<水澄む候、コロナの緊急事態も明けて、なんとも清々しい10月となりました>
現役のころからたまに行く中目黒のワインバーのママから、「10月1日午前0時14分着信」でメールが届いた。
真夜中のメール。てつきり共通の友人の訃報かと思つたら、趣旨は緊急事態が終はりやつとワインを出せるやうになつたのを祝して、「本日夕、『脱コロナ兼新装開店記念パーティー』の真似事として、古くからの友人を小人数お招きしたいので、もし都合がつくなら久しぶりに顔を見せて頂けませんか」といふお誘ひである。
彼女と知り合つたのは四十年ほど前のことで、自民党の某若手代議士の個人事務所でだつた。
代議士とどんな関係にあつたのかは知らないが、女子大を卒業して大手の出版社に就職し、数年で代議士事務所に転職、彼女の生まれ故郷でもある西日本の選挙区の支持者に毎月郵送する「永田町だより」の原稿執筆と、地元後援会との連絡、広報・渉外・電話番が主な仕事だつた。
永田町ではめづらしく髪の長い女性で、敏活な仕事ぶりが霞が関の官僚や議員秘書、新聞・テレビ記者の”マドンナ”として人気だつた。
台風16号が関東地方の頬を撫でるやうにして去つた雨もよひの夜、新装開店(と言つても椅子を張り替へたのと、ドア周りを塗装し直した程度だつたけれど)の店には、平均年齢70歳超の男女10人ほどが集まり、一人一人、今風のディスタンスをとりながらワインを飲んでゐた。
マスコミ出身者はぼくだけで、耳に飛び込んでくる会話から推察するに、ママの同業仲間の女や、レストラン店主、不動産関係者、タクシー運転手、株の投資家など雑多だ。
「脱コロナパーティー」の目玉は、ママが大盤振舞ひする高級ワイン「オーパスワン」とキャビア、数種類のフランスチーズで、ソムリエナイフをあやつる手も軽やかにママが抜栓し、まるで神父から神の菓子でも頂くかのやうに、それぞれワイングラスに注いでもらつた。このワインはふだんこの店で1本4,5万円は下らない。
「自民党の総裁選、面白かつたわねえ」
ぼくの脇へ来ると、ママは満を持してゐたやうに政治の話を始めた。
さういへばママが仕へてゐた代議士は、岸田新総裁と同じ宏池会(池田勇人、大平正芳などがゐた最古参派閥)所属だつた。
「面白かつた? 何が?」
「河野太郎先生の渋い表情。総裁選挙のやうな、国会議員たちがわいわいやるお祭りの場には、勝つても負けてもふさはしくない顔。あれ、悲運の血よね」
悲運といへばたしかに、河野太郎の祖父の一郎も父の洋平も、あと一歩のところで総理大臣になれなかつた。
洋平は総裁にはなつたが、自民党が野党時代だつたから「一野党の総裁」でをはつた。
「それとねーー」とママは、いつぱしの政治評論家の眼になる。
「自民党つて、やつぱり最後は『保守本流』でまとまるのだつてことがよく分かつたわ。傍流はあくまで傍流。いつとき大向ふの国民や党員なんかにもてはやされても、最後は保守本流につぶされる運命(さだめ)なのよね」
演技かも知れないが、そこでママの細面が急に寂しさうな、歳相応の顔になつた。
顔を寄せて事情を聞くと、ひそひそ話で語りはじめた。
もう二十年近く一緒に住んできた食品輸入会社の社長との仲が、コロナ禍以来、会社の業績不振もあつてギクシャクしはじめ、最近では社長が奧さんの元へ戻りたいやうな気配だといふ。
「やはり最後は本流が勝つのよね。傍流は傍流。最後は負ける運命――」
さう言つてから、パーティーの主(あるじ)は我に返つて、一転作り笑ひをみせたが、その顔は総裁選の最後に候補者四人が壇上にならんだときの河野太郎に似た、引き攣つた笑顔だつた。
