷包みの二段重です。


                                                       
 製造元の源は、江戸時代に富山町旅篭町で旅館と紙屋を営んでいた、源梅山(みなもとばいざん)が料理業を中心として吉川屋を営んだのが始まりと言われています。
 1908年(明治41年)富山駅の開業にあわせ創業、構内営業人となり、1912年(明治45年)には「ますのすし」の販売を開始しています。


 2012年(平成24年)「ますのすし」は100周年を迎え、次のようにアナウンスされています。
駅弁ますのすし 次の100年へ
 ますのすしの起源は平安時代とされ、勅使に持たせた献上品が始まりでした。 
 当時は、今のような形のものではなく、米を醗酵材料とした魚の身だけを食べる「なれずし」と呼ばれるものでした。
 それから、米を一緒に食べる「生なれ」へと変化し、源の前身である料亭[天人楼]でも名物として喜ばれました。
 明治には早寿司の流行とともに今の鱒寿司の原形となり、明治41年に駅弁業に転身した源が、北陸本線・富山駅構内にてオリジナルのパッケージと現代に引き継がれる製法で『ますのすし』を販売し、富山のお土産として全国に広まりました。
 写真は昭和38年頃、富山駅での立売風景。後ろにはディーゼル特急『白鳥』が見えます。