日本語クラブ   苦い思い出 | 頑張るお母さん チャレンジ人生 in U.S.A.

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アメリカの生活、仕事、教育についてのブログ
時々ペットの話も。
日本語教師です。
英語が苦手、だけど頑張ってます。
毎日がチャレンジです。

今まで私は

短大でTutorと言う
補習担当として

そして個人レッスン

と言う日本語教師歴です。


実は
中高で教える
と、言うのは初めてではありません。

結婚でアメリカに移住して
少しした頃
ご近所の方から
「近くの中学校の放課後クラブで日本語を教えてみないか?」
と、いうお話を頂ました。

暇で何もする事が無かった私には
渡りに船
しかも日本語なら話せるから大丈夫!
と、喜んで行きました。

が、しかし

甘かった!

まず、中学校の
プログラムマネージャーみたいな方から
「何人ぐらい教えられますか?」
と、聞かれました。

私は高校生の時に
従姉妹のそろばん塾を手伝っていた経験から
「20-30人ぐらい」と応えたら

  「そんなにっ?!」

と、大変驚かれたのを覚えています。

何でそんなに驚くのだろう?
不思議に思ったけど
理由がすぐに分かりました。

結局、その時に来てくれた生徒さんは7人

でも、私はその7人がまとめられませんでした。

先生に対する尊敬や畏怖みたいなものが
全くありませんでした。

積極的に発言、質問するのも
大人しい日本のクラスで学んできた私には
とても面食らった事でした。

ふいに席を立ち上がり
水を飲みに行ったりトイレに行ったり

私なんか授業中にトイレに行きたくなったのを
我慢して、我慢しきれず、
でも先生にいえなくて困っていたのを
それを知った近くの男子生徒が
代わりに先生に言ってくれた思い出があります(恥)

また、皆で一緒ができないようです。

よくできる子は
「次は何?」とどんどんと先に進みたがります。
できない子は
皆に追いつこうという気遣いが感じられず。

よって、同じクラスで進度の差がでてきます。
これは、教える側としてはとてもやりづらい。

そして、同じ状況が
短大と言う20代前後生徒たちにも現れていました。

アメリカの学校が
一クラス20-25人ぐらい
小学校低学年ではアシスタントの先生がつく

と、言うのがよく分かりました。

たった7人
私はうまくまとめられず
一学期で辞めてしまいました。

それから
短大の補習担当になり
日本語を教えると言う
特別な方法を
日本語クラスの先生から学び
授業に参加させて頂いて
飽きさせないクラスが必要な事を学びました。

あの苦い経験から18年
自らもティーンの子を持つ母として
子供たちの気持ちもちょっとは分かるようになりました。

飽きさせない授業

それを目指して頑張りたいと思います。