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 友人に案内されて、初めての寿司屋に入る。

 

「お客さん、何から行きますか」

 

酒が来ると、カウンターの親方が注文を問ふ。

 

「さうね、とりあへずアナゴにコハダかな」

 

このくらゐの寿司屋になると、アナゴもコハダもたぶん、市場で買つて来たままのネタではない。

 

買つて来た生のアナゴと酢に馴染ませてゐないコハダを持ち帰つて、店で独自に味付けしたに違ひない。

 

このどちらか、できれば両方を食べると、その寿司屋の大体の「品定め」ができる、とぼくは考へてゐる。

 

 「つまみは何か行きますか」

 

酒はまだあるのに、鮨がなくなつたのを見て親方が言ふ。

 

「さうね、玉子焼き」

 

出てくるのは厚焼き玉子か、出汁巻き玉子。地方によつて異なる。

 

皿の上に折り畳まれた玉子焼きの、焦げ目がついたのが厚焼き玉子、女性の肌のやうに乳白色のまま、焦げ目をつけないで、大根おろしなどを添へて供されるのが出汁巻き玉子。

 

「玉子焼き」と注文したら、普通このどちらかが出てくる。目玉焼きやスクランブル・エッグは寿司屋には普通ない。

 

どちらもまさに「卵の味と香り」が素朴に出て、ウマい。

 

店によつては醤油味が濃すぎる厚焼き玉子や、だしの旨みを強調し過ぎた出汁巻き玉子もあるが、これだと折角の純米大吟醸の豊穣な味はひを潰してしまふ。

 

玉子焼きは、できればあまり自己主張しないで、お皿の上でぢつとこちらの箸を待つのがいい。

 

 玉子焼きについては、「旨い」とか「不味い」などと客が純朴な感想を言ふのは控へた方がいい。

 

店には店の味があり、親方には親方の流儀がある。玉子焼きが不味かつたら、「この店は自分には合はない」と黙つて諦めるしかない。

 

 万人に愛されるものの代表として、かつて「巨人、大鵬、玉子焼き」といふフレーズがあった。

 

当時、プロ野球の常勝チーム・ジャイアンツ、大相撲で優勝を重ねる横綱・大鵬、それと並んで、誰もに愛された料理が玉子焼きだつた。

 

大鵬は大相撲を去り、巨人はこのところパッとしない中、玉子焼きだけはいまだに簡便な家庭料理の雄として君臨してゐる。

 

「何かもうちよつと」の料理の一つとして欠かすことのできない一品だ。

 

ところで、玉子焼きの魅力つて一体何なのだらう。

 

素材の値段の安さか。それだけではない。このナゾは深い。

 

 ♪赤城の山も今宵限り。可愛い子分たちとも別れ別れか。今宵の月も泣いてゐる♪

 

 群馬県前橋市は、江戸時代の侠客・国定忠治のこの名台詞で知られた上州・赤城山の裾野に、西に利根川、市内に広瀬川を抱いて展(ひろ)がる風趣ある町である。

 

 ぼくが就職して最初の赴任地が前橋で、1966年から5年間、ここで仕事をした。

 

 なんと今、その地で女性市長サン(42歳)のラヴホテル・スキャンダルが巻き起つてゐる。

 

 当選1年余の市長が、部下の既婚男性と十回もラヴホテルに通ひ、毎回2,3時間を過ごしてゐたといふ。

 

 弁解無用の色模様である。

 

 「どう、市長サン、気持ちいい?」。

 

 「ああ、いいわ……。もうワタシ、“市長”ぢやなくて、“C調”」

 

 下手な風俗小説ならこんな具合かな、と失礼な想像を逞しくするのだけれど、しかし、この地の政治風土を多少とも知るぼくには、そんな単純な色恋沙汰では済まされない気がする。

 

 群馬県といふところは、政争の激越な地だ。

 

 福田赳夫、福田康夫、中曽根康弘、小渕恵三と総理大臣を4人も輩出し、大小を問はず政治は勝たなければ意味がない、政争で勝ちを収めるためならまさに何でも許される、といふ政治風土である。

 

