「次の部長は誰だか知つてる?」

 

 ランチのあとの喫茶店で、5年先輩のキャップが話しかけてきた。

 

 そろそろ政治部長が交代の時期だとは周囲の噂で感じてゐたが、4人ゐる次長の誰が昇格するのかは予想したこともなかつた。

 

 「もう決まつてゐるのですか」

 

 「決まつてるさ。次の部長、そのあとの次長は誰かなんて、何年も前から既定路線として決まつてゐるんだよ。新聞記者だつたら、自分の部の人事の先くらゐ読めなくちやあな」

 

 東大卒で痩身の、記事を書くのはあまり達者ではないが何かと目端の効く男は、ふだんから「俺は2年後にはデスク、5年後くらゐには政治部長」などと臆面もなく野心を語つてゐた。

 

 事実、彼はその通りに昇進し、政治部長を3年ほどつとめると新聞記者のトップである編集局長に昇進した。

 

 その年の暮れ、皇居に近いホテルの大宴会場を借り切つて、社の部長以上の約200人が招待されて忘年会がひらかれた。

 

 その年は、この新聞社の発行部数が初めて1000万部を超え、所有するプロ野球チームが日本シリーズで優勝し、系列テレビ局がゴールデンタイムの視聴率で全国ネットの1位にかがやくといふ、この新聞社にとつてかつてない「おめでたいこと」の重なつた年だつた。

 

 世間にその名も知られた、今風に言ふなら“ビッグボス”のワンマン社長は、宴に先だつ挨拶で、誇らかにこのことを口にした。

 

 「ここに集ふ社員のリーダー格である諸君は、かういふおめでたいことがこれからも毎年毎年つづくやうに、みんなで知恵を出し合つてほしい」

 

 社長はさう当たり前に結んだ。

 

 次に、招かれた側を代表して例の編集局長がお礼の挨拶に立つた。

 

 「けふはお招きいただいてありがたうございます」

と尋常に切り出したが、一呼吸おいて声音を切り替へた。

 

 「社長は今、ことしのやうな社の隆盛を継続するために、われわれ社員に知恵を出し合つてほしいと言はれましたが、それは逆です。知恵を出し合ふのは、社長以下役員の方々です。われわれはその方針、指示に従つて働きます。それが会社といふものです」

 

 社員がワンマン社長を諭すかのやうなこのスピーチで、場内は一瞬にして凍りつき、宴の前のざわめきは消し飛んだ。

 

 調子に乗つた若い編集局長はさらに、

「いま、社長が挙げられた3つのおめでたいことはまことに結構なことですが、わたしはここで、敢へて藤原道長の歌を読み上げさせていただきます」

と、平安時代の貴族・道長が栄華のきはみに詠んだ歌を、ことさら大声で披露した。

 

 「この世をば わが世とぞ思ふ望月の 欠けたることもなしと思へば」

 

 満月はいづれ欠けていくものだといふ警告とも釈(と)れる歌である。

 

 宴席が死んだやうな静寂に落ちたのに気を良くしたか、顔が小さくて痩せた新聞記者は壇上の社長の顔を正視しつづけ、「もう一度読み上げます」と再度、「この世をば」と声を張り上げた。

 

 ビッグボスがそのとき、どんな思ひでその歌を聞いたかは分からないけれど、約一か月後の2月1日付で、彼は西の方の支社の、肩書は同じ編集局長に飛ばされ、その後二度と本社に戻ることはなかつた。

 

 彼にすれば、年に一度の大忘年会の、広告、販売、業務まで幹部社員が全員そろつたところで、みんなが恐れる豪腕社長に冷水を浴びせ、前から秘めてゐた野望を果たしたのかもしれない。

 

 先日、朝刊の第2社会面下の亡者欄で、「83歳、無職」の彼が心原性脳梗塞のため死去したといふ数行の記事を見た。

 

 

民放テレビの夜の報道番組の司会をしてゐる某女子アナの評判が、わが家ではすこぶる悪い。

 

日ごろテレビに登場するタレントや芸人の好悪を滅多に口にしない家人が、「この人、よく続いてゐるわね」と彼女には手厳しい。

 

30代前半と思はれるこの局アナは、以前は午後の報道バラエティーにスタッフとして出演してゐて、夜の番組の司会を任されるやうになつて数年たつ。

 

娘に聞いても「あんまりいい感じはしないわ」とやはり評価が低い。

 

何が原因かと問ふと、家人も娘も「わざとらしいのよね」と口をそろへる。

 

「何がわざとらしいの?」

 

「番組中に何度も口角を上げて無理してほほ笑むのもさうだし、とくに番組の一等最後に、昔の滝川クリステルの真似みたいに、斜め上を見上げて『それぢやあ』と、バーのママが客を送り出すやうなコケティッシュな作り笑ひをするのがイヤミ」

