こんばんは~


皆さん、ゆうべの僕は 『服用歴』 と題しておきながら、そこまで辿り着けずに申し訳ございませんでした。

今日も、もしも辿り着けなかったら ごめんなさい。

...先に謝っておくのが、僕のズルいところです。

すみません。




あ、そうですね。

今日も世間話を2つほど (こういうことをやっているから、『服用歴を書く』 という目標を達成できないんだなぁ...笑)。





今日、僕は精神科通院日でした。

通院日、かなり晴天の確率が高いんですよ、僕。

今日も秋晴れ。


途中、ウチのご近所の おじさん に挨拶して、病院へ歩いて5分強ぐらい。

気持ち良かったです。


午前10時から1時間弱の カウンセリング (これは現在、毎週水曜日に受けています)、

午前11時くらいから 診察 (これは現在、3週間に1回、同じく水曜日に受けています)。


診察のある日は、その後、近くの薬局へ。

今日も3週間分、お薬を処方していただきました。



デプロメール錠25 1日1回 夕食後30分に服用

 → 参考 ; http://health.yahoo.co.jp/medicine/2/1179039F1028/

http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se11/se1179039.html

       

ロヒプノール錠1 1日1回 寝る前に服用

(これは精神科の先生と相談の上、『眠れそうにないとき』 にのみ服用することとしています。)

 → 参考 ; http://health.yahoo.co.jp/medicine/2/1124008F2039/

http://www.interq.or.jp/ox/dwm/se/se11/se1124008.html


というのが現在の僕の状況です。






あ、今日は精神科から帰宅後、もう1つ嬉しいことがありました。


昨日の記事に書いた 僕が最初に就職した会社時代の 1年上の先輩 I さん からお電話いただいたんですよ。

僕の憧れの先輩。


彼女は、身体が弱いところがあったり、確か朝が弱かったりするんですが、なんか一所懸命にお仕事をするかたで、がんばり屋さん。

なんというか、かわいらしい先輩なんです☆。


都合1時間半ほど、久しぶりに電話でお話しました。


なんかね、今は先輩も僕も その会社を離れたわけなんですが、時々お電話いただくのが僕はとても嬉しくて!

彼女も 『高尾くんは私が会社に入ってから初めて出来た後輩だからね!』 と、気に掛けてくださっています。

先輩、ありがとう!

そう遠くないうちにお邪魔させてくださいね☆。






あ、さて、いきましょうかね。


昨日は記憶が曖昧になっていました。


心療内科の先生の診察を受けたのは もう少し後でした、確か...。


1998 (平成10) 年8月、新潟の実家に戻った僕。

それから、人生2度目の隠遁生活(とでもいうのかな?)。

ほぼ自室に引きこもり。

24歳の夏から秋にかけて、です。


ハローワークには、1度~2度、行ったかな。


同年10月から、ある損害保険会社の 『代理店後継者育成コース』 に入れてもらい、研修社員としての生活が始まりました。


当初は意気揚々だったなぁ...。

僕なりに 『熱い気持ち』 を持って、仕事で試行錯誤していました。


この研修社員制度、3ヶ月目、6ヶ月目に 『更新基準』 が設けられていまして。

解かり易く言うと、いわゆる ノルマ です。


3ヶ月目は、僕を担当してくださる社員の皆様に支えられて何とかクリア。


しかし6ヶ月目の更新基準は、どうにもなりそうもない...と、あきらめ気分になったのは5ヶ月目、1999 (平成11) 年2月くらいのことでした。


...また、『逃げ』 の行動が出始めた...。


同年3月、25歳の春です。


花粉症を患っていたことも足を引っ張り (←また言い訳です)、 ふらふら~っとクルマであちこち回るだけの日々。

そのうちに営業活動は全くしなくなっていました。


...僕は自己管理というものが出来ないヤツなんですね。

情けない...。


そのうちに出社もせず、帰宅もせず、という状態から抜け出られなくなりました。

弱い...、弱すぎる自分。


およそ1ヵ月間、家にも帰らずに、新潟県内をふらふら。

ほんの少し、死も考えていたような気がします、今、当時の記憶を辿ってみると。


で、両親が 『私立探偵さん』 に依頼し、僕の捜索が始まったようで。

捜索開始後、何日目だったのかは判らない。

探偵さんの活躍で、僕は両親に足を捕まれました。


正直、僕自身も ほっ としていたような気もします。

だらしないですね...。


同年4月末だったか5月初旬だったか、僕は父に付き添われ、研修社員としてお世話になっていた保険会社に出向き、支社長・担当課長・担当社員とお話したように記憶しています。


そして即、退職の手続きをお願いしました。


...俺は どこまでダメな人間なんだ...相当に落ち込みました。

原因は全て自分にあるのにね...。


そしてまた、人生3度目の隠遁生活。

ほとんどの時間、自室で引きこもる状態。


『具合が悪いんだったら病院へ行ってこいばいいねっか!』 という母の言葉。

当時は反発したけれども、今となっては これが僕を救ってくれたんだと感じています。


で、同年5月下旬だったか6月下旬に、心療内科を初めて受診します。

僕は先生に一部始終お話したつもりでした。


先生は、 『つらい状態にあった職場を退職したのは良い判断だったと思います。』 と、優しくおっしゃってくださいました。


しかし...この先が見えない...。

お薬の処方も無かった。


...俺、仮病なのかな。

ただただ仕事がしたくなくて、逃げに逃げているだけ?


どうしようもなく不安でした。






しかし、一念発起、同年6月下旬だったか7月下旬だったか。

父の事務所に入れてもらい、一緒に仕事をすることを、僕は決断しました。


いや、決断なんて偉そうなもんぢゃないな...。


ただただ、怖かった。

仕事をしていない自分の将来が怖くて、そんな自分を払拭したかった。

『僕は頑張れます!』 と言いたかった。

ただし、なんの裏づけもなかった。

自信なんて皆無だった。

人々から認めてもらえるような人間になりたい!ということだけが、本当の動機だったのかもしれません。

...情けない...。


で、父の事務所に入れてもらってからも、数ヶ月毎に仕事を投げ出す。

嫌なことがあると すぐに逃げ出す。

そんなことを何度も繰り返しました。


僕が父・母・(一緒に仕事をしている)叔母に与えた 『物理的・心理的負担』 は かなり大きなものだったと思います。






さあ、今日は やはりここまでにします。


今の僕、元気ですから、ご心配なさらないでくださいね。

今、振り返る作業が必要なんだと思う、自分には。

だから、大丈夫です!!


明日は やっと 『精神のお薬 服用歴』 に入ることが出来そうです。

そこに至る過程を ないがしろにしたくはなかったので...。

まったくタイトルを無視した昨日・今日の記事。

皆様、どうかお許しください。


それでは、また!です


おやすみなさ~い