【繁田信一「殴り合う貴族たち」】 | せのお・あまんの「斜塔からの眺め」

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幾夜幾冊、繁田信一(1968~ )の『殴り合う貴族たち』。元版は2008年の刊行だが、これは2018年の文春学芸ライブラリー版。


は?貴族たちの殴り合い?初めはちょっと驚いた、平安貴族なんて「まろはなんちゃらでおじゃるからのう、ほっほっほっ」とか言ってるやつらで、それがケンカ?


貴族だって人間だから、虫のいどころが悪い時だってあらあね、と納得させながら本書を開いてみた。ところが… いや、恐い恐い恐い。殴り合いどころか殺し合いまでしてる。仁義なき戦いin平安京だ。


話のネタ元は藤原実資の「小右記」だそうだが、本書で取り上げられている事件をとりあえず並べてみよう。


◆藤原道隆の孫、宮中で蔵人と取っ組み合う

◆藤原道兼の子息、従者を殴り殺す

◆藤原道長の子息、しばしば強姦に手を貸す

◆藤原道綱、賀茂祭の見物に出て石を投げられる

◆藤原伊周、花山法皇の従者を殺して生首を持ち去る

◆藤原頼通、桜の木をめぐって逆恨みで虐待する

◆藤原兼家の嫡流、平安京を破壊する

◆花山法皇、門前の通過を許さず

◆花山法皇の皇女、路上に屍骸を晒す

◆敦明親王、受領たちを袋叩きにする

◆敦明親王、拉致した受領に暴行を加える

◆三条天皇、宮中にて女房に殴られる

◆内裏女房、藤原彰子の従者と殴り合う

◆後冷泉天皇の乳母、前夫の後妻の家宅を襲撃する

◆在原業平、宇多天皇を宮中で投げ飛ばす


あかん、もう平安京ウィークエンダーじゃないの、これ。平安京にテレビがあったら毎日賑やかで仕方がないだろう。クインシー・ジョーンズの「アイアンサイド」を聞いて少し落ち着いた。


これだけではない、宮中で蔵人を殴った藤原道雅は自邸で双六の最中にケンカになり、いつの間にか往来でどつき合いをしていたのだから呆れてものが言えない。つまりこれらは大きくなったのだけを取り上げてあるが、些細な暴行や殺人ならしょっちゅうだ。


しかもほとんどはお咎めなし、きついので参内禁止だが、人の噂もやっとかめとやらでうやむやになって、しれっと復帰している。正直現代の政治家への非難がまだ強いというか、当時そもそも言論というのがなかったから、貴族の日記にしか残っていないわけで。実資による膨大な記録『小右記』は平安朝の内幕が分かる貴重な古典だ。


ここには上がっていないが、◆陽成天皇、宮中で侍童を殴り殺して退位させられる、という大事件もある、これはあちこちで書かれているのでここでも触れないが、退位させられるほどだから政界の大激震だったのは間違いない。在原業平が宇多天皇を投げ飛ばした件は相撲の上だからちょっと違う。


そして共通しているのが、強い者が弱い側に暴行を振るっていること、このパターンが実に多い。昨今の、学校のイジメとか職場のパワハラとかを彷彿とさせる構図ばかりだ。手加減を知らないのもよく似ているし。


あと、これは種村季弘だったと思うが、「貧困が起こす犯罪は一様だが退屈が起こす犯罪は多様だ」というのが平安朝にも言えそうだ。サド侯爵の暗黒小説に似て、高貴な人で暇をもてあましたあげくの犯罪だから、始まるとエスカレートするばかり。いい迷惑だ。


これらの醜態をマメに記録した藤原実資は小野宮右大臣として政界の重鎮で御意見番、道長にとっては目の上のたんこぶで、いわば水戸黄門を想像してもらえばいい。その実資にも褒められたものではない性癖があって。


関白藤原頼通がある時下女に言い含めて実資の屋敷に水を借りに行かせた。屋敷で現れた実資、女を見つけるなり襲いかかった。女、あわてて持っていた桶を実資にぶつけて逃げた。後日宮中で出会った頼道から「この間の桶を返してくれ」と言われると、顔を真っ赤にして逃げ出した、という。