こんばんは


僕が住んでいる辺り、先程一雨降りました。

今は もう止みました。


自室の窓を開けています。

風、涼しくなりました。


今夜は3日ぶりに散歩に出ました。

手に入れてからもうすぐ2年が経つ雪駄。

鼻緒擦れも そんなに出来なくなりました。


雪駄が僕の足に合ってきたのか、僕の足が雪駄に合ってきたのか。

おそらくは その両方。

両方が互いに少しずつ歩み寄っての結果なのだと思います。


この世の中、今よりももっと、いろんな歩み寄りが見られる様になったら嬉しいです。


潜在能力としては、みんなが持っているのに。

あきらめてしまったり、面倒臭くなってしまったり、ちょっと怖かったり、相手を傷付けたくなかったり、自分が傷付きたくなかったり。

いろいろあって、中々上手いこといきませんが。


『失敗は成功の基』 とは、よく言ったもので。


上手いことできなかった経験が、この先、誰かの、何かの、そして誰よりも何よりも自分のためになることと信じて。


うん。

『信じないとやっていられないからな!』 というと、少々乱暴。


『自分で自分を馬鹿だと思うほどに、それを信じてやろう。』 という気持ち。

いつまでも抱いていたいです。






22日(月)の夜、 山田 洋次 監督作品、 映画 『学校』 を NHK BS-2 で観ました。



http://www.hmv.co.jp/product/detail/2729704


僕は やっと いくらか 田中 邦衛 さんの演技が心に沁みるようになったみたいです。


みんなが居てくれて、僕は幸せです。


それでは、また!

こんばんは~

あ、きっと今晩も長文になること必至!かと思いますので、早速本題へ。






19日(金)。

朝は7時に目覚ましが鳴り...、9時20分頃起床。

父に起こしてもらいました。


そうそう。

この日は朝から、母が整形外科 (だったかな?) へ行くということで、父も出掛けてしまうと、ウチの事務所には午前中一杯 叔母だけが居て仕事をする、ということになっていて。


叔母はウチ(事務所兼自宅)の玄関の鍵を持っていないから、僕が留守番という形。


...なんとなく伝わりますか?


でね、父と叔母が それぞれに出掛けた後、(もうその頃には母が戻ってきていたんだけど) 18日(木)に引き続き、僕は電話番の仕事をしてみた。


まあ、僕は事務所に居たり、茶の間に居たり、自室に居たり。

電話機の子機を持って、自分の気持ちが落ち着くところに移動しての電話番。

...仕事...というには、正直なところお恥ずかしい...。


この日も、4件ほどの電話応対をしました。


父や叔母宛ての伝言もあったりしたので、電話を切ってから 『なるべく伝わりやすい書き方』 でメモを取り直したりして。


昼、何を食ったけな...?

食後には、いつもの 豆煎坊 さん のコーヒーを自分で淹れて飲んだな。

うん。


前日に引き続き、午後2時頃、眠気がやってきた。


...あぁ...、俺、やっぱり この仕事、ダメなのかなぁ...。

弱気になります。


で、自室へ戻って、この日も昼寝。

途中、午後3時半頃に目覚めたんですが、お手洗いに行こうと階段を下りるとき、なんだか頭がクラクラして怖かった。


もう一度、眠って。


『ごはんだよ!』 と言って、母に起こしてもらった。


俺、確か、 『...あ!はい!ごめん!』 と答えた。


なんなんだろう、この罪悪感...。

考えすぎるとドツボにハマるので、極力気にしないようにした。


実働1時間くらい?

このポンコツめ!...自分を怨めしく思ったりするけど、これも極力気にしないように、気にしないように。


夕飯の後、40分ほどの散歩。


寺尾中央公園。

http://www.city.niigata.jp/info/kouen/teraotyuou-koen.htm

この日は およそ1周半、歩いてみた。

いつもは1周、もしくは半周してから公園の外へ出て また歩く、という感じなんだけどね。


途中、僕は木の下の斜面に子猫の姿を見つけた。

トカゲ、カマキリ、そして猫。

なんか最近、彼(彼女)らを見掛けると、僕は どうにかして仲良くなりたくなるんです。


僕は舗装された遊歩道から、芝生(一部、ちょこちょこっと土が出ている感じ?)に足を踏み入れて、子猫まで4mくらいのところまで近付いてみた。


たぶん、これ以上近付くと、子猫も怖がるんぢゃないか?

...なんとなく、そんなことを思いながら。


木の上から何かが ぽと っと落ちてきた。

虫だったのかな?


子猫もすかさず反応した。

『何?』 という感じで。


しばらくすると子猫の足元近くからネズミが さささささ... っと出てきた。

子猫、今回は反応が緩い。


ネズミは木の上へ。

巣があるのかな?


子猫、ちょっとした時間差を伴なってネズミを追うが、残念ながら見失う。

子猫も木の幹に登った。


子猫、たまに僕のほうを見ているんだよね。

『あ、ヤツには俺が見えているんだな...』 なんて思うだけで、僕は ちょっと嬉しかったりして。


5分ほど、子猫を眺めていただろうか。


『子猫よ、がんばっているんだな、あんたも。 ぢゃあね。 俺、ウチに帰るよ。』 なんてブツクサ言いながら、帰路に着きました。


で、風呂入って、デプロメールに加えてロヒプノールも飲んで。


ロヒプノール。

これを1錠飲むと、丸2日間くらい効いている感じなんだよね、最近。

しっかりと眠ることが出来る。

で、3日目に少しだけ活動的になる、というような繰り返しの現在です。


そして、みんなのブログを眺めて、コメントしてみたり、自分のブログを書いたりして。


眠った。


今、大体1日あたり8時間は眠っています。


昼寝が長くなってしまうと、1日あたり10時間眠る日も、ある。






20日(土)。


案の定、引き続き ロヒプノール が効いている感じ。

朝の目覚めは良いんです。

また9時20分頃には起床。


菓子パンみたいなのを食べて、お昼の弁当、母と自分の分を買いに行って。


NHK大河ドラマ 『篤姫』 の再放送を観て。

その後の 『百歳バンザイ』 (だっけ?) を観て。

ガマの油売りの おじいちゃん (元校長先生だという!)、元気だなぁ...、カッコいいなぁ...なんて思って。


その後、もうダメ。

眠たい...。


茶の間で昼寝。


途中、会津鉄道等々を取り上げた 『旅番組?』 や、 『なんでも鑑定団』 (だっけ?) を ちょこちょこっと観たくらいにして。


夜、ヴォーカリストの 亮くん から電話が掛かってきて。


『明日、ラーメンでも食いに行って、その後、美味いコーヒーでも飲みませんか?』 というお誘い。

音楽談義だ!

