4年前に庭に1本だけ植ゑたミカンの木に、ことし初めて大量の実が生り、老夫婦でミカン狩りをした。
 
 大量とはいつても全部で25個だから威張れたものではないけれど、この春、それこそ大量に咲いた白い小花が次から次と落ちて、ことしも昨年のやうに収穫できるのは1個かと思つてゐたら、意外に多くの花が胡椒の粒くらゐの緑の実として残り、やがて成長して、枝をたわませるほどになつた。
 
 そこで心配になつたのがカラスの襲来である。
 隣りの家には屋根ほどに育つたビワの木が数本あつて、実が黄色く熟するころになると、近所の官幣大社の鎮守の森を棲み処とするカラスたちが大挙して押しかける。鋭い嘴でもぎ取つたビワを、わが家の屋根や車の上に運んできて、ギャーギャーと突つつき合ひながら食ひ散らかす。
 
 25個のミカンなど彼らに襲はれたらひとたまりもない。ホームセンターへ行き、鳥避けのビニール網を買つてきて、まだ緑色のミカンにかぶせた。カラスがミカンを狙ひにきても、網に脚をとられてバタバタするだらうと思つた。
 
 ところが、ミカンが色づいてきても、カラスたちは一向にやつて来ない。
 逆に、目の細かい網で覆つたためにミカンへの日当たりが悪くなつた。これでは成熟に良くないだらうと、もしカラスがやつて来てもミカンの下でバタつかせるやうに、木の根元に敷きつめた。
 
 実は順調にふくらみ、自慢ぢやないがスーパーに並ぶ大粒ほどにもなり、色も鮮やかなのだが、結局、カラスは一羽も訪れることはなかつた。ホッとした反面、なにか寂しい。隣りのビワの木の喧騒が羨ましい。
 
 夕方、庭に出てワインを飲んでゐると、遥か頭の上を、神社裏の巣に戻つていくカラスの一団がゐる。手を振つてみる。偶然だらうが、たまに鳴き声をたてるのがゐる。
 
 散歩からの帰り道、こちらを威嚇するやうに、ぼくの黒い中折れ帽すれすれを飛ぶのがゐる。電線を見上げると、夕闇の中、夥しい数のカラスが集会を開いてゐる。長老たちの会議らしく、大型のが多い。
 
 不気味なので、驚かせて追ひ払はうと、電線の行列の真下まで行つて、神社の拝殿で掌を打つやうに思ひ切り両手を叩く。長老会議は一瞬で解散、四方に散つていく。
 
 どこでも見かけるゴミ収集の日の餌漁りのご乱行、夜中の飛翔と、何の合図か狂つたやうな鳴き交はし、地上で餌をついばむハトへの集団襲撃、郵便ポストや庭の通路や車のボンネットの上など時と場所に容赦のないフン害……これほど人間生活と身近な鳥もゐない。
 
 概して悪事をはたらくこの黒い鳥たち。しかし、もし身辺から全くゐなくなつたらなつたで、寂しい思ひをするにに違ひない、少々イタヅラなペットたちーー。
 
 
 
 10年近く前に買つたきり、ほとんどクロゼットで眠つてゐるコートがある。
 
 
 
 今ごろの季節になると、思ひ出して着てみたい気も起きるのだけれど、「お願ひだから、それを着て近所を歩かないで」と家人が真剣に懇願するので、いつになつても着られない。
 
 先ごろのハロウインの仮装パーティーでもあれば、夜陰にまぎれて着て行けたかもしれない。そのくらゐ一見して奇矯なコートである。
 
 今風にいへばポンチョといふのか。茶一色のシーツ状の大判の布の中央に、中国のトイレみたいに丸い穴があいてゐて、着るときはその穴に頭を入れる。フードが付いてゐるから、寒ければこれをかぶるのだらうが、かぶるといよいよアブナイ、変態オヂサンの風体になる。
 
 布の真ん中から顔だけ出して、体の前後に幅広の布を垂らす格好で、もちろん袖はないから横から風は入り、防寒の用はなさない。
 
 一応、イタリアの若手デザイナーの作品で、リタイア間近のころ、都内のホテルで開かれた新作発表即売会場でこれを見つけた。「これこそぼくが求めてゐた究極のコートだ」と啓示のやうなものを感じて、ナイロン製にしては少々高かつたものの迷はず購入した。これを買ふ人は、ぼくの見る限り、他にゐなかつた。
 
 一回だけこれを纏つて、職場のある大手町まで行つた。同僚の女性たちが動物園の檻の中でも見るやうな目をちらと向けたが、男たちは、落下傘を外すかのやうに脱ぐときも、かくれんぼをするかのやうに布の下に身を入れるときも、何も論評しなかつた。
 
 地下鉄の連絡通路をあるきながら、それとなく周囲に注意を払ふが、とくにこちらを振り向く人もゐない。都会の無関心はいいな、と感動した。
 
 しかし、結局、通勤で着たのはその日だけだつた。たかがコートに余計な神経を使ふのは疲れるし、ある種の気負ひを覚悟しなければならないなんてバカバカしくて、着るのが億劫になつた。
 
