デピュクセントを開始するにあたってやったこと

 

 

 

 ・限度額認定証の申請 ←めっちゃ大事

 

 ・注射をするまえに冷やす保冷剤

 

 ・貯金

 

 

 

そして2022年1月8日からスタート!!!

 

 

診察、血液検査を経て初回は院内で2本注射💉

 

1本目はお手本として看護師さん、2本目は教えてもらいながら自分で!

 

 

 

人生で初めて自分に注射したよ!

まさかこんな日が来るとは思わなかったし、普通に怖かった爆  笑あせる

痛みは少しあり。注射だからね。

 

 

家に帰ってから4時間昼寝とは言えないくらい寝てしまったガーン

緊張と疲れなのか、副作用なのかは不明…

 

 

でも起きた時には何となく肌がいつもより水分量が多いような?

ん?肌の調子なんかいいいよね!?となりましたラブ

 

 

一番効果を体感できたのはやっぱり初日かな。

すごく興奮したのをよく覚えています。

 

 

そして打ってから1~3日くらいは副作用なのか

吐き気と眠気、倦怠感がありましたえーん

徐々に慣れてくるとそんなに感じなくなりますが・・・

でも副作用が出ない人のほうが多いみたいです!

私はたまたま出ただけなのでそこまで心配することはないんじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

29年間、ずっと私はあきらめていきました。

 

 

給食でもみんなと同じ牛乳も飲めなかったこと

 

汚いから来るなと罵られること

 

アトピー悪化を繰り返し、日々隠すことを優先して服を選ぶこと

 

アレルギーが多いので食事さえも楽しめないこと

 

体を見られるのが怖くて恋愛に踏み込めないこと

 

見た目のハンディで対人関係に積極的になれないこと…

 

 

 

「どうして自分がこんな目に合わないといけないのか」

 

 

 

ずっと苦しんでいましたが、デピュクセントの存在を知ります。

最初は高額なので躊躇してしまいました。

そして何度も何度も悩みました。

それでもデピュクセントを始めようと思えたのは

 

 

 

「人生は一度きり。

   このまま何も楽しめずに生きていくのは嫌。

             もうすべてをあきらめるのはやめよう」

 

 

 

 

そう強く思ったからです。

 

ここまで我慢してきたのだからもう楽しもう。

 

楽に生きよう。と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仕事を始めてからは先日の記事でも話した通り、

お局に見た目のことで嫌味を言われたりなんだりでストレスがありました。

そしてこのころ、会社で出た幕の内の弁当を食べてアレルギー症状が出ます。

 

 

原因を探るために病院で検査をしたのですが、

 

牛乳以外の項目がすべてアレルギー反応がありました。

 

 

そのため、結局原因をつかむことはできませんでした。

今でもそうなのですが、疲れているときに醤油を使ったものを食べたりしても

アレルギーの症状が出てしまいます。

 

 

このころはストレスもあったためか、

 

週に2~3回くらいは症状が出ました。

 

 

エピペンを使うほどではないですが・・・

それでも高頻度で症状が出てしまうため、ごはんを食べること自体が恐怖でした。

本当はもっとみんなとご飯に行きたい。

でも食べることが怖い。なにかあったらどうしよう。

そんな思いが駆け巡り、人との関係がどんどんなくなっていきました。

 

また、年齢的な話にはなるのですが同級生は彼氏ができたり、

結婚の話があったりとみんな楽しそうでした。

 

 

でも私は生きること自体が精一杯でした。

 

 

色素沈着がひどいのでそれを隠すために必死になり、

アトピー自体も大悪化で朝起きるとパジャマに血と皮膚がくっつき、

かゆみのコントロールがつかず、プレドニン5mgを飲んでもかゆみが強く、

食事をとることさえも毎回毎回緊張する日々・・・

 

 

そんなことも重なり仕事以外ではひきこもることが多かったです。

 

 

 

 

 

 

 

 

20~現在 1度は転職をしましたが新卒から現在まで調剤薬局事務をしています。

        仕事の内容自体はだいすきなので元気に働いていますが、

        色素沈着がひどいため、どんなに暑くても半袖になれません。

        1度だけどうしても暑くてカーディガンを脱いだのですがお局に

         

        「汚い腕をだすな!」

 

        と言われたことがありました。

        私は絶対に泣いてやらないと思っていましたが、帰りに駅のトイレで

        我慢できずに泣いてしまいました。

        大人になってもこういう運命なんだ。と。

        そしていつまでもこんなことで落ち込む自分が情けなくて。

        