 なかでも高崎市を中心とする県西部の「衆院選群馬3区」は、福田陣営と中曽根陣営が日々ことごとに鋭く対立する。

 

 支持者たちは昼も夜も、ご近所付き合ひから行きつけの飲み屋、魚屋、八百屋、さらには親類の法事、町内会の行事などまで、つまり日常生活の全般にわたつて、「あいつはコツチ派かアツチ派か」で峻烈に二分され、これが親から子へ、子から孫へと代々受け継がれる。

 

 高崎市の東隣りの前橋市も、その余波を免れない。

 

 衆院選、参院選はもとより、市長選や市議選、村長選でも血で血を洗ふ政争の風が吹く。

 

 さういふ政治風土を知る目には、今回の女性市長の醜聞も、単に「ああ、よくある中年男女の色狂ひね」では納得がいかない。

 

 国際政治の舞台では、「ハニートラップ(蜜のワナ)」と呼ばれる色仕掛け戦術が知られてゐる。

 

 外国の要人が滞在するホテルにそれとなく美女を送り込み、女が撮つた写真やテープをネタに、のちのち外交交渉を有利に運ぶ。

 

 “何でもアリ”の上州でこの秘術が使われた痕跡はないか。

 

 老いたりといへども永田町担当記者あがりの元週刊誌編集長の血が騒ぐ。

 

 このスキャンダルに火をつけた「ポスト」誌あたりが間もなく続報を書くだらう。

「こんどの自民党の総裁選は面白いですね。突出した本命がゐないから」

 

政治記者時代の友人から電話が来た。

 

もう40年来の付き合ひで、会社は異なるけれど同じ記者クラブ(自民党担当「平河倶楽部」)に所属して、たまたま同じ派閥を担当してゐたから朝から晩まで一緒に行動してゐた。

 

そのころの自民党は「三角大福中」全盛。

 

順にいふと、三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫、中曽根康弘の各氏が、それぞれグループを率ゐて、いはゆる“派閥抗争”を華やかに演じてゐた時代である。

 

「あのころと比べると、総裁選に手を挙げる顔ぶれがいささか小粒になつた感は否めないですね」

 

「あのころは総理大臣が一人辞めても、『次は彼だらう』とあらかた下馬評が定まつてゐたし、国会自体が「自社対決」で、何ごとも自民、社会両党の攻防で決着して、今よりはるかに政局が単純明快、分かり易かつた」

 

80翁たちはしばし、こんな昔話を楽しんだあと、「ところで、久しぶりに近々一杯やりませんか」となるのが、かつてはお決まりだつた。

 

最後にこの一句が出ないと電話が終はらなかつた。

 

ところが最近は、どちらともなくこの一句に気兼ねして、電話の最後に次に会ふ日程を打ち合はせることがほあまりなくなつた。

 

その代はりに、「日本がすつかり熱帯化して、まだまだ猛暑が続きさうだから、お互ひ体調には気をつけませう」などと凡庸な老人挨拶で終はる。

 

どちらとも再会を約束することを躊躇(ためら)つてゐる感じがある。

 

「次に会ふ日時」を決めることは、自分はもとより相手も縛ることだから、どちらも自分から敢へて言ひ出す勇気がないのかもしれない。

 

年をとると、朝起きて急に体調が優れないこともあるし、家族や親戚などに重病人がゐることも少なくない。

 

医者から酒をを禁じられてゐる人もゐる。

 

かつて酒豪を競つてゐた二人が、明るいカフェの一画でコーヒーや紅白のアイスクリームを前にしてゐる光景なんて、想像しただけでサマにならない。

 

他人と約束したら、こちらの事情でそれを破るのはマナー違反だと思ふから、若いころのやうに簡単に「次」を言ひ出せない。

 

約束は自分も縛られるが、もちろん相手も縛る。

 

リタイア後の老人の特権は、日々「何事にも縛られないこと」だから、歳とともに、人と約束を交はすのは慎重にならざるを得ない。

 

「ところで近々一杯」と気楽に声をかけられたのは、若さゆゑだつたのだ。

 

しかし、社会は常に約束で動いてゐる。

 

「近々一杯」と共に言ひ出せないのは、すでに二人とも社会から片足外してゐる、そんな気がしないでもない。