様々な国の映画を見ると、その国の国民性がよく分かる。私が一番惹かれたのはイタリアだった。イタリア人の喜怒哀楽をすんなりと受け入れることが出来た。これは理屈ではない。相性のようなものだ。

 当時(70年代前半)から半世紀が経とうしている。この間、多くのイタリア映画や紀行番組を鑑賞した。現在に近づくにつれて媒体は映画からテレビ、ビデオ、ネットへと変わった。最近は主にYouTubeを利用している。イタリアに対する愛着はやむことがない。今度生まれて来るならイタリア人として生まれて来たいと今でも思っている。

 さて、私が見たイタリア映画に戻ろう。名画からエロチックなコメディまでたくさんの数を見たが、名画を見る場合、私は監督の名前を判断基準にした。それだけ、イタリアには名監督が多かった。当然、彼らの代表作は質が高かった。その結果、イタリアがヨーロッパ映画界を牽引していたと言える。

 その中で私が引かれたのは以下の監督たちである。

 ヴィットリオ・デ・シーカ(1901~74) フェデリコ・フェリーニ(1920~93) ピエル・パオロ・パゾリーニ(1922~75) ルキノ・ビスコンティ(1906~76)  ピエトロ・ジェルミ(1914~74)である・

 

 一番手はヴィットリオ・デ・シーカである。

(デ・シーカ監督:なかなかハンサムだ)

 デ・シーカ監督で私が感動した作品は『ひまわり』(1970年)である。

  彼には、戦後すぐに発表した『自転車泥棒』や『靴みがき』という名作があった。子どもを主人公にした、ネオ・リアリズムの作品である。私はこれらも見たくて仕方がなかったが、名画座にかからなかった。

 『ひまわり』の主役のソフィア・ローレンは私の憧れの女優であった。私は彼女のバタ臭い顔が好きだったのだが、この映画でさらにローレンが好きになった。もう一人の主役のマルチェロ・マストロヤンニにもそれは当てはまる。この映画で彼を初めて見たが、たちまち好きになった。

 ヘンリー・マンシーニの主題歌が素晴らしく、公開前後ラジオでよく流れた。この胸がかきむしられるようなメロディを聞いただけで、映画が見たくなった。

    

 71年に本作が名画座に下りて来た時、早速見に行った。

 『ひまわり』の主題は「戦争と恋愛」である。古今東西に芸術作品でよく使われる主題であるが、それだからこそ、上手に表現しないと駄作に終わってしまう。だが、この作品は成功した。

 まず主役の2人の演技が素晴らしかった。イタリア人の人間味(激しい喜怒哀楽)を見事に表現していた。オムレツを作ったり、首飾りを飲み込んだりするシーンは笑わせるが、この喜劇的な場面があるからこそ後の悲劇が際立った。

 もちろん脚本や映像美や音楽もよい。

 ストーリーの流れは、恋愛→戦争→再会→別れである。お決まりの展開であるが、名作は人を感動させる。男の観客はマストロヤンニに、女の観客はローレンにどうしても感情移入してしまう。テーマ音楽がその反応をさらに増幅させる。

 上映後、イタリア人なら、人目はを憚らずに号泣するだろうが、私は日本人なので、隣の観客に気づかれぬようハンカチで目を押さえた。私ばかりでなく、大勢の観客も。

 この作品は反戦映画である。デ・シーカは、この作品ばかりでなく、翌年の『悲しみの青春』(1971年)でも、ユダヤ人の悲劇を描いた。こちらの方も私は見たが、『ひまわり』の方がよかった。ある評論家が言っていたが、『靴みがき』や『自転車泥棒』も反戦映画だそうだ。

 デ・シーカは戦争の恐ろしさを直接描くのではなく、静かに描くのが得意なのかもしれない。だから余計に胸に応えるのだろう。

 今でもマンシーニのこの音楽がラジオから流れると、私の脳裏にロシアの広大なひまわり畑が浮かんでくる。

 

 次は、フェデリコ・フェリーニである。

(フェリーニ監督:太っているのが特長)