 ところがこの秋、自分でもどういふ心境の変化かわからないのだが、町を散歩したり、ワインバーへ出かけるのにしばしばこの「マント」を着てゐる。
 
 家人が恐れるご近所の評判はといへば、いつも挨拶する老女が、深いお辞儀から頭をあげて、「あら、なんてご立派な服装で」と目を丸くする。おそらく何とも言ひやうがないのだらう。ワインバーでは「何をお召しになつてもお似合ひになるから不思議ですね」とお世辞を言はれる。
 
 家人に報告すると、
 「後でみんな笑つてるわよ。『あの人もそろそろ始まつたのかな』なんて」
 「始まつた、つて何が?」
 「この歳で始まつたといへば、一つしかないぢやない」
 
 実際、さうかもしれない。このコートを着るのが億劫でなくなつたといふことは、もう他人の目なんてどうでもよくなつたか、すべてに恥の感覚が剥落したか。
 
 いや、待てよ、とぼくの楽観主義はささやく。
 
 このマント風をぼくに着せるのは、気概ではないか。
 
 
 
 忘年会の話がくる季節になつた。もともとが暇な身、会場や日取りは幹事に任せるとして、時に相談されるのが会費の問題で、とくに酒を飲む男性と飲まない女性の間に差をつけるかどうかである。
 
 この話が持ちあがるたびに、ぼくは二人の男性のことを思ひ浮かべる。ぼくの周辺で”唯二の”例外ともいふべきか、どちらも一滴も酒が飲めない。
 
 ひとりは某通信社の政治記者で、フランス特派員を長年つとめた東大卒の男だが、一緒に食事しても、ワインを飲むぼくの前でオレンジジュースを飲む。会計はもちろん割り勘。それでも40年も付き合ひが続くのだから、男と男をつなぐのは酒だけではない。
 
 深夜、自民党の幹事長の自宅に記者たちが集まる。俗にいふ「夜討ち」で、宴席から帰宅する幹事長を待ちかまへて、その時点の微妙な問題を聞き出さうとする。
 
 幹事長は当然酔つてゐる。思はず口がすべつて、まだ政府与党内でも機密扱ひの情報を漏らすこともないとはいへない。記者はそれを期待して、毎晩九時過ぎになると幹事長宅の応接間に押しかける。
 
 そこには、たぶん頂き物の、極上のブランデーやウイスキーがならぶ。記者たちを酔はせてしまへば、失言しても忘れるだらうし、「お互ひ酔つ払つてゐて、よく覚えてゐない」と後でとぼけることもできるといふ幹事長の策略だ。この酒が目的で訪れるテレビ局などの記者もゐないわけではないけれど。
 
 懇談がをはり、記者たちは幹事長の家を出て、会社に戻るためハイヤーに乗り込む前に、輪になつて「メモ合はせ」を行ふ。みんなの記憶を総動員して、幹事長との一問一答のメモを作り上げる。「夜討ち」の成果である。
 
 ここで活躍するのが、この某通信社の記者。酒を飲んでゐないから、その場の遣り取りを克明に覚えてゐる。
 
 「内閣改造は、の質問には、答へをぼやかしてゐたけど、何て表現だつけ」
 ある社の男が、酔ひのまはつた目で言ふ。
 
 「『総理は全く頭にないやうだけれど、党内にはそろそろと期待する声がないとは言へない』と言つた後で、『かな』を付け加へて意味深に笑つた。幹事長のところには、さういふ声がかなり届いてゐるといふことだね」
 
 もう一人の「飲まない男」は、同じ会社の社会部出身の先輩で、酒は受け付けないが酒席は人一倍好き。店の人が見れば、飲んでゐる男より沢山飲んだ風に見える。
 
 自宅が同じ方向なので、会社の「送り」の車で帰るのは一緒になることが多かつた。「先輩のお宅から先にどうぞ」と遠慮するが、「いや、キミからでいい」と言つて、運転手に勝手にわが家の所在地を告げる。
 
 ぼくは慌てて、「いつもの先輩と寄る」と自宅に電話する。到着して、ふつうなら「どうですか、ビールでも」といふところを、「お茶でも一杯」と勧める。先輩は決して断らない。
 
 家人はお茶と羊羹などを用意してゐる。無類の話好きだから、社会部時代の過激派事件の取材談や警視庁幹部の噂、同僚の変人の話などで家人を爆笑させ、ふたたび車に乗るのはたいがい午前二時ごろになる。
 
 「お酒を一滴も飲まないであれだけしやべれるのつて、スゴイ特技ね。あの話術に相手も騙されて、秘密を漏らしたりするのでせうね」
 
 特ダネをいくつも取り、社長賞を獲得したりして、最後は系列スポーツ紙の社長をつとめた。
 
 この二人を思ひ出すたびに、ぼくももし酒が一滴も飲めなかつたら人生はずいぶん変はつてゐただらうし、進路も別だつたかもしれないし、預金通帳の残額も変はつてゐただらうと思ふ。
 
 しかし、毎日、一瞬たりとも酒の酔ひに身を任せることがない生活といふのはどういふものだらう。朝から晩まで正常な知覚と判断力を維持し、つねに覚醒してゐるといふのはどういふ感覚なのだらう。
 
 羨ましい気持ちが半分に、気の毒な気持ちも半分といふところか。
 やはり、忘年会の会費は男女を問はずに、「飲まない人間」には割安にしないといけないな。