朝、ベッドから起き上がらうとすると、腰に軽い異変を感じました。
 ここ十年ほど腰痛に悩まされてゐるので、馴染みのある痛みですが、身支度をととのへようとする内にも、異変は悪化する印象です。
 
 3年前にも発症し、半月ほど往生しました。椅子に腰かけたり立ち上がるとき、洗面所で前屈みになるとき、靴下を履かうとしやがむときなどに、腰や背中が痛む。
 
 一度立ち上がつてしまへばふつうに歩けるし、横断歩道では急ぎ足もできるので、日常生活に重大な支障はないのですが、お辞儀をしようとすればピリッ、靴ひもを結ばうとすればピリッ、トイレの立ち居でもピリッピリッときて、さらに厄介なのは痛みの具合がこんご大きくならない保証はないことです。
 
 翌日には、社会人になつて初任地だつた前橋で一緒に仕事をした記者倶楽部の懐かしい友人たちとの、ほぼ50年ぶりの懇親会が銀座のレストランで予定されてゐます。週末と来週初めにはカルチャーセンターの講座もあります。ここで腰痛を進行させるわけにはいきません。
 
 3年前のとき、初めて施術をうけた町のカイロプラクティック(chiropractic)へ電話しました。
 「けふは混み合つてゐるので、明日はいかがですか」
 「できればけふお願ひしたいのですがーー」
 無理を言ふと、やや間があつて、夕方5時過ぎに来てみてくれ、と言はれました。
 
 一般に「カイロプラクティック」と聞くと、首や足の骨をボキッボキッと乱暴に折り曲げるイメージですが、各地で治療事故があつてから、荒療治はやらなくなつたやうです。
 
 前回診てもらつた時は、背骨のS字の湾曲が正しくないのが痛む原因だといふ見立てで、電熱器の帯のやうなもので十分に温めた背骨を、先生が上から下に押します。片足が押し広げられるやうに持ち上げられたかと思ふと、先生はその足に微妙なひねりを入れます。次に、ぼくの膝を折り曲げて抱へこみ、ぼくの顔の方に押し上げます。
 
 前回はこんな療法を8回ほど繰り返したら、「骨の湾曲がきれいに戻りましたよ」と言はれ、同時に前屈姿勢もしゃがむのも苦でなくなりました。まるで魔法の療法です。
 
 「机に向かつて長時間パソコンを打つてゐると、知らず知らず両肩が前の方に縮んで丸まつてきます。すると背骨が歪んでくるのです」
 
 では、どうすればいいか。先生が教へてくれた背骨のための理想的な姿勢は、顎を引き、思ひきり胸を反らしてお腹を突き出し、かつ下腹部は締める。
 「つまり、エラソーにしてゐればいいのです」
 
 ひとりきりの書斎で「エラソーに」してゐてもなあ。
 
 2月中旬になると、わが家の庭を黄金のかがやきで飾つてくれたミモザアカシアが、先週、突然枯れました。まるで脳溢血か心筋梗塞のやうな死に方です。
 
 先週はじめ、2階の書斎の窓から、枝の先端に芽ぶいてゐた薄緑いろの花芽が白つちやけた色に変つてゐるのに気づき、どうしたのだらうと全体を見わたすと、下枝だけではなく大半の枝葉が変色してゐます。
 
 頂きには緑いろの花芽が少し残つてゐましたが、それも二日もすると茶いろに変貌しました。枯死は花芽や枝葉のみにあらはれたのではなく、直径30センチはある幹の木肌も急に艶をうしなひ、がさがさに荒れてきました。
 
 何が原因で枯れたのか分かりません。この夏の猛暑にやられたのか、相ついだ台風にあふられたせゐか、あるいは何らかの病気か。
 
 ことしも春に咲き、夏にサヤエンドウのやうな黒い種を無数に垂らし、さて来春に向けて順調に花芽を噴いてゐただけに、正直拍子抜けして、愛犬を喪つた後のペットロス症候群に襲はれてゐます。
 