 私が高校時代に読んだ映画雑誌によると、映画通にとってフェリーニは神様のような存在だった。私は彼の作品を見たくなったが、当時(60年代末)の田舎では彼の作品はかからなかった。初期の代表作『道』(1954年)のテーマ音楽である『ジェルソミーナ』は時々ラジオで流れ、私にとってはなじみ深いメロディになっていた。作曲者は『太陽がいっぱい』や『ロミオとジュリエット』のニーノ・ロータで、私の好きな作曲家だった。

(フェリーニ監督の名前が載ってないのは、この頃、日本では有名でなかったからだろう)

        (テーマ音楽『ジェルソミーナ』:冒頭のトランペットの響きがなんとも言えない)

 だから大学に入学した時、フェリーニの作品を何が何でも見たかったのだが、『道』以外の名作、例えば『カビリアの夜』『甘い生活』『8と2分の1』『のような商業的に成功しない作品は名画座でお目にかからなかった。したがってこれらも見る機会を失くした。

 彼の映画で私が最初に見たのは、『道』である。71年だったと思われる。ネオリアリズムの白黒映画なので、戦後直後の荒廃したイタリアの現実がよく出ていた。それにしても純粋で無垢な魂のジェルソミーナには心が揺さぶられた。当然彼女を邪険に扱ったザンパノに怒りを抱いた。ジェルソミーナを演じたジュリエッタ・マシーナ(フェリーニの奥さん)の演技は圧巻。ヨーロッパ思想の本流をなす、神の存在を問うた作品と言えると思う。

                (ジュリエッタ・マシーナの演技が涙を誘う)

 次に見たのが、『サテリコン』(1970年)である。72年のことである。フェリーニの映画のほとんどが映画評論家による評価が高い。この映画もキネマJ旬報ベスト10で上位に入っていたような記憶がある。ただ、私の場合、『道』のような感動はなかった。しかし、映像が持つ迫力には驚かされた。これは古代ローマを舞台にした作品だが、自分が古代ローマに生きているような錯覚になった。

 同じことは『フェリーニのローマ』(1972年)にも当てはまる。

 ローマの過去と現代、カトリック教会と世俗的な人間の対比を彼特有の映像美で描くのだが、ストーリーがないことや場面が突如変わることは集中力を遮断された。とりわけ教会ファッションショーの長さには辟易した。しかし下町で生きる人々の楽天的な生態の描写は素晴らしかった。

 

 私が彼の作品で一番感動したのは、『フェリーニのアマルコルド』(1973年)である。確か74年に渋谷全線座で見たと思う。

 彼の故郷のリミニを舞台にした私小説的な内容で、時代は戦前。主人公の少年が見聞した1年間の出来事を詩情豊かに描いている。出来事の中心はリミニの人々で、フェリーニは彼らの気質(イタリア特有の楽天性)をユーモラスにとらえている。実に多彩な人々が現れるので観客を飽きさせない。他の作品にも見られるのだが、ここでも巨乳や肥満型の女性、小人症の人、精神を病んでいる人物が登場した。フェリーニが彼らに敬意を示していることがよく分かる。パラリンピックの精神を映画で表現したという点で先駆者ともいえよう。

 フェリーニ特有の観念的なシーンがないのもいい。

 その効果をニーノ・ロータの音楽が高める。鑑賞後、サントラのシングル盤を買ってしまった。

 当時くよくよ悩む癖があった私は、この映画を見た時、一遍で解放されたような気分になった。小事にこだわらずある意味のいい加減さが人生には大切なのだと、この映画は言っているように見えた。

                      (この動画で主題曲が聞ける)

 

 3番目はピエル・パオロ・パゾリーニである。

(パゾリーニ監督)

 高校時代から大学時代にかけて、すなわち60年代の終わりから70年代の初めにかけて、彼は映画通の若者にとって最も人気のあった監督だった。私が彼の名を知ったのは、私が中3の時(1966年)である。当時家でとっていた朝日新聞の夕刊においてである。週1回に載る映画時評で彼の『奇跡の丘』(1966年)が絶賛されていたのだ。

