「こんどの自民党の総裁選は面白いですね。突出した本命がゐないから」

 

政治記者時代の友人から電話が来た。

 

もう40年来の付き合ひで、会社は異なるけれど同じ記者クラブ(自民党担当「平河倶楽部」)に所属して、たまたま同じ派閥を担当してゐたから朝から晩まで一緒に行動してゐた。

 

そのころの自民党は「三角大福中」全盛。

 

順にいふと、三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫、中曽根康弘の各氏が、それぞれグループを率ゐて、いはゆる“派閥抗争”を華やかに演じてゐた時代である。

 

「あのころと比べると、総裁選に手を挙げる顔ぶれがいささか小粒になつた感は否めないですね」

 

「あのころは総理大臣が一人辞めても、『次は彼だらう』とあらかた下馬評が定まつてゐたし、国会自体が「自社対決」で、何ごとも自民、社会両党の攻防で決着して、今よりはるかに政局が単純明快、分かり易かつた」

 

80翁たちはしばし、こんな昔話を楽しんだあと、「ところで、久しぶりに近々一杯やりませんか」となるのが、かつてはお決まりだつた。

 

最後にこの一句が出ないと電話が終はらなかつた。

 

ところが最近は、どちらともなくこの一句に気兼ねして、電話の最後に次に会ふ日程を打ち合はせることがほあまりなくなつた。

 

その代はりに、「日本がすつかり熱帯化して、まだまだ猛暑が続きさうだから、お互ひ体調には気をつけませう」などと凡庸な老人挨拶で終はる。

 

どちらとも再会を約束することを躊躇(ためら)つてゐる感じがある。

 

「次に会ふ日時」を決めることは、自分はもとより相手も縛ることだから、どちらも自分から敢へて言ひ出す勇気がないのかもしれない。

 

年をとると、朝起きて急に体調が優れないこともあるし、家族や親戚などに重病人がゐることも少なくない。

 

医者から酒をを禁じられてゐる人もゐる。

 

かつて酒豪を競つてゐた二人が、明るいカフェの一画でコーヒーや紅白のアイスクリームを前にしてゐる光景なんて、想像しただけでサマにならない。

 

他人と約束したら、こちらの事情でそれを破るのはマナー違反だと思ふから、若いころのやうに簡単に「次」を言ひ出せない。

 

約束は自分も縛られるが、もちろん相手も縛る。

 

リタイア後の老人の特権は、日々「何事にも縛られないこと」だから、歳とともに、人と約束を交はすのは慎重にならざるを得ない。

 

「ところで近々一杯」と気楽に声をかけられたのは、若さゆゑだつたのだ。

 

しかし、社会は常に約束で動いてゐる。

 

「近々一杯」と共に言ひ出せないのは、すでに二人とも社会から片足外してゐる、そんな気がしないでもない。

 

特に急ぐ仕事もない午後の書斎。手元のスマホではなく固定式の電話がけたたましく鳴る。

 

だいたい相手は知れてゐる。

 

証券投資の勧誘、不動産会社の様子見、化粧品や医薬品メーカーのアンケートに名を借りた個人情報収集など、いづれにしても商売の電話である。

 

タイやフィリピンなどからの“トクリュー犯罪”の電話がかかつて来ることはない。

 

犯人は詐欺の対象の資産、銀行口座などを入念に調べるから、対象名簿から外れるらしい。

 

古物商の鑑定のお誘ひや宗教団体のお誘ひなども多い。

 

こちらの歳を知つてゐるのか、「墓石はいかがですか」なんていふ失礼な問ひ合はせもある。

 

この手の電話には、ぼくは一応丁寧に応対する。

 

やることもない時の暇つぶしには絶好だからだ。

 

「へえ、それはおいしい話ですねえ。たしかに儲かりさうだ」

 

と相手の言ふ儲け話に耳を傾ける。

 

「これは脈がある」と相手が感じるのか、居住まひをただすかのやうに説明に熱が入る。

 

