館山城山公園と里山散策
城山公園
館山城(市立博物館分館) ツツジと館山城
里見八犬伝の資料が展示されている。
ゴールデンウィークの館山帰省の折、城山公園へ行ってみた。
この公園は館山の町一望の丘で、戦国大名里見氏が最後の居城にした館山城の跡である。
朝6時、麓で館山在住のMさんと待ち合わせて、新緑の坂道をゆっくりと登る。
Mさんは、次々と登って来る地元の人々と朝の挨拶をかわしている。
館山城のそびえる山頂の広場に集まった人は30名位であろうか。
6時半、ラジオ体操が始まった。
私も久しぶりにラジオ体操第一と第二の音楽を聞き、輪の中でラジオ体操をやった。
高齢の方が多いが、実にきびきびしている。毎朝朝食前に集まって、身体を動かすのだという。
里山散策(沼地区)
里山(沼地区) 沼の堰
土手の上が沼の堰 この近くにサンゴの展示小屋がある。
沼のびゃくしん 沼のびゃくしん
山頂からは館山湾と沼地区の田園風景が素晴らしい。
朝食後は沼地区の里山へ行ってみた。
田んぼの中をどんどん進むと沼の堰に出た。その近くにはサンゴの展示小屋があった。
この一帯は6000年前の千葉県指定天然記念物「沼のサンゴ層」が広く分布しており、
サンゴ礁がいく層にも堆積しているという。
至る所でウグイスが鳴きヤマフジが見られ、ヒカリモの生息地や館山市指定天然記念物
「沼のびゃくしん」に出会うことが出来た。
「沼のびゃくしん」は県内で最も大きなびゃくしんで、推定樹齢約800年。
ハゼノキ、イヌビワ、シロダモ、マサキ、トベラなどが着生しているという。
歴史の重みを感じる神々しい大木だ。
大多喜タケノコ狩り
4月28日(金)快晴、蘇我駅から外房線安房鴨川行きに乗る。
大多喜でタケノコ狩りをするためだ。
大原で下車、第三セクターのいすみ鉄道に乗り換える。
2両編成で、乗客は運転席のある前車両にごくわずかである。
整理券を取り降りる時に運賃を払うのだと、お婆さんが教えてくれた。
まるでバスと同じである。
線路脇や田んぼのあぜ道には、タンポポがやたらと目立つ。
田植えが終わったばかりの田んぼや元気に泳ぐ鯉のぼりに見とれていると、
何とお婆さんが、自転車ごと乗ってきた。
お婆さんが降りる時、運転手は自転車210円、人は300円と言った。
お婆さんは悠々と自転車を引いて線路を渡り、運転手は反対側のホームに上がる時、自転車を
持ち上げてやり、ゆっくりと電車に戻り、再び電車を走らせた。
西畑駅で降り、目的地の平沢たけのこ村に電話をしたら、車で迎えに来てくれた。
いすみ鉄道車窓の眺め いすみ鉄道西畑駅前
私達夫婦と古ギャルグループが、一緒に車で山に案内された。
そこは傾斜のある竹林で、お爺さんと若者がガイドとして待機していた。
黄緑色の芽のタケノコならOKだと教えられ、タケノコの周りをひたすら掘る。
掘り方のコツはタケノコの頭が向いている側を掘り、無傷で収獲するためには、土からタケノコの
白い体が現れたら、ボツボツのある地下茎との境目めがけてクワを一撃、根を切り離すのだという。
一撃(実際は何度も)を食らわすまでには、かなり深く掘らねばならず、竹の根に邪魔され、
足場の悪さもあって、じっと汗ばんでくる。
何とか掘り取ったタケノコは800g、2.5kg、妻がねを上げ交代したものは3.5kgもあった。
山から降り、テントの下で無料サービスのタケノコのみそ汁を飲んだ。
コクがあり実にうまい。タケノコをゆでた汁で作るのがコツだという。
大多喜のタケノコは”しろこ”と呼ばれ、乳白色で柔らかくアクの少ないのが特長だという。
昼食にはタケノコの刺身が付いているB定食(1000円)を注文した。
ゆずみそと食べる刺身は、フルーツの味がした。
唐揚げはさくっとして柔らかく、とても美味しかった。