 この映画はキリストの一生を描いた白黒映画なのだが、その芸術性が高く評価された。それに比し、同じような作品としてハリウッド映画の『偉大生涯の物語』(1965年)があったが、こちらの方は膨大な予算で作られたにもかかわらず、評価が低かった。

 キリストの生涯に興味を持っていた私は、『奇跡の丘』が見たかったが、田舎の映画館にはかからなかった。商業的な映画でないので、宇都宮の映画館でも上映されなかった。高校を卒業して上京した時も、この映画にお目にかかる機会がなかった。

 あれは74年か75年の頃だと思う。確か池袋文芸座だったと思う。この映画が久しぶりに名画座にかかったことをピアで知った。私は勇んで見に行った。期待通り、感動を与えてくれた映画だった。それも静かな感動で、心より脳の方が反応した。イエスはなぜ死んだのだろう。しばらくその問いが頭から離れなかった。

  『偉大な生涯の物語』はカラーだが、白黒の本作の方が画面に迫力があった。当時の風景もよく描けていると思った。

 とりわけ、覚えているのは、荒涼とした山で修業に打ち込むイエスの前に、悪魔が現れる場面である。そこで両者は論争するのだが、この悪魔の風貌に妙なリアリティを感じた。

 時間を遡るが、私がパゾリーニの作品を初めて見たのは、大学に入学した時(1971)である。『アポロンの地獄』(1969年)を高田馬場パール座で見た。この映画も公開された当時、世評が高く、キネマ旬報ベスト10で1位になったと思う。

 娯楽映画ではないので面白さには欠けたが、無論退屈ではなく、「父殺し」のテーマは思春期の私の胸に響いた。また、実母との相姦というショッキングな第2テーマも嫌らしさがなかった。それは当時を再現した映像美と演出の力だろう。

 この作品でパゾリーニのファンになったのだが、続いて見た『テオレマ』や『豚小屋』には感心しなかった。観念の空回りについていけなかった。『王女メディア』については、マリア・カラスの演技力には圧倒されたが、感動するまでには至らなかった。

 ただ、『デカメロン』(1972年)は面白かった。もともとこれはルネサンスのカトリック教会を風刺した、ボッカチオの原作に基づいている。イタリア人特有の性のおおらかさをユーモアに描いていた点が気に入った。

 

 4番目は、ルキノ・ヴィスコンティである。

(ヴィスコンティ監督)

 中学生の時から彼の名前は知っていたが、彼の作品(代表作は『夏の嵐』、『白夜』、『若者のすべて』、『山猫』など)は見たことがなかった。

 私が見たのは、『異邦人』(1968年)である。これが73年頃、名画座にかかった。確か高田馬場パール座だったと思う。

 私はカミュの『異邦人』が大好きだった。彼は実存主義の一角として不条理の哲学を説いていたが、本作で観念論を展開していなかったので、西洋哲学を咀嚼していない私でも読めた。

(当時買った文庫本は今でも手元にある)

  したがって期待して見に行った。本作は原作を忠実に描いていた。

 小説の映画化は大体原作と異なる。監督にとって原作通りに描くのは難しいからだろう。ストーリーや登場人物を変えたりする。

 ただ、原作に忠実でも、ヴィスコンティの『異邦人』であることに変わりはない。彼が原作からふくませたイメージの映像を観客は味わっていることになるのだが、実に違和感がないのだ。例えばムルソー、アルジェの街、殺人、裁判、死刑前に激論した神父の姿などはこうなのだろうと思ったくらいだ。原作から抱いていた私のイメージをヴィスコンティが映像化してくれたと言えるのかもしれない。それだけに、その後原作を再読した際、映画の場面が浮かんで来た。とりわけムルソーを演じたマルチェロ・マストロヤンニの映像が強烈で、『異邦人』を思い出す度、マストロヤンニを思い出した。