喜んで受ける!


電話口で 『亮くん、俺、ちょっと疲れちゃっていてさ...』 なんて言ったら、心配してくれたみたいで。

嬉しくなった。






で、今日、21日(日)。


ちょっと遅めの起床。

でも9時台。

えっへん!...なんて威張れることでもない。


昼。

ウチの両親は、そばを食べるという。

いつも大体 そば を茹でる 父、仕事でP.C.に かぶりついて(?)いる。

母、腹が減って苛立つ。

俺、お湯を沸かし、ネギを切る。


そこまでやって、あとは父にバトン・タッチ!


亮くんから電話が来た。


電話口の僕 『今、両親のために そば を茹でる準備をしていたんだ。』


さあ、 僕は そばを食べずに、クルマで出掛ける。


亮くんの家に着く。


亮くん 『高尾さん、俺、そばもいいなぁ!って思います。 ラーメン、ちょっと重いし。』


ょおーし、了解!


一路 小千谷市 へ。

のんびりと 『わたや』 さん 本店 を目指す。

http://www.watayasoba.co.jp/


高速道路で、1時間強。


2人で へぎそば3人前、天ぷら盛り合わせ1人前を平らげる。


腹一杯!


帰路は一般道で新潟市へ戻り、僕は初めてお邪魔する カフェセレーネ さんへ。

http://www.week.co.jp/reference/gourmet/00110591a.html


亮くんは ブルーマウンテンブレンド。

僕は モカマタリ。

美味しいコーヒーだった!


外でコーヒーを飲みたい日曜日 (豆煎坊 さんは 日曜日と月曜日がお休みなので。) には、また来よう!






...長くなりました。


短い文章で どーん と、自分の現状を伝えられるように、私はなりたい。


それでは、また!で~す

さあ、2008年8月28日(木)。


午後10時頃、 広島駅前の ホテル川島 さんへ着きました。

http://www.hotel-kawashima.com/

おぉ。

今、改めてホテルのホームページを見たら、今年創業114年目とのこと!

老舗、ですね。


...そういえば、クルマで行く旨、ホテルに伝えていなかった...。

いつものことながら準備不足、である。


腹、減ったぁぁぁ...... 。


ひとまずホテルの裏通りにクルマを停め、フロントへ。


係りのかたが優しく迎えてくださいました。


僕 『あの、今日、宿泊をお願いしている高尾と申しますが、すみません! クルマを停める場所をどこかご紹介いただけますか? もちろん、有料で構いませんので。』


係りのかた 『あ、では、この先の交差点を左に曲がってから、すぐ右側の駐車場に 「ホテル川島に宿泊するんです」 と言って、停めてもらって下さい。』


...ほっ。


駐車場の係りのかたも親切に対応してくださり、嬉しくなる。


クルマを停め、再びフロントへ。


係りのかた 『新潟からですか~! どちらを通って? 富山のほうからですか?』


僕 『はい、富山から敦賀、神戸を経由して、のんびりと来ました(照れ笑い)。 ぢゃ、お世話になりま~す。』


僕は ひとまず着替え等を持って部屋へ入る。


あ、次の日の朝食は 『和食』 を頼んだ。


...おっと、腹が減っていたんだ...。

ちょっと散歩がてら外に出てこよう。


うーん、夕飯を食べさせていただくようなお店が...見付からない。

後で気付いたことなんですが、僕が歩いていった反対方面へ歩を進めれば、結構いろいろなお店があったんです(笑)。


うーん、あそこにセブン・イレブン。

せっかく広島まで来て、コンビニエンス・ストアか...。

もうちょっと散策してみよう。


焼肉屋さん、お好み焼き屋さん等々、見つける。

んが、既に閉店の準備に入っている感じ...。

一声掛けて、お店のかたに聞いてみればいいのにね...。

ちょっとその勇気と元気が無く、さらに歩を進め、広島駅の反対側へ行ってみる。


あの明かりは?

...パチンコ屋さん。

残念!


あ、ラーメン居酒屋?(だったかな?)

...うーん、お酒は要らないなぁ...。

だから、入りにくい。


駅に着く。

お洒落げなカフェらしきお店。

...俺、半ズボンに、ぼろっちいTシャツ。

...お店の雰囲気、壊しそう...(苦笑)。

この夜は特に弱気である。


駅の地下道を抜けて、ホテル側に戻る。


...ここだな。

ローソン。

なんか、郵便局と一緒になっている感じのローソン。

...へぇ...新潟では見ない感じ!


今日は あんまり人に会いたくないらしい。


塩やきそば、『疲れたときには!』ということで、甘いケーキみたいなヤツ、ミネラル・ウォーター、ポッカのキレート・レモン(風邪を引くわけにはいかねぇからな!)、あ、あと、クルマの中にタバコを忘れてきた!『ピアニッシモ・ペシェ・メンソール・ワン』 というタバコを買って。


『わ!ここ、横断歩道がないんだ!』 なんて言って、ホテル側へ渡れず(笑)。


また地下道へ。

B1で良さそうなものを、確かB2へ行ってしまった(笑)。


...やっとのことでホテルへ戻った。


飯、飯。


う~ん、美味い!