タケノコ掘り タケノコ料理
初めてのタケノコ狩りの小さな旅は、のどかな風景、竹林の緑のシャワー、山に囲まれて食す
美味しいタケノコ料理と盛り沢山で、すごく得をした気分になった。
産経抄を読んで
先日、アメブロから私が「ブログを始めてから1年間が経過しました・・・・・」というメールをいただいた。
職場を離れると、公に文章を書く機会は殆どなくなり、それ故おっくうなものだが、最近は「脳の老化を遅らせる為のエクササイズ」のつもりで書いている。
NHKテレビの知る楽で、りんぼう先生は美しい文章の書き方の中で、例えば「美味しかった」と述べる時、
どんな風に美味しかったか具体的に書くようにと言われた。
一方、NHK俳壇では俳句は省略の文学だという。中々難しいものだ。
産経抄は産経新聞のコラムだが、今朝のそれにはつくづく感心した。
書き出しは「ただいま」といえば、「お帰り」とこたえる。日常生活でありふれたこの言葉のやりとりほど、
失うと悲しいことはない。である。
小さな軽い話しかと思ったら、拉致被害者の横田早紀江さんがブッシュ米大統領に面会したニュースの
感想で、大きな重い話だった。
最後は・・・・だから心をこめていいたい。「お帰りなさい。大きな仕事を果たされましたね」と。で結んでいる。
プロはすごいなと思った。
カレイつり
春の風が吹きまくっているのに、「明日は大丈夫だから、いらっしゃい」とのおかみさんからの電話。
4月4日(火)友人SINOさんの運転で、朝3時40分に家を出た。
鹿島のイシガレイつりに行く為だ。
鹿島に近づくにつれ風はピタリと止んだ。期待に胸が膨らんだのだが・・・・・・・・・。
6時港を出た、ウネリがある。
30分は走っただろうか、釣り場に到着。ウネリが高~い !!
カレイつりはオモリで海底をトントンとたたいて、エサを踊らせ(コズク)一旦止めてから、
スーッと竿を上げると(キク)コツンと魚信(アタリ)が出るので、少し間をおいてから、
さらに竿を上げ針掛りさせる。(アワセル)
そして、カレイの引きを楽しみながら取り込む。その一連の流れが魅力なのだ。
しかし、つり開始後ずーっとエサを底に這わせるのが精一杯だった。
コズいてキクこともせず、アタリが出たらアワセて何とか6尾釣上げることが出来た。
サイズは皆30cmとジャンボだったが、釣趣はイマイチだった。
船長は今までで一番悪い日だと言って、終了間際にメバルつりをやらせてくれた。
ここで、思いもよらず強いアタリと強烈な引きで、どでかいクロメバルが釣れた。
気を良くしていたら根掛かり?、ウッ違う!リールが巻ける、やたらと重い。
必死で巻き上げたら、またまたジャンボなクロメバルがイッカで(2尾)海面に現れた。
「船長、タモだぁ~」と言ったら、「メバルは大丈夫だよぉ~」との返事。船長もホットしたようだった。
結局、メバルは29~27cm3尾、18cm2尾の釣果だった。
その後、我が家の食卓には、どでかいイシガレイとメバルが連夜並ぶ事となった。
鹿島港の朝 船宿のお土産のハマグリと
どでかいクロメバルとイシガレイ
ムスカリと綿打池
4月8日(土)、ムスカリの花の記事に誘われて、千葉公園へ行ってみた。
昔の話だが、千葉公園は結婚の為独身寮を出て、居を構えた松波町の近くにあり、よく散歩した
所である。
そこにある体育館は、中学生の頃、千葉県の球技大会の会場で、当時バスケットボール部に所属
していた私は、遠く館山から乗り込んで戦ったところだ。
良くも悪くも、思い出多い公園である。
鎮魂の彫刻 大地 ムスカリ
自転車で護国神社に着いた時、腕時計を見たら、自宅を出てから30分が過ぎていた。
忠霊塔の広場の右側には、多くの慰霊碑が建っていた。
その中に、大地と名付けられたスラリとした女性の彫刻があった。 ???
