庭の草むしりが苦手で、もちろん腰をかがめる姿勢が持病の腰痛を惹き起こしやすいといふこともあるのですが、それ以上に、土の中から突然、ヤモリやトカゲ、ナメクジ、ミミズなどがあらはれるのが恐ろしい。
 
 家人が庭仕事の服装に着替へ、手にビニールの手袋をはめるのを見て、そつと二階の書斎に上がりました。草むしりの準備なのです。
 
 机に向かひパソコンをひらくだけでは弱いと思つたので、リクライニングシートに横になり、背もたれを水平にまで倒して、目をつむります。
 
 予想通り、やがて家人が階段を上がつてきました。
 「あら、草むしりを手伝つてもらはうと思つたら、寝てるの」
 と独り言をつぶやき、その後に「よく寝るわねえ」と嫌味を言ひます。
 
 それでも寝たふりをするのが勝ちです。庭に出て、トカゲやミミズにからまれることを考へたら、多少の嫌味は甘んじて聞き流します。
 
 家人だつて、さつき二階に上がつたぼくがもう眠つてゐるとは信じてゐない。寝たふりと知りながら、それで当方の意思を読みとつたのです。
 
 こんど長野・岐阜県境の御嶽山が噴火したのは、活火山が寝たふりをやめて、小さく寝返りを打つたのだと思ひます。
 
 国土交通省の資料によれば、御嶽山が大規模な噴火をみせたのは、過去1万年の間に、マグマ噴火が4回、水蒸気噴火が12回の計16回ださうです。活火山といふのはずいぶん長い時間、寝たふりができるものです。
 
 その間、今回程度の噴火は何度かあつたやうですが、それは寝たふりの中の寝返り程度。大規模な噴火といふのは千年に1回あるかないか、なのですね。人間の時間でいふなら、30世代に1回遭遇するかどうかといふことになります。
 
 ♪木曽の御嶽山は ナンジャラホーイ で知られる「木曽節」の3番はかうです。
 
 ♪人はナー 中乗りさん 人は見目より ナジャラホーイ
 ♪只こころ ヨイヨイヨイ ハー ヨイヨイヨイの ヨイヨイヨイ
 
 人は見目より心だよ、ヨイヨイヨイのヨイヨイヨイ、とうそぶいて、ひそかにマグマや水蒸気をため込んで寝たふりをするなんて、さすが御嶽山は粋ですね。
 
 人もこんな生き方をしてみたいものですが、現実には「寝たふり」のつもりがそのまま「寝たきり」になつてしまふことが多いのでせう。
 
 
 慰安婦問題に関する32年ぶりの誤報訂正と、池上彰氏の連載拒否で、連日、紙面で訂正とお詫びを続けてゐる朝日新聞が、当面の編集幹部更迭だけでなく、一定期間、「休刊」に踏み切るのではないかといふ情報が飛び交つてゐる。
 
 一連の騒動で、販売用語の「慰安婦止め」といふ購読拒否に遭ひ、ここしばらく劇的に部数が減少してゐると言はれる朝日新聞も、依然、650万部程度は維持してゐると見られてゐるから、もし「1ヶ月休刊」にでもなれば、日本の情報社会はそれなりの混乱に巻き込まれる。
 
 もし朝日新聞が一時休刊を決定した場合、印刷機器の都合などで、650万部を他の新聞社でカヴァーしきれず、全国で数百万所帯が「情報難民」に追ひ込まれる危険がある。
 
 大丈夫、新聞なんて読まなくても死にはしない、といふ声も多い。
 もちろんその通りだが、第二次世界大戦後、日本人の知的水準を底で支へてきたのは新聞であり、朝起きて、新聞受けに朝刊をとりに行くといふ習慣は、さう一カ月一年で変更できるものでもない。
 
 目下の慰安婦報道を例に挙げるまでもなく、戦後しばらくしてから、朝日新聞がいたづらに自虐的報道を重ね、世界に向けて日本の評価を落としてきたのは事実だが、ここで一方的に、無責任に「休刊」に逃げ込むのはズルイといふほかない。
 