 

と娘が言へば、家人は

「あれ見てると、こつちがなんとなく疲れちやふ」。

 

さう言はれてみれば、ぼくの目からしてもそんなきらひがなくもない。

 

しかし、「わざとらしい」と評されるのは、女子アナとしての彼女の精いつぱいの演技の部分なのだ。

 

 「もつと自然にやつた方がいい、といふこと?」

 

 「さう。報道番組の司会者にバーのママのテクニックは必要ないの。もつとフツーにしてゐればいいの。そこらへんにゐる女性と同じ、フツーの笑ひ方、口のきき方でいいのよ」

 

 「フツー、か」

 

 「いま、10代のジャリタレだつて、あんな下手な作り笑ひを見せる人、ゐないわよ。もつと自然でなくちやあ」

 

 たしかに最近、テレビで観る芸人やアナウンサーは、10秒に1回笑ひを取らうとするバラエティーでも、出演者が情報量の多寡をきそふ政治、経済の座談会でも、「それでは現場からリポートしてもらひます」の緊迫したニュース報道でも、つとめて「ふだんのままに」見せるのがはやつてゐるやうだ。

 

 実際には、スタジオでも現場でも、フロアマネージャーのキューの合図やカメラの回り出す音がすれば、みんなお澄ましして、ふだんとは異なる顔を見せるのだけれど(第一、みんな顔にドーランを塗つてゐる)、それでもできる限りわざとらしくなく、「ふだんのままに」見える演技をするはうが好まれる。

 

 先の総選挙で、「総理! 総理!」と叫ぶ演技で売つた女性議員が落選した。

 

時代は演技が演技と見破られないやうな、巧緻な演技を歓迎してゐるらしい。

 一週間前、ガス風呂が突然ダウンした。

 

 いつものやうにパネルの「自動」スイッチを押してもパネルは真つ黒なままで何の反応もない。

 

 人間の病には何らかの前兆があるけれど、家の設備といふのはある日、老衰のやうに静かに息を引きとるものらしい。

 

 調べてみたら、このガス風呂の釜は18年間も使つてゐた。東京ガスによればガス釜は通常、耐用年数が10年余で、18年も使へたのは幸運といふしかないと笑はれた。

 

 この夏のをはりには、寝室のエアコンの室内機がこれまた急に動かなくなつた。

 

 室外機にトカゲが侵入して通電部分に横たはり、黒焦げになつてショートさせたのは5年ほど前だが、寝室の室内機は何年前に買ひ替へたか記憶がないから優に15年は越すだらう。

 

 家の設備だけではない。

 

 ことしは春には庭の木斛(もつこく)が枯れた。渋い茶褐色の新芽が出ないのを案じてゐたら、上の方から古い枝葉が徐々に散りはじめた。

 

 明治生まれの父の代から庭の西に君臨する大木で、子どものころ、これに登つて塀越しに隣りの家の内部をながめて得意になつてゐた。

 

 やがて木斛の枯死した太い幹の外皮に、冬、踵(かかと)にできる皸(あかぎれ)みたいな割れ目が網状に走り、見るたびに一枚二枚と剥がれ落ちてゐる。

 

 毎年季節になると友人をお呼びして花宴をひらいた枝垂れ桜も、昨秋、芝の上に張り出した大枝が自重に耐へ切れなくなり、つひに途中から折れた。

 

 門懸かりの松も古木の黐(もち)も、目に見えて葉に元気がなくなつた。百年もたつと庭木も寿命なのか。

 

 行きつけの歯医者が急に看板を下ろした。

 

 新しい患者が来ると、口の中を一瞥して「ああ、キレイで~す。大丈夫。すぐ治りま~す」と大声で激励するのが名物の60代の小太りの院長は、30年ほど前に先代の娘の婿として跡を継ぎ、立地の良さもあつてそこそこ賑はつてゐた。

 

 しかし、どうやらコロナ禍の影響もあつてこのところ患者が急減、さらに、辞めた女性歯科医の補充が思ふやうにいかなくてたうとう廃業に追ひ込まれたらしい。

 

 町に歯医者はいつぱいある。こんど歯の具合が悪くなつたら新たな歯科医をさがせばいいだけのことだけれど、相手の人柄も腕も前歴もわからない医者の前で、老人がひとり、治療台に腰をおろして無防備に口をひらかなければならないのは憂鬱である。

 

 物みな時間にはあらがへない。時ふればみな疲れる。

 

 ぼくもそろそろ心の準備をする必要があるのかもしれないなどと、たまには殊勝なことを考へる。