隣にシベリア強制抑留死亡者鎮魂の碑があった。・・・・・・
お花見広場の一角にムスカリの青紫の群生を見つけた。
青紫のじゅうたんの様だ。花はブドウの房が直立しているふうで、おもしろい。
綿打池 綿打池
ついでにと思い、urugi さんの桜の写真スポット綿打池に回った。
終わりどころか桜は満開で、水辺と桜とモノレールが調和した見事な景観に見とれてしまった。
またまた、ついでにと思い、体育館をのぞいてみた。
観客席で一人、元気一杯な若者のバレーの試合を見ていたら、何故か涙がにじんできて、 ハンカチで拭った。
遠回りして松波町を巡り、家に着いてまもなく、リセットするかのようにいっ時、雨が激しく降った。
桜の鎌倉散策
4月1日(土)、スポーツクラブ仲間7名で鎌倉の桜の名所を巡った。
当日は気まぐれ陽気が続く中、快晴温暖な日和に恵まれて、ゆっくりと花の古都鎌倉を散策することが
出来た。
行程
秋の鎌倉紅葉ハイキングに続いて、鎌倉に詳しいGさんとHさんのガイドなので、無駄なく楽しく名所を巡る
ことが出来た。
(JR横須賀線西側)北鎌倉駅→浄智寺→葛原岡神社→源氏山公園(昼食)→銭洗弁天→佐助稲荷→
(JR横須賀線東側)鎌倉駅→本覚寺→若宮大路・段葛桜のトンネル→源平池→小町通り→鎌倉駅
浄智寺 鐘楼門 佐助稲荷 奉納されたのぼりと鳥居
鎌倉の花
寺や神社と桜の組み合わせは、日本の原風景を感じる。
桜のハイライトは若宮大路・段葛桜のトンネルだ。
春爛漫を体感出来るが、人が多すぎて趣は半減だ。
この時期、鎌倉は色々な花が見られる。
私にとって初対面の源氏山公園のショカッサイの群生、本覚寺のカイドウは見事だった。
他にミツマタ、カタクリ、シャガ、キブシ、ウメ、ツバキ、ユキヤナギ、ボケ、ハナニラ等に出会うことが
出来、花の鎌倉を実感した散策だった。
源氏山公園 ショカッサイ 本覚寺 カイドウ
若宮大路・段葛桜のトンネル 源氏池の桜
身近な桜
3月16日、稲毛海岸駅前のマリンピア広場で、例年より大分遅れて河津桜が満開になった。
花の中にメジロが飛び交い、「春の訪れ」の趣があった。
稲毛海岸駅前 河津桜
東京の桜開花宣言が出たのが3月21日。
今年こそ見逃さないぞと、3月25日買い物のついでに、立ち寄ったところ、千葉みなと公園では、
枝垂れ桜が満開になっていた。
写真を撮ろうと、あわてて家に戻った。
周囲の桜はまだ咲いていないのに、威風堂々と咲き誇っていた。
みなと公園 枝垂れ桜 池に映る枝垂れ桜
3月31日、かねてから目を付けていた写真撮影スポットの4箇所に行ってみた。
どこも期待通り、「春爛漫」を呈していた。
高洲団地 桜並木 稲毛海岸 桜のトンネル
フランス周遊 (3)
フランスの旅で見聞きしたこと、思い巡らしたことを書き留めます。
天候
アルルとアヴィニヨンでは、プロヴァンス名物の冷たい強風ミストラルが吹き寒かった!!