で、精神の薬 デプロメール を服用。


疲れて、しばらく横になった後、『あ、そうだなぁ...』 と、ぼんやりユニット・バスに入る。


TV、面白くないなぁ。

事件の報道なんかも、もう懲り懲り。

辟易。


有料チャンネルなんかを見てみる。

俺、やはりスケベである。


もう、寝よ。


松任谷 正隆 著 『職権乱用』

http://www.nigensha.co.jp/shokken-ranyo/


自動車の本なんですけどね。

これを読みながら、眠りに着きました。


さあ、翌8月29日(金)は、今回の旅の大きな目的、自動車メーカー マツダ の本社へ。

ミュージアムや工場を見学させていただく!


楽しみだぁぁぁ...... 。


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さあ、今日は この辺で。


おやすみなさいませ~

こんばんは~


現在の僕、実生活とブログ上で記事を書く間に 『およそ24時間の時差(笑)』 が生じていることに気付きました!

(アントワネットの猫さん、気付かせてくれて ありがとう!)


どれだけ のんびり過ごしているんだ!俺!という話なんですが...(苦笑)。


うん。

ちょっと、駆け足してみますか、ね☆。






17日(水)。


前夜、眠りやすくしてくれるお薬 ロヒプノール を服用した僕。

ぐっすり眠れました。


17日の朝。

7時に目覚ましが鳴った。


携帯電話(P.H.S.)の目覚まし。

『時間ですよ!時間ですよ!』 と繰り返し、せわしない女性の声が発せられるんです、60秒間ほど(笑)。


おいおいおいおい、ちょっと待て、と。

もうちょっと優しい声で起こしてくれ!(苦笑。)

『トモくん、朝だよ。 ねぇ~、起きてよぉ~。 もう...。』 とか!

おいおい、その、最後の 『もう...。』 ってなんだ!?(笑)

あきらめか!?


...甘い目覚めを迎えたい...(切願!)。


うん、確かに鳴っていたんだ、目覚まし。

だって、聞いたもん。

確かに聞いた。


でも。

その日の午前10時からカウンセリングがあることは、ほぼ、忘却の彼方へ...だったんだね。




でね、目覚めたのが午前9時20分頃。


『お。 9時20分。 オーケイ・オーケイ。 うん。 9時20分だろ。 うんうん。 今日、水曜日。 そうそう。 はいはい。 ...ぉぉぉおおお! カウンセリングの日ぢゃないかい!? おいおい!!』

...凄まじく 『甘い』 目覚めだ。

『甘い』 の意味が違うけれども。


急いで顔を洗って、うがいをして、ひげを剃って、軽く菓子パン (パイ生地っぽいカステラ・サンドみたいなヤツ...だったけ?) を食べて、 (頂き物の)ボトル・コーヒー と 牛乳 を混ぜて 即席コーヒー牛乳! を飲んで、歯ぁ磨いて。


鼻紙! (ハンカチ代わりの)小さいタオル! 財布! お薬手帳(診察券と健康保険証が入っています)! 持った!


出発!


病院着が ちょうど10時。

セーフ。

...というか、『5分前行動』 しろよ!俺!


...こういうところ、直さなきゃねぇ。






で、カウンセリングを担当していただいている先生と45分間ほど、話をして。


『高尾さんは、「俺、なんにも仕事をしていなくて、ごめんね...」 というように、なにか(一緒に仕事をしている)ご家族・叔母様にも申し訳なく思っているようですから。 今、たまに電話番とかすることもあるんですよね。 そうしたら、無理しない範囲で、その電話番だけ 出来るだけ毎日、 例えば ご家族の皆さんが留守にしているときだけでも良いぢゃないですか、 やってみましょうか。』 と、先生から ちょこっと 背中を押していただいて。


『はい! やってみます! やってみて、もしも またシンドくなってしまったら、その時に もう一度考えるとして、 無理しない範囲でやってみます。 ありがとうございました!』 と応えてきました。






その帰り道。


なんか、もう快晴で!

空は高いし。

秋ですね。


自分の気持ちも いくらか軽くなった気がして。

気持ちが軽くなると、身体も軽くなった気がして (実際の体重に一切の変動は無し! 引き続き 身長172cm 体重72kgほど! である)。


午前11時頃。

日差しは ちょっと強いが、病院の敷地内、いつもと違う道を通って。




途中、トカゲに出会った。

たぶん、あのトカゲは女の子だ。

彼女は僕を見て、恥ずかしそうに(?)走り去った。

そんな照れなくても良いのになぁ...。

...あ、いや、 『こいつ (←俺のこと、ね) は危ない! 関わらないでおこ!』 と思われたのか?(笑)

事の真相は定かではない。


『おぉ!こんなに新しい建物が ここにあったんだ! 玄関、素敵!』 なんて発見もして (その建物、僕は今まで裏側からしか見たことがなかったんだ)。


その足で海辺近くの、両側を松林に囲まれた遊歩道へ向かった。


遊歩道の真ん中に綺麗な緑色が見えた。

近くまで行って見てみると、カマキリだ!

彼 (このカマキリは おそらく男の子だ。) は、シャンとした姿勢で。

小さいんだけど、立派だった。


彼は僕を見て、


『おい! お前! こんな真昼間っから、こんなところ散歩して、何してるんだ!』


と言っているようだった。

...さながら職務質問のようである(笑)。


『散歩ですが、何か?』、 いやいや、 『すみません! 散歩させていただいておりました!』 と、僕は心の中で彼に答えた。


ちょっと彼と遊びたくなって、僕は彼に向かって一歩踏み出した。


彼は構えた!

やっぱり男の子だ。


『お、おう。 そ、そうか。 ぢ、ぢゃあ、き、気ぃつけてな!』 と、彼から言われた(ような気に、僕はなった)。


『なんだ、結構いいヤツぢゃん。』 なんて感じながら、遠回りの帰路、僕は歩を進めた。




いやぁ...。

やはり日差しが強くて!