 木も生きもの。こんなこともあるのだと諦めるしかありませんが、この花木は人の背ほどの苗木を植ゑてから約十年、なんとも手のかかる庭木でした。とにかく成長が早い木で、枝が十分重みを支へられる太さに育つ前に先へ先へと枝を伸ばしてしまふので、若木のころは台風がくると倒されました。
 
 折れることはなく、幹も枝もしなやかに撓むだけですが、毎年、暮れに入る庭師も手を焼いて、丸太で添へ木をしたり、さらには鉄パイプのハードルのやうな支柱を立てたりして、どうにかこれまで真つ直ぐに育てて来ました。
 
 思ふにミモザアカシアは、骨のない体のやうな木です。あるのは肉だけ。養分を吸収するとすぐさま栄養素を肉に変へて、周囲に枝葉を伸ばさうとする。自分の骨がどの程度の重量に耐へ、支へられるかわきまへずに、大きくなるのはいいことだと、ひたすら肉だけ付加してしまふのです。
 
 庭の反対側にそびえる枝垂桜は、福島・三春から実生の苗木を取りよせて20数年、ほとんど庭師の手もかりずに、いまでは2階の屋根より高い位置から滝のやうに枝を振り下ろしてゐます。これはこれで世話がやけずに結構なのですが、手のかかる子ほど可愛いといふこともあります。
 
 年末には切り倒すしかありません。
 「次に何を植ゑますか。植木屋さんに頼んでおかないと」
 家人に問はれても、まだ答へられません。
 
 
 週刊朝日の編集長が部内のセクハラ疑惑で懲戒免職になつたのは、いかにも朝日的な出来事です。
 
 週刊誌といふのは、実は多くの外部ライターのお陰で成り立つてゐます。昔から「トップ屋」と言はれた特ダネを持ち込むフリー・ジャーナリストもゐれば、たまたま事件事故に遭遇したカメラマンの持ち込む写真で巻頭グラビアの数ページを飾るなんてことも珍しくありません。
 
 とくに新聞社系の週刊誌では、社員スタッフは30人から40人で、これとほぼ同数の外部ライター、カメラマン、校閲者などが存在します。
 
 今回、週刊朝日の編集長が目を付けたのは、いはゆる契約社員の女性ライターです。
 新聞社系の週刊誌は、新聞社から出向してくる60歳前の人間は新聞社の給与体系ですからほどほどの給料をもらつてゐますが、その反面、週刊誌が独自に雇ふフリーライターや契約記者の待遇は、出向者の半分程度の報酬で働いてゐます。「正社員にしてやる」は最高の甘言なのです。
 
 しかし、ライバル誌の元編集長から言はしてもらふと、いかに美人の外部ライターがゐても、なかなかこの誘惑の手は使へません。
 
 一つには、新聞社から出向してきた元新聞記者だといふプライドがあります。さらに根本的なことは、「高い報酬が欲しいだらう。正社員になりたいだらう。だつたら言ふことを聞け」 なんて下品なことは、いくらその場で欲望が高まつても、五十男がさうさう言へるセリフではありません。 
 
 今回の週刊朝日編集長には5人の女性の連判状が突き付けられたと言ひます。朝日新聞社が「重大な就業規則違反」として一発で懲戒免職にしたのはそれゆゑです。ふつう、新聞社では女やカネで不祥事を起こしても、最初は総務部付けに異動とか、北海道支社へ異動、など配置転換で様子をみるものです。
 
 この週刊朝日編集長は、かねて北海道勤務のころも社会部記者時代も、この種の噂が絶えなかつたさうです。いはゆる「肉食系」なのですね。それでも昨年暮れ、例の「ハシシタ奴」問題で前編集長のクビが飛んだ後釜として、アエラの副編集長から抜擢されました。
 
 ぼくはここに、いかにも「朝日的」な体質を感じます。いはば霞が関の高級官僚的な、仲間内の庇ひあひの体質です。
 
 それを打破したのは、「週刊朝日の5レンジャー」--5人の女性記者でした。あらためて、女性は偉大であり、かつ恐ろしいと思ひました。
 
 ちなみに申し添へますと、ライバル誌の編集長はそれほどエネルギッシュではありませんでした。