しかし、それは逆に晴天の証で良い眺めをもたらしてくれました。
ニースは、イギリス貴族の避寒地といわれるだけに明るく暖かい所でしたが、それ以外は「一日の中に
四季がある」といわれる通り、めまぐるしく変りました。
フランスの天気予報は全く当てにならないそうで、人々は少々の雨では傘をささないといいます。
風景
コートダジュール~プロヴァンスの車窓では、冠雪のヨーロッパアルプスを望むことが出来ました。
ぶどう畑はエクス・アン・プロヴァンス辺りから見られ、棚はなく、木も低いのが特徴です。
エクス・アン・プロヴァンスはセザンヌの故郷で、生涯のテーマとして描いたサン・ヴィクトワール山は、
白い石灰質の横長な山でした。
ローヌアルプ~オーヴェルニュ~ブールジュでは、牧場や広大な畑が広がり、農業国を実感しました。
また、至る所でヤドリギが見られました。
古城巡りのロワール川に向かうと湿原が現れ、鳥のいる光景に出会いました。
トゥール~モンサン・ミッシェルでは、のどかな牧場風景が広がり、北海道が連想されました。
田舎の石造りの家を見ながら、モンサン・ミッシェルに近づくと天気はめまぐるしく変りました。
ノルマンディー特有な気候だといいます。
レンヌ~パリまでの新幹線車窓の眺めも、また牧場風景です。
そんな訳で、夜のパリは格段と華やかな「花の都」に見えました。
町並み
アルル、アヴィニヨンそしてリヨンの旧市街地は、頑固に伝統を守る町。
人々は、古の町並みを誇りを持って保存しているといいます。
パリの夜景はしっとりしています。ネオンは緑十字の薬局しかありません。(目立つ様にとの事)
そして、整然としています。道幅は広く、交差する所では三角形の建物が多く見られます。
旅の本によれば、「ナポレオン3世の命を受けたセーヌのオスマン知事が、建物の高さはほぼ均等、
東西南北に走る広い通りを整備し、その要所に公園などの公的施設を配し、美しい町並みを造り
上げた。」といいます。
先日、新聞紙上で景観利益という言葉を見ましたが、フランスの町並みに接した今、それは法的に
保護されても良い事だと思えます。
オペラ大通り 人気添乗員とゴッホの絵
フランス人
レストランは暗く、住居も石造りが多く暗そうに見えます。
日本人とは眼の構造が違うようで、暗くても字が読め、逆に明るさに弱くて、よくサングラスをかけると
いいます。
ツアーのバス運転手が「日本人はトイレを持ってくればいい・・・・・」と言ったことがあるそうです。
フランス人は長くトイレに行かなくてもよい、身体の違いがあるようです。
仕事では一切残業はしない。バカンスの為に働くといった感じだといいます。
家族関係でも、結婚も契約。子供の犠牲にはならないという考えで、子供は早々と寝かせ、夜は大人の
時間を楽しむという。
その為レストランで、人が集まるのは8時以降といいます。
私達が行くと、いつもガラガラな理由が分りました。
先日、ワールドベースボールで王ジャパンが優勝し、大変嬉しく思いましたが、同時にアメリカのやな面
も見せ付けられました。これからの余生を考えると、アメリカ一辺倒からフランス的考え方も取り入れて
行くのも良い事かなと思いました。
旅仲間と人気添乗員
旅仲間は29名。シーズンオフのせいか、私が最年長のような気がしました。
友人どうし、家族、母と娘、夫婦、卒業旅行、一人参加といった構成です。
家族で参加された人の中に、盲目の人がいました。
ヨン様に似ている息子さんに聞いてみました。
「私達は眼で見て、すごいなぁ~!等と思いますが、お父さんはどんな風に感じているのでしょうか?」
「父は定年になって突然見えなくなりました。・・・・・・それなりに楽しんでいるようです。・・・・・・・・・・・・・
私が皆で行こうと提案しました。・・・・・・・」
盲目の人は夜のパリに着いて、シャンゼリゼ通りで車内に「オーシャンゼリーゼ ♪」が流れた時、
一緒に声を出して歌っていました。
その前向きな姿勢には教えられるものがありました。
旅は人気添乗員と行く出発日でした。
添乗員は英語、フランス語、イタリア語を話すことが出来ます。
先ず、飛行機がパリ空港にさしかかった時、「・・・さん」と名前を呼ばれたのには、びっくりしました。
特徴を見出して、お客様の名前を覚えるのだと言っていました。