        人生でもう何度もこんな思いはしてきた。

        何度も何度も。

        知らない子供に「どうしてそんなに腕が汚いの?」とか

        学生時代だって何度もいじめられてきた。

        それなのに毎回初めてかのように傷ついてしまう。

        本当に自分に嫌気がさしていました。

                

        

        

       

  

 

      

 

 

 

 

 

20才  専門学生2年生になり、就職活動スタート。

     私は早く働きたいと思っていたので誰よりも早く書類を作成し、

     就職活動に力を入れていました。

     時間をかけて作った書類をクラスのみんなに簡単にパクられたこともありました。

     そのストレスなのか、またアトピーが悪化。特に首が大悪化。

     スーツを着ても首は隠しきれないので面接が苦痛でした。

     それでも人は心が大事。そう思い、腐らずにたくさん受けていきました。

 

     専門学生の方ならわかると思いますが

     就職先が決まるとみんなすぐに働きに行くので学校に来ることはありません。

     つまり、どんどん学校に来る人が少なくなっていくのです。

     とうとう私は1人になりました。

     

     それでも就職は相性なので仕方ないので私の書類をパクった人が

     どんどん内定が決まろうと私はまったく気にしていませんでした。

 

 

     自分だって前向きやっていけば大丈夫!そう思っていたのです。

     その時までは。

     

 

     「君、受付だけどそのアトピー、顔にも出る?

              ちゃんとコントロールとかってできてる?」

   

 

     私が病院の面接を受けた時に言われた一言です。

     もちろん病院さんも人を雇うわけですから真剣なことだと思います。

     でも考えてほしい。

 

 

     そんな簡単にコントロールできる病気なら私は今こんなんじゃない。

 

 

     今すぐにでも本当は泣きたかった。本当は。

     アトピーがハンデになることくらい、私は知っていました。

     今までだって何度もその壁にぶつかってきたのだから。

     そのためにかなり早い段階から準備をしてきたのです。

     それでも社会は大人だから見た目で判断されることは少なくなると信じていた。

     でもやっぱりそれは違いました。私の考えが甘かったのです。

     

     それでもこんな私を必要としてくださるところがあるといいなと思い

     ひたすら受け続け、内定が決まったのは2月の末。

     すごくギリギリでしたが内定をいただけました。本当に涙が溢れました。

     

 

          頑張れる場所があることは本当に幸せなこと

 

 

     そう思い、必死で働き始めたのです。

 

 

 

     

     

     

      

 

 

 

13~15才 室蘭から札幌に転校。

        やはり環境の変化で一時的に悪化あせる

        しかし、室蘭で学級代表になったことをきっかけに

        物事を前向きに考えるようになったことと

        引っ越し先の地域が裕福なこともありみんな優しかったので

        はじめていじめられなかったニコニコ

        本当にうれしかった。

 

 

16~18才 軽音楽部に強い学校に無事入学するが、

        誘いを断れず、まったく経験のない廃部寸前の公式テニス部に入部。

        運動をしていたからか、体力もかなりつき毎日元気でした!

        しかし、ストレスが溜まっているときは汗がアトピーにしみてしまい悪化。

        体育の時のジャージがすれてしまい痛みがあり見学したことも。

        このころは比較的に安定はしていたけれど色素沈着に悩んでいました。

 

 

19~20才 一応医療系の専門学校へ入学。

        私の人生はずっと病院に通っていました。

        症状が悪化しており、見た目が汚かった時に受付で

        おつりをもらうときに露骨に嫌な態度をとられたことがありました。

        また、見た目の外見で何度もいじめられることもありました。

 

        自分はそういう人間になりたくない。

        患者様に寄り添える仕事がしたい。

 

        と思い、医療関連の仕事につきたいとぼんやりと考えていました。

        その中でも一番に魅力を感じたのは受付でした。

 

        患者様に一番に出会い、最後までお見送りすることができる

       

       もともと接客も好きであったためもう迷いはありませんでした。

        目標も明確にあったため勉強はとっても楽しかったです!

 

        でもこのあと、私はまたアトピーによって辛い思いをするのです・・・

 

        

 

        ここまで読んでくれてありがとうございます爆  笑

 

       

       

 

       

       

        

  

    

 

 

前回の続きからです(^^)/

 

 

11~12歳  クラス替えがあり、怖いと評判の先生が担任に。

         これからは人生を自分でなんとかしたい!と思っていた私にとって

         この出会いが人生の転機となります。

         今でも忘れらない最初のホームルームの先生とのやりとり。

         「~ということがありました。みんなはどう思う?」

         高学年になり、みんな自分の意見を話すのが少し恥ずかしい時期でした。

         長い沈黙が続きます。

 

         私はもう失うものなんてない。好きに意見を言おう!