『40分ほど歩こうか!』 と、一時は意気揚々だったものの、 『やばい。 水、飲みたくなりそう...。 今、俺、水、持ってない。』 と気付いて(笑)。


結局、ぼんやりと予定していたところまで辿り着くことなく、道のりの半分くらいまで来たところで引き返した。

これを 『途中で引き返す勇気!』 と言えば聞こえは良い。

実際は 『単なる準備不足』、 である(苦笑)。


時間にして15分強ぐらいの散歩だったのかな。


なんか、あんまり考えもせずに、気の向くままに、でも 『脱水症状に陥るかも』 という ちょっとした冷静さも併せ持ち (だから、そんな立派なもんではない!苦笑。)、 身軽に動くことが出来た心地好さ。


嬉しくなった。

幸せって、意外と こんなことなのかも、ね。




...しかし。


帰ってきて、お昼に カレーうどん を食べて、 自家焙煎珈琲屋 豆煎坊 さんの イタリアン・ブレンド を荒く挽いて、 温かいコーヒーをマグカップで2杯飲んだら、 とてつもなく眠くなった。

なんか、ちょっとだけ安心できたのかな。


昼寝、である。

我ながら子供のようだ(苦笑)。






で、翌18日(木)、今日だね。


電話番、フルタイムではないんですが、しました。


事務所に居ると、ちょっと嫌なんで...。

茶の間だったり、自室だったりに、電話機の子機を持って行ってね。


まあ、応対させていただいた電話は4件ほど。

あとは、父なり叔母なりに 丸投げ。


ちょっと疲れた。

今日の日中は、台風13号の位置のせいか、蒸し暑かったし。


夕食後、少量のウィスキーを飲んで、また20分間ほど散歩して、今に至る。


*月夜桜*さんも、今夜はビールを飲んだようだ。


みんな、少しずつでも良い方向に進んでいるよね。


うんうん。


ぢゃ、まあ、今日は この辺で失礼します。


Have a good sleep.


おやすみなさ~い

皆さん、こんばんは


元気に過ごしていらっしゃいますか。


もしも今、元気ぢゃないかたも、きっと いつか元気になる日が来ますから。

あんまり気に病まないでね。

結構、意外とあっさり、全て時が解決してくれますよ。

だから、ちょっとの間、ちょっとの我慢をしてみてください。

ぱ~ッ!っと心が晴れる日が、どなたにも、いつか、絶対に来ますから、ね☆。




さて、と。

ちょっと元気のないかたにも おすすめしたい歌を1つ。


「時にまかせて」 。

作詞・作曲・歌 ; 金延 幸子

収録アルバム ; 『み空』



http://www.amazon.co.jp/%E3%81%BF%E7%A9%BA-%E9%87%91%E5%BB%B6%E5%B9%B8%E5%AD%90/dp/B00005GLOD/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=music&qid=1221569881&sr=8-1


僕の好きなグループ はっぴいえんど および キャラメルママ ~ ティンパンアレー の面々 (Bass, Piano, Electric Piano, Marimba, Organ ; 細野 晴臣、  Drums, Percussion ; 林 立夫、  5曲目「空はふきげん」の作曲 ; 大滝 詠一  Electric Guitar ; 鈴木 茂) が参加したアルバムということで興味を抱き、入手したアルバムです。






また、こちらのアルバムに収録されている 「時にまかせて」 も おすすめです!



ハリーとマック (Harry & Mac)  『ロード トゥ ルイジアナ』 “Road to Louisiana”

http://www.amazon.co.jp/Road-Louisiana-%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%81%A8%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AF/dp/B00003IQT3/ref=sr_1_2?ie=UTF8&s=music&qid=1221570630&sr=8-2


こちらにも Harry こと 細野 晴臣、 林 立夫、 鈴木 茂 が参加。

Mac こと 久保田 麻琴 の演奏も素敵です。

また、Guest Musicians として、 The Band の Garth Hudson (Ac. Piano, B3 Organ, Accordion, S.Sax, )、 僕の敬愛するドラマーの1人 Jim Keltner 、 日本を代表するブルーズ・ギタリスト 山岸 潤史 等々が参加しています。



これらのアルバムを簡単に表現しますと、 前者が いわゆる 『フォーク色・アコースティック色』 が強い 『上質ポップス・ロック』 という印象でしょうか。

後者は 『ファンキー!』 といった感じかな。




昨夜ね、両作品をCDプレイヤーのトレイにセット。

久しぶりに聴いたんです。






さあ。

『生活』 というテーマで書き始めた この記事。

...最初のうちから脱線脱線...(笑)。


ま、いつものことだからね。

皆さんも あんまり気にならないでしょ(笑)。


ぢゃ、テーマに戻って、あとは短くまとめるとしますか (おいおい...笑)。






うん。

16日(火)の夜、午後6時20分頃から約45分間、近所を散歩してきました。


いつもながら、近所の散歩は雪駄を履いてね。

葛飾柴又寅さん記念館で買ってきたんだよ。

2006年12月6日の話だ。

http://www.katsushika-kanko.com/1_tora/toraindex1.html


『男はつらいよ』 40周年:公式サイト|松竹株式会社

http://www.tora-san.jp/


同記念館でね、『寅さん完全最終本』 (監修;川本 三郎 小学館) も入手してきたんだよね~。




http://www.amazon.co.jp/%E5%AF%85%E3%81%95%E3%82%93%E5%AE%8C%E5%85%A8%E6%9C%80%E7%B5%82%E6%9C%AC-%E5%B0%8F%E5%AD%A6%E9%A4%A8DVD-BOOK-%E5%B7%9D%E6%9C%AC-%E4%B8%89%E9%83%8E/dp/409480241X/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1221572891&sr=8-1






日本人の多くが今、それぞれに抱えている問題。

その原因の多くは...、おそらく 『寅さん切れ』 のためなんぢゃあないでしょうかね~。

...なんてね、散歩しながら考えておりました。


そんな 『寅さん切れ』 の あなた への処方箋(笑)として、今日は こちらの本の 『立川志らく の こんな話、知らないだろッ!!』 から、 第48話 『男はつらいよ 寅次郎紅の花』 での 寅さんの名台詞を引用したいと思います。


この回のマドンナ ・ リリー (浅丘 ルリ子) が 柴又から奄美大島に帰ろうとした時、 「ねえ、寅さん。 どこまで送っていただけるんですか?」 と聞くと、 寅さんは、


『男が女を送るって場合はな、その女の玄関まで送るってことよ。』


と呟いたそうだ (実は僕、まだ この回を観ていないんです、ちらっとしか)。


志らく師匠曰く、 『寅の最後にして最高にカッコイイ台詞だ。』 とのこと。


うんうん!

