北陸・高岡へ来たのだから、夕食は「きときとの」魚にしようといふと、家人も異存はない。ホテルのフロントで「この近くに、いい鮨屋はありますか」と尋ねると、中年の女性スタッフは一瞬とまどひの目になつた。
ホテル内にも和食のレストランがあるのだ。 「夜の町を散歩がてら、鮨屋に寄りたいので」と付け加へる。東京・赤坂に本店のある全国チェーンのホテルだから、そこは如才がない。すぐにホテル周辺の地図を出してきて、2か所にマル印を付けてくれた。1か所はホテルから5分ほどのところである。
梅雨の雨が落ちてゐた。地図をみながらJR高岡駅の方向へあるく。駅前通りの交差点まで来て、思はず立ち止まつた。
交差点の角に、全体が赤茶いろのサビに侵された、今にも崩壊しさうな2階建ての廃墟ビルがある。駅前の一等地、かつてはバーや居酒屋やパチンコ店などが集積し、歓楽街の中心地であつたにちがひない。
2階にかかる「三楽ビル」の看板文字は元の色彩がわからないほどに真つ黒に朽ち、傾いてゐる。1階の店舗はシャッターが降り、アーケードの上の2階のガラス窓はほとんどが破損して、内部は夕闇で窺へないが、エアコンの室内機が落ちて窓枠にひつかかつてゐるのが見える。
コンクリートの外壁は長い時間の風雨の汚濁で、あちこちに大小のシミとカビが広がつてゐる。アーケードの鉄製の外縁はぐずぐずに崩れて、下を歩くのは恐ろしい。ホテルでもらつた地図によると、めざす鮨屋はその廃墟ビルと道を隔てたビルの1階である。
「こんなところの鮨屋さんで大丈夫なの」
と家人がつぶやく。美味しい鮨が食べられるかしらといふ疑問か、あるいは鮮度は大丈夫かしらといふ不安か。たぶん両方だ。
間口一間ほどの入口を入ると、鉤の字にカウンターがある。
「生憎、カドの席しかなくて」
丸顔のおやぢが、恐縮しながら鉤の字の空席を促す。
「ぴつたりですよ。カド張つた夫婦だから」
ぼくが言ふと、隣りの席にゐた六十男ふたりが噴き出してこちらを見た。あとで分かつたのだが、一人は息子に代替はりした居酒屋の元親方で、もう一人は北陸地方で手広く楽器商や音楽教室を展開する社長だつた。
北陸はふつう金沢までが大阪文化圏といはれてゐるが、じつは高岡までが大阪の影響下にあり、たとへば高岡までは阪神タイガースファン、富山市から北がジャイアンツファンであること。来年の北陸新幹線の金沢延伸で大騒ぎしてゐるけれども、地元民にはあまり有難くないこと。高岡は蔵造りの町並みなど四百年の観光資源を有するが、地元の人間はその価値を理解してゐないこと……。
旅の老年夫婦と地元の男ふたりは、ノドグロなど富山湾の旨い魚と、名の知れた富山の銘酒を仲立ちにして、時間を忘れてあれこれ語り合ひ、笑ひ合つた。三時間を越してゐた。
「これが旅の楽しさよね」
ホテルへ帰る道すがら、このセリフは家人に先を越された。世間には時間によつて激変するものと、まるで変はらないものがある。