         自分を変えたい!もう逃げたくない!

 

         その思いで意見を述べましたが

         私の意見はなんと的外れ!すごく恥ずかしかったし、

         意見を述べたこと自体に後悔をしていました💦

         しかし、先生は

 

         「見当違いなことを言っているが、お前は自分で考えたことを

          自分の意志を持って意見を述べることができた。

        それは生きていくうえですごく大切なこと。だからお前はすごいんだぞ」

 

        今までいじめられて辛くても親にも誰にも相談せずに一人でただ耐えてきた。

        何も言い返すこともなく。

        つらい。かゆい。苦しい。悲しい。悔しい。普通の人がうらやましい・・・

        いろんな感情を、自分の気持ちを押し殺してきた。

        そんな自分にすごいと言ってくれ、

        こんな自分の存在を認めてくれた人ができたということが大きな自信になり、

 

        「クラスが嫌なら自分が学級代表になり、

          いじめのない、良いクラスを作ってみせよう!」

 

        そう思い、実際に学級代表になりました。

        なにごとも前向きになり、昔とは別人のように活発に!!

        たくさんのことにチャレンジしていき人生で一番楽しかった!

        治療自体は漢方やルミンAを

        私の体質にあっていてアトピーもよくなり、より風向きもいい方向に♪

        人生の基盤となる私にとって本当に大切な時期でした!

 

        クラスのみんなとも仲良くなり、学校生活が初めて楽しいと思えました。

        本当に毎日がキラキラしていました。

        アトピーがよくなると集中力も上がり、成績も上昇♪

        「中学生になったら生徒会長やってね!」なんてもてはやされて

        今考えたら人生でピークでしたね。笑

 

        しかし、また札幌へ転校。

        やっと手に入れた幸せからまた1からの人間関係のスタート。

        この時の転校が人生で一番つらかった。

 

         

        次回に続きます!

        ここまで読んでくれてありがとうございます☺

 

 

        

         

         

 

 私の人生はアトピーに振り回されたといっても過言ではない!笑

 悪い意味でもいい意味でもね(^^)/

 

 

 0~4歳   北海道千歳市で生まれる。記憶はないけれどどの写真を見てもアトピーが・・・

 

 5~6歳   このころからなんとなく人とは違う肌だと認識。

 

 7~8歳   転勤族だったため千歳から函館へ。

         転校して1年目はクラスメイトからいじめを受けます。

         「汚いから来るな!」と言われてなぜか背中を蹴られたりしていました。

         来るな!と言う割には蹴るから

         なんで自分から近づいてくるんだろう?と疑問を抱く。笑

         それでも2年目には和解して仲良くなるが、すぐにまた転校。

 

 9~10歳  また転校。函館から室蘭へ。

         環境の変化からくるストレスからか、アトピーは大悪化。

         おそらく人生で一番重症な時だったと思います。

 

         当時は朝起きたら夜中に搔きむしった部分の血と浸出液が固まり、

         動けない・・・ パジャマに皮膚がくっついていて取れない・・・という地獄でした。

         リハビリ?みたいな感じで動かすのですがそれがまた痛い!!

         お風呂に入るたびに悲鳴!シーツも血まみれが当たり前。

 

         医者に母が「なんでここまで放っておいた!怒」と

         怒鳴れていたのは今でもトラウマ。

 

         学校ではまた再びいじめられる。

         「汚いからくるな!」「うつるから来るな!」「アトピーババア!」など。

         とうとう教室に入れなくなり、

         保健室登校 or 吐きそうと嘘をつきトイレで時間を潰す。

         仮病も何度も使い、どうしたら学校に行かなくていいかを

         必死に頭を使って生きてました。笑   

 

         担任に相談するも「あんたが悪い」と吐き捨てられ・・・

         

 

         「自分の人生は自分で変えてやる」

 

         と決心がついたのです!!

 

 

         

         次回に続きます♪

         読んでくれてありがとうございます☺

 

 

 

         

 

 

 

はじめまして!

生まれた時からアトピーが発症していたため、

アトピー歴28年の28歳の女です!

 

そんな私が2022年1月8日からデュピクセントを開始した記念に

ブログを書くことにしました。

 

ただの私の記録のためのブログなのでつまらないとは思いますが、

同じ仲間がみてくれたり、アトピーを知らない方にも

読んでいただけたら嬉しいです(^^)/

 

少しずつですが過去のことからお話できたらなーと思ってます!

よろしくお願いいたします(*'ω'*)