男は自分のことを情けないヤツだと思いながらも、その女のことを心配する。

男は自分が家に着く時刻が遅くなろうが、そんなことは気にしない。

そして男は その女の家に のこのこと上がらずに、女を玄関前まで送って、『ぢゃあな、また明日も元気で過ごすんだよ。』 と言って、立ち去る。


俺も どんな醜男のままでも構わない。

ただ、そういう 『男の美学』 のようなものは、忘れずにいたいね。


...なんてワタクシ、またカッコつけすぎました。

すみません。


ぢゃ、またね。


おやすみなさいまし

さあ、2007 (平成19) 年7月のこと。


また仕事を投げ出した僕。

家にも帰りたくない...。

...そのまま、家出をした。


33歳の夏。

この歳にして家出である。

...全く何を考えているのやら...、自分でも恥ずかしくなる。

恥ずかしいけれども、書きますね。




数日間に渡る家出をしたのは、これで4~5回目くらいだった記憶している。


家に帰る決め手となったのは、あるお客様と仕事上の約束をしていたから、だったと思う。

あ、いや、お客様から集金させていただいた保険料を、事務所に持ち帰らなければならなかったから、だったか。

既に記憶は曖昧。

いずれにせよ、何かしら仕事関連の理由で、嫌でも帰らなければならなかったんだと思う。




7月23日(月)、僕は帰宅した。


母は いつもよりも いくらか優しい口調で言った。

『もう仕事なんてしなくてもいいから。 明日でも病院に行ってきなさい。』 と。


帰路、僕は あんなに嫌な気持ちで、帰りたくなくて、足が重たかった (実際には徒歩ではなく、クルマで帰ったわけだが...)。

クルマのスロットル・ペダル (アクセル・ペダル) を踏み込むべき足にも、自然と力が入らない。

クルマの速度はギリギリのところで制限速度に達していたくらいだったか。


それなのに、家に着いたら気持ちが安らいだ。

『何をやっているんだ?俺...』 という、穴があったら入りたいような、どうしようもない恥ずかしさと共に、なんとも安らいだ気持ちを感じた。




翌24日(火)、僕は (現在も通っている) 近所の精神科に行ってみた。

なんとなく、心療内科では物足りない (というと語弊があるのですが...) ような気持ちもあった。

今度は精神科だ。

その日は、看護師さんがある程度の症状を優しく聞いてくださった。

残念ながら診察には予約が必要ということで。

25日(水)の午前11時からの予約を取っていただき、その日は家に帰った。


『何か始まるね。良かった。』

僕は再び安堵感を抱いた。




そして25日(水)、初めての診察。


うーん、内容はあまりよく覚えていない。


ただ、たしか、先生のカルテに 『うつ病』 という文字が見えた。

うん、確か この日のカルテだったと記憶している。



処方していただいたお薬は パキシル錠10mg (1日1回 夕食後30分に服用 1錠)

http://health.yahoo.co.jp/medicine/2/1179041F1025/

http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se11/se1179041.html




同年8月8日(水)まで、週に1回の通院。

8月15日(水)がお盆休みだったからだ、確か。


途中、8月1日(水)と8月22日(水)には、同じお薬を 『1回2錠』 に増やしていただいた。


今、思い返すと...、パキシルを服用していた時期は、眠気が強く出ていた気がします。

最初の頃は、ほんの少しだけ吐き気も。


初めて1回2錠にしたときには、尚更眠気が強く出て、その翌週、また1錠に減らしたりしていました。


それでも、眠気は 『まずは身体を休めなさい』 ということなのかな?とも思って、1錠ずつでも2錠ずつでも引き続き服用してみようと考えていました。




今となっては、この後、お薬を変えていただいたことに対して感謝をしている僕ですが。


当時、ウチの母は 『薬にある程度の即効性』 を期待していたんでしょうね。

同年8月29日(水)の通院のとき、母が僕に付き添ってきてくれました。


『今のお薬が合わないんぢゃないかと思いまして...。 先生、他のお薬を試してみることは可能ですか?』 と、母が言ったんだ。


当時は再び1回2錠ずつ服用していたんだけど、急に服用を止めてしまうと思わぬ副作用が出てしまう可能性がある、ということで。


その日からは パキシルを1回1錠に減らして、トレドミン錠25 (1日2回 朝食・夕食後30分に服用 1回2錠) を試してみることにして、両方のお薬を処方していただきました。




僕自身が相当に混乱していました。

『どの薬が合うのかなんて...、俺に判るはずないよな...。』 と。


横から(?) わーわー言ってくる母にもイライラしていた僕。

『はぁ~あぁ~...。 わっけわかんね!』 といった感じの僕。


最終的には、いつも 『まあまあ、この流れに身を任せていましょ。』 といった感じの僕。

自分のことなのにね。

なんだか、自分で答えを出せないモドカシサ。


『俺、この先、どうなっちゃうんだろうな...』 と、どこか他人事のような感覚も持ちつつ、自分の これからのこと が不安になっていた。






...うん。

皆さん、どうかご心配なく、ね。


僕は今、服用している デプロメール錠25 と ロヒプノール錠1 に助けていただきながら、新たに毎週 カウンセリング を受けることからも非常に良い影響を感じて生きています。


