いつごろから癖になつたか定かではないのですが、街を歩いてゐて、たとへば化粧品のポスターやエステサロン店の硝子窓に張られた写真の、

 優艶な唇をこころもち開き、物静かにこちらに微笑みかける大写しの女性の顔を見ると、「この女が一転、大爆笑するときにはどんな笑ひ声を立てるのだらう」と想像するのが楽しみになつてゐて、

 それは同じ想像でも、たとへば「この女は、あの瞬間にはどんな声を出すのだらう」などと思ひをめぐらすよりも、かなり哲学的で上品だし、その背景にはいささか人間考察の願望がある、

 なんて自分を慰めながら、そのうちに、この癖はポスターや店の看板にとどまらず、前から近づいてくる生の女性たちにも向けられるやうになつて、

 すれ違ふ直前まで、ぼくがあきらかに相手を特定した、老眼の視線を当てるものだから、なかには知人かと勘違ひして軽く会釈をする老女もゐて、

 これは周囲にとつてはかなり異様なふるまひなのだと反省しつつ、さういへばいつもワインを飲みに行くブラスリーの、曇り硝子の衝立をへだてたとなりの席で、

 間欠泉から噴出する温泉のやうな、下卑た、けたたましい笑ひ声が突如噴き上がり、これはおそらく例の一行だと見当をつけて、トイレに行くふりをして衝立の上からちらとのぞきこむと、

 案の定、月に数回ここで落ち合つては大声でおしやべりしてゐる保険勧誘のおばちやんたち五六人で、あらためて「女人の人となりは笑ひ声に出る」といふ持論を再確認し、

 ついでに頭は、会社勤めのころ経験した新入社員採用の面接官の思ひ出にさかのぼつて、人事部の男に勧められるままに受験生の大学生らと昼食の幕の内弁当を一緒にとることになり、

 食後のコーヒータイム、みんな初対面で気づまりなその場を和ませる役回りのぼくが、雑談のなかで精一杯学生たちに迎合して、

 きのふけふなら女子カーリングチームの「そだねー」のやうな、時の流行り言葉を無理して口にしたのに対して、

 一人の小太りの女子大生だけが反応よく声を立てて笑ひ、拍手までしてくれて、をぢさん試験官としてはほつとしたのですけれど、

 彼女は面接、論文、一般常識テストとも秀逸な成績で合格し、今では中堅リーダーになつてゐると聞くと、

 やはり笑ひ声は、男女を問はず、その人の性格、知性、反応力、教養、健康状態――つまり、その人をまるごと数値化できるバロメーターなのだとの思ひを強くするものの、

 しかし一方、ぼくが町で見る女性たちに対して想像するのはあくまで「大爆笑のときの笑ひ声」に限局され、

 そこには日ごろの性格、反応力、教養などとは別個の、その女性の「秘められた部分」「決して他人には見せたがらない部分」がはしなくも露はれると思ふからで、

 一例をあげるなら、美容院の特大のポスターのなかで嫣然と微笑んでゐる美女が、急に目の前で起きた事態に噴き出し、笑ひ転げて、

 あたかもナイフで切り裂くやうな金属的な笑ひ声を上げたりしたら、ぼくはみんな放り投げて、そこから逃げ出したくなるのです。
 地下鉄からJRに乗り換へるためにエスカレーターを上がると、目の前に赤い公衆電話が並んでゐた。携帯やスマホなどないころの話である。
 
終電までには余裕があつた。少々飲み過ぎてゐたせゐか、ふとある人に電話をかけたくなり、公衆電話の前まで行つて受話器をもちあげた。
 
甘口のチョコみたいに軽薄な、しかしそれだけ親しみを覚える色の十円玉を、念のため三つ投入する。
 
いくら酔つぱらつてゐても、その番号だけはお経のやうに諳んじてゐた。局番は馴染みの四つの数字だし、電話番号は3857。
 
番号をプッシュし終はつて、数秒待つ。数秒が数十秒になつても反応がない。
 
錆びついた十円玉が古い電話機の途中に引つかかつたのかと、手で電話機をゆすつてからもう一度3857を押すが、相変はらず何の音もしない。
 
酒の酔ひのために、完璧に記憶してゐるはずの3857が間違つてゐるのか。
 
さういへば、3785だつたかもしれないなと、硬貨を入れ直して、こんどは同じ局番の3785を押す。また無音である。
 
さうだよな、あれだけ暗記してゐた番号だから間違へるはずはない。ふたたび3857を試し、やはり呼び出し音も鳴らないので、こんどはもしやと3578、次には、念のために3758。
 
結果は同じで、まるで通じない。
電話の相手とは、いまやその電話番号だけでつながつてゐる。
 
最後に会つたとき、「お金も無くなつてきたから、近々、千石のマンションを引き払つて、生まれ故郷の湯河原の安アパートにでも引きこもらうかしら」と笑つてゐたが、引つ越したかどうかも、新しい電話番号も連絡はない。
 