  私はこの作品を気に入ったのだが、映画評論家からあまり評価されなかったと記憶している。

 原作と映画化の問題は、彼の晩年の代表作の『ベニスに死す』(1971年)でも表れている。

 私は『異邦人』と同じく、トーマス・マンの原作も読んでいた。後で大学時代に読んだ文学の記事で詳しく語ろうと思うが、私はマンが好きで、代表作を結構読んでいた。

(写真の文庫本で読んだ。今も手元にある)

 したがって、この映画が名画座に降りて来た時、見に行った。73年頃だったと思う。渋谷の全線座で見たような気がする。

 この作品に関して言えば、私は小説の方がいいと思った。映画の方は、主人公を滅ぼす要因としてあまりにも少年の美を強調し過ぎていた。小説はそこまで行ってない。その方が私には納得がいった。大体、私はビョルン・アンドルセンが演じる少年をそれほど美しいとは思えなかった。

 だが、映画と小説は別個のものである。映画は監督の表現世界である。ヴィスコンティが描く美的世界に少年の美が不可欠だったのだろう。

 この映画では、マーラーの交響曲第5番の第4楽章のアダージェットが使われている。この静かで気品のある音楽は主人公が老人であるこの映画に合致している。主人公の抒情を代弁しているかのようだ。とりわけ小型船が霧のヴェニスに入港する冒頭の場面での使い方は、観客の期待を高めてくれた。

 

  最後はピエトロ・ジェルミである。

(ジェルミ監督)

 彼の映画を見たのは高1の時である。『鉄道員』(1956年)を見た。とても感動した。

(ピエトロ・ジェルミは主演もした)

 この映画の主題歌は人気があったので、中学生の時に聞いたラジオでよくかかっていた。

 そればかりか、『刑事』(1959年)や『誘惑されて棄てられて』(1964年)の主題歌も人気があった。3作とも、カルロ・ルスティケッリが作曲した。私も好きだった。作品は見たことがなかったが、音楽を先に知っていたという訳だ。

      

(『刑事』の主題歌『死ぬほど愛して』)

(『誘惑されて棄てられて』の主題曲『誘惑されて棄てられて』)

 ところが田舎の映画館では、『鉄道員』以外上映されなかった。すべて古かったからだろう。『鉄道員』だけは当時も人気があった。

 上京してからどこかの名画座で『刑事』や『誘惑されて棄てられて』を見た。

(ここでもジェルミ監督は主演している)

               

 どちらもネオ・リアリズムの作品であり、白黒映画である。前者は悲劇で後者は喜劇だったが、とても心が揺さぶられた。それは映画に登場するの庶民の哀歓がとても上手に描かれていたからである。戦後のイタリア庶民を描く場合、白黒の方が断然効果があると思う。

 主人公の女性が私の好みに合っていたことも挙げられよう。『刑事』はクラウディア・カルディナーレで、『誘惑されて棄てられて』はステファニア・サンドレッリである。

 カルディナーレについては前回の記事でふれたが、『刑事』のカルディナーレは素敵だった。後述する『ブーベの恋人』のカルディナーレよりずっと美しい。

 サンドレッリは、私の大学時代、カルディナーレほど人気がなかった。日本では忘れられた存在になっていた。だが、私は、この映画の彼女がいっぺんで好きになった。喜怒哀楽をむき出しにするシチリア島の若い女性(庶民階級)を上手に演じていた。

         (『誘惑されて棄てられて』のイタリア版はYouTubeで無料で鑑賞できる)

 これは好みの問題だろうが、イタリアの女優には色気を感じさせる美人が多いと思う。

 彼の作品では、遺作になった『アルフレード、アルフレード』も見た。なぜかアメリカ人俳優のダスティン・ホフマンが主演している。若い夫婦の性生活を描いた喜劇だが、今一つの作品だった。

 ジェルミは、惜しいことに60歳で亡くなられた。

 

 忘れる所だった。この監督も取り上げよう。ミケランジェロ・アントニオーニ(1912~2007)である。

(アントニオーニ監督)