あちこち、ふらふらと旅に出てみたり、仕事は全くと言ってよいほどしていなかったり、するので。

なんか、生活全般に 『現実感』 のようなものが伴なっていないんだけど。


それでもね、この3ヶ月間くらい、何かしらの光は見えてきたように思っています。

油断していると、その光を すぐに見失ってしまうんだけど。


『大丈夫。』 と言って、抱きしめて欲しいんだよね。


そういうパートナーが居ないので、自分自身で一所懸命 『大丈夫。』 と言い聞かせて。


ま、まだ暑さも残っているし。

寝相悪いし(笑)。

眠っている間に、肌掛け布団やタオルケットから上手いこと抜け出して。

上手い具合に それらをグルグルと丸めて、意識してだったり、無意識のうちにだったり。

それらに両腕・両脚で しがみついている。

さしずめ、抱き枕といったところか。


...俺は何を恐れているんだろうね。

とにかく、TVは ちょっと怖い。

ニュース番組も怖い。

見ていられない。


お互いに 『大丈夫。』 と言い合える、伝え合えるようなパートナーが欲しいです。


...なんなんだろうね。

やっぱり、わけわかんね!


まあまあ、考え過ぎずに、いきましょ。


またしても、有耶無耶に。

お茶を濁したところで。

逃げます(苦笑)。


それでは、また!で~す☆

皆さん、こんばんは~

お元気ですか。


さて、行って参りました。

定禅寺ストリートジャズフェスティバル。






13日(土)の午前11時から、市民広場での BLOW MONKEY BIGBAND さん。

同グループの ベーシストさん、 素敵でした!


http://blogs.yahoo.co.jp/blowmonkeybigband/MYBLOG/yblog.html


このかたが今回、僕が観た中では一番、印象に残ったプレイヤーです。

NHKのニュース番組でも、彼の映像が流れていました!


同フェスティバルのパンフレットより、同バンドのプロフィールを。


『結成は2007年9月。カワイイねえちゃんから親爺まで、パワフルな挑戦は まだ始まったばかり・・・』 とのこと。






僕は新潟から母を連れて、そして仙台では妹と合流して観て来たんです。


12日(金)には、3人で 石巻 まで足を伸ばし、美味しい魚料理をいただいてきました。






2泊、お世話になったのが こちら。

晩翠亭いこい荘旅館 さん。

http://www.ikoisouryokan.co.jp/


13日(土)の夕食時には、同旅館のご主人のお孫さんでしょうか?

5歳くらいかな? 女の子が いわゆる 『チャッカマン』 を片手にお客様のテーブルを回って、お膳の上の固形燃料に火を着けてくださったり、食事が済んだお客様のお膳を下げるお手伝いをしていたり、大奮闘!!

赤い三角巾に、エプロン姿で☆。


将来が楽しみな 『女将さん候補生』 でした☆。


僕にとっては かなり居心地の好い旅館でしたので、また仙台を訪れる機会にはお邪魔したいと思います。






ま、今日は こんなところで失礼したいと思います。


土曜日、結構ね~、歩いたんだ~。


久しぶりの仙台市内。


美味しいコーヒーも各所で堪能しながら。


またの機会にお店を紹介させてください。


おやすみなさいませ~☆

12日(金)から14日(日)まで、宮城県 “杜の都” 仙台市へ行ってきます。

あ、ウチから母を連れて、向こうで妹と合流して。

またクルマで のんびり、休み休み行きます。



定禅寺ストリートジャズフェスティバル

http://www.j-streetjazz.com/

...を楽しんで参ります。


あ、今年も僕は 『観客として』 であります。


いつの日か出演したいと強い思いを抱いております。




http://ameblo.jp/ttds/entry-10127388358.html

僕が以前書いた記事です。 お時間ございましたら、読んでくださいね。






昨夜の記事の続きを書いていたんだけど、区切りが良いところまで書き進めることが出来なくて。

また、新潟に帰ってきてから、続きを書きます!


ごめんなさい!!






今日、お昼過ぎから洗車をしました。


久しぶりに昼寝をしなかった今日。

...すみません、こんな34歳です(笑)。


程好い疲労感と共に、今日は早々と眠ろうと思います。


ふぁ~ぁぁぁあぁぁ~...(←あくび、マジ。)


『あくび』 は、漢字で 『欠伸』 と書くそうです。


...P.C. くん、頭いいなぁ。


流石だ!


『流石』 は、『さすが』 と読むそうです。


お~やすみなさ~いぃ......!

こんばんは~


皆さん、ゆうべの僕は 『服用歴』 と題しておきながら、そこまで辿り着けずに申し訳ございませんでした。

今日も、もしも辿り着けなかったら ごめんなさい。

...先に謝っておくのが、僕のズルいところです。

すみません。




あ、そうですね。

今日も世間話を2つほど (こういうことをやっているから、『服用歴を書く』 という目標を達成できないんだなぁ...笑)。





今日、僕は精神科通院日でした。

通院日、かなり晴天の確率が高いんですよ、僕。

今日も秋晴れ。


途中、ウチのご近所の おじさん に挨拶して、病院へ歩いて5分強ぐらい。

気持ち良かったです。


午前10時から1時間弱の カウンセリング (これは現在、毎週水曜日に受けています)、

午前11時くらいから 診察 (これは現在、3週間に1回、同じく水曜日に受けています)。


診察のある日は、その後、近くの薬局へ。

今日も3週間分、お薬を処方していただきました。



デプロメール錠25 1日1回 夕食後30分に服用

 → 参考 ; http://health.yahoo.co.jp/medicine/2/1179039F1028/

http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se11/se1179039.html

       

ロヒプノール錠1 1日1回 寝る前に服用

(これは精神科の先生と相談の上、『眠れそうにないとき』 にのみ服用することとしています。)

 → 参考 ; http://health.yahoo.co.jp/medicine/2/1124008F2039/

http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se11/se1124008.html


というのが現在の僕の状況です。






あ、今日は精神科から帰宅後、もう1つ嬉しいことがありました。


昨日の記事に書いた 僕が最初に就職した会社時代の 1年上の先輩 I さん からお電話いただいたんですよ。

僕の憧れの先輩。


彼女は、身体が弱いところがあったり、確か朝が弱かったりするんですが、なんか一所懸命にお仕事をするかたで、がんばり屋さん。

なんというか、かわいらしい先輩なんです☆。


都合1時間半ほど、久しぶりに電話でお話しました。


なんかね、今は先輩も僕も その会社を離れたわけなんですが、時々お電話いただくのが僕はとても嬉しくて!