3857で通じなければ、その相手とは永遠に切れたも同然だ。
ただの電話番号だが、それが完璧に通用しないとなると、なにか大きなものを喪つた気がした。
 
人生の一部分がもがれたやうな、暗い、空疎な思ひがした。――そこで目が覚めた。
 
2月の初め、義兄が94歳、老衰で死んだ。
 
ぼくとは親子ほども歳が離れてゐるので一献傾けることもなかつたが、小学生のころ、一緒に風呂に入つて体を洗ふ手順を教へてもらつたり、二十歳のころには公道で車の運転を教授してもらつた。
 
葬式から十日ほど経つて、同じ敷地内に住む姉と顔を合はせた。
 
「寂しくなつたね」
言葉を探しやうもなく、さう言ふと、
「寂しくなんかないわ」
と姉は、末つ子に対して長姉のプライドを見せた。長い間、茶道裏千家の厳格な師匠として多くの弟子を育ててきた。
 
「あの人とはいまでも毎日、話をしてゐるもの」
連れ合ひを失つたショックで、認知症を発症したのかと疑つた。
 
この姉は前に、アドレスとストレスを取り違へて、「あなたのストレスを教へて」とぼくに尋ねたことがあつた。
 
「毎日話すつて、どうやつて?」
「電話で」
「あの世と通じる電話番号があるの?」
「そりやあ、夫婦ですもの。けど、あんたには教へない」
 
これも大事な電話番号なのだらう。
奥で接客してゐるマスターに手であいさつすると、やがて近寄つてきた彼が天井のエアコンを見上げ、「寒いですか」と不思議さうな顔をする。
 
「いや。別に」
「だつて、マフラーを外されないから」
「ああ、外すのを忘れてゐた」
 
マフラーといふよりも、大判の風呂敷に近い正方形の布きれをワインレッドと暗紫色の二色に染め分けただけのものを首から外す。
 
「さういへば、このお店で寒いとか暑いとか意識したことないなあ。いつ来ても同じ温度のやうな気がする」
 
「さう言つて頂けるとうれしいですが、お客様によつては、暖房をもう少し上げてくれとか、冷房をもつときつくして、なんて方も結構いらつしやいます」
 
マスターは容器に入れた数個の氷片を手早く洗ひ、勝手知つたる少々ドライなマティーニをつくり始める。
 
それを眺めながら、ぼくの話は、大げさに言へば現代人の温度感覚に関する考察におよぶ。現代人はあまりに温度に神経質になつてゐる、といふのがぼくの結論である。
 
芝居を観に劇場へ行つても、音楽を聴きにホールへ行つても、さらにはその名のとほり、本来野原で行はれるべき野球を観にドーム球場へ入つても、すぐに暑いの寒いのと文句を言って、自分なりの適温を求める。
 
冬になれば寒く、夏になれば暑いのは、ある程度当然のことだ。家でもオフィスでも電車の中でも、一年中、23度や25度の快適温度のなかにゐることの方が不自然ではないか。
 
「だから、たまにはベルモットの一滴多いマティーニでもいい、といふわけぢやないけど」
 
と笑ひながら、ぼくはふと、ウンター越しにいつも話し相手をしてくれる三十女が見当たらないのに気づく。
 
格別気があるわけではないけれど、いつもゐる女性がゐないのは気になる。
 
「けふ、彼女はお休み?」
「風邪です」
「また風邪か。彼女はよく風邪をひくねえ」
 
二杯目にブランデーベースの甘口のカクテルを注文し、ひと口、下唇の上から口中に流し込んで、マスターを追及する勇気を得る。
 
「彼女が風邪をひくのは金曜日が多いよね。たしか先月も、金曜日に休んでゐた」
 
「よく覚えてますねえ」
と、五十過ぎのマスターは口髭の唇をゆがめてクスッと笑ふ。この笑ひには何かある。
 
「土日はお店が休みなのだから、金曜日を休めば三連休。グアムとか香港とか韓国とか、二泊三日の海外旅行にも行けるね」
 
いい線を突いてる、といふ具合に、マスターはまたクスッ。
「さういへば、彼女は台湾によく行くみたいだな」
と、一部白状してまたクスッ。
 
「それはひとり旅ぢやないな。――お相手が向うにゐたりして」
「さあ、それはどうですか」
 
「でも、そこまで分かつてゐて、マスターは風邪だと言はれればすぐ休みを認めるんだ。こんな空調の完璧なところで働いてゐて、風邪なんてひくわけないぢやない」
 
「いや、わたしたちの世界では、『風邪』といふのはさういふ意味ですよ。『風邪』は病気の名前ぢやないですから」