50年ほど前の話になるが、「レジャーハウス」といふ名の簡易宿泊施設が各地にあつた。
珈琲一杯で、男女に暗闇の長椅子を提供する喫茶店を「純喫茶」と呼んだころの話である。
「レジャーハウス」といふと、音楽を聴いたり、工具で物を作ったり、麻雀や将棋でもして余暇をたのしむハウスと勘違ひしさうだけれど、何のことはない。郊外の田園や丘陵地帯に、赤や青や黄のけばけばしい屋根をつらねるラヴホテルの別称だつた。「純喫茶」に負けない名偽称だと当時感心した。
この法律の名前を新聞でみたとき、真つ先に頭に浮かんだのは「レジャーハウス」だつた。カジノ賭場を日本でも合法化する「統合リゾート法(Integrated Resort法)」。
統合などといふからややこしいので、中身を見ると、全国各地に昔からある「総合レジャーランド」の一部に、これまで法で禁止されてゐる賭博店の開設を認可するだけのことだ。
アメリカ・ラスベガスをはじめ、カジノは世界中で認められてゐる。アジアでも韓国、マカオ、フィリピン、シンガポール、マレーシア……どこでもバカラやルーレットなど堂々と営業してゐる。日本でカジノを解禁することには異議を挟まない。
問題は、いまごろカジノを公認する、その理由である。
議員立法の法案を提出した国会議員によれば、外国人観光客の誘致のためだといふ。観光立国といふ「日本の生きる道」に資するといふ。
「観光立国」といふ合言葉ほど、薄汚いものはない。先日まで北海道や東北の温泉ホテル、東京・銀座のデパート、秋葉原電気街など、「爆買」なる下品な買ひ物客の財布をねらつて、近隣国から観光客を招き入れた愚をまた繰り返さうといふのか。
外国人観光客の横暴と瀰漫によつて、わたしたち日本人はどれほど迷惑し、日本の風土は汚され、日本の商道徳は地に墜ち、デパートの女店員の笑顔はしぼんだことか。
あのころ、温泉宿の廊下の角々に急遽貼りつけられた「大浴場」「ショッピングコーナー」を案内する中国語やハングル文字の看板はすでに多くが取り外され、その跡は醜い白壁の傷となつてゐるといふ。
「民進党やマスコミがカジノを目の敵にして目を顰めるのは、きれいごと過ぎませんか。自分たちはそこで遊べないからといふやつかみぢやないかな」
とアメリカ勤務の経験もある弁護士の若手議員は笑つた。
議員立法の背景に、霞ヶ関の官僚たちの思惑があることも知つてゐる。マイナンバー制度では捕捉できない日本の富裕層の膨大なカネが、毎年毎年アジア各国のカジノに流れ、まるで快楽といふ濁流に白砂青松が押し流されるやうに、あれよあれよといふ間に、本来日本に落ちるべき税収が、空しく海外に流出してゐるといふ事情は嘘ではないだらう。
日本にカジノが誕生すれば、現在欧米やアジアに分散されてゐる賭博収益金のかなりの部分が日本に舞ひ込み、観光収入も増大するといふのも根拠のない話ではないだらう。
しかし、それと引き換へに、日本が失ふものも少なくない。
観光立国といふのは、人の欲望や愉悦におすがりして国を富まさうとする政策である。
日本のこの狭い、だが美しい国土に、人間の欲の排泄施設はふさはしくない。温泉宿のコーナーの壁の傷跡をこれ以上増やしてはならない。