彼女も 『高尾くんは私が会社に入ってから初めて出来た後輩だからね!』 と、気に掛けてくださっています。

先輩、ありがとう!

そう遠くないうちにお邪魔させてくださいね☆。






あ、さて、いきましょうかね。


昨日は記憶が曖昧になっていました。


心療内科の先生の診察を受けたのは もう少し後でした、確か...。


1998 (平成10) 年8月、新潟の実家に戻った僕。

それから、人生2度目の隠遁生活(とでもいうのかな?)。

ほぼ自室に引きこもり。

24歳の夏から秋にかけて、です。


ハローワークには、1度~2度、行ったかな。


同年10月から、ある損害保険会社の 『代理店後継者育成コース』 に入れてもらい、研修社員としての生活が始まりました。


当初は意気揚々だったなぁ...。

僕なりに 『熱い気持ち』 を持って、仕事で試行錯誤していました。


この研修社員制度、3ヶ月目、6ヶ月目に 『更新基準』 が設けられていまして。

解かり易く言うと、いわゆる ノルマ です。


3ヶ月目は、僕を担当してくださる社員の皆様に支えられて何とかクリア。


しかし6ヶ月目の更新基準は、どうにもなりそうもない...と、あきらめ気分になったのは5ヶ月目、1999 (平成11) 年2月くらいのことでした。


...また、『逃げ』 の行動が出始めた...。


同年3月、25歳の春です。


花粉症を患っていたことも足を引っ張り (←また言い訳です)、 ふらふら~っとクルマであちこち回るだけの日々。

そのうちに営業活動は全くしなくなっていました。


...僕は自己管理というものが出来ないヤツなんですね。

情けない...。


そのうちに出社もせず、帰宅もせず、という状態から抜け出られなくなりました。

弱い...、弱すぎる自分。


およそ1ヵ月間、家にも帰らずに、新潟県内をふらふら。

ほんの少し、死も考えていたような気がします、今、当時の記憶を辿ってみると。


で、両親が 『私立探偵さん』 に依頼し、僕の捜索が始まったようで。

捜索開始後、何日目だったのかは判らない。

探偵さんの活躍で、僕は両親に足を捕まれました。


正直、僕自身も ほっ としていたような気もします。

だらしないですね...。


同年4月末だったか5月初旬だったか、僕は父に付き添われ、研修社員としてお世話になっていた保険会社に出向き、支社長・担当課長・担当社員とお話したように記憶しています。


そして即、退職の手続きをお願いしました。


...俺は どこまでダメな人間なんだ...相当に落ち込みました。

原因は全て自分にあるのにね...。


そしてまた、人生3度目の隠遁生活。

ほとんどの時間、自室で引きこもる状態。


『具合が悪いんだったら病院へ行ってこいばいいねっか!』 という母の言葉。

当時は反発したけれども、今となっては これが僕を救ってくれたんだと感じています。


で、同年5月下旬だったか6月下旬に、心療内科を初めて受診します。

僕は先生に一部始終お話したつもりでした。


先生は、 『つらい状態にあった職場を退職したのは良い判断だったと思います。』 と、優しくおっしゃってくださいました。


しかし...この先が見えない...。

お薬の処方も無かった。


...俺、仮病なのかな。

ただただ仕事がしたくなくて、逃げに逃げているだけ?


どうしようもなく不安でした。






しかし、一念発起、同年6月下旬だったか7月下旬だったか。

父の事務所に入れてもらい、一緒に仕事をすることを、僕は決断しました。


いや、決断なんて偉そうなもんぢゃないな...。


ただただ、怖かった。

仕事をしていない自分の将来が怖くて、そんな自分を払拭したかった。

『僕は頑張れます!』 と言いたかった。

ただし、なんの裏づけもなかった。

自信なんて皆無だった。

人々から認めてもらえるような人間になりたい!ということだけが、本当の動機だったのかもしれません。

...情けない...。


で、父の事務所に入れてもらってからも、数ヶ月毎に仕事を投げ出す。

嫌なことがあると すぐに逃げ出す。

そんなことを何度も繰り返しました。


僕が父・母・(一緒に仕事をしている)叔母に与えた 『物理的・心理的負担』 は かなり大きなものだったと思います。






さあ、今日は やはりここまでにします。


今の僕、元気ですから、ご心配なさらないでくださいね。

今、振り返る作業が必要なんだと思う、自分には。

だから、大丈夫です!!


明日は やっと 『精神のお薬 服用歴』 に入ることが出来そうです。

そこに至る過程を ないがしろにしたくはなかったので...。

まったくタイトルを無視した昨日・今日の記事。

皆様、どうかお許しください。


それでは、また!です


おやすみなさ~い

皆さん、こんばんは~


まあまあまあまあ。

どうにも深刻になりがちな、こういう話題。

でもね~、なんかね~。


どんなに深刻な話題でも、なんというか、『笑い』 に昇華することが出来れば、と思ってね。

まあまあ、極力 『自虐的にはならないように』、 気を付けつつね。

これもまた大切なことでして。


うん。

まあね、そうすることで僕自身も気持ちが楽になりますし。


甘えていますか?俺。

そうかもしれないね。

でも、今の僕に一番合致した表現方法なんだと、自分では感じています。

どうかお許しを~!