「せっかく12時間もかけて、いらっしゃったのですから、出来るだけ沢山見て頂きたい・・・・・・・」と言い、
フランス人との交渉をテキパキとこなし、無駄がありません。
ホテルに着くと、口頭ではもちろん詳細な「明日のご予定」のプリントを配る。
旅に慣れていない初めの頃は、「何か不自由はありませんか」と各部屋を回り、プリントを配る。
バス車中では歴史、地理、フランス人気質等を日本と比較して話す。
だから、地元ガイドよりも分りやすい。
土産物の相談にまでのり、特に食べ物はこと細かく説明する。
パリではスーパーまで案内するサービスぶり。
前述しましたが、パリ二日目の自由行動では、希望者に無償でルーブル美術館とモンマルトルの丘を
案内してくれました。
こんな状況なので、何の不安もなく楽しく海外旅行を体験することが出来ました。
皆さん思う事は同じのようで、パリ観光一日目の夜のレストランでのこと。
添乗員の誕生日である事を知った娘さんの発案で、一人50セントずつ出し合って、バースデーケーキ
とプレゼントを贈ることになりました。
それに陽気な店員がのり、店内はハッピーバースデーの大合唱となりました。
成田に帰る機中で、アンケート用紙と共に8日間の旅の記録のプリントが配られ、またまたびっくり。
かくて、べたぼめのアンケート用紙を提出して、添乗員ときさくな旅仲間に別れをつげました。 おわり
フランス周遊 (2)
長い旅になると、最初と最後の記憶が鮮明になるようです。
そこで、最初のニースと最後のパリについて記述します。
ニース
青い空、青い海が広がるプロムナード・デ・ザングレは「英国人の散歩道」の名にふさわしい優雅な雰囲気
が漂っていました。遊歩道では多くの人達が、ジョギングやサイクリングを楽しんでいました。
花のカーニバルでは鮮やかな黄色の花「ミモザ」が飛び交うという。
かたづけが終わっていない観覧席が残っていました。
「天気が良ければ行きます」と言ったモンボロンの丘で明るいニースの町を一望。絶景!!!
プロムナード・デ・ザングレ モンボロンの丘からの眺望
パリ
レンヌからフランス新幹線TGVに乗り、モンパルナス駅に着いたのは夜7時頃だったであろうか。
ビストロで夕食後、ホテルに向かう際添乗員は「皆さん、私に少し時間を下さい」と言って、
遠回りしてパリの夜景を見せてくれました。
ライトアップされて黄金色に輝くエッフェル塔、黄色味の灯りでしっとりとしていて、また整然としている
シャンゼリゼ通り。添乗員はだめ押しをするかのように、車内に「オーシャンゼリーゼ♪」を流しました。
うきうきする気分と東京は負けだという気持がミックスしました。
ライトアップされたエッフェル塔 カルーゼル凱旋門
ルーブル美術館からコンコルド広場~凱旋門が
一直線に見える。
一日目はバスで市内観光、セーヌ川を挟んで右岸左岸を巡りました。
午前中の目玉は中洲のシテ島にあるノートルダム寺院、バラ窓が美しい。
午後は郊外のヴェルサイユ宮殿、夕方はセーヌ川クルーズ。
パリの景色をたっぷり堪能出来ました。
二日目は自由行動。しかし、添乗員は「皆さんの希望の多いルーブル美術館とモンマルトルの丘を
ご案内します」と言う。これには皆喜び、急きょ無償のツアーが成立しました。
ルーブル美術館の建物は、もともとフランスの歴代の王が住居としていた宮殿だという。
あまりの広さに驚きました。
添乗員のおかげで、ルーブル五点セットを効率良く鑑賞することが出来ました。
五点セットとは、ミロのビーナス、サモトラケのニケ、14カラットのダイヤ(アポロンの陳列室)、
モナリザ、ナポレオン1世の戴冠式です。
ルーブル美術館・ガラスのピラミッド ルーブル美術館・サモトラケのニケ
ルーブル美術館・アポロンの陳列室 オペラ座(オペラ・ガルニエ)
ルーブル美術館から歩いて集合場所のオペラ座へ。
午後はモンマルトルの丘。そこには白亜のサクレ・クール寺院、市民の教会とか。
それまで見た建造物とは違うイスラムの雰囲気を感じました。(ビサンチン様式)
サクレ・クール寺院の西に位置するテルトル広場は、多くの旅行者と似顔絵描きでにぎわっていました。
サクレ・クール寺院 テルトル広場












