 もつと恥はさらさなければならない。休刊すればすべてが浄化されるものではない。
 
 オボカタ氏のSTAPセル問題のやうに、恥はズルズルと引きずらなければフェアではない。自殺者を出すのは望まないけれど。
 
 8月末が期限の株主優待券があるのでいかがですか、と家人の友人から裏磐梯のホテル1泊のお誘ひがありました。
 
 磐梯山の北側で、すでに避暑といふには遅いし、まだ紅葉には早過ぎるしで、往復600キロをドライブするのは実は億劫だつたのですが、そのホテルには思ひ出があります。
 
 比較的行きやすい裏磐梯でいつも泊るのは五色沼の秋元湖側にあるホテルで、桧原湖畔にあるそのホテルには泊つたことがありません。
 
 もう何年前になるでせうか。夫婦で周辺を散策してゐて、そのホテルの前を通りかかり、珈琲でも飲まうかとホテルの駐車場入り口の急坂を上つたところ、眼前にワインレッドの屋根を戴いた五階建ての白亜のホテルが城壁のやうにそびえてゐました。
 
 正面玄関までは松林を切り開いた広い駐車場をぬけ、芝生の間をうねるやうに迂回する車回しを辿らなければならない。そこでお茶を飲んでも、帰りに車回しを歩き駐車場を横切つたら、もう一度どこかでお茶を飲み直さなければ喉が渇きさうなほど、ホテルまでが遠いのです。
 
 あきらめて急坂を引き返しました。
 「いかにもリゾートホテルつて感じ。部屋からは磐梯山や桧原湖の眺めがいいでせうね。いつか来ませうね」
 
 家人も未練をみせてゐましたが、青空の下の松林に囲まれた白いホテルは、近所のスキー場の名を冠した、ちよつと個性的な名前とともに印象に残りました。
 
 当日、磐梯山のふもとの蕎麦屋で昼食を済ませるとホテルに直行です。チェックインには少々早い時間ですが、とりあへずホテルに入つて、あのとき果たせなかつた珈琲を飲まうと思つたのです。
 
 ホテル前の急坂を上ります。松林も広大な駐車場も芝生の間の舗装道路も昔の通りです。ガラガラの駐車場の入り口近くに車をとめ、小さな旅行鞄一つを提げて、ホテルの正面玄関に向かつて歩きだしました。そのときはまだ気づきませんでした。
 
 やはりまだチェックインはできないと言はれ、喫茶室はどこかと聞くと5階のレストランだといふ。昼下がりのレストランには、季節外れのホテルのわりには客がゐます。近年、日本の観光地を占領してゐるアジア系の集団が見当たらないのが救ひです。
 
 ボーイは窓側の席に案内してくれました。窓の向かひ側には松林に抱かれた客室棟があります。そこに恐ろしい眺めがありました。客室の中にゐては絶対に見えません。
 
 昔、あでやかなワインレッドを輝かせてゐた鋭角的な屋根は、ほとんど塗装が剥げ落ちて、アルミみたいな銀白色の地をさらし、屋根の下部の雨水が溜まるところなどは部分的に赤茶色に錆びついてゐます。
 
 最上階は5階で、そこから2層下の3階の各部屋の窓外に、おそらく昔は芝生か庭木がリゾートホテルにふさはしい美景を演出したテラスがかなりの面積でひろがつてゐるのですが、今は腐食した緑色の塗装を広げるただの平面です。
 
 このホテルは近年、某大手リゾート会社に買収されたさうで、スタッフの言動、躾けなどは申し分ないし、ロビー、客室、風呂など、内装も一流観光ホテルの水準を維持してゐます。しかし、昔美しかつた女優の老後をみるのと同じで、時間は容赦ありません。
 
 なまじかつての姿を知るだけに余計痛々しい思ひがして、晩夏の高原の片隅でなんともうら悲しい心地になつたのは、グラスで注文した赤ワインの味のせゐばかりではないやうです。