 彼の作品は3本しか見ていない。『太陽はひとりぼっち』(1962年)と、『欲望』(1966年)、『砂丘』(1970年)である。『太陽はひとりぼっち』(アラン・ドロン、モニカ・ベッティ主演)については、前回の記事『思い出のフランス映画』でアラン・ドロンにふれた際に感想を述べた。

 『欲望』はロンドンのモッズ族と呼ばれた若者たちの生態をサスペンス風に描きながら、世の不条理を表現した映画なのだが、途中から観念的になった。

 同じことは『砂丘』についても言える。今度はアメリカに飛び、ヒッピーや学生運動の若者の生態を通して、世の不条理を描いた。娯楽性より芸術性を優先しているため、退屈さは免れなかった。

 したがって私は彼の作品のよき鑑賞者ではない。

 両作品共、当時のロック・グループの音楽を用いているため、ロックファンは喜んだかもしれない。

 

 その他、感動した作品をいくつか挙げよう。 まず『わが青春のフロレンス』(1971年:マウロ・ボロニーニ監督)である。

 20世紀初頭のフィレンツェを舞台にした恋愛映画である。主人公は労働運動の闘士だが、妻を裏切って浮気をするとんどもない亭主だが、美しくけなげな妻はじっと耐える。昔は日本ばかりでなくイタリアでも男尊女卑があったことが分かる。カメラ・ワークが素晴らしく、フィレンツェの風景を詩情あふれる画面に仕上げた。エンニオ・モリコーネの美しいメロディが女性主人公の心情を表現していた。この音楽に感動した私は、サントラのシングル盤を買った。

 主題曲は以下の動画で聞ける。

 

 もう一つは、『死刑台のメロディ』(1971年:ジュリア―ノ・モンタルド監督)である。

 これは、1920年にアメリカ・マサチューセッツで実際にあった「サッコ・ヴァンゼッティ事件」を描いている。あの頃、ロシア革命があったために世界の先進国では共産主義に対する恐怖が起こり、無実の労働者を冤罪にする事件が発生した。

 それを告発するために作られたが、ただのノンフィクションではなく、主人公やその周辺の人物たちに焦点を当て、芸術性に富んだ映画にまとめた。彼らの行動が感動を呼び起こす。

 この音楽もエンニオ・モリコーネが担当している。主題歌の『勝利への賛歌』をジョーン・バエズが歌い、ヒットした。

 このようにモリコーネには隠れた名曲がたくさんあるのだ。

      


 最後は『ブーベの恋人』(1964年:ルイジ・コメンチーニ監督)である。

 この映画の主題歌が私が中学生の時に大ヒットした。これも、『鉄道員』を作曲した、カルロ・ルスティケッリの作品である。これだけ日本でヒット曲を飛ばしたのだから、再評価されていい音楽家だろう。

 これも高校生の時に見られなかったので、71年に名画座(どこかは忘れた)でかかっているのを知った時、見に行った。なお、「ぴあ」で調べる前は、新聞で調べた。当時は新聞にも名画座の広告がたまにが小さく載っていたのである。新聞は喫茶店や学校で読んだのだが、バイト収入で余裕が出来た時のみ、朝日新聞を取っていた。

 この映画の主役はクラウディア・カルディナーレで、彼女と兄の友であるブーベとの恋愛を描いているが、舞台は戦争直後のイタリアの田舎で、パルチザン運動を背景としている。

 この曲と、戦後直後の農村の様子と、どこか投げやり的な雰囲気を醸し出すカルディナーレの魅力が印象的だった。ただ、この映画では髪が短いのだが、それは彼女に似合わない。長い髪の方がいい。

 こう見ると、自分が当時、学生運動に関わったりしていたためか、社会性が色濃い映画に興味を持っていたことが分かる。

 

 最後に、もう一度、私の好きなイタリア人俳優をおさらいしよう。

 女優

  第1位  ソフィア・ローレン 

   2位  クラウディア・カルディナーレ

   3位  ステファニア・サンドレッリ

   4位  ダニエラ・ビアンキ

 男優は、マルチェロ・マストロヤンニだけである。

  

                         ――― 終 り ―――