さ、書こうか、ね。






【 精神のお薬 服用歴 】


あ、まず、今をさかのぼること10年前、1998 (平成10) 年。

7月、当時勤務していた 長野県長野市 の会社に、 僕は出勤しなくなりまして。

僕、24歳の夏の話です。




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その会社、本社は新潟市。

で、1996 (平成8) 年4月、僕は長野支店に配属されたわけです。


就職して2年と3ヶ月間。

...この期間、僕には かなり過酷だったわけでして。


当初、午前9時始業の午後6時終業、と聞いていたっけ。


実際には、遅くとも午前8時には出社、たまに早いときには午前7時出社という感じで。

まあ、僕の場合は ほぼ毎日、ギリギリの時刻か、5分~10分ほど遅刻して出社するのが常になっていました。


業務内容をここに記せば、それが なんという会社だったのか、判る人には判ってしまうと思います。

まあ、それは今の僕には あまり関係の無いこと。

ここでは触れないでおきます。


まあ、ある種の工事業務が9割。

残る1割のところで営業業務もする。

...というのが、僕に与えられた仕事割合。


実際の終業時刻。

全般的に、午後7時にアガることができたら、幸せな気分に満たされていましたね。


就職したての2週間ほどの研修期間。

この研修期間を除けば、午後7時にアガることができた日が何日あっただろう。


日曜・祝日出勤の時には午後5時にアガることもできていたっけ。


月曜~土曜日だけを考えてみると、2年3ヶ月間で午後7時にアガることができた日...。

どうだろ?

月に2日~3日、60日くらいはあったのかな。


午後9時に退社時刻を迎えても、相当に嬉しかったなぁ。

『今日、あと3時間もある! 何しよう!?』 ってね。


平均して午後10時に退社していたように記憶しています。


ということは...。

午後11時退社なんて、ざら。


究極に遅い日は翌日0時退社という日もあった。


でね、当初は、『2週間に1度は週休2日です』 なんて聞いていたっけ。

...実際も そうだったとしたら、俺、自分を保てていたのかな?

今となっては判りません。


実際は、2ヶ月間に たった1日、日曜日が休みになっていたような、そんな感じ。


『全部、嘘だ。』 と僕は思いました。

常々、思っていました。




...皆さんは、どうなんだろう。

こんな話をお聞きになっても、全く驚かれたりはしないくらい、皆さんのお仕事、過酷なんだろうか。

僕には判りません。




先輩社員 (当時主任~係長) からは 『この会社、社員有志が 労働組合 を作ろうとした時期があったんだけど、会社のトップの連中によって、その動きは封じられた』 という話を、僕は聞いたことがあった。

彼の話には、ある程度の フィクション が含まれていたのかもしれない。

しかし、半ば、いや、半分超は 本当の話なのだろう。

...事実、その会社には 労働組合 が存在していなかったのだから。

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さあ、出勤しなくなった僕。


最初のキッカケは、本当に、ほんの少しだけ風邪気味だったことだった。


その朝、僕は会社に電話を掛けた。


『今日、お休みさせてください。 風邪を引いたようなので、病院に行ってきます。 ゴホッ(←演技半分)。 すみません。』


...嘘には それなりの嘘で対抗した...と、僕は自分を正当化する。


実際。

僕は その日、病院の前をクルマで通りはしたものの、通過しただけ。


県境を越えて 新潟県上越市 ~ 糸魚川市 ~ また長野へと戻る というコースで1人ドライヴ。


『開放された。』 と、僕は感じた。




その翌日からは 無断欠勤である。


昼間は1人暮らしの自室に引きこもり、夜になると開放感を得るためにドライヴに繰り出す。

そんな毎日。

人に見つからないように、気をつけながらドライヴに出掛ける。


僕よりも1年先に入社した先輩が、僕の部屋の玄関ドアをノックし、『高尾~、大丈夫か~?』 と、優しい声を掛けてくださる。

...僕は息を潜めた。


僕よりも2年後に入社した後輩が、僕の部屋のドアをノックし、また優しい声を掛けてくれる。

...僕は再び息を潜めた。


その後も、数日間に渡って、また他の先輩社員が声を掛けに来てくださったように記憶している。

...僕は息を潜め続けた。


...そんな日々は そうそう長くは続かないものでして。




欠勤初日から数えて2週間くらい後のある日、主任と支店長が声を掛けに来てくださった。

...僕は また息を潜めた。


彼らは裏に回ったらしい。

(ここまで 『部屋』 と表記してきましたが、僕が当時借りていたのは平屋建ての1軒家だったんです。)


...しまった。

ゆうべ、暑さをしのぐために、台所の窓を開けたままだった。


主任は その窓を乗り越えて、僕の部屋に入ってきた。

彼は玄関の鍵を開け、支店長も僕の部屋に。


『高尾、このままぢゃ懲戒免職にするより他なくなってしまうから、明日、会社に出ておいで。』

優しく声を掛けてくださった支店長と主任。


翌日、午後からだったか。

気分は最悪であったが、彼らの気持ちに応えるべく、いや、自分自身のために、僕は会社へ行った。

支店長と話し合った結果、退職させていただくことにした。


...僕が ほっ としたのは改めて書くまでもなく、皆さんにご理解いただけると思います。




その後、僕は借りていた部屋を片付け、新潟市の実家に戻りました。


で、およそ1ヵ月後、1998 (平成10) 年9月だったか。

僕は初めて 心療内科 を受診することになります。






ごめんなさい。

今晩は 薬の服用歴 に辿り着けなかったです。

明日か、明後日には辿り着けると思います。

もうちょっと待っていてください。


ある意味、中途半端なところですが、今日はこの辺で失礼します。


皆さん、良い眠りを!☆


ぢゃ、またね~!