ほどほどに相槌を打ち、相手のジョークにもそれなりに反応するし、相手の「おいしい話」がふと一段落すると、そのリスクも質問する。

 

いよいよ相手の話は熱を帯びる。

 

もうかなりの確率で自分の客になると信じるのかもしれない。

 

「ところで、そんなウマイ話なら、まづあなたがやつたらいいんぢやないですか?」

 

と意地悪く話を切り替へたりする。

 

相手はその筋の専門家だから、法律の知識を解説して、自分が手を出せないこと、もしやつたら逮捕、起訴される恐れがあること、など法律用語や業界用語を駆使して縷々説明してくれる。

 

こんな電話についての愉しみ方はいつぱいある。

 

こちらの質問に窮したとき、相手がいかにつべこべと言ひ抜けるか。話に沈黙の時間が生じたら、どんな話術で復活させるか、など興味は尽きない。

 

そこでぼくが気をつけなければいけないのは、こちらが実は老人の暇つぶしで、相手をからかつてゐるのではないかと疑はせてはならない。  

 

さうと分かれば相手はすぐに電話を切るだらう。

 

敵はこの道にかけては海千山千。油断はできない。

 

午後のひとときを楽しませてもらつてゐる相手には感謝しなければならない。

 

夕方、いつものワインバーへ出かけるまで、もうすこし楽しませてもらはうと思ふなら、こちらもそれなりに気を遣ふのがマナーだらう。

 

ガリ版刷りのプリント

 

ほとんど毎日、夕方になるとワインを飲みに行く近所のカフェの学生アルバイトが、就職のために近々辞めると言ふ。

 

理系で名高い地元の大学生で、専門は電子工学ださうだ。

 

すでに名のある民間研究機関との共同研究に参画してゐるといふから、来春の就職は内定してゐるも同然だ。

 

日ごろから店での働きを見てゐて、客とのとつさの応接力や、敏活な動きにアルバイトとも思へないところがあつて感心してゐたが、電子工学の研究をしてゐる若者とは思はなかつた。

 

ぼくの学生時代を思ひ起こすと、かういふバイトをするのは文系の学生が多かつた。

 

理系だとバイトなどする時間的な余裕が持てないのかもしれないと思つてゐた

 

ぼくはもとより文系一筋。

 

中学3年のときだつた。苦手だつた数学の試験で、まぐれで2度つづけて満点の成績をとつたことがあつた。

 

すると、定年間近とおぼしき男性教師に職員室へ呼ばれた。

 

「キミは文系を目ざしてゐるやうだが、適性は理系だと思ふから、これからはそのつもりで勉強した方がいい」

 

左の目尻に大きな黒子(ほくろ)のある老教師はさう言つて、たぶん彼が作つたガリ版刷りの二、三枚のプリントをくれた。

 

上から下まで、見たくもない数学の問題がぎつしりと詰まつてゐた。

 

以来、その老教師は校内でぼくを見かけると、職員室に招き入れては数枚のプリントをくれた。

 

数学に興味のなかつたぼくは、家に帰るとそれにはほとんど手をつけなかつた。

 

学校の授業以外で数学の問題に取り組むなんて考へたこともなかつた。

 

老教師は校内でぼくに会ふと、何度もプリントをくれた。

 

あるときは校門のところまで追ひかけて来た。

 

ガリ版のインクが手に付きさうなプリントを家に持ち帰ると、勉強机の足元のごみ箱にそつと捨てた。

 

あのとき、教師の導きに従つて数学の問題に挑戦し、精緻に勉強してゐたら、ぼくは一体どんな仕事に就いてゐただらうと考へることもある。

 

間違ひなく言へるのは、政治記事を書いて給料をもらつたり、売れない純文学小説を書いて一生過ごすやうな人生ではなかつただらう。

 

ぼくの数学の力を買ひかぶつてくれた老教師には、いまでも感謝してゐるし、足元のごみ箱に溜まるばかりだつた空白のプリント用紙にはうしろめたい思ひが消えない。